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妖しな家族  作者: 奏白いずも
人間編

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23/34

二十三、おそらく嫉妬

この二十三話はオリジナルで、応募時にはなかった部分です。

ふと、思いついたので書いてしまいました!きっとこんな日常も、あったかもしれないよね。いや、あればいい!と思いついたものです。

それでは、少しでもお楽しみいただければ幸いです。

 桜子を挟むような形で、コハクと苧環の三人は並んでキッチンに立っていた。

 まるで年の離れた兄と弟、仲良く料理に勤しむ光景は微笑ましくもある。けれど、こんな現場を見られたとなれば……気性荒く乗り込んでは娘の隣を陣取った挙句、その他二人に牽制どころか制裁まで加えかねない家の主は外出中だ。

「嫉妬にうるさい無月様が外出しているうちに、さっさと初めてしまいましょうか」

 料理を習いたいと申し出た桜子のために開かれる料理教室なのだが、無月の目があると「父親をさしおいて!」とうるさいので不定期開催である。無論、外出しているからこそ苧環は本日の開催を心良く了承していた。

 口うるさい父親を差し置いて微笑ましい図、それなのに桜子の手元は荒れている。

 現在の進行状況といえば、コハクが野菜の皮をむき、それを桜子が刻んでいるところだ。苧環はその隣で監督をしながら環を動かし、環は食器の片付けをしている。

 桜子の包丁さばきは鋭く、苛立ちが込められているのがはっきり現れていた。

「ええと、お嬢様。差し出がましいようですが、そんなに恨みつらみを込められては食材が可哀想です。と言いますか、力任せに振り下ろされては手元が狂って危険です。そしてお嬢様に怪我を負わせては我々が危険です。一度、落ち着いてはいかがでしょう」

「苧環さん、何を言うの。わたくし、落ち着いています」

 目は口ほどに物を言う、桜子の目は笑っていなかった。

「桜子様、どうしたんですか?」

 さすがにコハクも異変を感じたようだ。桜子に包丁を持たせた瞬間から、もっと言えば料理教室を始めた瞬間からただならぬ気配を察知していた苧環からすれば遅すぎるが。

 両側から揃って問い詰められ、逃げ場をなくした桜子は、振り下ろそうとした包丁を止めることにした。

「今日は、二人とも一緒に行かないのね。珍しい」

 何の話かと困惑していた苧環だが、ややあって無月の話かと納得したようだ。無月は朝早く外出し、珍しく供を連れていなかったのでその話だろうと判断する。

「無月様のことでしたら、ああいった仕事はお一人の方が楽でしょうから。私のような弱き者がいても足手まといにしかなりません。というか、臨時給与もないのに危険なんて御免です」

 これまた遅れて無月の話をしていると理解したコハクは悲しそうな顔をする。

「えっと、僕がもっと強ければお手伝いも出来るんですけど、僕はまだまだまだまだまだ……力不足なので」

 何度まだと言っただろう。どれだけ力不足なのだろう。というのは置いておいて、そもそも根本的な話がわからない。

「強いとか危険とか、そもそも何の話をしているの?」

 二人ははっとして顔を見合わせていた。

「お嬢様に話していないのですか?」

「あれ、言ってなかったでしたっけ? 無月様、妖退治してるんですよ」

 コハクはあっさり白状したので、秘め事というわけでもないようだ。けれど、さらりともたらされた情報に戸惑いを隠せない。

「初耳、よ。あの人も一応その、妖なのに、退治なんて……」

 妖退治、人間の桜子にとっては物騒な発言。いや、むしろ危険な存在である妖を退治してくれるなんてと喜ぶべきなのだろうか。もしかしなくても無月が手にしていた銃は、妖退治に利用されているのだろう。

 けれど妖である彼らにとって、同胞を狩るということは物騒なはずだ。それを平然と言ってのけるコハクに驚いていた。可愛い顔なのに意外と容赦ない。

「別に禁止されてもいませんので」

 戸惑いを察したのか苧環が付け足す。その口調もまた、当然だと言わんばかりだった。

「怖く、ないの?」

 苧環に問いかける。

「無月様がですか?」

「だって、同じ妖を狩っているのよ!」

 コハクに語りかける。

「僕らって、あまり仲間意識ありませんしねー。それどころか家族意識も希薄ですし」

 寂しくないだろうか、彼らにはそんな様子が見られない。桜子の望む反応は誰からも得られなかった。価値観の違いを見せつけられては、無月も同じなのだろうかと考えてしまう。願わくば、彼は違っていてほしいと思っているようだった。

