表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
妖しな家族  作者: 奏白いずも
人間編
5/34

五、認識の誤り

「桜子さん、無事ですか!」 

 駆けつけた男たちは、もれなく警棒を装備していた。もはやただごとでは済まないだろう。物騒な雰囲気にうろたえながらも、桜子はなんとか口を開く。

「無事ですが、これは……。無事とは一体、何事です?」

「どこから侵入した! 誘拐犯めが!」

 隊長と思わしき人物が声高に宣言する。

「ゆ、誘拐犯!?」

 動揺に揺れる声を上げ、桜子は誘拐犯と命名された人物へと視線を移す。

「はい。我々は誘拐犯から、あなたを守るよう命じられています!」

 確かに彼の狙いが日ノ宮桜子ということは間違いない。本人の口から聞いたばかりだが、まさか誘拐目的だったとは。うっかり名乗らずにいて正解だった。父の知人と思いこんでいたが、まさかの誘拐犯である。 

 ……ということはだ。もしやあの手紙は脅迫状だったのではないだろうか。

(わたくしったら、自分の誘拐予告状を父親に手渡してしまうなんて……なんという失態なの!)

 桜子は深く反省する。

 日ノ宮紀仁といえば政界では屈指のやり手。家族を誘拐すれば打撃を与えられる、そう企てる輩がいてもおかしくはないだろう。

(……まあ、わたくしを攫ったところで痛手があるかは、今はおいておくけれど)

 すると誘拐犯は無表情のまま、感情のない声で呟いた。

「……心外だな」

 隙間なく取り囲まれているというのに冷静そのもので、どこから余裕が生まれるのか、むしろこちらが不安を煽られてしまう。

 余裕の根拠は、すぐに垣間見ることとなった。

「なっ!」

 何が起こっている?

 それが理解できなかったのは皆同じで、最後まで成り行きを見守っていられたのは桜子だけだった。

 辛うじて黒い影が動いていたような、そんな程度の認識しかできない。呟きの後、誘拐犯の姿を見失った。もう次の瞬間には、警備の者たちは倒れ伏していたのだ。

「あなた――、こ、殺したの?」

 発した声は自分で思う以上に震えていた。血は流れていないが、ピクリとも動かない人の山が形成されている。

「いや、殺さない程度に留めてある」

 それはつまり、殺すことは造作もないと言っているようなものだ。この男は危険だと最初から鳴っていた警鐘が、さらにガンガン激しく鳴り響く。

 こんな危険な男を母屋に行かせてはならない。あそこには大切な家族がいる。たとえ振り向いてくれなくても、大切な家族だ。何より、彼の目的は桜子である。無関係な人たちを巻き込みたくはなかった。

「ところで、先ほどこの部屋に入ってきた男が桜子と声を上げていたが、お前知っているのか?」

 どうやら情報を引き出すため、唯一桜子に危害を加えなかったのだろう。

「わ、わたくしです!」

 とにかく犯人の注意を引かなければという一心だった。

「は?」

「わたくしが日ノ宮桜子よ!」

 今度は男が呆ける番になる。こいつ何言ってるんだ? まさにそういう顔をしていた。

「馬鹿を言うな」

 鼻で笑う、馬鹿にした言い草だった。次いで告げられた言葉に、桜子本人は目を丸くする羽目になった。

「桜子は、まだ赤子のはずだぞ!」

 この人、今何て言った? 何を言っているのだろう。誘拐するつもりがあるのなら、せめて前情報は正確に集めてきてもらいたい。そんな不満が募り、そこから説明してやらなければならないかという呆れが生じる。

「あなたこそ馬鹿を言わないで、それはどこから仕入れた情報よ! 誘拐しに来るのなら、正しい情報を仕入れて出直しなさい!」

 宣言すれば何故か桜子は睨まれた。だが、何も間違ったことは言っていないので引き下がるのは癪である。

「ふざけるな。あれから、十六年しか経っていないぞ!」

 あれからって、どれから? 

 そんな疑問はひとまず置いておこう、今は些末な問題だ。桜子にはふざけようがないし、自分自身で十六年とのたまっているではないか。

「……十六年もあれば、人間わたくしほどの大きさには育つかと思いますが」

 至極まっとうな一般的事実であり、何気ない調子でぼそりと発していた。だが何気ない桜子の呟きも、男にとっては致命傷になったようだ。

 頭からつま先までじっくりと、信じられない面持ちで桜子は見つめられている。

「……たかが十六年で、人はこれ程育つと言うのか?」

 あまりにも真剣かつ慎重を重ねる口調に、これは肯定していいのだろうかと若干の躊躇いを生じさせる。とは言え否定のしようがないため桜子は首を縦に振った。

 愕然とした男は全身から崩れ落ち、畳に膝をついた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