01
私ことシャルロット=ポーネストは、魔女に憧れる普通の十七歳でそこそこ可愛いと自負する女の子です。
昔から童話絵本に胸をときめかせる、メルヘンな子供だったと母にも言われたことがありますよ。
中でも魔女が登場する童話をよく愛読してました。
好きだったのは、おばあさんを食べてしまった狼さんを、真っ赤な頭巾をかぶった魔法使いの女の子が火炎魔法で丸焼きにするお話。
あとは三匹の子豚が狼さんとがんばって作ったお家を、魔女が風を使って吹っ飛ばす話や、綺麗なガラスの靴を魔法を使って自分の足のサイズに合わせ、見事王子様の気を引くことに成功した腹黒い魔女のお話ですかね。
とにもかくにも、寝ても覚めても魔女が好きでした。
だって楽しそうじゃないですか、魔法を使うのって。
広範囲魔法でドッカン……憧れていました。モブさんたちが蜘蛛の子を散らすように散り散りに散開する様子を、指をくわえて見てみたかったのですけれど……。
私に才能やセンスがあるかは分かりませんけど、基礎をしっかり学べば、一定以上の成果は挙げられると思うんです。
私、やれば出来る子だって……あ、言われたことはないですけど。
で、でも、きっとなんにでも共通することでしょう?
学校の成績も中の中の下くらいで、まあ悪くはなかったと思いますし。言ってしまえば人並みだとも表現できてしまうのがアレですけどね。
けどそうは言っても、好き嫌いはあるわけで。
調合士、正直なりたくはなかったですけど……。でも、やらなきゃ生活できないわけで。
今月のお家賃代も稼がなくちゃですし、食費もですね。
だからこうして毎日薬学書を開いて読んではいるんですけどねー。
なかなか頭に入ってこないんですよ。
「というわけで、これから書に習って実践してみようと思います!」
急な思いつきですが、思い立ったが吉日、とよく言うでしょう?
いったん薬学書を閉じ、私は目を閉じてから気合を入れます。
「うー……やあーたぁ!」
そして目を見開くと同時に、勢いよく適当なところを開いてみました。
「あ、これは中級の回復薬の調合ですね」
ま、腕試しにはちょうどいい? のかもしれませんね。
日々の勉強がどれだけ身についているかを試すにはもってこいだと思います! と言ってもまだ三週間ですが。
私は椅子から立ち上がり、レシピに書かれている材料を探して店内を回ります。
いくつもの棚から材料を少量ずつ拝借し、調合用のテーブルにそれらを並べました。
そして確認です。
「えっと、マーマンのヒレ、オリオンハーブ、バレンの魔草、マーメイドの鱗、ミドルの薬液。完璧ですね!」
材料は全部揃いました。あとはこれらを調合して、ミドルクラスのポーションを作るだけです。
薬学書に再び目を通し、書かれているレシピに沿って手順を踏みます。
「えーっとなになに、マーマンのヒレをすりつぶし、オリオンハーブとバレンの魔草と共に練り合わせ、マーメイドの鱗を叩いて薄くのばしたフィルムに包み、試験管の薬液の中に放り込んで加熱させる、となるほど」
レシピの手順に従い、まず薬研と呼ばれる陶製の舟形のV字に切れ込んだ溝へヒレを入れ、円盤状のローラーでゴリゴリすりつぶします。次にその中へオリオンハーブにバレンの魔草を投げ込み同じくすりつぶして混ぜ合わせます。そして――
ガンガン! バシンバシン!
と、なんともかったい鱗をこれでもか! と何度もハンマーで叩き潰し、向こうが透けて見えるほど薄くのばしてフィルムを作りました。
透明フィルムへ混ぜ合わせた薬品を乗せて試験管に入る細さに包みます。
そうして試験管へ材料を入れたのち、口からミドルの薬液を静かに注いだらアルコールランプに試験管をかざして加熱すること数秒。
「あ、色が変わってきました! これは成功ですかっ!?」
フィルムを漬け込んだ薬液は、フィルムの内容物が溶け出すたびに化学反応を起こし、みるみる青から黄緑へと変化していきます。
初成功に胸躍らせながらしばし観察していると……。
――ボンッ!!
「うわっ!?」
瞬間的に赤く変色したと思ったら、あろうことか一瞬で試験管ごと蒸発してしまいました。
……なぜ?
