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相模瑞希という女子


 春。

 世間で言えばいわゆる入学シーズンだ。

 新高校1年生となった相模瑞希も、その1人だった。桜が舞い散る校舎を見上げ、隣に立つ友人と笑い合う。


「入学おめでとう」

「瑞希もね。おめでとう」


 入学式と簡単なあいさつを終え、瑞希は幼馴染で親友の桜井春と共に徒歩で帰路についていた。春風が瑞希のロングヘアーを撫でる。


「担任、アホそうだったね」

「でも面白そうだったじゃない」

「そうね」


 瑞希は部活動紹介の用紙を開く。剣道部の文字を見つめているのを気付いた春がニヤニヤしながら聞いた。


「そうだ、ゆうすけ君には会ったの?」




僕達は北高生外伝「相模瑞希という女子」




「えっ?」


 顔を赤らめ、素っ頓狂な声を出して驚く瑞希を見て微笑む春。


「北高の剣道部って強いらしいじゃない。だからゆうすけ君がいるかもしれないって思ったんでしょ?」

「……、……」

「隠さなくたっていいじゃないの。私と瑞希の仲なんだから」

「……ゆうすけって名前の人ならクラスにいたけど……」


 瑞希の声がいつもより小さく、覇気がない。


「あぁ、坂元君?あの背の小さい」

「そう。あの時のゆうすけ君も私より小さかったから……」

「で、瑞希の事覚えてたりした?」

「しっ、知らないよ!聞いたことないもん……」

「どうして?」

「だって……恥ずかしいよ……もし違ったらって考えると」


 瑞希は袖で赤くなった顔を隠す。春はその仕草を見て小さく震えていた。


「あーもうっ!かわいいんだからぁ!」


 我慢できず瑞希を抱きしめる春。春の豊かな胸に瑞希の顔が埋もれる。


「ちょ、くるし……」

「私の前だけそんなしおらしくなっちゃって、かーわいぃ」

「む、むぅ」




 その様子を遠くで見ていたか見ていないかはさておき、秋葉が通りすがっていた。メールを見て驚愕の表情で自転車を漕いでいた。


「え、シャンプー切れてんの?そりゃ大変だ」





―――――――――――――――――――――――――――



 それから何日か経過したある日の昼休み、春と弁当をつつきあっていていた瑞希は、すぐ隣の席の女子がこちらを見ていることに気付いた。


「……えーと。どうしました?」

「あ、よかったら弁当一緒に食べてもいいかなーって」


 彼女は戸川有希。入学式の翌日まで様々な事件に巻き込まれていた秋葉の彼女である。


「戸川さん入学式の頃とキャラ変わったよね」

「そ、そう?」

「入学式の時とか暗すぎて話しかけられなかったもん」

「あ、あはは……」


 それもそのはず、戸川はSSKの手により皓の力に操られ、秋葉を殺そうとしていたのだから。しかし外伝ではその話は隅に置いておこう。


「私知ってるわ。高校生デビューってやつでしょ?」

「うーん……ちょっと違うかなぁ。でも前までは桜井さんみたいに明るかったのよ?」

「春、でいいわよ。瑞希も瑞希で。私はユッキーって呼ぶから」

「じゃあ、春ちゃんみたいに明るかったのよ。ちょっと昔にね……」

「ふーん……でも変われたならよかったじゃないの」


