9 日常パート
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食堂というには狭すぎる店内。カウンターに席が八つ。人一人がやっと通れる位のスペースを間において、カウンターと平行する位置関係に四人掛けのテーブルが二つ。この四人掛けのテーブルに千秋たちは陣取っている。といっても他に客が居ないのだが。
ここ、『きっちんカレー』は、本当に小さな店なのだ。メニューも数種類のドリンクとカレーとミートソースのパスタしかない。
「おばちゃん、カレー四つねー」
「はいよ」
「……ぁ」
スパゲティにしようと画策していた千秋だが、時雨の速攻注文により敗退した。
しょんぼりと、頭を垂れてカレーが来るのを腹を括って待つことにした千秋。
「千秋さん、どこか具合でも悪いのですか?」
「ううん。なんでもない……ただ、食欲が無いだけだから心配しないで」
それはいけませんわ。そう言って、千秋の額と自分の額を重ね合わせる璃緒。
シャンプーの残り香や化粧の匂いなどが、千秋の鼻腔に侵入し思考力を奪っていく。
璃緒ってよく見るとかわいい…………
ぽわわーんとしていた千秋だったが、璃緒が男だということを何とか思い出し、何か大切なモノを失ったように感じられた。
「おまちどう様」
一口サイズのジャガイモ、銀杏切りにされた人参、芋虫状の物体、豚肉が、粘度の高い青色のルーから顔を覗かせているカレーライス。
それらを並べて厨房に戻っていくおばちゃん。
「毎回、異様な色だよね」
「そうですわね。普通からは程遠いですわ」
上品にカレーライスを飲み込んでからの返答。
「あたいは美味しいから、色なんて気にしないけど。リオリオは気にするの?」
璃緒とは違い、口にカレーを入れたままで喋りだす時雨。
言葉と一緒に、ご飯粒が口から出て行くのはご愛嬌。
「そう、ですわね。気にしないといえば嘘になりますけど、見掛けに騙されるほど節穴ではないつもりですわ」
それからと言葉を続け、口にモノを入れたまま喋ってはいけませんわと、時雨を嗜める。
「はーい」
と元気のいい返事。ただし、口にモノが入ったまま。
「今日の午後、大泉 潤一郎議員が交通渋滞に巻き込まれ停止していた車の中で、暗殺されました。なお警察は、犯行声明をだした者の犯行とみて捜査を進めております。この事件は、各地で同時に起こった爆弾テロとの関連が強いと――」
テレビはニュース原稿を読み上げる女性キャスターを映し出している。
「物騒だな」
「物騒だねぇ」
と、他人事のような時雨とリュウヤの呟き。
「ただ今入りました情報によりますと、犯人は民間の車を爆破して渋滞を引き起こし止った大泉議員が乗った車を狙撃したと警察の発表がありました」
「――げほっ、ごほぅ」
ニュースを聞きながら、コップの中身を呑んでいた璃緒がむせ、口内に入ってきた流体が逆流して出ていく。必然、口から零れる形で。
「液体拡散砲」
璃緒の口から溢れだした無数の雫型の液体を見た千秋の一言。千秋の造語なのだが、かえってそれが璃緒の笑いのツボを刺激し、更なる惨状を描き出した。
璃緒は、腹を押さえながら、必死に優雅さを保とうとし歪な表情を浮かべる。
「はぁ、はぁ……時雨さん、解っていますわね?」
やっと笑いとその他の発作が治まった璃緒は、極上の笑顔を浮かべているのだが、目は笑っておらずコメカミには怒りマークを幻視できる。
「ナンノコトー?」
完全無欠、模範的な棒読みで答える時雨。
「《《コップのお水をお酢に変えたことですわ》》」
時雨の悪戯でお酢を飲まされた璃緒が、一字一句全てを強調する様に、ドスを聞かせた声で問い詰める。
璃緒のコップからは、酢酸独特の鼻をつく匂いが醸し出されている。
疑う余地もなく、液体に干渉する魔法で、原材料水から作られた酢酸。
「頭を出しなさいっお仕置きをして差し上げますわ」
右手を拳に変えて、左手で時雨を手招きしている璃緒。それはゲンコツを叩き込む前準備だ。
