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02

 夢を、見ていました。

 どこか懐かしくて温かい、そんな見慣れた風景の中で暴れる怪物。

 パステル色をした空気の中で、杖を持って対峙する私。

 とても心躍る素敵な夢でした。

 現実では味わえない奇想天外摩訶不思議アドベンチャー。まさにファンタジー……。

 私は今まさに、二足歩行の大きなイノシシみたいな怪物に向かって魔法を放ちました!


 ――――ドンドンドンッ!


 杖から放たれた火の玉が怪物に見事命中し、爆音が響きました。けれど――

 あれ、なんか音が現実的な気が……


「おーい、シャルロットのお嬢ちゃんやー、起きてっかー」


 眠りがかなり浅くなっていたのでしょう。

 普段なら聞こえるはずもない他人の軽薄そうな声が、妙にうるさく耳の穴をこじ開けました。

 おかげで夢境の世界から引き摺り下ろされましたよ。

 あのふわふわした感覚、返してください。


「はぁ、ウォルスさんですか、めんどくさい」


 また続きが見られるかもしれないので、目を閉じたまま呟きます。


「おーい、いいかげん起きないと寝坊だぞー!」


 しかしなおも店の戸口を叩きながら、自称“さすらいの道具商人”は声を張り上げます。

 しぶといですね。でも応えるようなことはしません、居留守です。さぁ、夢の続きを……。


 というかまだ朝方でしょう? なんであの人はこんな早朝からあんなに声を張り上げてるんですか。私をここにいられなくしたいのでしょうか? こんな近所迷惑なことを黙認できるほど、街の人たちも温厚じゃないですよ? たぶん。


 なのでめんどうくさいことこの上ないですが、ご近所さんのことを考えて起き上がることにしました。

 ゆっくりと瞼を開きます。


「あれ、なんだか明るい……」


 ぱっちりと開けた視界には、なぜか眩い陽光がカーテンの四方と隙間から洩れてきてるのが見えました。今は早朝のはずなのに……?

 疑問を抱き、小首をかしげ、ハピュレの森二階の自室の掛け時計に目を移します。


「あら、もうお昼ですね……、おかしいなー」


 時計の長針と短針は、すでに天辺をどちらも回っていました。正確には十二時二十五分。

 ぼさぼさになった自慢の栗毛を、手で撫でつけながら考えます。


 ここ数日、なぜか夢を見ます。

 以前はそんな頻度よく夢なんて見なかったのですが、ここ数日は、起きて疲労を感じるほどの、楽しいのですが見た後に疲れる夢を見るんです。

 私が魔法使いになって、小悪党やら怪物を退治するんです。

 自分にとってそれは憧れですから、もちろん見られて嬉しい。

 でもそんな日に限って、起きたらお昼だった。なんてことが大半です。


 少し古いですが、この掛け時計は目覚まし機能も付いている優れものです。

 お寝坊をしないよう、私は常に六時には起きられるようにセットしておくのですが、やはり今日も聞こえませんでした。


「おーいシャルロットよー、まさか死んじまったのかー?」


 なんて少しの間、自己の思想に耽っていると、そんな縁起でもない言葉が聞こえてきました。

 木製ベッドから飛び降り、私は急いで窓へと駆け寄ります。


 ――ガラッ!


「ウォルスさん! 不謹慎なことを言わないでください!」


 カーテンごと窓を開け放つと同時に声を荒げて言いました。

 まったく、仮にも人の健康を預かる薬屋の前でなんという非常識な……。

 それを聞いたウォルスさんは、カラカラと愉快そうに笑っています。


「まったく、少し待っていてください、今から着替えますので――」

「なに、着替えだと!? シャルロット、これは絶好のツケ清算日和だと思わんか?」


 血走ったような目をし、けれど顔つきだけは紳士然としてウォルスさんは私を見上げます。


「……なにを、言ってるんですか?」


 なんとなくその先が解ってしまったので、少しだけ声のトーンを下げました。おまけで蔑みの視線も追加です、料金は頂きません。

 言ったら怒りますよ、そんな意味合いも込めてます……。


「お前のそのはちじゅうきゅうセンチとやらのおっぱいを拝ませろ、そう言っている」


 けれど臆面もなくそんな恥ずかしいことを、よりにもよって私のお店の前で堂々とウォルスさんは公言してしまいました。

 タウニー通りには人々の往来。

 お昼時ということもあり、昼食を求めて、また買出しに、あるいは休み時間に恋人と語らうために、通りを行き交う人々がたくさんいます。

 そんな中で大声で叫んだウォルスさんの言葉に、過半数の方が私の方へと振り返りました。中でも男性の視線が多い気がするのは、きっと気のせいではないでしょう。


 ああ、こんなことでお店が注目されたくはなかったですよぉ。


「ウォ、ウォ、ウォルスさん!!」


 顔を真っ赤に染めて怒ります。

 けれどそれをなんとも思ってないらしく、「悪い悪い」と軽く流すウォルスさん。振り返り通りを向くと、


「あぁ、今のは冗談だ、あんなシャルロットがグラマーなわけないだろう?」


 と大衆に演説するように手を広げて言い切りました。

 ……もの凄く失礼極まりないことを言っている気がしますが、場の収拾をつけてくれたことには感謝、しませんぜったい許しません! 絶対またツケさせてみせます!


