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 あ、いらっしゃいませ! ようこそハピュレの森へ。

 古今東西の霊薬妙薬、効きすぎるものから効かないものまで、品揃えだけなら自慢の当店。

 お探しのお薬はなんでしょう? よろしければ私に調合させてくださいませんか?


「……はぁ、私はなにを独りでぶつぶつ言っているのでしょう」


 昼下がりのフォロンの街タウニー通り。

 キャッチコピーの思案もそこそこに、小さな部屋のこれまた小さなガラス扉から、私は外の世界を眺めた。

 真っ白な光に目が眩みそう。いまはお昼を過ぎたばかりですから、それも仕方のないことですけれど。

 薬学書の読みすぎで目が疲れたので、しばし丸眼鏡は外しておきましょう。

 眼鏡をテーブルへ置き、疲れ目を揉み解してから再び視線を外へ向けました。

 楽しげにおしゃべりしながら、通りを歩くたくさんの人々が私のぼやけた視界の中を行き交います。


 みんな何を思ってお昼を過ごしているのでしょうか?

 何気ない日常、目標とする夢、大切な家族や友人知人恋人その他、近所の野良猫のことに先祖や先の子孫などなど。

 人それぞれ思うことは違うでしょう。

 表面上だけ見ていても、その人の中身までは分からない。

 もちろん笑顔の裏の悩みだって……。


 正直に言いますと、私はいま、悩んでいます。

 それもお仕事のことでです。


「はあぁぁぁーー」


 盛大なため息を一つ、落としておきました。

 だれに聞かれるわけでもありませんから、それもし放題です。悲しいことですけれど。

 私はぐるりと室内を見渡した。

 本当に小さな一室。人が十人も入ればぎゅうぎゅうになってしまいそうなくらい狭いのです。

 そんな室内にはいくつもの棚が設けられ、各段にはそれぞれ薬草や薬品が所狭しと並べられています。

 中にはあまり触れたくはないゲテモノなんかも置いてあるんですよ? トカゲの干物やらマーマンのヒレ、アーリマンの目玉などなど。天井から吊るしぶら下げられている物も多いです。

 ホラー部屋ではありませんよ?

 お仕事ですから、致し方のないことです。

 我慢も時には必要だと、むかし母から教わった気がします。あれ、おばあちゃんだったかな?

 さておき、それだけでも窮屈なのにも係わらず、長机が置かれ、その上にはすり鉢やら試験管に本が散乱し、さらには大きな釜までもが部屋の隅に偉そうに鎮座しています。

 机の上を散らかしてるのは私の責任ですが……。

 ともかく! おかげで狭い部屋がさらに狭くなり、十人入るところが三、四人入ればもう満室だという。


「はぁー……」


 これで今日何度目のため息でしょうか。

 数えるのを途中でやめてしまったので、正直覚えてないんですけど。

 私ここ最近、毎日こんな感じです。

 だって、しょうがないじゃないですか。ここ、こう見えて薬屋なんですよ?

 怪しいお薬を売っている危ないお店ではなく、れっきとした正真正銘の薬屋です。

 そして私、その店主です。信じられますか? 私は信じられません。

 けど事実ですから、誰でもいいので覚えておいてください。


「って、私は誰に向かってしゃべっているのでしょうか……」


 気づけば独り言。

 長らくまともに会話をしていない気がします、五日くらいでしょうか?

 寂しさが限界に達しているのかもしれません。

 だから独り言が増えると、隣家のヴァウが言ってました。あっ、ヴァウって言うのは実家の隣の家で飼っているワンちゃんのことです。

 ちなみに私が勝手にそう呼んでいるだけで、実際の名前は……知りません。

 茶色の長い毛をした大きなワンちゃんでした。立派な小屋を宛がわれて、広い庭を駆け回っていました。隣の芝は、青かった。

 ああ、故郷の街が恋しいです。


 以前このハピュレの森へ来てくださったお客さん、ポーションをお求めになられたのですけれど。

 私がうまく調合することが出来ず、挙句ドジを踏み散らかし薬品をぶちまける始末。冒険者の方のコートを台無しにしてしまいました……。

 いかつい面に大きく皺を刻みつけ、その方は怒鳴りながらお帰りになってしまいました。

 それ以来、来客来店がない状態が続いています。本日も記録を更新するのでしょうか……。

 いえ、私が悪いのは分かってはいるんです、分かっちゃいるけどやめられない。何をです?


 冗談はさておき、私は調合士です。

 薬草その他回復アイテム等をお求めになられたお客さんへ、ご注文の品を調合しお渡しするのがお仕事です。


「……でも」


 寂しい呟きです。だれも慰めてはくれません。

 狭く誰もいない店内が、余計に孤独を感じさせます。

 お日さまはあんなにも輝いているのに、私の心は照らされない。

 外の賑やかな声にも、心がまったく弾みません。

 だって私……


「本当は、ウイッチになりたかったんですよ」


 言葉をこぼした途端、目に涙がにじみました。

 ああ、後悔は尽きません。

 なぜあの時、私は申請書に間違えてチェックを入れてしまったのか……。


 三ヶ月も今のジョブを続けなければ、次のジョブにはチェンジ出来ない決まりなのです。

 それが法律、誰が決めたのかは知りません。とりあえず手に職つけろとかそんなことなのでしょうけれど。

 三ヶ月……。まだ、三週間しか経っていません。

 正直、辛いです。



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