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04

 フォロン三百年祭当日。


 にぎやかなパレードが朝から行われ、街の人々は三百周年を祝い、心から楽しんでいる様子です。

 タウニー通りには隣町からやってきた人たちも加わり、蟻さんの行列のようなながーい列が出来ていましたよ。

 もちろん街のお店はそのほとんどがお休みで、露天に鼓笛にと、みな思い思いに憩いを楽しんでいます。


 そんな中、街で唯一お店を開けているハピュレの森。

 相も変わらず、人っ子一人やってきません。


「やはり、お店の外見がいけないのでしょうか……」


 どこからどう見ても明らかに浮いている。

 現実離れしている、と言ったほうがいいのでしょうか。

 劣化してしまった木造建築、もはや風化といってもいいくらい廃れた外見ですよ。

 でもそんなことより、通り過ぎる街の住民の奇異なものを見るような視線が気になります。

 やはりウォルスさんが言っていた通り、お祭りの日に店を開けるのはあまりよろしくないようですね。


「でも、お店を開けないとお家賃が……」


 窓に手を付きうな垂れながらため息を吐くと、背後から声がかかりました。


「おーい、シャルロット、元気出せよー。祭りだぞ祭り! 否が応にもテンションあげてこうぜ」


 テンションあげることを強制なんですか、ここのお祭りは!

 祭りだからといって暗い気持ちになってはいけないなんて規則はないはずです。

 人にも心情というものがあるでしょう?

 なにからなにまで厄介ですね、フォロンの街というのは。


 少しだけムッとしつつ、窓の外へと視線を戻した時でした。

 人々でごった返す通りの向かい側で、同じく薬局を営んでいるお店の扉を叩く人物の姿が目に入ったんです。


「あの子は……」


 短い銀髪の少年。覚えがあります。

 それは以前、十七歳であるにもかかわらず、私をおさげメガネババア呼ばわりした男の子たちの片割れでした。

 なにやら必死な様子で扉を叩く姿は、見ていて少し心苦しいですね。何かあったのでしょうか?


 しばらくその様子を見ていると、街の人から休みだから、という旨を伝えられたのか、少年はがっくりと肩を落としてしまいました。

 そして同時に街の人が私のお店を指差し、なにやら説明している様子。

 すると少年は渋面を浮かべ、俯き、少し思案を始めたようです。

 その表情からは焦りのようなものが覗えます。

 そしてやがて決心したのか、それとも背に腹は変えられないと思ったのか――――自分で言ってて物悲しく、それが事実であるのならば失礼な話ですが――――少年は勢いよく駆け出し、人込みを掻き分けながら通りを横断してきます。


 私は接客のため、店の戸口へと向かいました。


「お、シャルロットどうした? 珍しく客か?」

「ウォルスさん、一言余計です。ですがそうみたいですよ、子供さんですが、お客さんみたいですね」


 店の扉に手をかけて押し開けると、外にはちょうど少年が膝に手をつき息を切らせて立っていました。


「いらっしゃいませ! ようこそハピュレの森へ。古今東西の霊薬妙薬、効くものから効かないものまで品揃えだけが自慢――――」

「おねえちゃん!」


 ……セリフは最後まで言わせてほしいですね。私が輝ける唯一の独擅場なのに……。

 おさげメガネババアといった暴言を水に流し、精一杯の笑顔を振りまいたというのに。

 とうか今、なんと言いました?


「おねえちゃん助けて! 母さんが大変なんだ!!」


 お、おねえ、ちゃん?

 ……あぁ、なんという美しい響きでしょうか、『おねえちゃん』

 脳内にクリアに響き渡る鐘の音のように、言葉が何度も木霊していきます。

 あのおさげメガネババアと罵っていた少年が改心し、私をおねえちゃんと呼んでくれた。

 これほど嬉しいことが、この街に来てからあったでしょうか? 否! 断じて否です!!