一時の茫然自失……。
はっとして気づいた私は薬学書と使用した材料を二度三度と見直します。
そして、気づきました。
「あーっ!! よく見たらこれ、マーメイドの鱗じゃなくて海竜種の鱗じゃないですか!」
どうしてマーメイドの鱗と書かれた札の場所に置いてあったのでしょうか。
どうりで爆発するわけです。
薬学書にも間違えやすいから注意! と真っ赤な文字で小さく隅に注意書きされていました。
硬さが違うことに気づけなかった、私の不注意です。
軽く前髪を焦がしてしまいましたが、そんなことが気にもならないくらいショックです。
「はぁ、また失敗してしまいました」
私はがっくりとうな垂れます。
なんでこうあと一歩のところでいつも凡ミスをしてしまうのでしょう。
小さな頃、学校の美術の時間に絵を描いていた時も、完成間近に絵の具の色を間違えていることに気づかず色を塗ってしまったり。
テストの解答欄が一つずつズレていたり。
その日の授業の科目の教科書を次の日のと勘違いして持っていったり。
体操服だと思っていざ学校についてみたら水着だったり。
パン屋さんにみみを貰いに行ったら、それがクロワッサンを分解したものだということに帰ってから気づいたり……。
あれは店員さんの意地悪さんでしたね。まあちょっと嬉しかったりしたのですが。
けど、昔からこんなだった気がします。
もしかして、そういった星の下に生まれてしまったのでしょうか?
「あぅ……試験管代も馬鹿にならないんですよぉー」
たまに顔を出しにくる道具売りの方の笑顔が一瞬で浮かびました。
素敵な笑顔です、それはもう本当に惚れてしまうくらいのキラキラした表情。
いいカモを見つけたような、しめしめ笑顔ですよ……。
「というかなぜ私は新米なのに店を持っているんでしょう……?」
そこでふと疑問を感じました。
普通はお師匠さんに師事するものなんじゃないんでしょうか?
そこで修行を積んでからお店を持つに至るのなら納得出来るのですが。
だいたいこんなぺーぺーがまかり間違って劇物調合しちゃったら大変じゃないですか。
けど職業紹介所のお姉さんは、私をここに飛ばしました。
あなたのお店だと言われ、その時は特に疑問を抱くようなことはなかったのですが。というよりは希望ジョブに転職出来なかったことに落胆し沈み込んでいたので、気にも留まらなかったと言うか気にする余裕がなかっただけなのですけれど。
このフォロンには薬屋が計三店舗しかありません。
冒険者の旅道中に、小休止や補給に立ち寄る程度の街です。ホテル等もありますけれど、数は多くないです。
それにあんまり大きな街ではありませんから、そのくらいでも人々の日々の生活で必要なお薬はまかなえるのでしょう。
街の中央あたりにあるそこそこ大きな所と、タウニー通りを挟んでこのハピュレの森の対面に位置するお薬屋さんが他二店です。
中央および真向かいのお店は繁盛してるのに、私のお店にだけはぜんぜん人が寄り付きません。
理由は、なんとなく分かります。
「……私が新米だから、だけではないですよ?」
それはお店の外観。
私は日光浴がてら店の外へ出てみることにしました。
通りを歩く人々の笑顔が、太陽の光を反射して眩しすぎるくらいに輝いています。
今の私には眩しすぎる……、それとなく視線を外しました。そして振り返りわが店を見上げました。
「ぼ、ボロい……」
不満が口を突いて出、思わず顔をしかめます、というかしかめさせてください!
なんですかこのボロ屋敷のような外観は。これが私のお店ですかっ!
もはや風化していると言っても過言ではない木造建築……。気の利いたおしゃれな看板もなければ人を呼び込めそうな華もありません。周囲の建物にはどうやっても風景としてなじめてません。
街のほぼ全体はレンガで組まれた素敵な街並みです。
細やかな石畳の道路を人々が、馬車が優雅に行き交うタウニー通り。小さい街ながらも都会の風景を思わせます。
ハピュレの森の両隣にお店を構えるのはお花屋さんにお菓子屋さん。
素敵な男性や女性が花を買い求め、お菓子に心躍らせる子供たちで賑わいます。
……まるで私のお店の存在自体がないかのように。
もしや街の人々が、意図的に意地悪いをしているのではないか? という被害妄想までしてしまう疑心暗鬼状態。
「自分が嫌になります」
でも、それでもたまに来てくださる方もいらっしゃるので、そんなことはないのだろうとも思いますが。
「はぁ……」
「あのーすみません」
軽い自己嫌悪に陥り、うな垂れ、嘆息したところで、背後から声がかかりました。
「っ!? は、ハイ!!」
あまりにも急でつい声が裏返ってしまいました。
勢いよく振り返ると、そこには一人の女性冒険者の方が立っておられました。
肩まで伸びる栗色の髪は私のそれより鮮やかですね。日々が充実しているというだけで、傍目に明るく見えてしまうものなのでしょうか?
