第一章
<○月×日 晴れ>
怖い。
とても怖い。
恐ろしくてたまらない。
手ががたがた震える。全然収まらない。
力み過ぎたせいで、日記帳に波みたいな皺が寄った。伸ばしても元に戻らない。ペンがその上を通る度、何かに躓くようにでこぼこと跳ねる。
隙間からほんの少しだけ光が差している。青白い光。月だ。
ここから分かるのはただ、それだけ。僕はその弱弱しい光を頼りに日記を書いている。
怖い。頭の中で嫌なイメージが泡のように生まれてくる。薄暗い洞穴に意味もなくうずくまる不安の塊。
こんな感情がいったい僕の中のどこに眠っていたのだろう。ただ、与えられた時間を貪る間は一度も感じることがなかった。
分からない。僕が何なのか。どうしてなのか。
今すぐどこかへ逃げ出したい。誰も知らないどこか、遠くへ。
でも、僕は決してここから出ることはない。
いや、出られはしない。
呼吸が小刻みに呼吸を繰り返された。
喉の奥でごくりと大きな唾を飲み込む音。やけに大きく響く。
僕は天敵に気を配る草食動物のように耳を澄ました。
すると、鼓膜がほんの小さな揺れを察知する。
ぺたぺたと、硬いコンクリートを規則的に叩く音。
少しずつ。
少しずつ。
けれど、確実にこちらの方へと向かってくる。
……。
息をひそめる。
肺が死んだように動かない。
埃っぽい空気が鼻の頭を掠める。
悲しいほどにちっぽけな僕の存在と、この寂れた廃墟とが一体化した。
まだ、僕がここにいることは悟られていないだろうか。
このまま見つからずにいられるだろうか。
もし、僕がここに隠れていることを知られたら。
たぶん僕は。
殺されるだろう。
それも、今までにない残忍な方法で。
何故なら、ここにはそのための準備が十分すぎるほど整えられているのだから。
目を瞑る。
世界が自分だけのものになる。
すると、床を這う足音が。
僕を追いたてるその音が。
近づいてきた。
ずっと苦しめられてきたその音が。
僕のそばで蠢いている。
ああ、怖い。