「おーいシャルロット、用件聞かなくていいのか? なんか切迫してるみたいだぞ」

「はっ!? 私としたことが……」


 これでは豚もおだてりゃ木に登る、みたいなやっすい女に見られてしまうじゃないですか!


「おほんおほん! で、なんでしたっけ?」

「母さんが急に倒れたんだ!」

「そ、それは大変ですね。……分かりました、ですから落ち着いて。とりあえずその時の状況と、今の容態、そしてそれ以前に変わったことがなかったか聞かせてもらえますか?」


 とりあえず興奮状態をなだめようと、優しいトーンで静かに語りかけました。

 少年は頷き、私の指示に従ってテーブル椅子に腰掛け、隣り合わせになって話を伺います。


 話によれば、この少年の名はリリック。もう一人の金髪の少年はレリックといって二人は双子の兄弟だそうです。

 父親は単身赴任で遠くの街で働いていて、現在は母と三人暮らし。

 今日の朝方、朝食の準備をしている時に母親が急に倒れ、今はベッドで休んでいて、兄のレリックが傍に付き添っているそうです。

 熱が少し高く、頭痛を訴えていて咳もしているそう。

 この三百年祭の準備にも忙しなく参加し、二人の世話と家事も全てこなしていたと、リリックは母親の大変さを必死になって話してくれました。


「――だいたい分かりました。おそらく疲れからきた風邪だと思います」

「母さん、良くなる?」

「任せてください! そのための薬屋、ハピュレの森ですから」


 立ち上がり、私は薬学書を取りに本棚へと向かいました。

 そしていくつもある分厚い本の中から、いつも勉強に使っている新しい本を一冊取り出します。


「ええと、おそらく万能風邪薬ですべて事足りると思うんですけど……。ちょっと待ってくださいね、いま材料の確認をしますので……」


 万能風邪薬。

 それは風邪の症状に当てはまるすべての症状の回復に一役買ってくれる、文字通り万能なお薬です。

 でも、残念ながら今の私の調合レベルでは程遠い、上級の調合薬なのです。


「材料、材料……」


 もちろん調合なんて試したことは一度もなく、成功率なんて極めて低いでしょう。

 用いる材料もそれは高価なものでして。

 竜の薄羽、竜の鱗、マンドラゴラの根、ジャック・オ・ランタンのへた、ノブル草の葉脈を使うそうです。

 棚からそれぞれを取り、手持ちの籠へと入れていきます。


「あるにはあるのですが……」


 けれど材料確認をしてみて気づいたことがあります。

 失敗を考慮してみても、二回分の量しか葉脈がありません。

 普通、調合薬は何パターンか違う材料でも作れることが基本系なのですが……。

 万能風邪薬は一パターンしか記載されていないのです。


「どうしましょう」

「やるしかないだろう、シャル」


 棚の前で狼狽えていると、背後から声がかかりました。

 振り返ると、真剣な眼差しで以前もらった上級調合液を差し出すウォルスさん。


「それは……使いません」


 首を左右に振り、私はキッパリとお断りしました。


「なんでだ? お前、まだ初級のものしか成功してないんだろ? 自信があるのか?」

「自信なんてありません」

「じゃあ――」

「でも、そんなものに頼りたくはないんです。私だってやれば出来るってことを証明したい。自信をつけるためにも……。そうでなきゃ、頼ってばかりじゃ……前には進めませんから」

「歩み出そうと、していたのか……」

「悔しいですけど、逃げてばかりじゃ、母に顔向けできませんから」


 驚いた顔をしているウォルスさんへ真剣な顔を向けると、納得してくれたのか、上級調合液を棚へと戻してくれました。


「ありがとうございます」


 一言お礼を述べてから、私はリリックの待つ調合用のテーブルへと戻りました。


「大丈夫、おねえちゃん?」

「安心してください、私やれば出来る子だって……」


 あ、言われたことなかったんでしたっけ?