「べーだっ」
舌を出し、挑発と拒否を同時に行う時雨。
「まぁ、まぁ。いつものことなんだから、許してあげようよ」
コップを手に取りつつ、璃緒を嗜める千秋。
「いつものことですからこそ、しっかりお仕置きが必要なのですわ」
よかった、いつもの璃緒に戻ってる。そう思ったところで千秋は気づいた。
時雨が、璃緒に悪戯をしたのは元気を出して貰うためじゃないのかと。
「今回だけは、勘弁してやれよ。璃緒のためだと思うし」
モクモクとカレーを平らげていたリュウヤが千秋に加勢する。
「皆さんが、そう仰るのでしたら……」
どこか納得のいかない表情をしながらも握った手を開いていく璃緒。
「そ、それよりさ、さっきのニュースなんだけど」
「問題なのは、自爆かどうかということだな」
仕事モードの表情で自分の懸念を皆に伝えるリュウヤ。
自爆テロならば、幽奈との係わり合いが少なくなるということを含めた言い方。
「あたくしたちは、現場で幻素反応を確認いたしましたが、それイコール犯人が魔法で爆破させたと考えるのは短絡的過ぎますわね。認めたくはありませんが、幽奈さんが本当に関わっているのでしたら、カモフラージュの一つや二つ混ぜてくるはずですものね」
「むむむむっあたいにも解るように説明してちょ」
眉間に皺を寄せ、璃緒の言葉を租借する態度をとりながら、夜食のことを考える時雨。
基本、他力本願なのだ。
「一言でいいますと、魔法使いの関与を偽装した可能性があるということですわ」
「むむむむむむっねぇ、璃緒それって何か意味があるの?」
「そうですわね……自分たちのグループには魔法使いが居るということを誇示できますし、あとは、グループの規模が解りにくくなりますわね」
「もしくは、オレ達を誘い出すためかもな」
璃緒があえて言わなかった言葉を代わりに言うリュウヤ。
「そ、それもありますわね」
璃緒はギコチナイ相槌を打ち、言葉を続けようとして自分が何を言うべきだったかを忘れてしまう。
「ぼく、結論を出すには幽奈さんに直接聞くしかないと思うんだけど」
「千秋君の言うとおりだな。ここで推論を言い合っていても結果はでないんだから。答えは知っている人に聞くのが一番だ」
「そうですわね。では今日のところはお仕事の話はこれっきりですわね」
と、事実上の解散宣言をした直後、全員のスマホが合唱を始める。
運命――璃緒。
水の戯れ――千秋。
銃撃音――時雨。
バイフレーション――リュウヤ。
二つの楽曲と一つの効果音、それと振動音が自己主張の激しい四重奏を奏で騒々しさを当たりにばら撒いて行く。
全て警察からの連絡。これから推測できるのは魔法使いが関わった事件が起きているということ。
「魔法鍵士、高町 璃緒ですわ。何かあったのですか?」
「魔縫使い 天使 千秋です、事件ですか?」
「時雨 薫だよ、だたいま電話中に付き、電話に出ることができません」
「魔草樹士 リュウヤ」
各々が応答し、相手の反応を待つ。
「蜩通りで、魔法による連続爆破テロが発生しました。警察では対処しきれないので出動をお願いします。詳細は添付されたPDFファイルをご覧ください」
四人の携帯から同時に流れ出る声。
「了解いたしましたわ」
「うん。解った」
「いえっさ~」
「行動に移る」
要点だけの端的な会話。軍隊を軽く凌駕する彼女たちには、現場での状況に合わせて戦略を立てなくても、魔法でどうとでもできてしまう。あえていうならば、【魔法を使う】この行為そのものがどんな作戦よりも柔軟に状況に対応できる彼女たちの唯一無二の策。
4人とも否定はするが、脳筋である。
「さぁ、皆さん気合を入れていきますわよっ」
「璃緒の弔い合戦だからね」
「あたくしは死んでませんわ」
「戦場での負けは死を意味するって、あたいのばっちゃんが言ってたから、やっぱり弔い合戦」
「つまり、あたくしはまだ、負けてないってことですわね」
「う~んどうだろ……」
璃緒の暴論に言葉を濁し、返答を避ける千秋。締まらないなぁ。