 春が瑞希の卵焼きをほおばりながら続ける。


「瑞希も変わってみたら?」

「変わるって、何をどう変えるの?」

「例えば……キャラを変えるとか。その男勝りなところ、かっこいいし私も好きだけど……もうすこし女の子らしくしたら?私の前だけじゃなくて」


 最後の一言で何を思い出したのか、瑞希は顔を赤くした。


「ばっ……!」

「え、春ちゃんは瑞希ちゃんのこと何か知ってるの?」

「知ってるも何も、幼稚園の頃から一緒だし、今は一緒に住んでるんだもん」

「うん。私達も昔、ちょっとあってね……」


 少し暗い表情をした瑞希を見て、戸川はすぐに謝った。


「そうなんだ、ごめんね」

「ううん、気にしてないからいいよ」


 その時、秋葉達が購買から帰ってきた。


「でさー、俺はショートがいいと思う訳よ」

「はぁ?ロングだろ。坂元は何にもわかってねぇな。なぁ長谷?」

「まぁ、髪型だけで好きだというなら……俺はウエーブのかかったミドルからロングかなぁ」


 購買のサンドイッチに噛り付きながら好きな(アニメキャラの)髪型について語り合う。その姿を見て、春は小さく笑った。


「男子は馬鹿ねぇ。そこだけじゃないのに」

「そうよね。ねぇ瑞希ちゃん?」

「……、……」


 瑞希は答えることもなく、髪を触り考え込んでいた。


「……瑞希ちゃん?」

「坂元はショートが好き……なのか……」

「瑞希?どうしたの?」

「えっ!?い、いやなんでもないよ」


 ぽつりとつぶやいた言葉が聞こえなかったことに胸をなでおろした瑞希は弁当に視線を落とした。








 その日の放課後。

 剣道部に入部した相模は自前の胴着を身に着けて素振りの練習をしていた。北高校の剣道部は男女混合部であり、性別、学年の壁を越えて実力を重視する。最も強い者が部長となり、大会にも優先的に出ることが出来る。その為、生徒たちは部長の座を求め、技術を磨くのだ。


「よっし1年!今から俺達がクラス決めトーナメントを行う!出ると言うものは名乗り上げよ!」


 現部長の一声がすこし狭い剣道場兼柔道場に響く。まだ高校生活が数日しか経っていない1年生の中には、中学時代に他の運動部や文化部だった素人もいる為、参加は任意である。現時点でまだ購入した防具が届いていない生徒もおり、1年生のほとんどが参加資格を持っていないに等しいのであった。


「……はい」


 瑞希が手を挙げる。しかし周りの1年生は誰一人と手を挙げる者はいなかった。


「なんだぁ?今年の1年はへっぴりばっかりか?女の子一人しかいねーとはなぁ!」


 現部長が笑う。それにつられて副部長達も笑う。瑞希は部長を睨んだ。


「馬鹿にしないで欲しいですね」

「おお、怖い怖い。小さい女の子相手だから手加減してやらねーとな」

「部長早くも退部者ださないでくださいよー?」


 瑞希を完全に見下した部長達が防具をつけ、トーナメント表に名前の磁石を貼った。瑞希はその部長と初戦で当たるようになっていた。それもそのはず、現在北高校剣道部ではこの部長に敵う者はおらず、挑戦した部員たちは皆剣道部を退部するか、所謂側近として部長の腰ぎんちゃくになるかの2択しか選択肢がなかったからだ。その為トーナメント表と言っても決勝戦だけの簡易的な物だった。




