幕間1 戦闘パート
15
秋風が紅い落ち葉をひらり、ひらりと舞上がらせる。風によって宙を舞う紅葉の先には、どこまでも続く青い空と白い雲が広がっている。
ビル群がほとんどない御社町上空を黒いゴシック調のドレスで身を包み、1m以上もある巨大な鍵に腰をかけた少年――璃緒が飛行していく。
璃緒が着ているドレスにはこれでもかというほど、フリルとレースが使われ豪奢な衣類になっていた。フリルやスカートが風圧により激しくはためいていることから、璃緒がかなりの速度で飛行していることが見て取れる。
しかし、璃緒は上品に、風に弄ばれる漆黒の長髪を左手で押さえ涼しい顔で標的を索敵する。
「ねえ、璃緒そんな飛びにくいコスプレなんてやめて動きやすい格好にすればいいのに」
巨鍵に乗って空を滑る璃緒に話しかけたのは、MSS最年少の時雨だった。時雨の服装はシンプルにTシャツにショートパンツといった動きやすさ重視の格好をしている。
時雨は、空のようにどこまでも澄んだ水で出来た大燕に乗り風と共に空を駆けている。
「コ、コスプレとはなんですかッ。コスプレとは! あたくしはこれでも自分に似合い且つ魔法使いのイメージを崩さない服装を選択していますわ。それをコスプレだなんてあんまりです」
「いや、だって璃緒は男だし。脱いだら筋肉質だし、それにある種トウサクテキでしょ」
「倒錯的なのは自覚しておりますわ。けれど――」
そこから先の言葉が出てこない。人並み以下の魔力を補うために選んだ苦肉の策だなんて知られたくない。劣等感を少しでも解消するため、千秋さんの足を引っ張らないで胸を張って隣に立てるようにするためだなんて絶対に知られたくありません。
「――あたくしは可愛いでしょう?」
自信と信念をもって本心を装った言葉を投げ返す。
「むぐぅ。セ、センスはあるし髪も綺麗だし、仕草も女の子っぽいけどやっぱりオカ」
今度は、時雨が言葉を紡ぐことが出来なくなる。外から加わる圧倒的プレッシャーが声帯を締め上げ、時雨の脳が緊急措置として話そうとしたことをストップさせた。
「時雨さん、いいですこと? 今、言おうとしていたのは差別用語ですわ。あたくしたちは、いいえ、誰も言ってはいけないことですわ」
自分で言っておきながらも、今の内容は、ただの言葉狩りで本質的な解決にはなっていないと璃緒は思う。誰かが差別かそうでないかを定義して使用を禁じている。そしてそれに変わる用語が生れる。まったく意味のないことですわ。
「ごめん」
頭を垂れ、元気がしぼんでいく。
「間違えは誰のでもありますわ。その間違いを直視して直せるかどうかですわ。さあ、気を取り直して、着せ替え魔を探しますわ」
「うん」
今、璃緒と時雨が捜索しているのは、町を騒がせている連続着せ替え魔だ。人間には決して行なうことの出来ない罪を犯すもの達――魔法犯罪者を捕まえることもMSSの職務である。テロ屋を相手にするよりもこちらの方が多いのが実態である。
「ところで、璃緒。うちらが探しているのってどんな奴だっけ?」
「はぁ。やはり出動前の話を聞いていませんでしたわね。いいですこと、一言で言えば外見は紳士ですわ。黒のスーツにステッキを持ち、チョビ髭の生えた40代の男性ですわ。そういえば、モノクルを掛け、金の懐中時計を持っていたなんて報告もありましたわね」
「ふーん。紳士かぁ。そいつも変態だねっ」
「もってなんですか。もって。あたくしも変態と同列にしているのではないでしょうね!」
璃緒は、心外だと伝えるためにわざと声を荒らげ時雨をにらみつける。
そんな璃緒の眼力を逃れるべく、時雨は着せ替え魔を探すフリをしながらクレープ屋さんが無いか探そうとする。
時雨という少女はめんどくさいことはやりたくない質の魔法使いなのだ。