これまたこれみよがしにキラキラと光る琥珀色の純粋な瞳――――ああいけません、どうしても嫌味っぽくなってしまいます――――は申し訳なさそうに揺れていました。
冒険に出てまだ日が浅いのでしょうか、その身を包むのは少々頼りない皮製の胸当てです。胸当てを押し上げる豊かそうな膨らみは、まあ私の勝ちですかね。……なにせ、『はちじゅうきゅうセンチありますから!』脱いだら意外とすごいんですよ?
「えっ?」と女性が唖然として私を見返します。
おっといけません、つい心の中で発した声が口から漏れ出ていたようです。
「い、いえお気になさらずに」と私は体裁を繕いました。女性は苦笑を浮かべています。
ゴホンと一つ咳払いをし、「さあどうぞ、古今東西の霊薬妙薬、効くものから効かないものまで品揃えだけが自慢の薬屋ハピュレの森へようこそ!」
考えたキャッチコピーを繰り出しつつ、私は久方ぶりの貴重なお客様をもてなす為、わが城『ハピュレの森』へと招き入れるために女性を店内へ案内しようとしたところ……。
「い、いえ、道を訊きたかったんですけど……」と女性はひどく畏まってから、「す、すみません! ほかを当たります!!」
なぜか頭を下げ、一目散に立ち去ってしまいました。
その刹那的な反応に感心し、口をあんぐりと開けて愕然としてしまいます。
数瞬ののち、
「……お客さんじゃなかったんですかー! なにか買っていってくださいよぉ」
思わずこぼれてしまった本音。いつもならちゃんと喉元で押し留められるんですが、期待値が半端じゃなかったものでして。走り去る女性の背中に向かって……ってどんだけ足速いんですかあの人。もう見えないじゃないですか!
ああ、もういろいろかっこわるい。
すると……
「あーまた客に逃げられてやんの」
「だっせー」
隣のお店から子供の声が聞こえてきました。
私はプリプリしながらキッと睨みを利かせて振り返ります!
そこには二人の初等部くらいの男の子。一人は金髪碧眼の育ちの良さそうな子と、もう一人は銀髪紫瞳の悪戯好きそうな子です。――――と言うか双子ですかこの子らは、顔立ちがそっくりですが、兄弟でこうも雰囲気が変わるものですか――――はお菓子を頬張りながら私を指差していました。
「うわっ、こっち見た」
「おさげメガネババアがこっち見た!」
「逃げろー」
「逃げろ逃げろ!!」
私の目つきに恐れをなしたのでしょうか。二人は揃って似たような声を上げると、ボールが跳ねるようにタウニー通りを西へと駆けていきました。
「……というか、おさげメガネババアって誰ですか……。え、私?」
誰もいない方に顔を向け、首を傾げて訊いてみます。もちろん返事などなく問いと答えを自己消化。
「まったく失礼ですね、私はこれでも童顔だって褒められるんですよ? あれ、童顔は褒め言葉ですか??」
再度首を振り、誰にともなく問うてみる。答えなどなく以下略……。
それにしても十七歳でババア呼ばわりされるとは何事ですか?
このおさげ髪がいけないんですか!? それともメガネですか!?
メガネは目が悪いので外せませんが、おさげが原因なのでしたら私だって考えます。
……いえ、考えた結果がこれなんですが。
「だって、いかにも新米調合士って感じがしませんか?」
勢いよく通りに振り返ってみると、ちょうどお爺さんが通り過ぎるところで視線が合いました。
「うんにゃ? わしはピチピチした娘っ子が好きじゃ、大好きじゃ!!」
しわがれた大声でそう言って目を輝かせたかと思うと、お爺さんはそのまま通り過ぎていきました。
「なんのカミングアウトですか、恥ずかしい」
しかも私まで巻き添えくった形になってるじゃないですか。くすくす笑う声が通りから聞こえてきますよ。
お爺さんから同意は得られはしませんでしたけど、私は思うんです。
呟きながら私はお店へと出戻りました。そして姿見の前に立ち、自身の容姿を確認します。
「やはりものは形から入るものだと……。この丸メガネも、そう思い買い換えたんですよ?」
以前はかっこいい魔法使いに憧れていたので、キリリと凛々しいスクエア型のフレームでした。
でも調合士としてやっていかなくてはならない。
新米……調合……おさげ……ときたら、丸メガネだろ! ということで、1200Garo叩いて買いなおしたくらいですから。
「けど……」
あんな子供にまでババア呼ばわりされるんだったら、髪型変えた方がいいのかしら?
立ち尽くし左右の肩口から垂れる三つ編みのおさげを、振り子のようにして遊びます。
ぶんぶん、振り回します!
「……つまらない」
自分の行為にひどく嫌気がさしました。
なんだかドッと疲れが増したような気がします。
頑張るのは明日から。ということで、この調子じゃ本日はお客様の来店も見込めませんし、十六時とまだ早いですが――。
「今日はこれにて閉店、と」