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長谷雄理のユウ鬱


 季節は夏。

 場所は市立北中学校。


「ふむ、そこでこの式が……」


 朝早く、他に誰もいない図書室で分厚い本を読んでいる少年がいた。名前は長谷雄理。中学2年生。物理に興味があり、そういう文献をよく読むのが趣味であった。


「それでこのXが……いや、ここではχか。まぁどっちでもいいや。Xが……」


 長谷の指がくるくると回る。頭の中で計算式が渦巻いているのでそれをひも解いているのだ。ふと、文献を読む手が止まる。


「えっと……魔法を使うにはどうすればいいんだろう……」


 誰もいない静かな図書館で、独りつぶやいていた。




僕達は北高生外伝「長谷雄理のユウ鬱」




「まぁ、やっぱりどうしても今の物理法則に倣っていては魔法なんて使えるわけがないし超常現象なんて起きるはずがないんだ」


 ひとしきり文献に目を通した長谷はそういいながら教室へと入る。そこには2人の友人が長谷の机の周りに立っていた。


「よぉ。また勉強か?かったりーな」

「今日は何について調べてたんだ?」


 中学で新しく知り合った友人の原秋葉と坂元悠介だ。彼らは長谷の趣味を知っている。


「ああ。今日は物理の概念を外れた現象を作るにはどうすればいいのかっていうテーマで調べていたよ」

「相変わらず何考えてんのかさっぱりな内容だな」


 坂元が長谷の机に座りながら笑う。確かに、毎日のようによくわからないテーマにそって文献を読み漁る姿は少し変人に見えるだろう。しかし友人の秋葉たちもそれと同レベルで変わっている。


「まぁ、お前たちの言ってる不思議な世界ってのも俺からしたら非物理的で変わってるけどね」

「お互い様、ってやつだな」


 顔を見合わせ、笑う。朝の部活終了のチャイムが鳴る。長谷は借りてきた本を取り出し、読み始めた。


「俺もなんか超能力みたいなの使ってみたいな」

「使えばいいじゃねぇか。あるだろ、ほらお前の右目に……」

「ぐぁっ!ち、力が……ッ!!なーんてな」


 秋葉と坂元はじゃれあいふざけあっている。長谷はそんな2人をみて笑うのであった。




 その日の夕方。

 長谷は秋葉達と別れ一人で帰路を歩いていた。


「おっ、雄理じゃないか。今帰りかい?」


 その言葉に振り向くと、長谷の叔父が手提げ袋を手に歩いてきた。

 長谷の叔父は大学教授で、宇宙に関する研究をしている。現在は宇宙を構成するものを探究しているのだが……


「あっ叔父さん。どうしたのこの時間に。研究?」

「まぁ、そんなところかな。雄理、勉強はどうだい?」

「うん、まぁ大丈夫。志望校はいけると思うよ」

「うんうん。それなら上出来だ。兄さんは元気かい?この間風邪を引いたって聞いたけど」

「父さん?まだ咳は出るけど熱もある程度下がったし元気だよ」

「近くに立ち寄ったから兄さんのお見舞いに行こうと思ってたんだけどこんな時間だし、お土産を雄理に託しておくよ。渡しておいてくれるかな?」

「うん、いいよ」

「それと。これ」


 そういうと長谷の叔父は1枚のディスクを手渡した。


「なに……これ?」

「私の研究チームで使っているシミュレーションソフトだよ。宇宙の広がり方とか地球の生い立ちをシミュレートするために作った独自のソフトだよ。こういうのに興味あると思ってコピーしておいたんだ」

「えっ、ありがとう!」

「じゃあ、兄さんによろしく」

「うん、叔父さんこそ気を付けて!」


 長谷は叔父から受け取ったディスクと袋を手に、家へと帰った。











 季節は秋。

 あれからのこと、長谷は叔父からもらったシミュレーションソフトを用いて実験ばかりしていた。

 ある日の放課後、教室を去ろうとする長谷に秋葉と坂元が話しかけてきた。


「おーい長谷、今日も何かの実験か?」

「そうなんだ。悪いが先に帰ってくれ」

「いや、そうはいかねぇ」

「どうして?」

「たまには見せてくれたっていいだろー?」

「ま、まぁいいけど……」


 長谷はコンピュータ室に入るなりマザーコンピュータを起動、コマンドプロンプトを開きコマンドを打ち込み、セキュリティソフトを解除した。


「おい、いいのかそんなことやっちゃって」

「ほんの数十分の間だけだ。誰も気づかないさ。マザーのPCを使って子機である普段俺たちが使うPCの性能を借りないとこのプログラムがまともに動かないんだ」


 そういうと長谷はシミュレーションソフトを起動する。それと同時に、子機となったPCが次々と音を立て起動しだした。秋葉が読み込んだファイルのタイトルを指差し問いかける。