「おっ、やってるやってる~」


 剣道部員以外の声がし、一同が振り向くと、そこに小柄な1年男子生徒が顔を出していた。


「なんだぁ?入部希望者か?」

「あーいや、俺は帰宅部なんで。ただ剣道が好きだからね。見学させて欲しいな~って」

「冷やかしなら帰れ1年坊主!」


 竹刀を持って殴りかかろうとする部長を副部長が止める。


「ぶ、部長!マズイっすよ!この人知らないんですか?」

「あぁ?このチビがなんだって?」

「この北高校剣道部の遠征練習でお借りしてる坂元道場の息子さんですよ!」

「あ?ああ……そういえば見たことあるな」

「おう、覚えてたか、オッサン」


 胡坐をかいて見学する小柄の男子生徒とは坂元悠介。


「オッ……!?」

「近くを通ったらトーナメントだって?楽しそうだから見に来たんだ。それとよ。さっきそこの1年女子をバカにしたよな?1年女子だからってあなどんじゃねーぞ」

「なにぃ……?」

「な、相模!」


 坂元が瑞希を見つめる。瑞希は顔を赤らめていたが、面のおかげで誰にも気づかれなかった。


「坂元……余計な事を言わなくていい」

「ほぉ、そうかいそうかい。わかったよ。……とまぁ、そんなところだ。部長さん」

「へっ!所詮中坊の「強い」なんてたかが知れてるぜ。いいだろう。手合せ願おうか。一本先取でどうだ?」


 部長がずかずかと瑞希に歩み寄り、竹刀を突き付けた。瑞希はそれを小手で軽く払い、


「……お願いします」







 試合開始の合図と同時に双方が踏み込んだ。お互いの竹刀を斜め十字に絡める、鍔競り合いが数秒続いた。剣道部員たちはおろか隣の柔道部員でさえ組合を中断し見学するほどの迫力であった。


「グッ……こいつ、強ぇ!」


 部長の身長は180㎝を超える大柄な体格だ。しかし150数cmの小柄な瑞希とほぼ対等に力勝負をしている。


「体重移動が甘い……だから私に力負けするんです」

「……だったらこれはどうだ」


 部長が足を瑞希に突出し、瑞希はそれを踏んでバランスを崩した。刹那、競り合いの均衡が崩れる。


「!!」

「めえええぇんッ!」


 力が弱まった瑞希を部長が強く押し出し、竹刀を振り上げた。


「面が決まる……!」


 部員たちは誰もがそう思っていた。だが、瑞希はそう思っていなかった。

 瑞希の面越しからでも見える鋭い視線が部長を貫いた。瑞希がすっと突き出した竹刀の剣先が、部長の竹刀の剣元に絡みつく。振り下ろしている勢いがあるため絡みつかれた部長の竹刀は大きく撓み、部長の手を離れた。


「ん、あれは……」


 部長の竹刀が地面につく寸前、剣を持ちなおした瑞希が大きく一歩踏み込み……


「――ぇん!」


 一本。

 勝負は10数秒足らずで決着となった。面を喰らった部長は前のめりに倒れ、そのまましばらく動かなかった。剣道場兼柔道場にいる者は皆、その姿を口を開けてみていた。


「……一本先取、でしたよね」


 面と防具を外し身軽になった瑞希はトーナメント表の自分の名前の磁石を勝ち進め、周囲を見渡した。


「ぶ、ぶちょぉ~!!」


 ようやく現実に戻ったのか、副部長達がはっとして部長に駆け寄る。


「相模!やってくれたな!」


 2年生達が瑞希の元へ駆け寄り、讃えた。瑞希は彼らに礼を言い、出口から立ち去る男子生徒を追った。





「さ、坂元!」

「あん?どうした。なんか用か?」

「お前は……あの時のゆうすけか?」

「あの時?どの時だよ」

「私が不審者に襲われてたのを助けてくれたのって……」

「んー……覚えてないな。人違いだと思うぜ」

「そ、そうか……」

「でも……」


 落胆している瑞希を見て、坂元は細い目を少し開いて笑った。


「強くなったじゃねぇか。ま、俺には及ばないけどな」


 ……やっぱり。あの時のゆうすけ君だ。

 そう思った瑞希は、思いを伝えようと口を開いた。


「あ、あのな坂元……」

「あーっ!もうこんな時間だ!相模、その話また今度でいいか?」

「え?」

「春のアニメ祭りが始まる時間なんだよ。じゃな!」


 そういうが早いか坂元は脱兎のごとく走り去った。独り残された瑞希は突き出した左手をゆっくりと胸に当てた。


「一本、取られたな……」













 次の日の朝、桜井家。


「ちょっとー!?どうしちゃったの瑞希!?」

「ん?なにが?」


 大きな声を出して驚く春と、朝食の玉子焼きをほおばりながらキョトンとした瑞希。春が驚くのも無理もない、瑞希のロングヘアーがショートボブになっていたからだ。


「あんなに長くて綺麗な髪を切っちゃったの?」

「うん、これから部活でも道場でも剣道やるわけだし、鬱陶しくなったからね」

「うぅ、可愛かったのになぁ……でも、ショートの瑞希も可愛いけどね」

「結局言うこと一緒じゃん!」


 二人は仲良くふざけ合っていたのであった。




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