二十年と一ヵ月前
願った始まり。
望んだ始まり。
復讐の始まり。
彼らの行く所は、常に戦禍に覆われていた。
砂に塗れ、泥に塗れ、硝煙に塗れ、血に塗れ。彼らは戦場を渡り歩き、平穏を破壊し、武器を売り渡した。時にはミサイルを、時には戦闘機を、時には新兵器を。破壊と殺戮の対象である武器を売って、買って、渡り歩く《死神》。
死神によって男が死んだ。女が死んだ。老人が死んだ。子供が死んだ。白人が死んだ。黒人が死んだ。そんなことは日常茶飯事で、《死神》である彼らはまったく気にもしなかった。
しかし、彼らとて人の子だ。人間としての感性は備わっており、血が赤ければ涙も流す。死に急いでいる訳でもなく、笑い合い、大切な“モノ”を持っていた。
そう。彼らも所詮は人間だ。人間は人間たる感性を有し、人並みの感情を有する。彼らも一般人と変わらぬ人間なのだ。
故に怒り、悲しみ、憎む。彼らとて人間だから。
彼らを《死神》と呼ぶか、ただの殺戮者と呼ぶかは個人の自由である。その解釈も間違ってはいない。
それは何故か――。
彼らの狂気は、もはや日常と化していた。故に周囲の者は皆、誰も気付けなかった。自分達がどれほど狂っているかなど、わからなかった。
そんな彼らは仲間だった。
戦場で出会った者が大半だが、中には長年の腐れ縁で共にしていた者もいる。《死神》であった彼らだが、仲間に対しては強い繋がりを持っていた。肌の色や宗教、生まれなど関係なかった。
ここで《死神》と称された者達の中から、とある二人の日本人の話をしよう。
如月隆峰と内藤拓也という男だ。
二人は日本に生まれた。如月は農家の、内藤は富裕層の生まれだった。
育った関係はまったく違う両者だが、一つだけ同じ思いを抱いていた。
強い男でありたい。
隆峰の祖父は第二次世界大戦に徴兵されていた。その時代の話を隆峰は熱心に聞き、祖父を尊敬した。祖父が死に、隆峰は将来の夢を自衛隊員になると決意した。
中学生まで不自由ない内藤だったが、高校二年の夏に父親の会社が不況で倒産した。父親は借金を背負い、母親は未来に絶望していた。倒産の二日後、二人はリビングで首を吊っていた。内藤はボクシング部の練習から帰宅して見つけた。
この時の内藤は悲しむことをせず、人生が狂ったという諦めや憎悪を抱かなかった。借金を背負い、人生から目を背けて死へと逃げた父親と母親に対する侮蔑を抱いていた。
――こんなにも弱い人間だったのか。
両親に吐き捨てた言葉だった。
全ての財産で借金を返済し、親戚によって無事に高校を卒業した内藤は自衛隊へと進んだ。
自分はあんな弱い人間ではない。人生に目を背けたくない。強くある為に。強くある為に。強くある為に。
強い男でありたい。
経緯の違う二人が、意味合いがどうであれ同じ意志を持っていたのだ。
二人は出会い、すぐに意気投合した。目指すべきもの、持っていた意志がまったく同じだったからだ。秘めたものが何であれ、二人は会うべくして会ったと言える。
自衛官となった二人だが、三十歳にもならない前に辞めてしまった。成績優秀で、二十代でレンジャー課程終了、冬季遊撃レンジャー資格を得たにもかかわらずに。
否。それが辞める原因を作ってしまった。
鍛えれば鍛えるほど、この国での活動は狭まれてしまう。強くありたいと願う気持ちが増す度に、二人の貪欲なまでの追求が周囲に煙たがられ、恐れられ、離れていった。
それは一つの狂気でもあった。故に周囲は拒絶した。
二人は「何故そこまで求めるのか」と上司に聞かれたことがある。「強くありたい」と素直に答えた。
上司は更に問う。「何の為に?」と。二人はまたも素直に「自分の為に」と即答した。
すると上司は眉間に皺を寄せた。「違う。国民を守る為だ」と反論した。
この答えに二人は納得できなかった。自分の為に求めることができず、他人の為に働くことに苛立ちを覚えたのだ。
上司の言い分も理解はできた。しかし、二人は納得なんてできなかった。
事実、この国での活動はあまりにもつまらなかった。国の領地を守れず、紛争地への派遣でも引き金を引けない。自分の命すら守れない中で他人の為に慈善活動する。仲間である筈の連合軍に、仲間と認識されなかったことが辛かった。