「なんでそこで固まってるの?」

「えっ? と、とにかく、やらなければなにも始まらない。ですのでやります始めますですよ!」

「動揺してるじゃねえか……」


 背後からウォルスさんの呟きが聞こえましたが、この際耳に入らなかったことにしておきましょう。


 万が一。もう一度言います。

 万が一、爆発してしまった時に危ないので、リリックにはテーブルから離れていただき、ウォルスさんの傍で見守っていてもらうことにしました。

 分厚い薬学書を開き、万能風邪薬のレシピに沿って調合を開始します。

 竜の鱗、マンドラゴラの根、ジャック・オ・ランタンのへた、ノブル草の葉脈を分量を正確に量り、薬研で磨り潰し、竜の薄羽と呼ばれるドラゴンの羽を薄く削いだもので包みます。


「準備は整いました……薬液に漬け込みますよ」


 ゴクリ、と静寂な店内――いえ、外は賑やかですが――に響く見学者二人の唾を飲み込む音。

 どうやらかなり緊張しているようですね。

 そういう私は、先ほどからプルプルと腕が震えて、中々試験管の口へ物を入れられないでいました。

 試験管の中では、調合液が今か今かと、遅い! とまるで抗議しているようにふつふつと沸いています。


「なあ、本当に大丈夫かシャルロット……」

「うるさいですね、神経を使う作業なんです、いま話しかけないでください! ――あっ!!」

「「あっ!?」」


 私の声に続くように、二人の驚きの声が聞こえました。

 それもそのはず。

 調合済みの薬剤を試験管の中へと入れるはずが、思わず手がすべり、薬剤を落とした挙句、物はアルコールランプの炎の中へ――――。

 ボンッ!!

