そうして少女は救われた
ダライアス・クラックソンは、ハヴィランド王国でも指折りの名家であるクラックソン侯爵家の令息である。
第一子長男なので、侯爵家の跡継ぎになる。身分に相応しく成績も優秀で問題行動もなく、非の打ちどころのない令息であると言えた。
――ただ一つ、彼の婚約者が悪評塗れのアビゲイル・オルブライト公爵令嬢であるということを除けば。
週に一度の婚約者とのお茶会で、アビゲイルの手が止まっているのを認めたダライアスは、これ見よがしに嘆息した。
何もダライアスも、婚約者に対して最初からこのような態度だったわけではない。あまりにアビゲイルが問題ばかり起こすので、すっかり愛想を尽かしているのである。
「なんだい、今度は『体調が悪い』かい?」
刺々しい口調で問いかければ、アビゲイルがびくりとして、小動物のような動きで首を振った。
「いいえ、その、……歯が、痛くて」
「何だって?」
呆れて、ダライアスは声を上げた。
「むし歯になるだなんて、君は自己管理も出来ないのか? さっさと病院に行くと良い、公爵家の財力であれば、最初からむし歯なんかなかったみたいにすっかり元に戻してくれるだろう」
「い、いいえ」
ふるふる、と首を振る。アビゲイルの顔色はいつも悪い。
せめてこちらのご機嫌を取るくらいしてみろ、とダライアスは思う。アビゲイルの長所などその見た目くらいしかないのだから、笑っていればもう少しマシだっただろう。
「違います、お父様に打たれて、歯が折れてしまったのです」
少しばかり言いづらそうに、アビゲイルは言った。ダライアスが大きく嘆息すれば、またびくりと肩を揺らす。
「またその嘘かい?」
アビゲイルは顔を上げた。
「う、嘘じゃありません! 打たれた腕をお見せしたでしょう」
「腕の見た目なんか、メイクでどうとでもなるだろう」
ぐっと、ダライアスは後ろに重心を傾けた。アビゲイルの言葉に、まともに取り合っていると馬鹿を見るのだ。
「いい加減にしてくれ。君の異母姉は王太子殿下のご婚約者様なんだぞ。だから平民女の子どもである君なんかがクラックソン侯爵家の跡継ぎであるわたしと婚約できたんだ。身のほどを弁えてくれ」
「わ、わたくし……」
アビゲイルは俯いて、けれど視線だけでちらりとダライアスを見た。
「ダライアス様と婚約なんて、別に望んでません」
「――、」
ガン! とダライアスはテーブルを下から思い切り蹴飛ばした。
テーブルの上のものが跳ね上がり、床に転がり落ちる。
茶器が割れて紅茶が床に零れたが、ダライアスは気にしなかった。どうせ、アビゲイルとのお茶会では安い茶器と茶葉しか使っていないからだ。
「わたしと婚約できていなければ、お前なんか変態爺の餌食だぞ。どうしてお前はそうも馬鹿なんだ」
はぁー、とダライアスは深く、深く、溜め息を吐いた。
「この前は何だったか、オルブライト公爵に折檻されたと騒いでいたな。お前、愛人の娘とは言えオルブライト公爵家の養女で良かったな、オルブライト公爵に言いがかりをつけるだなどと、平民のままだったらその場で殺されていたぞ」
ダライアスが壊した食器たちを、メイドたちが片付けている。ダライアスはついとメイドたちを指さした。
「見ろ、アビゲイル。このメイドたちは、お前が馬鹿なことを言っているせいで仕事が増えている。他人がお前の尻拭いをしているんだぞ」
アビゲイルは、すぐには何も言わなかった。ただ、可愛らしい顔に似合わない、じっとりとした視線でダライアスを見た。
「あなたが壊したのではありませんか」
「……」
ダライアスはのんびりとした動きで、メイドから新しい茶器を受け取った。茶器の中にお茶が満たされるのを待ってから、アビゲイルに茶器の中身をぶちまける。
「……!」
驚きのあまり声も出ないアビゲイルに、ダライアスは冷ややかに言った。
「婚約解消はしない。何しろ未来の王太子妃であるヴェロニカ様の異母妹君だ、お前には価値がある。だからわたしと婚約できていることに感謝して、せめてその虚言癖くらい少しは直せ」
お茶会用のドレスが濡れたままのアビゲイルを無理やりクラックソン侯爵家から追い出して、ダライアスはまた深々とした溜め息を吐いた。