だが、仕事をさぼろうとすればするほど、仕事をやらなければならない事態に追い込まれるのも時雨なのであった。
「いた!」
水燕の手綱を操り、急降下。
景色は流れ、線のように見える。空気は障害になり時雨を吹き飛ばそうとしてくる。
降下速度を上げれば上げるほど空気の壁は厚く堅牢になっていく。
それを打ち破る。
時雨は、アスファルトにぶつかる直前に上昇。水燕は、「し」の字を描き落下から飛行へと戻る算段をつける。
「あたいらはMSSだ。おとなしく捕まれぇえええええ」
宣言という名の絶叫を虚空に残しながら、猛禽類を思わせる両足が紳士服を着た男性へと肉薄する。燕の爪がクワッと開くと同時に男は華麗に身を回転させ燕の動線から外れてしまった。
結果、時雨の大燕は自動販売機を掴み、圧砕のちジュースを浴びて姿を維持できなくなってしまう。
「やれやれ、不躾な子どももいたものです」
時雨の様子を冷ややかに観察しながら呟いた男は、スーツを着用し、ステッキをもっていた。記号化するならば英国紳士となる。
「まったくですわね。あたくしは、MSS所属の魔法使い高町 璃緒と申しますわ。さていくつか質問させて頂きますがよろしいですわね?」
「かまわんよ」
「ご協力感謝いたしますわ。単刀直入にお聞きしますが、あなたが連続強制着せ替え事件の犯人ですわね?」
「ええ、その通りです。風魔・ペンドラゴン・半蔵と名乗らせていただいております」
悪びれる様子もなく即答する紳士半蔵。
「なっあっさり認めたよ!? ふつーもっと否定するでしょ」
「もちろん、普通ならば否定しますよ、大きなおっぱいさん。けれど、私と同属の質問には真摯に答えるというものです。なにせ私は紳士ですから」
「ど、同属……」
「あなたからは、私と同じ匂いがします。衣類に関する変態の匂いがね。私は他者に着せて悦び、あなたは自分で纏って悦ぶ。対象は違えどやっていることは同じではありませんか。ところでものは相談ですが、同士として見逃してはくれませんかね。ミスターフロイライン?」
璃緒は、わなわなと震える腕を押さえながら叫ぶ。
「あ、あたくしは変態なんかではありませんわ!」
「いや、世間一般的には……その資格あるんだよ。璃緒」
ため息混じりと一緒にこぼれた時雨の感想は、璃緒が発した一喝によって霧散してしまった。
時雨のつぶやきが紳士半蔵の耳に届くと同時に、一足で踏み込んだ璃緒の拳もまた半蔵の顔を殴り抜く。
はずだった。
「それに何より、子どもを性的なものとして捉えるだなんて言語道断ですわっ」
気持ちを乗せた右ストレートを振り切ったが、相手に届いた感触はない。
即座に相手の位置を確認する。
足は先ほどと同じところにありますわね。ということは、上半身だけを反らして避けた――スウェーということですわね。
結果を受け止めて即対応。璃緒は、慣性を男性の筋力でねじ伏せながらバックステップを踏み半蔵から距離を取る。
「ミスターフロイライン。気魄のこもったいいパンチです。しかし、優雅ではありませんな。乙女の装いをするのであれば、攻め方も乙女として振舞わねば。いささかがっかりですな」
「よくしゃべる殿方ですのね。口の軽い殿方は嫌われてしまいますわ」
軽口をたたきながらも、相手の力量を推し量らなければならない。おそらく体術においては相手が数段上。魔法技能については未知数。
璃緒の視界にひも状のものが一瞬映り込む。
「おうふっお嬢さんもっと、もっと!」
「時雨さん、おやめなさいッ!」
半蔵と璃緒が対峙している隙をついて、時雨が攻撃をしかけていた。時雨が操るゴムホース型の魔法杖が蛇のように波うち、半蔵の尻を打つ。打つ。打つ。正確無比な三連打。
半蔵は、時雨の攻撃に対し臀部を突き出し構える。ここを引っぱたけといわんばかりに。
