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05

 沈黙のハピュレの森店内。

 私はいま、ウォルスさんと対面して、テーブルに腰掛けています。


「ウォルスさん、一つお聞きしてもよろしいですか?」

「なんだよ、畏まったりして」


 頬杖をついて、店内から祭りの様子を覗うウォルスさん。

 返事もなんだかそっけなく、話題を振られるのが気まずそうな感じがします。


「どうして調合士でもないあなたが、あんな高度なレシピをご存知だったんですか?」

「…………」


 問いかけに、ウォルスさんは押し黙りました。

 この距離感で聞こえていないはずはありません。なにか話したくない理由でもあるのでしょうか。


 今までも、腑に落ちないことはたくさんありました。

 どうしてこんな――言葉は悪いですが、オンボロな――お店の、しかも冴えない見習い調合士の私なんかに、あんなに親切にしてくれたのか。

 上級調合液なんて、そこらへんのパン屋さんで三週間くらいお手伝いをして、ようやく買えるくらい高価なものなんです。

 しかもリリックに振舞ったあの調合レシピ。

 最新の薬学書にすら載っていないレシピだった。

 まるで――


「それは……」


 私の思考に被さるようにして、ウォルスさんの言葉が重なります。


「俺が、この店のもと店主、アミラばあさんの孫だからだよ」

「孫? 孫って、あの孫ですか?」

「どの孫か知らんが、孫は孫だ」


 これは驚きです。なんとウォルスさん、このお店の跡取り孫だったという事実が、ここへきて判明してしまいました。遅すぎです。


「でもどうして、それならあなたがお店を継がなかったんですか?」

「…………」


 一々黙り込むウォルスさん。

 あなたは拗ねた子供ですか。

 やがて観念したのか、ウォルスさんは姿勢を正して座りなおし、私の目を見ていいました。


「俺は、自由になりたかったんだ。昔から、ばあさんの仕事はそばで見てきた。客に礼を言われる姿、笑顔を受ける姿、生真面目に研究する姿、自分で使って確かめる姿。やがて俺がこの店を継ぐのかと思った時、どうしても俺には無理な気がした。客に愛想振りまくのも、研究にひたすら打ち込んでより良いものを提供し続けていかなくてはならないのも。そんなことを考えた時に、俺は果てしなくどこまでも逃げ出したくなったんだ」

「…………」

「そんな時、街で出会った。行商人に。色んなものを仕入れ、売っている姿。街から街へ動き、いろんな奴と出会う、そんな気ままな、自由な生き方。物心ついた時には、自然に憧れるようになっていたんだ。そして俺は、十四歳の時に街を、家を出た――」


 唇を噛み締めたと思ったら、切実そうな表情で、ウォルスさんは続けました。


「けどそれから数年後。ばあさんは、死んでしまった。俺はそれを、フォロンに戻ってきた時に、街の人間から聞かされた。俺はばあさんの、死んだ両親の代わりに育ててくれた恩人の、死に目に立ち会うことが、出来なかった……」


 物悲しげ俯くウォルスさん。

 なにも言えず、私はただ話の続きを待ちます。


「しばらくは何もやる気にならなかった。けど、この店にいるのだけは嫌だった。俺にこの店に入る資格なんてないだろうし、ばあさんもそんなこと許しちゃくれないだろう。そう思った俺は、文字通り、放浪に出た。当てもない旅だ。そうして流浪すること三年。たまたまフォロンに近い宿場町へ行商した時に、たまたま目にした広告。空き物件ハピュレの森の文字。俺は慌てた。思い出の、ばあさんの思い出の店が売りに出されてる。いてもたってもいられずに、俺は自然と駆けていた」


 不意に顔を上げたウォルスさん。その表情は少し嬉しそうでした。


「そしたらお前がいたんだ。街の奴に訊いたら、新しく派遣されてきた調合士だっていうじゃないか」

「……なんか、嬉しそうですね」

「そりゃあな、これでしばらくは潰れなくてすむ、そう思ったよ。でも――」

「でも?」

「こんなドジっ娘が店主になるとは、思いもしなかったけどな! ははっ」


 そこ、笑うところじゃないんですけど。

 つまりこの人、自由を求めたかったんですね。束縛された生き方が嫌だと、思い出の土地を捨ててまで、体を張って投げ打って、自由を求めにいったんですか。

 響きはかっこいいかもしれませんが、それはただ単に逃げているだけじゃないですか。


「その通りだ。俺は、逃げていた。自分の役目を捨てて、逃げ出したんだよ」

「…………」

「お前が来てホッとしたのも、お前がいれば、この店は潰れなくてすむと思ったからだ」

「じゃあ、私に親切にしてくれたのは……好意じゃなくて、もしかして、そんなことだったんですか?」

「いや、それは違う。好意だよ、好きでやってる。お前面白いし」

「そんな言葉が信じられますか!? 人を旅芸人かなんかだと、勘違いしてませんか?」

「違う、俺はお前の一生懸命さに惚れたんだ! 自分はこんなはずじゃなかった、そう思いながらも、お前は逃げ出さなかった。何度も失敗し、躓きながらも、お前は前を向いていた。俺には到底真似できない、ある種、憧れみたいなのもあるかもしれない」


 告白みたいなことをしておいて、寂しげに俯くウォルスさんからは、いつものお調子者の前面を感じられません。側面ではないです、前面、真正面です。今の大人しい子犬みたいなのが、側面だと思います。そうに違いない。


