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妖しな家族  作者: 奏白いずも
人間編
1/34

一、始まりの屋台

数ある作品の中からこのページを開いてくださり、ありがとうございます。

まずは心からの感謝を告げさせてください。

多少なりとも、あなた様の時間つぶしのお役に立てたとしたら、私はこの上なく幸いです。

 全ての始まりは一軒の屋台から――


 仕事帰りの若者、名を紺田という。彼は新聞社に勤める記者であり、残業を終えた仕事の疲れを癒すべく、馴染みの屋台へ足を運んだ。

 慣れた調子で酒とおでんを注文し、まずは一息に煽る。ふと、隣に意識を向ければ先客がいるようだった。

 それは若い男で、身に纏っているのは上質な軍服。闇に溶けてしまいそうな色合いも、屋台の豆電球の下では意味もない。どこかの軍に勤めているのだろうか、けれど凛々しい制服姿もこんなところでは少しばかり浮いていた。

 先客がいようと、取り立てて珍しいことではない。けれど最常連と豪語しても過言ではない紺田である。初めて見る顔というのも珍しく、なんとなく気になってしまった。

 だが、今は何よりも目の前のご馳走である。疲れた身体に沁みわたる酒、空腹を癒すおでん。その全てが紺田を至福に誘い、満面の笑みで屋台を満喫していた。

「そんなに美味いのかい?」

 不意に声をかけられ、紺田は大根へ伸ばしかけた箸を止める。見知らぬ相席者は、無表情に手元のコップを眺めていた。注がれた酒は、まだコップいっぱいに残っている。

 酔いに浮かされ始めた紺田は、自分でも驚くほど陽気に語りだした。

「ああ、美味いね! 俺はこの瞬間のために生きてるんだ!」

「ほう……」

 短く極めて抑揚のない返答は、さして興味がなということだろう。紺田も深く気に留めず、そんなことよりも至福の時に浸るほうが重大であった。

 満足そうに何度目かを飲み干したところで、紺田はぴたりと手を止める。一つ、己の発言に思うところがあった。

「いや、違うな……。じき、娘が生まれるでね。俺は、その子に会うために生きてるって、訂正させてくれ! ははっ!」

 見ず知らずの相手に何を言っているのやら。饒舌に回る舌は十中八九酒の影響だ。

「興味深いな。娘とは、ここに並ぶ食料より価値があるのか?」

 これはまた意外な話題にくいついてきたものだと、紺田は目を丸くする。けれど、それもほんの僅かな間のこと。娘自慢をしたい父親(予定)であり、有り難く乗らせてもらうことにする。

「そりゃそうさ! 俺の宝になる予定なんだ。もうなー、きっと可愛いんだろうなー。いや、絶対可愛いに決まってるね! 嫁さんに似て……あ、いやそれは困るな。あいつ顔は美人だが、なにかと小言がるさいからなー、似られると面倒か。けど、やっぱ子どもは可愛いもんだろー!」

「そうか、子は宝。嫁とは面倒なもの、か……。なるほど勉強になった。いろいろと、な」

 紺田の預かり知らぬところで彼は何かを学んだらしく、深く頷き手にしていたコップを戻す。見れば、並ぶ料理には殆ど口を付けていない。

「なんだい、兄さんしけてるねー! 飲まないのかい?」

「気分じゃない。それに、もう飽きるほど飲んだからな」

 そう話す男からは酒臭さを感じない。酔っている様子もなく、冷静な態度が崩れる気配もなかった。

「兄さん、どんだけ飲んだんだ? 見たとこぜんぜんみたいだが、酒に飽きるってのはなんとも贅沢な悩みだねえ」

 紺田は豪快に笑い飛ばしては、また酒を煽った。

「娘、か……。それがあれば俺も――」

 酒に夢中になり、さらにはまだ見ぬ娘へと想いを馳せていた紺田に、その呟きは届いていなかった。


「――ん? さっき、何か言ったかい?」

 ややあって、隣からの返答がないことに気付いた紺田は横を見る。

「兄さん、どこ行ったんだ? なあ、おやじ!」

 屋台の店主も首を横に振る。ちょっと大根の煮え具合を確認しているうちに、姿をくらましていたらしい。律義なことに、彼の居た場所には金が置かれていた。それも二人分の。

 それが男からの礼だということを、紺田は知らない。

 今夜の出来事は酒の席、一夜の夢として紺田の脳裏にうっすら記憶されることとなるが、彼は自分がこの物語の元凶だということを知るはずもないだろう。


 月日は流れ――

 流れること十六年が経っていた。

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