とっさにやめるように言ってしまったが、攻撃としては成立していたはず。それを教育上よくないという理由で止めさせたのは正しい判断だったのだろうか。
「えー。一応攻撃は当たっているのに」
「そういう問題ではありませんわ」
璃緒の脳内で、頬を膨らませて不満を訴える時雨にどう説明していいのか解らず、ぐるぐるとR18な動画や画像が弾幕のように展開されていく。
「さすがは我が同士だ。ミスターフロイライン。その紅潮した頬、しぐさ、実にすばらしい。こんぐらっちぇレーション」
「言えてないよ。おっさん」
「オッサンではなく、紳士です」
時雨は、冷たいツッコミを入れながらも、隙があれば仕留められるように鷹の目のように鋭く半蔵を見据える。
「さて、そろそろ遊びはやめましょう」
ただ、半蔵が半身を引き、構えただけで、今まで漂っていたゆるい空気が激変する。
空気が重いですわね。ピリピリと静電気のように緊張感が肌を刺激してきますわ。視線を外したら、命を刈り取られそうですわ。そう璃緒が思い、気を引き締める。
無意識。時雨は半蔵の気とでも言うべきプレッシャーから逃れるように2歩下がってしまう。
この2歩が二人の明暗を分けた。
「これからは、趣味の時間ですぞ」
半蔵が指を鳴らすと同時に璃緒の服装が変わる。
今まで着ていた長袖、ロングスカートのゴシックロリータドレスがパフスリーブのトップス、ミニスカートへと変わってしまう。衣装の細部も其れにあわせデザインが変更されている。
「な、なんですの!?」
自分の身に起こった変化を理解した瞬間、璃緒は恥ずかしさのあまり、自分の胸を抱えるようにして座り込んでしまう。
耳まで真っ赤にして目には涙まで溜めている。
「やはりすばらしい! その羞恥に悶えどうすることもできなく、無力感に打ちひしがれるその姿! これぞ嗜好の至高だッ」
「お願いです。見ないでください!」
「嫌だね。ミスターフロイライン。君のコンプレックスはその足だね? 筋肉質で少女のものとはかけ離れたゴツイ男性の足。それを見られるのが嫌だからこそ、ロングスカートで誤魔化していた。そうだろう?」
半蔵に心の奥底に仕舞っておいたコンプレックスを覗き見される。見知らぬ男に内心を探られ的確に表現される。不愉快以外の何者でもない。
「まったく、璃緒はメンタル弱すぎ」
時雨は二人のやり取りを冷めた目で見つつ、あほらしいと思う。
ブンッと音を立てて縦一文字を描くように振り下ろされたゴムホースが、璃緒の背中を強かに殴打する。
「――あんっ」
その衝撃で璃緒の肺から空気と一緒に気化したお香も吐き出される。
「まったく、相手にペースを握られすぎ。服を変えたのはフェイク。本当の狙いは変えた衣類につけた魔香を嗅がせることなんだから」
「あ、ありが、とう、ございますわ。おかげで何とか正気に戻りましたわ」
璃緒は、ゲホゲホッと咳き込みながら立ち上がる。そして、目を大きく見開いた。
「時雨さん、なんて格好をしているのですか」
「なにって、いつもどおりの格好だけど」
「すばらしい格好だろう? やはりローティーンの少女には紺色のスク水がよく似合う。幼い外見に反するそのFカップのおっぱいが、またうす布の中で窮屈そうにしているのがすばらしい。まさに扇情的とはこのことだ」
へ? と間抜けな声を出し自分の姿を確認。両手で抱えるように胸を隠して、半蔵に背を向ける。一気に朱がさし全身から嫌な汗が吹き出てくる。周囲の視線が一点に集まってくる錯覚。今までもなんども向けられてきた不躾な視線。それは、胸への好奇心と性的な欲望。
「こんなのでは、折れないよ。幾度となく経験したからこそ免疫ができてるんだからっ。」
時雨は自分に言い聞かせ何もないと思い込む。
時雨は思考する。いつ魔法を使われたのか。相手の隙を探すためにずっと観察していたが、それらしい動きはなかったと断言できる。ならば、なぜ?