アビゲイルと婚約してから、ダライアスは溜め息が癖になってしまったようだった。あの無能な嘘つきを、どうにか侯爵夫人として振る舞えるようになるまで教育しなくてはいけないのだ。
「愛人の娘とはいえ、よくもまぁあんな娘を引き取ったものだ。オルブライト公爵はいささかひとが良すぎるな」
見た目には文句がなく、平民の母親を持つとは思えないほど魔力も大きい。ただし、お勉強はできても頭が悪い。
そして何よりも、あの虚言癖が大きな問題だった。
あちこちでオルブライト公爵に虐待されていると言いふらしているのだ。もっともオルブライト公爵が人格者であることは知られたことだったので、誰もアビゲイルの言葉など信じていない。
「オルブライト公爵は、優しいが厳しいことでも有名だ。どうせ厳しく指導されているのを嫌がって、虐待だなどと騒いでいるのだろう。あれではオルブライト公爵が大変だな……」
ダライアスは独りごちた。そんな風にして、ダライアスの婚約には問題ばかりが積み重なっていたのだ。
さて、ある日のことである。アビゲイルとダライアスは、王立学園の教師から言いつけられて図書館の整理をしていた。
図書館と言っても、魔法教育に秀でた王立学園の図書館である。扱いを一つ間違えれば命も危ないようなものが、この図書館には山ほど収納されている。
目録と書架を見比べていたダライアスは、ふとおかしな本が差し込まれていることに気づいた。ダライアスが見ていたのは魔法書の書架であるのに、一般書が紛れ込んでいたのだ。
「なんだこれ、料理本……? 暗号か? いや……」
自分に防衛魔法をかけてから慎重に本を取り出して、ダライアスは首を傾げた。見た目は単なる料理本であり、魔法の気配も感じない。
だが、一般書に見せかけて魔法の知識を暗号として組み込む手法もある。生徒であるダライアスには判断がつかない。
教師に確認する必要があるだろう。仕方なく料理本を抱えたところで、ダライアスははたと気づいた。
この料理本は、書架にぴったりと収まっていた。もしもこの料理本が本当に一般書であれば、本来この場所に収まるはずの魔法書がどこかにあるはずなのだ。
「まずい、早く教師に報告を……」
呟いたところで、少女の悲鳴が聞こえた。引きつったようなその声がひどく聞き覚えのあるものだったので、ダライアスは舌打ちした。
アビゲイルだ。ダライアスはアビゲイルが嫌いだが、死んで貰っては困る。
「おい、アビゲイル!」
別の通路にいたアビゲイルに駆け寄れば、一般書に紛れていたらしい魔法書から強い魔力が放たれている。
「魔法書から手を離せ!」
ここでダライアスにとって誤算だったのは、その魔法書が想定よりも遥かに強い力を持っていたことだ。
魔法の力はダライアスの防衛魔法をあっさりと通り抜け、ダライアスと、へたりこんだままのアビゲイルを魔法の渦に巻き込んだ。
さて、ダライアスが眼を覚ましたのは、それから数時間後のことだ。
ダライアスは、腹部を強烈に蹴り上げられて強制的にたたき起こされたのだ。
「げほっ!」
取り繕うこともできずに咳き込んだ。何の仮借もない、容赦のない蹴りだった。
咄嗟に身構えようとして、ダライアスは体の痛みに動きを止めた。
口の中や、指先や、足や、背中。とにかく体中の至るところがひどく痛かったのだ。
「ってぇ……」
痛みに耐えようと体を丸めたダライアスに、頭上から声がかけられた。
「なんだ、その態度は」
その声がどこかで聞き覚えのあるものだったので、ダライアスは混乱した。どこかで聞いたことがある気もしたし、聞いたことがない気もした。
そろりと顔を上げる。ダライアスを見下ろしていたのは、見覚えのある男だった。
混乱するダライアスが声を上げるよりも早く、男が持っていた杖でダライアスの肩をしたたかに打ちつけた。
殺す気かと思うような、遠慮のない力加減だった。あまりの痛みに悶絶し、ダライアスが床を転げ回る。
その床も、ひどく埃っぽかった。掃除はされているようなのに、ざらつきがこびり付いて落ちないのだ。
そのときになって初めて、ダライアスは自分が床の上で薄汚れた毛布一枚で寝ていたことに気づいた。
