幕間2 戦闘パート
16
「リュウヤさん、今璃緒から連絡があったんだけど連続着せ替え魔を警察に引き渡したって」
少女のようにきめ細かい肌にふわふわの頭髪をした少年――千秋は、スマホを耳と肩でサンドイッチしながら眼前の状況を推察する。
倒れている警察官と紳士風の男が決めポーズをとっている風景から考察できることはだた一つ。
「璃緒たちが捕まえた着せ替え魔ってあれだよね?」
「あれ以外にあったらこの世は変態の巣窟になるだろうな」
咥えたばこから紫煙を立ち昇らせているのは、魔草樹士のリュウヤだ。彼女のいでたちは半袖のTシャツにホットパンツとストッキング。その上に白衣を羽織っている。
彼女は、両手を白衣のポケットにつっこみ、メンドクサイといった表情で紳士を観察する。口では未だにタバコが煙を上らせている。
「璃緒、着せ替え魔なんだけど、逃げちゃったみたいだよ」
「それは本当ですの?!」
「うん。今、目の前でお巡りさんを倒して決めポーズとっているから間違いないと思う」
「情報伝達をいたしますわ。魔法は、衣類を強制的に別な物――風魔が用意した衣装に即座に着替えさせる魔法ですわ。魔法には攻撃力がありませんけど、体術は相当なものと予想できますわ」
「ありがとう璃緒。向こうもこっちに気づいたみたいだから切るね」
さて、魔法が大したことないのなら、一気にケリがつけられるかな。
「確認しよう。貴様変態だな」
「いかにも。そちらは、ミスターフロイラインのお友達とお見受けいたします」
「いかにも。こちらは、ミスターフロイラインの戦友、竜谷沙織。女魔草樹士だ」
挑発を兼ねた名乗り。竜谷――リュウヤの手にはいつの間にか園芸で使われるシャベルがダガーのように煌めいている。
シャベルによって反射された光が紳士の網膜に届いた瞬間、リュウヤの踏み込みは地を鳴らし、逆手に持ったシャベルで紳士の腹を突き刺し抉る。
土をかき分け穴を掘るように肉を削り取った。
濃密な血の匂いが空気と置換されていく。酸素と反応していないヘモグロビンたっぷりの鮮血は、周囲の酸素に触れて黒く淀んでいく。タールのように黒い水たまりの中に膝をつく女性――リュウヤ。
紅い口紅が塗られた唇からは、ルージュよりも濃くどす黒い赤が零れ落ちる。
「――な……ぜ」
まさに刹那の出来事だった。紳士が息を吐ききった――人間がもっとも無防備になる一瞬に攻撃をしかけ、致命傷を負わせたはずだった。確かな手ごたえもあった。
けれど、紳士は着衣の乱れすらなく平然と立っている。右手に抜き身の刀。左手には、魔法少女の専売特許ともいうべきショッキングピンクのマジカルステッキを持ち、腹が立つほどにかっこよく決めポーズをとっている。
「――極意・後の先」
柳生新陰流の極意とされる後の先。時間の概念をも切り伏せ、後出しでありながら必ず先制する神速をも超越した速度の一撃。一切魔法を使うことなく、超人の域に達した身体能力のみで伝説上剣戟を再現した。
「リュ、リュヤァアアアアアア」
千秋の叫びで、空気が震える。それは魂の絶叫。
喉の奥が自らの声で裂ける。
千秋の目の前でリュウヤが腹から血を流して倒れている。リュウヤさんなら魔草で応急処置できるだろうけれど、時間かかるかな。
千秋は、 レイピアのように巨大な針を構え、母指球に力を溜めて、半蔵の瞳をまっすぐに見つめる。
隙がないなぁ。どんな攻撃をしかけてもカウンターを叩き込まれるイメージしか湧かないや。
けれど、心が煮立っている千秋にはそんなイメージなど些細なことでしかない。リュウヤを――大切な仲間を傷つけられて、冷静さを保てるほど千秋は場数を踏んではいない。まだまだ発展途上の少年なのだ。
「骨を断たせて動きを断つ」
溜めていた力を一気に開放する。結果、射られた矢のような高速の突きを繰り出す。針が空気の壁を貫き、水蒸気を凝固させ水滴に状態を変化させた。針の先から白い雲の傘が開く。目隠しも兼ねた回避不可能の高速の一撃。
否、連撃。同一箇所を刺す。穿つ。突く。ミシンのように正確無比に刺突を繰り返し、半蔵を蜂の巣にする。
仲間を守れなかった自分の無力を赦せない。
油断してリュウヤに怪我をさせた自分の判断の甘さが赦せない。
何よりも同じミスを繰り返して、また仲間に大けがを負わせたのが赦せない。
千秋の突きは伝説の百裂槍のように無数に別れ放射状に広がっていく。
一突きするたびに鮮血が飛び散り、半蔵の肩、ふともも、腹に穴を開けていく。筋肉の抵抗が針を通して伝わってくる。血の匂いと共に感じ取ることのできる現実の感覚。
間違いなく攻撃は当たっている。それもクリーンヒットしている。
それなのになんで届かない!