「では、どうするんですか? 私はあと2ヶ月ほどしかいませんが、いなくなった後は、どうされるおつもりですか?」


 私はここで、いたずらな質問を切り出してみました。

 本当に意味をなさない、私の中で答えが出た、というか出した結果の質問です。


「そ、それは……」


 案の定、困った表情を浮かべておろおろしています。

 目上の方をからかって遊ぶのはいささか失礼かと思いますが、ウォルスさんには、それを受ける報いがあると思うのです。この程度で済むのなら、軽い罰だと思うのですが。

 思いのほか真剣に悩んでいるのか、生真面目な顔をして机のある一点を見つめる彼は、なにやら急にがさごそと、大きなかばんの中を漁りだしました。


「…………」


 そして無言のまま、目の前に差し出された小さな小箱。

 なんでしょうかこれは? また調合が上手になる特殊アイテム、とか? ウォルスさんがくれるものなんだから、それくらいしか思い浮かびませんが……。


「あの、開けてもいいんですか?」

「……どうぞ」


 なんでそこで畏まるのか理解が出来ません。が、このまま眺めていても埒が明かないので、小箱を開けてみることにしました。

 奥に向かってゆっくり開くと、そこには見慣れない銀の輪っかが。どうやら見た感じ指輪のようなのですが……。


「あの、これは? もしかして、スキルが上がったりするリングですか?」

「違う」

「違うんですか。なら、調合が一定回数失敗しなくなるリングとか?」

「そんな便利アイテムはこの世にはない」


 それも違うとなると、うーん、検討もつきませんね。

 するとウォルスさん、ちらちらと顔を窺いながら、ぼそりと口にしました。


「婚約指輪だよ……」

「こんやく? あの芋を煮て作る、弾力性に富んだ私のバストみたいな食べ物のことですか?」

「突っ込みどころが二つあるな! それはこんにゃくで、お前のおっぱいとやらはそんなにやわらかたいのか!」

「そんな露骨な表現をしないでください、おっぱいだなんて」

「わかった、ちゃんと言葉にするから。婚約指輪を渡したのは、お前がいるなら、俺も頑張れるかなと思ったんだ。だから、結婚しよう。これはいつもの冗談じゃなくて本当だ」


 急に真剣な顔つきになったものだから、少し驚きましたが、つまり結婚ですか、結婚、へぇ~。


「って、え?」

「おい、いまさら気づいたように声を上げてんじゃねえよ。俺はてっきり誤魔化してたんだと思ってたぞ」

「それ、本気ですか? 私とこのお店を、やってくれるんですか?」

「もちろんだ。お前と結婚して、この店を盛り上げてやる。いや、盛り上げよう」

「結婚はさておき――」

「置いてんじゃねえよ! 地味に傷つくぞ」

「そうですか、言葉が悪かったですね。では保留にして――」

「変わらねえだろ! オブラートにすら包めてない……」


 面倒くさいやりとりですね。人が戸惑っているということを、どうしてウォルスさんは気づけないんでしょうか。きっと声をかけた女性にも、振られまくっているに違いありませんね。


「分かりました、では、頑張りましょう。私は、さっきのウォルスさんの話ほど殊勝な私ではありませんが、私も、逃げ出したくないですから。こう見えて、けっこう負けず嫌いなんですよ? こんなボロいお店でも、二人で頑張れば、立て直せますよね」

「じゃあ、プロポーズ受けてくれるのか?」

「それはまたの機会にお返事します」

「ああ、まあ、考える時間は必要か。そうだな、まあ、ゆっくり考えてくれ。俺はお前といられればいいんだからさ」


 さりげに恥ずかしいことを織り込まないでください。

 朝刊のチラシじゃないんですから。

 嬉しさを押し込めて、出来る限り普段の調子を繕います。こんな心の動揺を、知られたくはありませんので。

 それくらいの猫、私にだってかぶれますよ?


「ところでシャルよ――」

「なんですかウォルスさん」

「店名のハピュレって、どういう意味か知ってるか?」


 ……それ、以前も訊かれた気がしますが、まあいいでしょう。


「薬学を人に伝えた、妖精の名前ですよね? 薬学書にも、見開きのページに書いてあるほどポピュラーな話ですよ」


 調合士なら誰でも知ってることでしょう。

 けれど彼は、笑いながら続けて言いました。いつものキラキラとした、子供のような笑顔で。


「この家に、住んでるんだよ」

「なにがですか?」

「薬学の妖精、ハピュレだよ」


 本当に無邪気に、そういってのけたウォルスさん。

 私もいつの間にか、その笑顔が好きになっていたようです。


 そして、ようやく謎が解けました。

 なにって、時計の針云々の話ですよ。いつもの時間にならない目覚まし時計。

 きっと、それは本当に、妖精さんの悪戯、だったのかもしれませんね。



お読みいただきありがとうございました!

オムニバス短編集「ジョブ・ストーリー」の8作品目は、調合士のお話でした。本当はもう少し違った設定だった気がするんですが……。

いかんせんプロットというものを書いたことがない、しかもこれ、ざっと設定頭に浮かべて書き出したもので、足が地に着いてないというか浮遊しているというか。

そんな感じの、非常に中途半端なものになってしまいました。

申し訳ありません。

短編集の次回作はもう少しうまく書けるようになりたいな、と。

お読みくださったみなさん、本当にありがとうございました。

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