「家族意識が希薄? なら、どうしてあの人は娘に拘るのかしら」

「そう言われてみると、おかしいですよね。給金をもらって命じられている以上、きっちり仕事をこなすのが使命とはいえ、当初は驚きを隠せませんでしたから。コハクは、わたくしより無月様との付き合いも長いでしょう。そこのところどうです?」

「無月様は、飽きたらしいです」

「飽きた?」

 意外な言葉に苧環はそっくりそのまま聞き返す。けれど桜子には思うところがあり、黙って聞き入っていた。

「同じ食事に同じ服装、同じことの繰り返し。……ずっと生きて、何度も同じことをしているうちに飽きてしまったって。だから、新しいことがしたいらしいんです。この虚しさを埋めてくれる何かが欲しい――そう言ってましたよ」

「お父様、虚しいの?」

 かつて退屈だと話していた無月、それは虚しさからくるものなのだろう。

「えーと、そうらしいですけど、僕にはちょっと良く分からないです!」

「コハクに論じさせるとは、難しかったようですね。お嬢様、あまり深く気にしない方が。気にしてもしかたありませんよ」

「あー! 酷いよ、苧環! 僕の方が、立場は先輩なのに!」

「はいはい、先輩。それで結局、お嬢様は何に苛立っていたのですか?」

「だからね、わたくし苛立っているつもりは――」

 言いかけて、桜子はとっさに止まっていた。やはり気になっていたのだと認めるしかないようで、躊躇いがちに言いなおす。

「でも、教えてもらえるのなら、その……お父様を迎えに来た人は誰か知っている?」

 またも二人は桜子の存在を素通りして顔を見合わせた。

「無月様を迎えに来た人、ですか? 僕知らないです。苧環知ってる?」

「本日の仕事は軍の関係者らしいので、いつもの秘書でしょう」

「秘書?」

「はい。さすがに名前までは知りませんが、偉い立場の人間に使えている人間の女ですよ」

「ふーん。で、桜子様。それが、どう関係するんですか?」

「え!? さ、さあ? もういいの、深く気にしないで。早くしないと新鮮な野菜が傷んでしまうから、もう料理に集中しましょう、早く。わたくし残りを切ってしまうわね!」

 慌てて取り繕う桜子の声には確かな安堵が含まれていた。


 朝、朝食のために部屋から出た桜子は車の音に気づいて窓から外を見てしまったのだ。

 門前には一台の見慣れぬ車、車から降りた大人の女性。洋装が細身の体を引き締め、胸が大きく強調されていた。踵の高い靴が長い脚をこれでもかと綺麗に演出する。顔ははっきり見えたわけではないが、結い上げた髪から覗く項が魅力的。さらに眼鏡をかければ知的な雰囲気で、そんな大人の女性。

 なんだかこう、負けた――と強く思わされたのだ。何がとは明白に言い難いのだが、とにかく負けたという気持ちにさせられた。

 大人の魅力というものを感じた。同性からしても美人だと見惚れていしまい、並んだ二人がお似合いだったから――


 あの女性を羨んだ、嫉妬していた。


 そんな女性が車の扉を開け、彼はあっさりどこかへ行ってしまったのだ。自分は今日、まだ顔すらもまともに合わせていないのに。

 無月の表情は見えず、もし自分に向けるように優しく微笑みかけていたら? そんなことばかり考えていた。

 桜子から無月の表情が見えていたのなら、そんなことを考えたりしなかっただろう。無表情で淡々と車に乗り込む無月、彼が考えていたのは『朝早くに呼び出しだと? おかげで娘と朝食が食べられないだろう』ということなのだから。