傷どころかゴミひとつついていない半蔵のスーツを見て心が折れかける。手や顔には血の跡があるけど、突き立てたところに傷は見られない。
再生能力でもあるの。ありえない。生体を再生する魔法なんて一つの例外を除いて存在しないはずなのに。
ショッキングピンクのマジカルスティックで千秋は顎を殴られる。脳みそが揺れて、昼食で食べたグリーンカレーが胃袋から脱出しようとする。
それを気合いで阻止する。
半蔵は、逆の手にもった刀による斬撃で、千秋の柔らかい脇腹を両断した。はずだった。
「残念でした」
にっこり微笑みながら、刃を黒いオーバーニーソックスで受けきる。
頭にのぼった血がだいぶ降りてきた。
「ほう、貴方もミスターフロイラインでしたか。てっきり普通の少女とばかり思っていましたが。興味が湧きました」
「うるさい。僕は正真正銘の男の子だよ」
致命傷を避けるために武装しちゃった。
千秋の衣類が、幻素の力を受けて変化している。白いパフスリーブスのブラウスの胸元で赤いリボンが栄えている。ボトムは濃紺色のボックスプリーツスカートに黒いオーバーニーソックス。
「ワンダホウ。素晴らしいその絶対領域は世界文化遺産に登録すべきです。暗色の衣の狭間で眩しさが際立つ白い太もも! 細すぎず太すぎずバランスの取れたふくらはぎから太ももにかけての脚線美!! グレイトォオ。どんな少女よりも少女らしいその足はまさに芸術! テンション上がってきましたぞ」
「だからっうるさい!」
少女の柔軟な筋肉と男性の力強い脚力を併せ持つ千秋の横蹴りが半蔵の鼻先を掠める。振りぬいた右足を即座に軸足へ切り替え、左ヒザの先からスナップを利かせた蹴撃を繰り出す。軸足は動かさず、上げたヒザを支点にバネのような筋肉をしならせて鞭のごとく足技の連撃を放つ。
そのすべてを半蔵は、意図的にノーガードで受ける。
「ああっ素晴らしい。ニーソで蹴られるというのも中々にいいものですな。水色のショーツも拝み放題ですし」
「見ないでよっ」
スカートを抑えながら大きくバックステップ。
千秋の頬は色づいたモミジ色をしている。
「素晴らしい。その恥じらい。その表情! やはり羞恥にまさるメイクはありえないということの証明ですな。ところで、先ほどから気になっていたのですがなぜ本気を出さないのですかな?」
「答える理由なんてないよっ」
自分の幻素なのに体を蝕んでいく。体内の臓器が幻素によって作り替わり、過剰に分泌された幻素はエストロゲンのレセプターと結合していく。
筋肉は瞬時に燃焼し新たな幻素へ生まれ変わる。
魔法を使うと変身しなくてもゆっくりと体が変わって変化に脳と意識の均衡が、崩れる。ホルモンバランスも崩れて頭が少しの間ぼおっとするし、胸が張って少し痛い。何よりも内在的幻素開放量が跳ね上がってなれるまで少し時間がかかるのがまどろっこしい。
そして何よりも、変身後しばらくは女体化《TS》しやすくなってしまうデ《《メリット》》がある。
「ほう、声が少し高く柔らかくてってますな。ふむ。髪質も男性のものとは違うような」
半蔵は、トンッと一歩踏み込むと、カウンター気味に打ち出された千秋の足首を無造作に掴み、そのまま持ち上がった脚にそって視線を動かしていく。その先にあるのは股関節とスカートで隠されている千秋の下着。
「ちょっやめてっ!」
「な、なんということだ。し、シンボルがない……だと……。今までは確かにあったというのに。タックか! いや違うこれは紛れもない少女のものだっ。フロイラインこれはどういうことだね。まさか、少女に変身するのが君の魔法なのか」
「違うッぼくは男の子だッ!!」
