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相模瑞希という女子

 冬。

 世間で言えばいわゆる受験シーズンだ。

 中学3年生、相模瑞希も、その受験に追われていた。18時過ぎ故空は既に暗く、吹く風も冷たい。


「はぁ……さむいねぇ」

「うん、寒いよ」


 中学校の補習を終え、瑞希は幼馴染で親友の桜井春と共に徒歩で帰路についていた。マフラーを顎まで上げ、ロングヘアーを冬風に靡かせる。


「あんなことがあったけど……おばぁちゃんたちが支えてくれるんだし、頑張らないとねぇ」

「そうだね。そうだ春、夕飯何にする?」

「ん~?そうねぇ。昨日お鍋だったから、今日はお饂飩にしましょ」

「うん、いいね。温まろう」


 踏切で立ち止まる。2人の吐く息が白くあたりを染める。瑞希は隣に立つ自分より少し背の高い幼馴染に話しかけた。


「……ねぇ、春?どうして北高校受けるの?」

「えっ?どうして?」

「ちょっと気になっただけ。私は剣道部が強いから選んだけど……」

「私はただ何となく、よ。そういえば、瑞希が探してるあの子って見つかったの?」

「えっ?」


 顔が一気に赤くなる瑞希。春はニヤニヤしながら瑞希を見つめ、続ける。


「たしか、竹刀で倒しちゃったんだっけ?」

「そうよ……」


 瑞希が空を見上げる。そこにはちらちらと雪が降っていた。瑞希は思い出す。そういえばあの時もこんな風に雪が――――――


僕達は北高生外伝「相模瑞希という女子」




――――――――――――――――――――――――――――――



 それは7年前。

 小学2年生の幼き相模瑞希は剣道を始めたばかりで滅法弱く、練習試合でも負け続けの日々が続いていた。

 あくる日、瑞希は総合体育館で行われる大きな大会に参加することになり、もちろん1回戦敗退。悔しさで泣きながらも他の道場の選手や、自分の先輩が活躍する様を、2階のギャラリーで見ていた。


「私も、あんな風になりたいなぁ……」


 独り、参加賞のジュースを啜りながら、瑞希は思うのであった。



 その帰り道。寒空に雪がちらつく夕方を、瑞希は歩いていた。


「悔しいなぁ……もっと強くならないと……!」


 独り考え事に耽っていたせいか、いつの間にか帰り道と知らない道に入り込んでしまったのだった。


「あ、あれ……ここどこ?」


 街灯ひとつない、真っ暗な田んぼ道。瑞希は立ち尽くしてしまった。学校で言われていた、「暗くなったら街灯の無い道には行かない」を破ってしまったのだ。そこに、瑞希以外の一つ大きな人影が存在していた。その人影は瑞希に向かってずんずんと近づいてくる。


「ひっ……!」


 不審者が近づいてくる。幼い瑞希にはそれが恐怖でしかなかった。


「おじょうちゃん、おじさんと楽しいことしようか?」


 大きな人影は瑞希に手を伸ばした。瑞希は怖くて目を瞑ってしまった。

 が、その手はいつになっても瑞希に触れることはなかった。瑞希が恐る恐る目を開けると、


「おいオッサン、こんな暗い道で女の子に手ぇだしてんじゃねぇよ」


 目の前に自分より身長が小さな男の子が立っていたのだった。大きく両手を広げ、瑞希を庇うように立っていたのだ。


「なんだ糞ガキ、あっち行ってろ」

「オッサンがこの子に何か用があるってんならあっち行ってやるよ」

「おじさんはこのおじょうちゃんと遊ぶんだ」

「俺知ってるぞ。オッサン学校で言われてる『ふしんしゃ』って奴だろ。そんな奴が女の子に声かけるんじゃねぇよ!」

「なんだと……この糞ガキ……!!」


 不審者がもう片方の手から何か光る物を取り出し、大きく振り上げた。男の子は瑞希に言った。


「おい、せーのって言ったらしゃがむんだぞ」


 不審者が振り上げた手を下ろそうとしたその時男の子は叫んだ。


「せーの!!」


 瑞希は言われた通りしゃがむと、男の子は後ろに手を伸ばし、瑞希の背負っていた剣道用具入れから飛び出ていた竹刀を抜き取り、不審者の振り下ろした果物ナイフを受け止めたのだった。


「このガキ……!」

「オッサン、刃物はこうやって使うんだぜ?」


 竹刀で受け止めたナイフをそのままに、男の子は素早く前進、不審者の股間に蹴りをかました。


「ぐぉっ!?」

「なんてな。おらぁっ!!」


 よろけた不審者にそのまま竹刀を持ちかえ、


「面っ!!!」


 一本。

 不審者はコンクリートに叩きつけられた。男の子は残心もしっかりと取っている。瑞希はこの型を知っていた。


「間合い受け反撃の型その3……」

「おっ、なんだ知ってるのか?とにかく、こっちこい!」

「えっ、ま、待ってよ!」


 男の子は瑞希の手を取り、走り出した。瑞希もそれに引っ張られ、走り出す。




 瑞希の家の近所の公園。男の子と瑞希は明るい場所まで逃げたのだった。


「はぁ、はぁ、ここまでくれば……大丈夫だろ……」

「はぁ……ありがとう」

「礼はいいってことよ。あの辺は不審者が多いからな。なんだってあんなところに一人でいたんだ?」

「道に迷っちゃって……」

「道に迷った?総合体育館からあんな場所までどうやって行けば着くんだよ!?」


 男の子が公園の周辺地図を指差した。


「いいか?ここがこの公園で……お前がさっきいたのがここ。どこをどう迷えばそっちに行くんだよ」

「えへへ……」

「やれやれ……ほら、膝擦りむいてんぞ」


 そういうと、男の子はハンカチを差し出した。


「あ、ありがとう……」

「それと、お前相模道場の子だろ。1回戦負けした」

「どうして私の事?」

「剣道の鞄。道場の名前彫ってあるだろ」

「あっ、ほんとだ」

「まったく……うー寒い。俺もう家帰るぞ。お前も明るい道通って帰れよな」

「うん、ありがとう」


 走り去る男の子の背中を見て、ふと思い出した瑞希は、


「ねぇ!名前は?」

「あ?弱い奴に名乗る名前なんてねーよ!強くなれよ!」


 ぶっきらぼうにそういうと男の子は走り去っていった。瑞希は握りしめたハンカチをふと見る。そこには「ゆうすけ」と刺繍されていた。



――――――――――――――――――――――――――――――




「ゆうすけ君……」


 春が瑞希の声色を真似してつぶやく。


「ちょっ、春ったら!」

「ふふ、いい思い出じゃないの。それから剣道猛練習したんだってね」

「べ、別にその子に言われたからって訳じゃないわよ?ただ、私がこのままじゃだめだって思ったからで……」

「どーだか」

「な、なによもう!!」


 照れたように頭を振る瑞希とそれをからかってはしゃぐ春。2人の影は街灯に明るく照らされていた。


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