ここにいる意味はない。
決断した二人は、特殊作戦群への入隊試験推薦を蹴って自衛隊を辞めた。
二人は二十六歳で自衛隊を辞めて、国外へと出た。如月の両親は既に他界しており、如月の意志を止める者は誰もいなかった。
アフリカやヨーロッパなど広くを渡り歩き、特定の集団に属することなく戦場を渡り歩いていった。初めこそ人を殺す恐怖、殺される恐怖に支配されていたが、数を重ねるごとにその思考回路が麻痺し、最後はなんとも思わなくなっていった。
様々な戦場を渡り、様々なモノを体感・体験していった。戦いはもちろん、民兵の技術提供や統率、警備、護衛などもしてきた。
仲間もできた。最初の数年こそあまり相手にされなかったものの、二人の実力や性格などがわかってくると、繋がりが広がって自然と仕事が舞い込んできた。
面白かった。
刺激的であり、常に全力を求められた環境に二人は歓喜し、この世界を愛した。
そして同時に、憎く思った。
自分達は暴力の化身であり、暴力を商売にしている。人を生かす・殺すという矛盾にも似た商売を生業としている。
愛していた。彼らはそれで強くありたいと願うのだから。
同時に、暴力に包まれた世界を知って、酷く憂鬱になった。殺すことはなんとも思わない。殺しても、だ。だが、何故か時々憂鬱になる。世界は暴力に満ち溢れ、自分達のような屑がはびこっていることが、酷い嫌悪感を覚える。
特に如月は、祖父のような人間になりたいと純粋に思っていた。国や人を想い、守る為に戦った祖父を尊敬し、誇りにしていた。
だが如月は国に必要とされなかった。大切な家族は既に全員他界し、なにも守るものがなかった。
強くありたい。そんな意志に、疑問と綻びが生じてしまったのだ。
この頃の如月は、何かに縋りたかったのかもしれない。救われたかったのかもしれない。許されたかったのかもしれない。もしくは、頼られたかったのかもしれない。
ある時、西ヨーロッパと北ヨーロッパで技術提供の仕事を数ヶ月していた。冬でとても寒く、憂鬱さは増していた。仕事はこなすが、仕事を続ける気力を失いかけていた。
内藤はなにも言わなかったが、変化には気付いていた。それでも言わないのは、これは如月の問題であり如月自身が解決しなければならないから、なにも言わなかった。それが無言のプレッシャーになっていることなど知らずに。
しかし他の仲間は耐えかねて、如月を気分転換させようと仕事終わりに連れ出した。内藤はホテルにいた。
場所を聞いても「楽しい場所だ」としか言わない。如月は仲間が気に入っているナイトクラブだと思っていた。
だが到着したのはネオン輝くナイトクラブではなく、郊外にある広大な工事現場だった。奥に進むと縦に三つ設置されたコンテナがいくつもあり、何故か列ができていた。全員が男である。周囲を見ると、服の下に拳銃を持っていたり、露骨にサブマシンガンを見せている者がいた。
マフィアだ。ここはマフィアが仕切っている売春宿――宿と言うより売春コンテナだ――だった。
如月はそういった趣味嗜好はない。売春も興味ない。逆に吐き気すら覚える。
だが仲間が連れてきて、それがマフィアと仲良さそうに話しているところを見ると帰るわけにもいかない。マフィアなどに関わりたくないが、小さく舌打ちして列に並ぶ。
自分の番が来て、一般客より多く支払うように言われた。理由を聞いたら「今日仕入れた“処女”だから」らしい。顎の骨を砕いてやろうかと思ったが、あまりにも「満足させられるから」とせがまれ、仲間の顔もあったので多く支払い、指定されたコンテナに向かう。
他とは違ってコンテナは一つだけ。見張りがついている。VIP用らしい。
中に入ると、真ん中を薄汚れたカーテンで仕切られている。上から吊り下げられている豆電球が小さく揺れていた。
カーテンを開けて、如月は目を丸くした。“少女がいたのだ”。
何枚も適当に敷かれた安っぽい絨毯の上に、少女が力なく座り込んでいた。痩せ細り、腕には麻薬の注射痕がいくつもある。目は虚ろで光がない。悲哀、絶望と言った感情さえなくしてしまっていた。
モルドバ人か、ヨーロッパ系の人間。日本人にも見える。だが異様に肌が白い。太陽の光を知らないような白さだ。こんな場所でなければ、美しく見えるだろうに。