「しかし、魔法の発動で変わったのは事実……まるで蛹から羽化した蝶のように美しく変わる。まさに、変態少女ですね」
「やめて! それだと生物学的な用語の変態にならないから! 痴女の類に間違われるからやめて!」
半蔵は持ち上げていた千秋の足を両手でしっかり持つと腰の回転を利用して千秋を放り投げた。
「くっ」
空中で姿勢を立て直し、半蔵を視認する=白刃が横薙ぎに振りぬかれている。右足を垂直に振り上げニーソックスで防ぐ。そのまま太ももとふくらはぎをくっつけて刀を挟み込む。
千秋は胸に重心を置き、半蔵の刀を足で挟んだまま前宙。結果、半蔵の手から刀が離れる。
これで攻撃手段の一つを潰せた。
油断。
千秋は、半蔵の魔法を忘れている。
服装を瞬時に入れ替える魔法。半蔵は、自分の魔法を自分に対して使用して即座に着替え新たに刀を手元に用意した。
鞘に収まった兇刃を居合の要領で抜刀する。ただし、繰り出されるのは、現代の居合術――鞘から刀を高速で引き抜くものとは違い、鞘を引き抜くことによって瞬きの間に刃を空気に晒し、即死させるための抜刀術。
半蔵の手にする刃が陽光を跳ね返した時にはすでに斬撃は終わっている。それすなわち、命が絶たれる一撃なり。
それは、邪魔が入らなければの話だが。
リュウヤは、痛む身体を薬草で強引に動かし、半蔵の持つ刀の動線上に垂直に剣のようなシャベルを割り込ませ、インターセプト。
「リュ、リュウヤ無事だったんだね」
「無事とはいいがたい。薬草を大量に仕込んで一時的に出血と痛みを麻痺させているだけだ。後で縫合を頼む。」
「無理はいけませんな。ゆっくり休んでいたらどうです? レディナイト?」
「ナンセンスなあだ名をつけないでもらいたい。それに私はまだ、23歳。女子だ!」
千秋は、「なら女子力を高めようよ」という思いを必死に心の中に閉じ込め決して外に出ないようにする尽力する。
「それに無理をしているのはそっちのほうじゃないのか。私にやられた傷に千秋君の連撃二つともダメージになっているんでしょう? 無理はいけませんなぁご老体」
「おや、レディナイトにはお見通しですか」
半蔵は、脇腹――リュウヤによって削り取られた個所を手で撫でる。
「ねえ、どういうことなの?」
「本来なら、千秋君が真っ先に気づかなければいけないのだが、単純な話さ。受けた傷を即座に再生する魔法は存在しないし、我々の攻撃も確実に当たっている。ならば、導かれる結論は一つ。相手はやせ我慢しているということだ」
「でも、服にゴミひとつついていないんだよ」
「そう。ゴミがついていないんだ。下ろしたてのスーツのように一切ゴミがないきれいな状態なんだ。ここで思い出してほしいのが、あいつの魔法は、服装を入れ替える魔法だ。ここまで言えばわかるね?」
「……そっか。シャベルや針が刺さった瞬間に自分の服を新しいものに変えて傷を見えないようにしたんだ! 出血とか傷とかすべてスーツの下に隠れて見えなくなるから、攻撃がきいていないように錯覚したんだね」
「ふむ。すべてばれてしまいましたか。仕方ないですね。今日のところはこれで退かせていただくとしましょう。だいぶ血が足りなくなってきましたし、目的はすでに達成していますからね。ではアヂュー」
「言えてないよ! じゃなくて待て」
逃げる半蔵を追いかけようとした瞬間、リュウヤと千秋の足が手が動かなくなる。代わりに全身に何かが食い込んでくる感覚。それは半蔵の魔法によるもの。千秋たちの衣装に荒縄によるSM的な縛りが付け加えられていた。全身を縛り上げられたことにより、少女と自称女子は道路に二人並んで転がることになった。
数分後、璃緒たちが駆けつけるより早く二人が警察官に補導されていく姿を近所のおばさんに目撃された。