 ウォルスさんの言葉に納得したのか、しばらく固まっていた街の人たちは口々に、「ああ、まあそれもそうか」「なんだよ期待させるなよ」「立ち止まって損した」などとこれまた失礼な物言いを残して、各々の目的へと戻っていきました。

 私、ただ単に恥を晒しただけじゃないですか!


「ふぅー、さすがに焦ったぜ。まさかあんなに注目集めるだなんてなー」


 大して焦りも反省も感じさせない口ぶりで、ウォルスさんはバンダナの巻かれた頭をポリポリと掻いています。


「シャルロットは人気者なんだな」

「……どこがですか……」


 その言葉に、無意識に反論してしまいます。

 人気だったらこんなに苦労なんてしませんよ。


「とにかく、お店の外で待っていてください。いま仕度しますので」

「ああ、分かった分かった。だからそんなにツンケンすんなよ、可愛い顔が台無しだぞ」

「誰のせいですか!」


 言って、窓をぴしゃりと閉めます。

 クローゼットへ向かい……とその途中で足を止め、換気のために開けておこうと思い直しました。

 ――ガラガラッ。

 するとまだ見上げていたウォルスさんと、不意に視線が合ってしまいました。


「おっ、なんだシャルロット? もしかして俺に着替えを手伝ってほしいのか?」

「そんなわけないでしょうっ!」


 本気とも冗談とも取れるような顔をしてからかうウォルスさん。

 再度きっぱりと断りを入れ、窓を強く閉めました。

 やっぱり、閉めておきましょう。それが安心です……。



 ベージュのシャツに枯葉色のロングスカートに着替え終えた私は、店の戸口に立っていました。

 ガラス窓の外には、「早く開けろ」と抗議的な眼差しを向けるウォルスさんの姿が。

 私はしぶしぶといった顔をして、店の錠を外します。

 待ちきれないといった様子で取っ手に手をかけると、大荷物を背負い込んだウォルスさんがなだれ込んで来ました。


「いやー、久しぶりだってのにつれないなあシャルロットよ」

「断っておきますが、私はあなたの彼女さんでもなんでもないですから……」

「あなた……あなたか、いや、久しぶりだとその響きに感激も一入だな」


 なぜか感涙しそうなほど無邪気に喜んでいます。

 いえ、この人が無邪気であるはずがない。

 あんな破廉恥なことを平気で言ってのけるこの人に、邪気がないわけないじゃないですか。

 いぶかしむ私の視線を気にも留めず、相変わらず快活そうに笑うウォルスさん。


 引きこもりがちな私と違い、日に焼けた浅黒い肌は健康そのもの。短い黒髪を額に巻いた赤いバンダナで上げ、僅かに目にかかるバンダナの下に覗く茶褐色の瞳がキラキラと輝いている。

 長旅に疲れた旅芸人のようなボロイ装束に身を包み、背中には大きな鞄が背負われていた。

 一見恐そうで危なそうな人なのかと疑いたくなる容姿をしている。私も初めて見た時はチンピラ屋さんなのかと思いましたよ。

 相変わらずルックスとのギャップが激しい服装をしておいでで……。

 二十一歳と、私より四つ上ですが、あまりに落ち着きがない。


「ん、どうした、そんなにマジマジと見つめて?」

「いえ、なんでもないです」

「さては俺の瞳にでも恋したな、こいつ」


 そう言ってウォルスさんは私の小脇を肘で突いてきました。


「そんなわけないじゃないですか。それよりもなんの用ですか、用件を言ってください。ツケの話でしたらまた今度にしてくださいね、私にあんな恥をかかせた罰です、もう二、三ヶ月くらい待ってもいいでしょう?」


 お嫁にいけないほどの傷を心に負った、とか訴えて、そうしてツケを踏み倒すのもいいかもしれませんね。


「ん、まあそれは構わないが。なんだ、そんなに怒ることかさっきの?」


 この人は「でりかしー」というものが備わっていない人種なのか。

 そこらにいるモブさんとなにが違うのでしょうか。


「じー…………」


 しばらく見つめてみることにしました。


「どうしたんだ、シャルロット。あ、まさか本当に俺に惚れて――」


 断っておきますが、一目惚れをしたとかそんな色っぽいものではありませんよ?