少女と目が合った。相変わらず力はない。
「ナンデモ、シマス」
覚束ない英語。覚えさせられたのだろう。ある程度までの下手な英語でも如月は理解できるが、少女の笑顔はやっと理解できるレベルの笑顔だった。
「“おねがいだから――たたかないで”」
だから、少女が口にした日本語を聞いて呆然となった。
日本人。いや、最近では日本語を覚えさせて売買させることもある。日本は人身売買の受け取り国や中継地点にもなっている為、可能性はあった。
片言の日本語という時点で、その少女は日本人ではなかっただろう。日本人でも、本来の如月ならばなんとも思わない。戦地で子供すら殺す男なのだ。
“本来なら”の話だが。
そもそも、本来の如月ではないのだからここにいる。そして少女と出会った。
少女の瞳を如月は未だに覚えている。
その瞳は如月の心を締め付けるには充分過ぎて、新たな葛藤を生み出すことは容易だった。
同じ筈だ。戦地で殺した子供も、この少女も。壊れかけ――もしくは壊れた――子供を殺してきたのだ。何を今更、苦悩する。何を後悔する。
――何を持って強く在るべきか。
祖父の言葉を忘れずに留めていた筈なのに、その言葉が頭の中に浮かび上がる。
「お前を買う」
自然と出た言葉だった。
罪滅ぼしではない。苦悩も後悔もしていない。謝るつもりなど毛頭ない。
だが――いや、だからこそ。
見極める。如月は自分自身を見極めて、己が何者であるべきかを理解する。
その為に、この少女に自分の生きざまを観察する存在として決めたのだ。
成り、果てて、逝く、哀れな幻想を抱く男の末路を見る者として。
これが、如月隆峰と吉田千早の出会いだった。
――――――――――◇――――――――――
如月と吉田が出会ってすぐに、軍事企業《GMTC(Global Military Transition Company)》の警備員として雇われた。
《GMTC》はアメリカ合衆国ノースカロライナ州に位置する大企業であるものの、世界軍需産業収益ランキングでは三十番にも入っていない企業だった。軍隊向けに赤外線センサーやITシステムの研究開発を主としていたが、前社長から現社長グロウリー・ハウエルに代わってから大きく方向転換した。
全世界への武器運搬。小・重火器だけでなく移動車や航空機、ミサイルなどの兵器全般を運搬させた。その為に数々の貿易商と合併し、海の運搬ルートを確立させた。
海のルートを確立させた次は陸のルートを確立させる。その為に《GMTC》は商人達に警備員――所謂、私兵集団を組織させた。如月と内藤は社長自らが引き抜いた。
如月が連れていた吉田も戦場を歩いた。幸いなことに――世間から見れば非難されることだが――“飲み込み”が良かった。如月にも内藤にもない、天性の才能が備わっていたのだ。初めこそ戸惑っていた――戸惑うだけで済んだ――が、数ヶ月で片鱗を見せ始めた。
内藤はあまり良い顔をしなかったが、如月とグロウリー社長は純粋に吉田を認めると共に、いずれは恐怖する対象になるだろうと確信した。それに関しては内藤も理解しており、良い顔をしなかったのはその為である。
企業に雇われて数年。利益が右肩上がりになっていき、如月と吉田の関係が良好となっていく中、内藤にも新しい出会いがあった。
京子との出会いである。
アメリカで出会った京子に惹かれ、また彼女も内藤に惹かれた。人殺しの職業だとしても、京子は内藤の意志を認めた。
一年もせずに二人は婚約し、さやかが生まれた。
内藤は京子を愛し、さやかも愛した。京子も同じように愛し、話せるようになったさやかも同じように愛した。その愛情は深く、如月をも認める愛情だ。
その愛情は、両親の死が絡んでいた。
自分は両親のように二人を見捨てたりしない。共に愛し、一生と己をかけて守り通す。
強く在りたい。
彼の意志故にその感情は強くなり、また内藤を表す言葉や感情にもなりつつあった。
だがそれを笑う者は誰一人としていなかった。
何故なら全員が、大切に想う存在を持っていたからだ。
家族、恋人などを持つ人間は内藤の気持ちを理解していた。だから嘲笑うことをせず、理解し、祝福する。如月も同じだ。
故に、内藤は許せなかった。