「まさか!」
周囲を見渡すが猫一匹すらいない。時雨の動作の意義を理解し璃緒も周囲に目を配り、もう一人の敵がいないか探す。
「いませんわね」
「おっぱいさんに、ミスターフロイライン。あなた方の服装を変えたのはわたしでございます」
「変なあだ名をつけないでよっ。それにあたいのは標準サイズなんだから!」
十分すぎるほど、大きいですわ。声には決して出さずに実直な感想を思い描く璃緒。
「そ、そろそろ本気を出さないと精神がもちませんわ」
時雨さんの格好のせいで体が若干火照っているような気もしますが、それよりも弾数がなくなる前にまえにケリをつけたいですわね。
「どうやって捕まえましょうか。接近戦では恐らく勝ち目はないでしょうし、やはり魔法でいくしかないようですわね」
「リオリオ、合わせるよ」
結論を導き出した璃緒は、脳内の一部領域に施錠されていた術式を開封する。魔法鍵士は、脳内に術式を施錠しておくことで、任意のタイミングで自分が得意としている以外の魔法を放つことができる。
「ファイアボール、フィフス、アン・ロックですわッ」
巨鍵を半蔵へとむけ5発の火球を放つ。
紅蓮の火の玉は、螺旋を描き周囲に熱エネルギーを撒き散らして半蔵へ襲い掛かる。璃緒は、半蔵の対応を予測しながらも踏み込み、さらにファイアボールの術式を開封する。合計10発の火炎が唯一、西側に僅かな隙間を残して、四方八方から襲い掛かる。
「狙い通りですわッ」
半蔵が、唯一できた隙間へ身をねじ込むと、四肢が空気中に固定されてしまった。
力を込め強引に脱出を図ろうとするが動かない。
「無駄ですわ。時雨さんの魔法からは逃げられませんことよ」
「なるほど、おっぱいさんの魔法ですか。水を媒体にした魔法……ふむ。恐らく水に別な道具の性質を付与するような魔法でしょうか。これは困りましたね」
半蔵は思う。この魔法は、かつて水界の女王とあだ名された魔法使いの劣化コピーだと。あの女性は、水分子一つ一つを操っていたが、このおっぱいさんは水蒸気が精いっぱいのようですね。
「犯人確保で一件落着ですわね」
「ひどい仕事だったよ」
ほどなくして、赤色灯を付けた白と黒のセダン――パトカーが到着する。
「それではよろしくお願いいたしますわ」
「了解であります。魔法使い殿」
事務的で無機質なお巡りさんの対応に何回繰り返されてもなれることができない。
何度も顔を合わせ、仕事もしているのに、一向に所轄のおまわりさんと心の距離が縮まらないことに辟易しながらも、璃緒は笑顔を絶やさない。
笑顔は、最高のメイクであると同時に友好を結ぶために最も必要な表情ということを頭で理解しているから。
少しでも心の壁が――偏見がなくなってくれるといいのですけれど。
「お兄さん、よろしくねー」
おまわりさんは、おっぱいをたゆんたゆんさせながら無邪気な笑顔をうかべる時雨には優しい視線――父が娘を見る時と同じように目じりが下がった目を向ける。
注視しているのは、身長さがあるために覗きこめる胸の谷間だが。
「それでは失礼します」
「ミスターフロイラインにおっぱいさん、また会いましょう」
変態紳士風魔は、手錠をかけられながらも背筋を伸ばし、うやうやしく一礼する。視線をアスファルトから戻すとそれ以降は、璃緒たちに一切目を向けず、お巡りさんの指示に従ってパトカーへと乗り込んでいく。
「時雨さん、可及的速やかに帰りますわよ!」
「うん!」
秋空の下半袖ミニスカートの少年とスクール水着のギリギリ幼女は寒さに震えながらも、魔法で空を飛び帰っていく。
地上から様々な人々に目撃され、紅葉よりも赤くなりながら




