時を超えた想い
季節は春。
場所は県立北高校よりも東に位置する大橋、時の架け橋。
「……ここまでか、いけると思ったのにな」
「あははははっ、どうしたの?もうおしまい?」
時間の止まった時の架け橋で2人の男女が笑いあっていた。否、笑いあっていたは適切ではない。一方は満身創痍で自分に諦めがついた笑みだ。もう一方は自分は傷一つなく、傷だらけの相手を嘲笑っているからだ。
「……しょうがねぇ、諦めるよ。俺の負けだ。目を瞑ってるから一思いにやってくれ」
「じゃあ、トドメね」
女子高生、戸川有希が私服の男、原秋葉に向かって刃物を手に走っていった。
僕達は北高生外伝「時を超えた想い-もうひとつの結末-」
バチッという音がすると、秋葉は瞑っていた目をゆっくりと開いた。すると目の前2メートル先で戸川が苦しんでいるのが見て取れた。刃物を持つ右手が動いていない。
「ゆ……有希?」
「なぜ……なぜ邪魔をするの!」
戸川は笑っていた顔はどこへいったのか、恐怖と怒りが入り混じった表情で右手に向かって叫ぶ。
すると2人しかいないはずの静止した時間から、戸川の体の中から、もう一つの戸川の声が響いた。
『邪魔……そうね。邪魔するわ。貴女に秋葉は殺させない』
「どうして!貴女は私が殺した……秋葉を殺す為!」
『そう。貴女は私を殺した。だけどこの体の主は私よ。この器は誰のものでもない。私の物よ』
「有希、有希なのか!?」
ぼろぼろの身体を引きずり、秋葉が叫ぶ。戸川はその声に反応したが、右手だけが止まっているのか、その場から動こうとしなかった。
『そうよ秋葉。私は皓に殺された感情。表にいる私が私を殺した皓の力なの』
「うるさい!秋葉を殺せば……秋葉を殺せば黑が手に入る……!」
『秋葉の為に秋葉を殺すのよね。私は貴女の目的を知った。だけど、そうはさせないわ』
戸川はそういうと右手で己の身体に刃物を突き刺した。戸川の血が橋を染める。
「ゆ、有希!?なんで!」
『私に秋葉は殺せない。殺させない。だったら私が死ぬまでよ。でも死ぬのは私じゃない、貴女よ』
「なんで!?なんで!?皓をもってなぜ黑を求めないの!」
血が噴き出しているのにもかかわらず表の戸川は叫ぶ。前に進もうとするがやはり右手が動こうとしない。
『なぜ?私には黑を求める必要がないからよ。貴女は所詮物質。私達のような感情には勝てないの』
「そうだ、有希!思い出せ!自分が皓を「使う」立場だと!」
秋葉は自分の怪我を忘れ戸川を見つめた。戸川の表情には、涙があふれていた。この涙は恐怖か、絶望か。流しているのは感情か、物質か。秋葉にはわからなかった。
「どうして……?あんなに私が傷付けたのにどうして貴方は私を見つめられるの……」
「俺が見ているのは皓、お前じゃない。名称未設定YU、戸川有希を見ているからだ」
『トドメよ、私……』
そういうと戸川はまた、自分の体に刃物を突き刺した。
「ああぁぁぁあああああっ!!」
戸川が大きく叫ぶと、黒くまた白い気体のようなものが戸川から噴出され、糸が切れたように倒れこんだ。秋葉は足を引きずりながら、戸川の元へ駆け寄り、抱きかかえた。
「有希……有希!」
「あ……きは……」
うっすらと開いた瞳には、皓の力だけでなく、生気すら宿っていなかった。しかし、戸川は生きている。秋葉は安堵の笑みを浮かべた。
「よかった……どこかへ行こう。SSKのいない時間に」
「……いいの?私は……」
「安心しろって。もう大丈夫。だから俺は構わんさ。有希さえよければ」
「私は……あ、秋葉がよければ」
「じゃ、決まりだな」
そういうと秋葉は戸川を抱きかかえたまま、橋から飛び降りた。
「俺が、俺達が、過去から世界を変えてやる……!」
秋葉の声は誰が聞く訳でもなく、静止した時間に響き渡った。
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彼らがタイムリープしたのはそれから18年前。原秋葉が生まれる5年前である。
出来たばかりの時の架け橋で、2人の男女が血だらけになって倒れていたことは地方新聞で大きく取り上げられた。
警察も殺人未遂事件ではないかと捜査を進めていたが、この2人の戸籍が存在しないことや、その時間に目撃者がいないことから捜査が難航し、捜査を打ち切ったことを知ったのは秋葉が目覚めてからだった。幸い命に別状はなく、入院していれば完治するとのことだった。
「ふーん、『謎の男女、死にかけで現る!!』か……」
秋葉は折れていた足をさすりながら、病院のベッドで週刊誌を手に読んでいた。
「もちっと面白い書き方ってのはないもんかねぇ」
「週刊誌なんていつの時代もそんなものよ」
隣のベッドでは同じ週刊誌を読む戸川が刺し傷のあった脇腹をさすりながら秋葉を見た。
「……秋葉、これからどうする?」
「そうだな……まずは拠点を探さないと。俺達は今何もないわけだし」
「そうね」
2人しかいない病室。窓を見ると、洗われて血がほとんど消えている戸川の制服と、秋葉の私服が風に揺れている。
「俺が有希のストーカーで、有希に交際を求め断られた結果有希を刺し殺そうとした!?ばかげてるぜ……」
「こっちじゃ私と秋葉が宇宙人にやられたって書かれてるわよ。世も末ね」
「俺達は未来人なんだけどな」
「それを言ったらだめじゃない」
病室に2人の笑い声がこだまする。
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2人の傷が癒えて病院を後にしたのはそれから2か月、夏も近づく6月のことだった。夕日照らす病院で、退院手続きを取り終えた2人は病院の入り口で互いに花束を交換した。
「まずは退院おめでとう」
「ありがとう……秋葉もね。それで、あの時間から18年前に来たけど、これからどうするの?」
「ああ、そのことなんだが……」
そういうと秋葉はポケットから小さい包みを取り出し、戸川に渡した。
「なぁに、これ?」
「あけてみろって」
戸川が包み紙を開けると、そこには小さな消しゴムと指輪が入っていた。
「ほ、ほら……俺が転校して2日目だったかに消しゴム忘れて半泣きになってた時あっただろ?その時、有希に貸してもらったんだよ。返すのを忘れててごめんな。小さくなっちまったけど、返すよ。そ、それとさ。付き合うのは有希からしたらあの戦いのあとの話なんだけど、お、俺と付き合ってくれないかな……結婚を前提に」
「……ふふっ」
戸川はハトが豆鉄砲を食ったような顔をしてから小さく笑った。
「昔からそういうところ、貴方らしいわね」
戸川はそういうと、指輪を自分の薬指にはめた。
「私こそ、よろしくおねがいします」
戸川は目に涙が溜め、秋葉を見つめた。しかし、18年後の戦いで見せた絶望と悲しみの涙ではない。喜びと幸せの感情があふれた涙だ。その証拠に戸川の顔はうれしさにあふれた満天の笑顔だった。
夕日は煌々と輝いていた。