あの日――《7.12事件》を。国を。自分を。
許すことができないのだ。
――――――――――◇――――――――――
夏の時。企業に雇われてから初めて、二人は日本へと帰ってきた。如月は吉田、内藤は京子とさやかを連れて。
休暇として帰ってきた二人は同じホテルにチェックインしたが、初めの行動は別にした。
如月は吉田を連れて、実家の墓参りに秋田県まで飛んだ。自衛官以来に訪れた為、墓は荒れ放題だった。吉田にも手伝わせて丁寧に掃除して、二人で合掌した。
何もしてやれなかったと、後悔と無念が込み上げてきて今更泣いた。吉田の前だろうとかまわず泣いて、「ごめんなさい」、「何もしてやれなかった」と謝った。
その時、吉田に慰められたことは如月にとって良い思い出でもある。
残っていた蟠りを取り除き、二人は日帰りで東京へと戻った。到着は日が変わるような時間帯で、相変わらず新幹線は遅いままだと如月は心の中で愚痴をこぼした。
眠っていた吉田を背負い駅を出たら、当たり前のように内藤が待っていた。内藤は、そういう男なのだ。
二日目は二組で行動した。遊びに行った、という方が正しい。男性陣二人はあまり乗り気ではなかったが、女性陣三人が行きたがっていた。
レンタカーで東京湾に浮かぶ海ほたるへと出向いた。理由は特にないが、ただ行ってみたい場所として京子がリクエストした。
パーキングエリアである海ほたるに行って何が楽しいのかと、男性陣二人は思っていたが、女性陣三人は違う。特に吉田とさやかは初めて目にするものばかりで新鮮だった。四方を海で囲まれている景色など、子供にとって最高の思い出だ。
京子にとっても良い思い出だが、内藤とさやか、共にいるだけで良かった。如月と吉田とも家族同然に接し、毎日を楽しく有意義に過ごしていた。癒される日々だ。さやかも吉田を姉のように慕い、吉田もさやかを妹のように慕っていた。
昼食を済ませた後はお台場付近で時間を潰し、夕食も済ませてからホテルに戻った。すぐに吉田とさやかは同じベッドで眠りにつき、京子も早く眠った。
内藤は、十五年もののスコッチウイスキーを持って如月の部屋を訪れた。如月は十年以上のスコッチウイスキーしか飲まない。
ただ飲みたいだけではなかった。何故吉田を引き連れているのか。今後どうするつもりなのか。如月自身に問う為に。
如月は全てを打ち明けた。己の死に様を見届けさせる為だけの見届け人。その為だけに、引き連れさせた。
「そうか」と、内藤は一言しか口にしなかった。
納得できることではなかったが、納得するしかなかった。
如月ならばそうさせるだろうと、薄々気付いていた。十年ほど共にいた如月のことを理解しているつもりだ。彼が抱いていた感情や意志が変化し始めていたことも。
あの頃の如月隆峰はもういない。だが、内藤は尊敬と畏怖を忘れることはない。
如月も内藤のことを理解していた。変わることなく、強くなる意志を知っている。故になにも言わない。京子とさやかを愛し、守り続けるだろうと。
その後はなにも言わず、ただスコッチウイスキーを飲み干して、七月十一日の夜を過ごした。
三日目。京子とさやかの二人が出掛けた。内藤も着いていこうとしたが、二人は頑なに拒否した。
内藤の誕生日が一週間後だった。間近に迫った誕生日の為に、如月の意見を聞いて時計を買いに行った。ついでに実家の墓参りをしてくる予定だ。
如月、内藤、吉田の三人は東京港に停泊しているとある貨物船に出向いていた。
《GMTC》の貨物船が停泊しており、ワインや外車などの積み荷を降ろしていた。《GMTC》は貿易商と合併している為、兵器以外の商品も扱っている。
だが今回は、三人の為だけに持ち込んできた。社長の護衛という役割を担う三人に、グロウリーが指示したのだ。今回は銃の確認とその受け取りである。
一週間ほど停泊し、如月達を乗せてアメリカへと向かう予定だ。
別に所持する必要はない。だが三人の職業柄と言うべきか、“こういう物”を持っていないと落ち着かないようになってしまったのだ。
確認と整備を済ませて、ホテルに戻ろうとした時。十一時九分だ。
一つ目の爆発が起こった。
――――――――――◇――――――――――
