原秋葉という存在
季節は秋が終わろうとしている。
場所は夕日傾く原家の一室。一人の男が部屋の主が走り去る様を見下ろしていた。
「ふぅ。これでこの時間軸でのやることはあと1つ、か」
この男は、本来この時間軸には存在しない。彼は未来からやってきた原秋葉。部屋の主であるこの時空の原秋葉は親友を、彼女を見送りに外へ出たところだ。
「最後の1つは何も心配いらないし……この次が、最後の決戦って訳だ……」
窓に腰かけ、親友と愛すべき人を送る過去の自分を見てぽつりとつぶやく。
「秋葉」
声に振り向くと、彼の後ろには自分の愛する存在が立っていた。
「やっぱり。貴方は秋葉なのね」
僕達は北高生外伝「原秋葉という存在」
そこにいたのは原美雪。原秋葉の母である。
「有希」
「今は美雪、よ」
「……そうか。そう、だったな」
深く差し込む夕日に照らされた二人はしばらく見つめあっていた。美雪の目は喜びと悲しみが入り混じった色をしており、久しぶりに会った若い夫を見て涙をこぼした。
「貴方を亡くして、私は一人で秋葉を守ってきた。この子だけはせめてこの運命から逃れさせたい、暗黒物質に侵されるのはもうやめにしたい。そう思ってた……だけど。運命は変えることができないのね」
「ああ。この世界がどうあっても、Ωが観測している以上俺達が動かなくてはならない。それが――――」
「規定事項だから、でしょ?」
「……ああ。そうだ」
秋葉は手持無沙汰なのか、ポケットからナイフをとりだし、くるくると回した。
「だから、その規定事項を打ち破るため俺はΩを倒そうとした。俺は動物園のパンダじゃない。観測されるとか、概念だとか、情報だとか、そういったものに振り回されるのは真っ平だったからな」
「でも、Ωはそれを許さなかった。秋葉も私も、もともとΩにつくられた存在なのだから」
「そうだ。俺はその話を聞いたとき怒り狂ったよ。悲しみがうまく表現できなくて。だけど、今回の俺はなぜかそういった反応は示さないんだ。どうも、これまでの時空とズレが生じているらしい……ところで、美雪は『あの時』の有希なのに、どうしてそれを知ってるんだ?」
「貴方より少しだけ未来の貴方が教えてくれたのよ。だから知っていることは今の私と同じか、それ以上ね」
その時、美雪のポケットにあった携帯が着信を告げる。美雪は画面を見ると、小さく笑った。
「どうしたんだい?」
「秋葉が今の私の部屋に遊びに行くから遅くなるって連絡よ。あの子も立派な男の子の顔になったわ」
「あぁ、そうだ。アイツが今日外泊したとしても、怒らんでやってくれ。この時の俺は……」
「大体言いたいことはわかってるわ。今の私と、でしょ?知ってるからいいのよ。……話を戻すけど、時空にズレは生じている?これ以外にもあの子達は貴方が経験していないことをやってるの?」
「……さぁな。俺も未来の俺とはズレてるって言われたし」
既に見えなくなった過去の自分のいたところを見つめる。
「……Ωから話を聞いた時は驚いたよ。まさか自分の母が自分の彼女の未来で、自分の父が未来の自分自身だったなんてな」
美雪は秋葉の言葉には何も返さず微笑み、秋葉の傍らに立ち、沈みゆく夕日を眺めた。
「この家。貴方がここから見える夕日がきれいだって言って買ったのよ」
「そうなのか。窓から景色を眺めるなんて今の俺でもしたことがないや」
「知ってる。貴方はそういう人だもの。私はずっとそんな貴方の……いえ、『秋葉』の帰りを待ってた」
秋葉は目を伏せる美雪に何か言いかけて、口を閉じた。美雪はそのまま続けた。
「あの子もΩを倒そうとするのかしら」
「さぁな。同じ存在だったとしても、考えが違えば結果は変わってくる。だけど、結末は変わらない……そろそろ行くよ。次のところへ」
「ええ。会えてうれしかったわ。また会えるかしら」
「会うとするなら、いい形で再会出来るといいな」
「……そうね」
そういうと秋葉は窓から外へ飛び降り、地面に着く直前には消え去っていた。美雪はその場所をただ見つめていた。
「……頑張って」
美雪は静かにぽつりとつぶやいた。