キャンプファイヤー8865点
それから9日が過ぎ、8月15日の午前9時。
秋葉は集合場所である魁皇川公園に居た。朝にしては強い日差しをキャップで遮りながら秋葉は時計を見た。
「……誰もいねぇ」
集合時間は9時のはず。なのに魁皇川公園にはキャンプに出掛けるような人間は誰も居なかった。
「あっ、秋葉!」
帽子を団扇代わりに仰いでいる秋葉に声を掛けるは白のワンピースに身を包んだ戸川だった。
「おう、有希か」
「まだ誰も来てないの?」
「ああ。寝坊かな?」
「どうだろ……」
戸川はチラリと近くの草むらを見た。そこには桜井がニヤニヤしながら覗き込んでいるのが見て取れた。
(私と秋葉だけ先に集合させて動向を見るって魂胆ね……)
戸川は小さくため息をつき、秋葉に向き直った。
「まだみんな来てないみたいだし、そこでジュースでも飲まない?」
「おう、ナイスアイデア。俺もそうしようと思ってたとこだったんだよ」
僕達は北高生外伝「キャンプファイヤー8865点」
魁皇川公園のベンチに腰掛け、缶ジュースを飲む。公園を通るのはジョギングをしている老夫婦と、盆だというのに時間に追われているサラリーマンくらいだった。
「ね、ねぇ秋葉?」
「ん?どうした?」
「その……暑くない?」
「ああ。あっちーよな。一口飲むか?交換しよう」
「う、うん」
秋葉が差し出したオレンジジュースを戸川は受け取り、くいと飲んだ。
「俺このメーカーのが大好きでさ、家にもペットボトルで置いてあんのよ」
「そうなの?おいしいわね」
「だろだろ?じゃ、有希のももらうぜ」
そういうと秋葉は戸川の手からコーラをひょいと取り、飲んだ。戸川はさりげなく行われた今の行為にはっとした。
「うん、うまい」
「そういえば……か、間接」
「関節がどうしたって?おっ、長谷だ」
ベンチでひとり赤くなる戸川をよそに、秋葉は友人が来たのを見つけ手を振る。
「お、秋葉と戸川さん。早いね」
「早いってなんだよ。9時集合なんだから遅刻だろ」
「ん?俺は9時30分集合って聞いてるけど?」
「あら、長谷君早かったわね」
集合時間について会話していた秋葉達の背後から桜井が顔を出した。
「お、春ちゃん。今日は誘ってくれてありがとう」
「いえいえ。人数が多い方が楽しいし、いろいろ出来るしね」
「なんだ、全員そろってんじゃねーか」
声をした方を振り向くと、そこには坂元と相模がいた。2人は汗にまみれており、シャワーに入ったかのようだった。
「なんだよ坂元、汗だくじゃねぇか」
「ああ。相模の朝練に付き合わされてたからな。ああ、かったりー」
「そんなに嫌ならやらなきゃいい」
「なんだと?集合時間9時半だからってのんびり寝てた俺をお前が6時半にたたき起こしといて何を言うか」
「私には坂元しか手合せしてくれる人がいないんだ。それに目覚ましのセットは9時15分。寝坊確実じゃないか。練習に『付き合ってもらってる』かわりに私が起こして『あげてる』んだから感謝してほしいくらいだ」
「なにぃ?」
汗だくになりながらも坂元と相模がいがみ合う。
「まぁまぁ。これから楽しいキャンプなんだから、喧嘩はよしてちょうだい、ね?」
「……わぁったよ」
桜井が宥めると、坂元が折れた。
「ところで相模、どうして坂元の部屋のタイマーの時間知ってんだ?」
「そ、それは」
「まぁまぁ。そんなことはいいじゃない。全員そろったんだし、行きましょうか」
「そうだ桜井。行くってどこへ、どうやって行くんだ?持ち物とかは有希からのメールで聞いて揃えておいたが、その辺の話をまったく聞いてないんだ……」
「あ、言ってなかったわね。行く場所と方法はこのチケットに書いてあるわ。この公園まで迎えが来るようになってるのよ」
そういうと桜井は秋葉達に貸切チケットを見せた。場所は隣の県の山奥の町。「送迎バス有り」の記述がされていた。
「なんだ、そうだったのか」
「じゃあなんで私と秋葉だけ9時集合だったの?」
「ん~?どうしてかしらねぇ。あら、バスが来てるわ」
はぐらかすようににっこりと笑い、バスに駆け寄る桜井を見て、戸川は肩をすくめた。
―――――――――――――――――――――――――
バスに揺られること2時間。高速道路を走る景色がビル街から田んぼ道へ変わり、高速道路を降りた先からさらに景色は木々へと変化していく。
「んがごー……」
「坂元……すごいいびき」
10人乗りの小さなバスに揺られる間、秋葉達はこれまでの夏休みの出来事で談笑していた。が、それも数十分の間に大体語りつくしてしまう。心地よい車の揺れが眠気を誘う。気が付けば車内は女子しか起きていなかった。