爆発が起こったのは東京都庁第一本庁舎の展望室。そこから連鎖的に、第一本庁舎と第二本庁舎のトイレ計四ヶ所から爆発が発生。
数分後。都庁での爆発を合図にするかのように、公共交通機関が次々と爆発。鉄道、地下鉄、バスなどが標的となる。
突然の爆発に対応する暇も与えられず、今度は違法駐車していた大型トラックやワゴン車が爆発。また、公共施設や公園、駅内などで爆発。地下鉄では爆発により入口などが崩壊した二次被害が発生。
一時間二分後。福岡発日本航空JAL312便、札幌発日本航空JAL506便、長崎発ANA664便の三機が着陸待機中にハイジャック。僅か二十七分後、福岡発日本航空JAL312便が北区、札幌発日本航空JAL506便、長崎発ANA664便の二機が足立区に墜落。
その十八分後。東京を離れて千葉に機能移転した政府が、足立区と北区に旅客機墜落を発表。またテロによるハイジャックと追加発表。有事とみなし、自衛隊に救出任務と並行して処理させることを発表。同時に特殊作戦群の出動が確認される。
――――――――――◇――――――――――
東京都庁の爆発を機に次々と爆破されていく情報を、如月と内藤と吉田の三人は貨物船で得た。
如月はホテルに戻るのは危険と判断し、吉田と共に貨物船に止まることに。だが内藤は、京子とさやかを探さなければならなかった。
最初は行動を禁止させた如月だが、彼自身も二人の安否が心配だった。まさかこんなことが起こるなど、予想すらしていない。
結果として如月が折れた。おそらく企業から緊急通信などがある筈と吉田を貨物船に待機させて、如月と内藤の二人で探しに行くことに。
さすがに完全武装する訳にはいかない。拳銃と予備マガジンを持っていく。別行動として内藤は徒歩、如月は適当に原付バイクを盗んで探す。
国道や主要道路には渋滞ができていた。公共交通機関のバスが爆破され、交通機能が麻痺している。結果として二人は路地裏などを利用することになり、如月はすぐ原付バイクを捨てる羽目になった。
――――――――――◇――――――――――
結果だけを言えば、京子とさやかを見つけることができなかった。
公共交通が標的にされたことや、足立区と北区に飛行機が墜落などで行動できなくなってしまった。携帯電話も使用できない。蟻の群れのように流れる人混みでは、見つけだすことは不可能に近かった。
更に拍車を掛けたのは、自衛隊が足立区と北区周辺を封鎖させたことだ。火の海と瓦礫の山に化した二区の救命活動を行う為である。
しかし主要道路が利用できず、空からの救命活動には限界がある。況してや、大混乱の中での救命活動は無謀とも言えた。
飛行機墜落を目の当たりにした如月と内藤は、止むを得ず貨物船に戻った。
見つけられなかった内藤は酷く精神がやられた。十歳も老けたように見えるほど落胆し、誰よりも二人の無事を願った。
そんな時、《GMTC》本社にいる社長グロウリーから通信が伝達された。《GMTC》は通信衛星にも事業展開し、通信衛星の開発企業と合同でグローバル企業向けのイリジウム通信システムを取り入れていた。
始まりはこうだった。
『至急、本社へ帰還せよ』
グロウリーが三人を招集する理由は、これが“始まり”だと直感したからだ。
特に信仰している宗教もなく、隣国と蟠りがあるものの国内治安に定評のある島国が標的にされた。資源を狙った訳でもない無差別テロ。
これは“始まり”だ。どこの国で起こるかわからない、宣戦布告の爆破テロ。
第三次世界大戦に成りえるテロ戦争を起こしたのだと。
グロウリーはこれを、好機だと捉えた。
不明勢力による中立国へのテロ事件。中心となる都市が狙われたことで各国のテロ警戒が強まると同時に、犯人探しを始める。特にアメリカは惜しむことなく軍事費を利用し、軍隊を差し向けることだろう。ロシアだろうが北朝鮮だろうが、アフリカ地域だろうがヨーロッパ地域だろうが関係ない。怪しい場所に目星をつけて送り込むだろう。連合軍も結成されて、大規模な戦闘が開始されるだろう。
武器が動く。軍隊が動く。金が動く。絶好の機会であり、軍事費削減が進む中で民間企業が協同する絶好の機会。
また、テロ被害の修繕費や慈善事業に惜しみなく金を使うことで、その地域の信頼を手にする。