 小さな花火と化してしまった、万能風邪薬のタネ。


「「「………………」」」


 言葉もないといった風に沈黙するハピュレの森店内でした。




「……こ、こんどこそ」


 ゴクリ。

 あの後すぐにリベンジのために材料を混ぜ合わせ、包み、そしていまに至ります。

 私も、そして店内で様子を見守っている二人も、ラストチャンスをものに出来るかどうかを息を呑んで見続けます。

 いや、私は見ているだけではないのですが……。


「いきますよ……」


 ぷるぷると震える手を押さえ、慎重に慎重を期して試験管の口へ調合済みのタネを近づけます。

 そして――――ポチャンッ。


「は、はいった!」

「おぉー」

「すごい、おねえちゃん!」

「えへへ、どうですか、私だってやれば出来るでしょう」


 二人の感心を引けたことを快く思いながらも、私は試験管から目を離しません。

 色の変化、それがここでは一番大事なのです。

 薬液との化学反応により、青、緑、そして赤色へと変色していきます。

 上級の調合薬のほとんどが、最終的に赤色の薬液へと変化するのですが……。


「どうでしょうか……これ、赤、ですよね?」


 不安になり、目視で赤だと判断できるにもかかわらず、私は二人に訊ねてみました。


「赤、だろう」

「赤だね」


 二人の同意を得られホッとしました。

 私は、色盲ではない。

 そして初めての成功に、胸が躍ります。


「やりました! これでお母さんもすぐに良くなるはずですよ!」

「本当!」

「ええ!」


 リリックの満面の笑顔に、優しく微笑みを返して応えます。

 まだ、作業は残っていますが……。


「これを薬瓶に入れ替えれば、調合終了です」


 熱せられて熱くなっている試験管を、専用のトングで挟むと、ゆっくりとそれを熱さましの砂の中へと差し込みます。

 そしてリリックに手渡すべく、風邪薬を入れる薬瓶を探しにテーブルへ背中を向けた、その時でした。


「おねえちゃん! 煙出てるよっ!」

「えっ」


 リリックの声に思わず振り向き、試験管を確認しました。

 見れば口から黒煙がもくもくと立ち上り、成功だと思われていた風邪薬が異臭を放ちはじめます。


「なんで、成功じゃ、なかったんですか……?」


 呟いた瞬間、パリン! と試験管が爆発と同時に砕け散りました。

 黒く変色していた風邪薬が砂に溶け出し、やがて凝固します。


「「「………………」」」


 またしても店内を沈黙が襲いました。

 私はショックすぎて言葉が出ないです。

 けれどそんな沈黙を真っ先に破ったのは、ウォルスさんでした。


「どうして失敗したんだ? 薬液反応は間違いなく赤だった。なにか間違ったのか?」

「……分かりません。私はただレシピに従って作っただけで……」

「ちょっと見せてみ……」


 ウォルスさんは壁から背を離し、いまだ煙の燻る調合テーブルまで歩いてきます。

 そしてテーブルに開かれたまま置かれている万能風邪薬のページを、穴が開くほど何度も見返して、口を開きました。


「これ、材料の印刷ミスだな」

「印刷、ミス?」


 そんなことがあるんでしょうか。

 薬学書ですよ。

 それに調合師にジョブチェンジした当日に頂いたばかりの新品です。


「ああ、ミスだな。ノブル草の葉脈じゃなくて葉だ。葉脈だけしか入れなかったから反応が薄かった。

 それにマンドラゴラの葉まで抜けてる。どれだけいい加減なんだ、この書物は」


 露骨な呆れたため息をもらすウォルスさん。

 私は二度の失敗で材料を失い、失意のどん底です。


「シャルロット、ちょいとテーブルと材料借りるぞ」

「え、あ、はい」


 いつもなら「なに言ってるんですか!」と怒るところだろうけれど、いまの私は促されるままに返事をしてしまいました。

 それにしてもなにをするつもりなのでしょうか?

 するとくたびれた茶色のコートを脱ぎ、シャツの袖を捲ると、ウォルスさんは店内を周りなにやら材料を集め始めました。

 ゴトリ、とテーブルに並べられた数々の調合用材料。

 右から、マーメイドの鱗、黒狼の爪(この際だから許しますけど、高価なものです)、レインボークラスの粉末(これもこの際だから以下略)、ガリヤの魔草、モルトボの根、マンドラゴラの葉、モルニの実です。


「さて、始めるか」


 なんというか、その言葉から始まったのは、なんでもない調合でした。

 けれど手際のよさと、レシピも見ないでやっているにもかかわらず、その分量の確実性。

 まるで長年の経験がある、本物の調合師のような流れるような一連の所作は、見ていてため息ものでした。

 というか彼は何を作っているのでしょう?

 まだまだ勉強不足ですが、まだ見たことのないレシピです。

 そもそもウォルスさんは何者なのでしょう。

 なぜこんなにも手馴れているんですか?

 私の疑問は膨らむばかり。ショックでへこんでいたのが昨日のことのようですよ。


「よし、終わった、完成だ。万能風邪薬。シャルロット、薬瓶」

「え、あ、はい。……ってえ? 万能風邪薬?」

「そうだよ」


 私から薬瓶を受け取りながら頷くウォルスさん。

 でも、そんなレシピの材料じゃない。


「本当にこれ、風邪薬ですか?」

「疑ってるなー。ま、無理もないか。

 っとほれ、リリックって言ったか。これを早く母さんに飲ませてやれ。料金は要らない、だが、ちゃんと母親の風邪が治ったら報告しにくるんだ。それが料金、解ったか?」

「うん! ありがとう、おじさん!」

「おじっ!? ま、まあいい。ほら、早く母さんの処へ行ってやりな」

「うん!!」


 リリックは踵を返すと、ウォルスさんから受け取った万能風邪薬の小瓶を大事そうに握り締め、店を勢いよく飛び出していきました。

 途中で転ばなければいいんですが。

 一先ず、一件落着。でいいんですかね?

 なんだかいろいろ腑に落ちないことがあるのですが、それは後で消化しましょう。



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