「あらら。みんな寝ちゃってるわ」
「まぁ、これからなんだしここで疲れてもらっても困るわ。私の考えたプランがダメになるのは嫌だし」
そういうと桜井は旅のしおりを鞄から取り出す。
「あれ、春そんなの作ってたの?私にも見せてよ」
「いいけど、男子には見せちゃダメよ?」
「……?」
桜井の言葉に疑問を覚えながら、相模はしおりを開く。そこには少女雑誌顔負けのデートプランが記載されており、読み進める相模の顔がみるみるうちに赤くなっていった。
「ちょっと春!!」
「大声だしちゃダメよ。ゆうすけ君達起きちゃうよ」
「……なんなの、この『みずきとゆうすけラブラブデートプラン』っての!」
「読んで字のごとく、よ。ちなみにユッキーの分も用意してあるわ」
桜井は戸川へ別の色のしおりを手渡す。無論それにも『ゆきとあきはラブラブデートプラン』が書かれてあった。
「なっ……!」
「まぁまぁ。実践するかしないかはさておいて、中身を読んで頂戴な。私としては実践してくれた方がおいしいんだけどね」
「おいしいって……」
戸川は桜井の考えたデートプランを見て、顔を赤らめつつも小さくため息をついた。その表情をみた桜井はいたずらっこのように笑い、
「期待してるわよ」
「……善処するわ」
――――――――――――――――――――――――――――
「ん~っ!やっと着いたか!」
車内では終始眠っていた坂元が大きく伸びをする。秋葉たちが住む町からバスで3時間。山奥のキャンプ場である。
「さて、まずは行動する前にバンガローに荷物を置かないとね」
「そうそう、ずっと思ってたんだが、バンガローってなんなんだ?山荘の事か?」
秋葉が荷物を肩に掛けながらつぶやく。物理の参考書を読んでいた長谷がすぐさまその答えを返した。
「それはロッジだよ秋葉。まぁ、日本と海外ではバンガローというと意味が大きく違って、日本では日曜夕方にやっている某愉快な栄螺一家のエンディングのような形をした、テントよりすこし丈夫な小屋見たいなものをバンガローと言うんだ。だけど海外ではそれをヒュッテって呼ぶ。海外でバンガローはベランダ付きの平屋で、木造の建物を指しているんだってさ」
「ふーん。詳しいのね、長谷君」
「まぁね。まぁキャンプをするなら多少は調べておかないと、と思ってたから」
眼鏡をちょいと上げながら得意げにする長谷。
「長谷君の言うとおり、日本ではバンガローは小さな山小屋みたいなものってされてるけど、おばあちゃんが懸賞で当てたバンガローは、これなのよ!」
両手を広げ他の5人にアピールする桜井。桜井の背後にある建物は、他の5人の想像をはるかに超えた大きさのバンガローだった。
「で、でかっ!?」
その大きさは彼らが通う北高の体育館がすっぽり入ってしまうのではないかと思う程である。
「そ!本来複数組で使用するキャンプ施設なんだけど、今回私達はこれを貸切りに出来るの!凄いでしょ」
「す、すごすぎる……」
「でもまぁ、まだ工事中で使えない部屋ばっかりなんだけどね……それはさておき!バンガローに入る前に部屋の割り振りをしまーっす!」
桜井は豊かな胸を揺らしつつ、胸ポケットから小さな白い紐を6本、取り出した。それぞれ紐の片端に黒、赤、青の3色が塗られている。
「使える部屋は3部屋だって聞いてるから、色がおんなじ人が同じ部屋ね!」
「おっ、早速面白そうじゃねぇか!」
坂元が荷物を放り、駆け寄る。
「あっ、待って。男女分かれて摘んで、一斉に抜きましょ。そっちの方がドキドキするでしょ?」
「む、それもそうだな」
桜井がするすると色のついた紐を分ける。秋葉達男子は桜井の右手、戸川達女子は桜井の左手に手を伸ばし、紐を摘んだ。
「せーの!!」
「……謀ったわね春ちゃん」
「ん?なんか言ったか有希?」
「ううん、なんでもない」
『公正なる籤引きよ、やり直しなんてしたら天罰が下るわ~』なんて巧い事を述べ、適当に分けているように見せかけておいて桜井は巧みに男女がペアになるよう仕組んでいたのだろう、秋葉と戸川、坂元と相模、長谷と桜井という組み合わせに出来上がっていた。
「さて、荷物置いたらロビーに集合だって言ってたし行くか」
「ええ、そうね」
「何やるんだろうな」
「さぁ?私も春ちゃんにプランは任せてあるからほとんど何をするかは知らないわ」
2階の部屋からロビーに下りる2人を、坂元達4人が待っていた。
「遅えぞ秋葉!なにイチャついてたんだ?」
「バッカ、そんなんじゃねぇって!」
「はいはい!それじゃあみんなには来て早速なんだけど……食材を採ってきてもらいます!」
桜井の一言に、全員が凍りついた。