「利用しやすい軍事企業」と国や地域に思わせておけば良い。そのまま依存してくれれば尚良い。そうすればこちらのものだ。
グロウリーは、《GMTC》世界展開の基盤作りの為に三人を招集しようとしていた。
如月は知っていた。グロウリーが強大で貪欲な野心家だということを。《GMTC》の動きが監視されるようになった時から、グロウリーは何かを企んでいると理解した。
出港をなるべく早めてグロウリーと合流し、世界展開の為に動かす。
だが、京子とさやかが見つかっていない。二人を見つけて帰らなければならない。でなければ、今度はいつ日本に来れるかわからない。
出港を一週間後と伝え、その間に二人を見つけなければ。
如月と内藤は血眼になって探した。混乱する都心の中を探し、時には封鎖された足立区と北区の中も探した。緊急で設立された安否確認所にも駆け込んだ。
だが見つからなかった。
結局、如月と内藤と吉田を乗せて貨物船はアメリカへと出港してしまった。
その後、足立区と北区は政府が封鎖して瓦礫置き場として放置した。そこから行き場をなくした人が住み始めて無法地帯となり、人々と警官隊や自衛隊との衝突が激しくなった。
三ヶ月後。足立区にて、京子とさやかの死体が発見されたと報告があった。遺体が渡された時、死亡原因が銃創による大量出血とあった。警官隊・自衛隊との衝突で巻き添えになり、デモ隊が爆破した瓦礫の下敷きになって発見された。
二人の亡骸を目の前にして、内藤は心を失ったように動かなくなり、泣いた。
何故一緒にいてやれなかったのかと。何故探し当てられなかったのかと。何故、守れなかったのかと。
当然、国やテロの首謀者に言い様のない憎悪を向けた。だがそれはすぐに消えてしまった。第三者へ憎悪できず、自分自身を責め続けることしかできなかった。
己の命を賭けて守ると誓った。愛すると誓った。
“それなのにこのザマだ”。
遺品として腕時計を受け取った。誕生日に貰う筈の腕時計の針は止まっていた。
――――――――――◇――――――――――
その後、《GMTC》は飛躍的な成長を遂げた。グロウリーの目論み通りに世界は戦禍に包まれ、各国で爆破テロと不明勢力による戦闘が勃発した。《GMTC》が積極的に軍事介入と慈善事業、更には兵器開発まで並行したことにより、《GMTC》は世界有数の軍事企業となり、やがて各国に絡みついて離れられない企業となった。
テロによる各国の犠牲者は死者五十二万以上、行方不明者百八十万以上、重軽傷者は四百万以上を優に超え、二十年経っても確認作業が行われていた。
七百万人以上がテロ被害に合い、その後遺症として世界各国は再び軍隊を動かして犠牲を増やしていく。その点から考えれば、テロの被害は未だ増えていくこととなる。
始まりとなった悪夢を《7.12事件》とした。忘れてはならぬ事件とし、心に刻まなければならぬ日と定めた。
《GMTC》は対テロ強化、テロ打倒に備え、軍事教育策としてIMI設立案を提示。国際連合はこれを受理し、テロ被害の場所に設立。
IMIとして正式に活動したのは二年後。アメリカ合衆国ノースカロライナ州だった。
如月が地雷を踏んで引退した時、既に引退していた内藤とグロウリーから日本IMIの学園長として推薦される。如月はこれを引き受け、吉田を秘書として日本に戻った。
――――――――――◇――――――――――
「局長。そろそろ着きます」
「……そうか」
運転する秘書の岡田亮に声をかけられ、後部座席に座っている内藤拓也は窓の外の風景を眺めながら返事をする。
先程、国会議事堂でIMI学園長と首相や防衛大臣などとの会議を終えた。今は日本IMI連盟局へと移動している。
「珍しいですね」
銀縁眼鏡をかけている岡田が口を開く。
「何か考えていたんですか?」
「昔を思い出した。そんなところだ」
――――――――――◇――――――――――
時を同じくして、秘書である吉田千早が運転する車に、IMI学園長である如月隆峰を乗せて日本IMIへと移動していた。
「どうしたのですか?」
「何がだね?」
「どこか、考え事をしているように見えたので」
「なに、少しな」
懐かしく、悲哀の籠もった瞳を窓の外に向ける。
「昔を思い出した」