 当然、朝食に無月の姿はない。苧環に聞けば早々に出掛けてしまったと言う。


 置いて行かれたようで、寂しかった。


 そして現在に至り――

 あれだけ荒んでいた包丁さばきは元に戻っていた。原因は解決されたというわけで、理由は明白だ。

 何もかもに嫉妬していたのだと、桜子は一人結論付けて料理作りに没頭する。そうすることで、あり得ない嫉妬をしてしまった自分を忘れてしまいたかった。

「あの、僕まだわからないんですけど……」

 コハクは納得していないという顔で皮をむいては時折呟いている。

「いいのよ、コハクちゃん! 大したことではなかったの、気にする必要はないわ」

「でも、気になっちゃいますよ?」

「……」

 なんと言って誤魔化そう、桜子が戸惑っていると苧環が助け船を出してくれた。

「コハク、皮むきが終わったのなら庭の水やりを任せてもいいですか?」

「いいよ!」

「あと、手入れもお願いしますね。細かい指示は環に聞いてください」

 環が頷き、コハクは拍子抜けするほど簡単にいなくなってしまった。

「コハクはしつこいようで案外単純ですから、コツがありますよ」

「あ、ありがとう、ございます……」

 全部分かった上でコハクを遠ざけてくれたのだろう苧環に感謝するが、途中で羞恥に駆られ弱々しいものになってしまった。

(嫉妬していたのもバレてしまった? だとしたら、恥ずかしすぎる!)

 無心を決め込もうと桜子は次の支持を待っていたのだが、一向に沈黙したままだ。それどころか苧環は深く考え込んでいる。

「苧環さん、次は何をすれば? 苧環さん?」

「ああ、失礼しました。その、可愛らしいものだな、と思いまして」

「なんのことです?」

 意味がわからないと言う桜子に、苧環は勝手に納得していた。

「きっとお嬢様自身、把握出来ていないのでしょうね。だからこそ、包丁に現れたといいますか。では一つ、教えてさしあげます。無月様、朝はずっと不機嫌で大変でしたよ。一緒に食事も出来ない、見送りもしてもらえないと嘆いていました。こうなったら早く仕事を片付けて帰るしかない、とね」

「そう、なの」

 そっけなく返事をした桜子だったが、苧環の言葉は確かに心に沁みている。美味しい食事を作って待っていよう、そうすれば彼は喜ぶらしいのだから。

 無月のことを想っていると、不意にめまいが襲った。

「お嬢様、どうされました!」

 ほんの軽いもので倒れることはなかったが、桜子は包丁を置いて額に手を当てる。熱があるわけでもなく原因が分からない。

「少し、ふらついただけ」

「気分が優れませんか? でしたら診察致しましょう」

「苧環さんが?」

「心配なさらなくても、知識は持ち合わせています。持っていないのは免許だけですので、ご安心ください。もし性別が気になるのであれば、環にやらせましょう」

「そこまで心配しなくても平気よ?」

「いいえ。お嬢様に何かあれば、お叱りどころか抹殺されかねません」

「……あなたも苦労するわね」

「お気遣い感謝します」

 互いに無月の顔を想い浮かべているのだろう、目が合うと笑ってしまった。

「本当に、もうなんともないの。だから、お父様には内緒にしておいてくれる? 余計な心配はかけたくないし」

(本当に、なんでもない、わよね?)

 問いかけたところで答えはない。診察を拒絶したのは桜子で、苧環はそれ以上踏み込もうとはしなかった。迷いを見せていたが最後には了承し、桜子の意志を尊重してくれたのだった。


 無月が帰ったのは宣言通り早かった。

「お帰りなさいませ」

 珍しく、桜子から告げていた。常ならば、無月が「ただいま」と先手を取り、一拍置いた後に桜子がしぶしぶ「お帰りなさいませ」と言うのだ。だが、どうだろう。本人が驚いているのだ、無月も同じようで少々間が空いていた。

「ただいま」

 だが結局のところ、嬉しそうに告げる姿はいつもと変わらない。むしろ、いつもより嬉しそうに言い放っていた。

「夕ご飯、また苧環さんに教えてもらって、新しい物を作って見たの。だから、食べてくれると嬉しいわ」

「お前は俺が断ると思っているのか?」

「……いいえ」

 まさか断ると言う選択肢があるなんて、とうに桜子も思っていない。それでもこの瞬間は変に体が硬くなり緊張してしまう。

「お父様、ちゃんと働いていたのね」

「なんだ、それは?」

 席に着くなりの娘からの発言に、無月は怪訝な顔をしていた。

「いつもフラフラしていて、何をしているのかと思っていたので、安心したと言いますか。ええ、わたくしの父が無職でなくて安心したの」

「お前――、家族を養うには、それなりのものが必要だろう? 俺だって考えているんだ」

 ごく自然な流れで、これも自分のためだと告げられる。無月のことを見直して、会話をするうちに新しい彼を知っていく。そしてそれは桜子の心を温かくしてくれた。

 いっそ不安も全部かき消してくれればいいのに――

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