 ただこの不可解不可思議な存在を、研究しようとただ眺めているだけです。

 そうですね例えば、やることがなくて暇で暇で、暇を持て余していた時にたまたま手にしていた薬学書に倣って調合してみた。

 やはり失敗し、黒焦げになってしまった試験管を呆然と眺める、そんな感覚でしょうか。


「俺は試験管かよ」

「はっ?! 私の思考を読まないでくれませんか!?」

「声に出してたろ……」


 息のかかるほど近くにあったウォルスさんの笑顔から、呆れたように気が抜けました。

 すると何かに気づいたように、ウォルスさんは目を見開きます。


「ん?」

「わわっ、近いんですけど!」

「シャルが近づいてきたんだろう」


 口付け出来そうなほどの至近距離に、改めて気づかされました。

 好きでもないのに自然と胸が高鳴ります。

 目の前にあるのは、どうしようもなく――先ほどはああは言いましたが――子供のような無邪気さを感じてしまうウォルスさんの茶褐色の瞳。

 私の顔が映ってます。これ以上綺麗に拭けない鏡のように……。

 とっさに私は離れました。なにをしたわけでもないのにスカートを掃い、髪を撫でつけ、明後日の方向を向いて居住まいを正します。


「って、勝手に人を愛称で呼ばないでくれませんか」


 顔に熱が帯びているのを感じながら、ついそんな不満を漏らしてしまいます。


「ああ、悪い悪い、からかってるわけじゃないんだ」


 顔を覗き込んでいたウォルスさんも姿勢を正すと、さっきのように笑顔を浮かべて言いました。


「シャルロットが可愛かったから、ついからかっちまうんだよ」


 素敵な笑顔です、それはもう惚れてしまいそうな……って。


「結局からかってるんじゃないですか!」


 頬を膨らます私を横目に、一頻り笑っていたウォルスさんでしたが。何かを思い出したように大きな鞄を床へ下ろしました。

 そして「ええと、どこに入れたかな」なんて言いながら、まるで他人の私物のように漁り始めます。


「何してるんですか? 新しい営業ですか? またよく分からないアイテムを売りに来たのでしたら、ここへ来ても無駄ですよ?」

「ちがうちがう。シャル、最近また試験管ダメにしたろ?」

「なっ!? 失礼ですね、私みたいな頭脳明晰がそんなドジを踏むわけないです!」

「頭脳明晰がドジを踏むってことも無きにしも非ずだろ。現に、ほれ」


 そう言ってウォルスさんは店内を指差しました。

 私は釣られて目を向けます。


「あっ」

「シャルは詰めが甘いな。頭は良いんだろうが、いや、良さそうに見えるが。あ、もちろん顔も良いと思うぞ! でも、溶かした試験管そのまま放置するようじゃな……。

 店に来たお客も、それ見たら注文したいと思うか?」


 店に設置されたテーブルの隅。いまや試験管の面影も残すことのない黒色焼却物。

 反省します。片付けるのも億劫だったのは否定できません。


「そんな綺麗な髪も焦がすようじゃ、まだまだだな」

「気づいてたんですか? なんで……。私、あれから少し、ほんの少しだけしか前髪切ってないのに」

「馬鹿だなぁ、そんなの決まってるじゃないか――」


 ウォルスさんはいったん言葉を切って、背中に何かを隠したまま立ち上がり私に向き直ります。

 相変わらず人を、いえ、女性をころりと騙せそうなキラキラ笑顔です。


「シャルが好きだからだよ! 言わせんな恥ずかしいっ!」


 そうして差し出されたものを、私は少しの期待を眼差しに乗せて、見ました。


「あっ」


 期待した私が馬鹿だった。口から漏れたのは落胆の嘆息です。

 彼の身幅に隠れているから、花束ではないだろう。一輪挿しくらいかな? 綺麗なバラだと思いました。

 けれど――

 私はそれを受け取ります。


「うわぁああーー、受け取ったなこの野郎! 俺の告白を受け入れたなこの野郎!!」


 浅黒い顔を微妙に赤く染めて、ウォルスさんは急に身もだえ始めます。

 ……あの気持ち悪い、ですよ? 柄にないです。

 そんな彼を後目に、手に収まるそれに視線を落としました。


「試験管……タダ、ですよね……」


 ぼそりと呟いた声は、しかしウォルスさんには届かなかったようです。

 自分の背負っていた鞄を抱きしめ、なぜかそれにキスしまくってました。

 嫌悪する対象が目の前に……。

 でも、なぜか微笑む私がそれを見つめています。

『頑張れ、シャルロット』

 そう刻まれた試験管を手にして、優しさが胸中を満たしていきました――――。



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