「なんだ、STPって?」

「略称ってやつだ。まぁまた今度意味は教えてやるよ」

「それで、これは何のシミュレーションなんだ?」

「ああ。例えば、このPCの中の世界では魔法が使えると仮定しよう。

 そうすると、この世界での常識が俺たちの世界では非常識となる。俺達は魔法が使えるわけじゃないからな。

 ここまではわかるな?」

「ああ」

「では、何らかの手段を用いて仮に魔法が使える仮想世界をこの現実に存在させたとする。

 そうすると俺たちがいるこの世界と入り込んできた世界がお互い均衡を取ろうとして常識の境界が揺らぐんだ。

 ちょうど、お湯が水と混ざるとお湯が水に熱を渡し水はお湯から熱をもらいお湯と水は均一の温度になるように」

「ふむふむ」

「それで、俺たちの世界でも魔法を使うことができるようになる、ってことさ」

「なるほど、さっぱりわからん」

「原理を理解しなくてもいいんだ。魔法を使える、つまり変化する環境に適応力のある人だけが魔法を使えるようになるんだから。まぁこれはたとえ話だからね」


 長谷がキーボードを叩きながら言う。未完成ではあるが、シミュレートの結果は上々。STPは着実に完成に近づいてきていた。









 季節は冬。

 中学2年生も終わりに差し掛かっているが、長谷の研究もまた終わりに差し掛かっていた。


「問題はこれをどうやって実行するか、だ。本当はその物質そのままに複製できたらいいんだけど……まぁ現在存在する物理法則に倣っていては新しいものなんて見つかりっこないんだよなぁ」


 長谷は頭を悩ませていた。

 長谷の作っているSTP、これを使っていかにして世界改変をしてみようか、と。




 ある日の夜。

 夕飯を済ませた長谷は食後のコーヒーを飲みながらリビングでテレビを見ていた。


「最近はくだらない番組ばっかしだな……ニュースもありきたりだし。

 秋葉たちの言う平凡な世界だってのがこういうことなんだな」


 チャンネルを適当に回していると、とあるニュース番組で長谷の手が止まった。

 『長谷研究チーム、新たなる発見か!?』

 その見出しの長谷とは、長谷の叔父のことだった。


「叔父さんのチームじゃないか……」


 長谷はニュースの音量を少し上げて、長谷の叔父が行っている会見の様子をまじまじと見つめた。


―――――――――――――――――――――――――


「私たち研究チームが追い求めているもの、それは宇宙の真理、ビッグバンの真相です。

 真相を知るには、真相に立ち会えばよいのです。しかし私たち人間は宇宙や惑星と比べとても短命です。

 そこで私たちは考えました。『すべてを私たちの目で見るのではなく、私たちが見た一部をすべてに直せばいいのではないか』と。

 現在を記録しておけば、過去にこれが何で構成されていたかも、過去に何が起こったかも、すべて現在に痕跡が残ります。

 つまりその痕跡をたどれば過去がわかります。そしてその痕跡をどう放置すればどうなるか、

 どう影響を与えればどうなるか。これを計算すれば未来を予測することが可能です。それを可能にするには我々は何をどう観察すべきか。

 それを解決するため、新たな機械を発明いたしました」


 カメラが布のかかった、人よりも大きな機械に視点を移す。布が取れると、そこにはドラム缶状の装置があった。


「……高分子核加圧式原子計測器。分子を構成する原子を用いて、一種の核反応を起こします。

 短命の原子でもこれを用いることで長く存在することができ、その原子についての詳細を事細かに観測することができます。

 私たちはこの装置を用いて、先ほど申し上げた現在から過去と未来の推測を行ってみたいと考えています。

 さらにこの装置で新たな原子の発見に貢献できたらいいなと考えております」


―――――――――――――――――――――――――


 長谷の叔父はまだ話を続けていたが、テレビではそこで次のニュースへと進んだ。長谷は飲みかけのコーヒーをそのままに、自分の机へと向かった。パソコンを取り出してSTPとそのシミュレーターを起動する。


「叔父さんのそれを使えば……もしかしてこの世界の実現が……」



長谷は暗い部屋で1人、小さく笑った。


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