「いつまで寝ている、アビゲイル」
淡々と、男が問いかけた。
ダライアスはどうにか顔を上げる。この男を、ダライアスは知っている。
アビゲイルの父である、オルブライト公爵だった。
「アビ、ゲイル……?」
アビゲイルと呼びかけられたことに混乱して、ダライアスは思わず口にした。口にしてから、自分で驚いた。
自分の声ではない。少し印象は違って聞こえるが、アビゲイルの声だった。
ダライアスの呟きを聞いて、オルブライト公爵が唇を歪める。
「なんだ、とうとう頭がおかしくなったのか」
オルブライト公爵は、同じ杖で今度はダライアスの頭を殴り飛ばした。ごっ、と鈍い音がした。
言うまでもなく、頭は人間の急所である。だというのに、一切の容赦もなく殴り飛ばしたのだ。
「お前の母親も、頭がおかしかったな。このわたしが愛人にしてやると言っているのに、逃げ出しおって。護衛どもに手足を押さえつけられてわたしに犯されていたところを、お前にも見せてやりたかったよ。傑作だったぞ」
くく、とオルブライト公爵は笑った。
「見た目しか取り柄がないのだから、せいぜいわたしの役に立て。いつまで寝転んでいるつもりだ」
ぐっと、オルブライト公爵はまた杖を振り上げた。そしてまた躊躇いのない力加減で、ダライアスの背中を打ち据える。
「お前、魔法書に引っかかって倒れたそうだな」
ふは、と笑う。
「くだらないことでわたしの手を煩わせるな。そもそもあの程度の魔法書で倒れるなど、愚かな上に未熟だな。わたしに恥をかかせるんじゃない」
何度も何度も、オルブライト公爵は言いながらダライアスを打ち据えた。
ダライアスはほとんど本能的に体を丸めて自分を守った。守りながら、アビゲイルの言葉を思い出していた。
アビゲイルは言った。オルブライト公爵に虐待されていると言った。何度も何度も、どれほど嘘つきと蔑まれても、何度も繰り返し主張した。
あの穏やかで厳格なオルブライト公爵が、愛人の娘とはいえ自分の子どもにこのようなことをするなどと、誰が思うだろうか。
気づかない間に、ダライアスは意識を失っていたらしい。
オルブライト公爵が、ダライアスに向けて冷たい水をぶちまけた。当たり前だが、粗末な部屋が水浸しになっていく。
「掃除しておけよ。それから」
オルブライト公爵が合図をすれば、壁際に立っていた侍従が進み出る。
「明日までに課題を終えておけ。明日までに終わらなければ牢に入れるし、終わるまで食事はないからな」
ドン、ドン、と分厚い参考書が何冊も積み上がっていく。一日どころか、何か月もかけて進めるような量だった。
「返事は?」
オルブライト公爵が問いかけた。
ダライアスは気づかなかった。ただ必死に、無様に床に転がったまま、呼吸を整えて、体の痛みをどうにか誤魔化そうとしていた。
そんなダライアスを、オルブライト公爵がまた蹴り上げた。何も守るところのない腹である。
それから不気味なほど穏やかに、オルブライト公爵は言った。
「返事はどうした、アビゲイル」
ダライアスは混乱した。混乱して、自分がアビゲイルと呼ばれていることもどうでも良くなっていた。
ただ、頷いた。また腹を蹴られたくなかったから。
「はい、はい……」
「礼を言いなさい」
「ありがとうございます」
ダライアスは言った。
このほんの短い時間の中で、ダライアスの心は折れた。侯爵家の跡継ぎとして厳しくも優しく育てられたダライアスにとって、これほどの暴力は恐ろしいものだったのだ。
アビゲイルだと思い込んでいるダライアスが従順になったことに満足したのか、オルブライト公爵が部屋から出て行く。
オルブライト公爵がいなくなっても、ダライアスは動けなかった。
参考書を解くなどとんでもないことだった。ただ、体の痛みと、精神的な衝撃と戦っていた。
はー、はー、と何度も長く呼吸をする。呼吸の方法を何度も切り替えて、どうにか痛みを誤魔化せないかとそれだけに頭を使っていた。
ほとんど無意識に、舌で口の中を探った。
何か所か、折れているところがあった。いまだに血が滲んでいるところもあるようだった。
あちこちが痛かった。指にすら何か所か痛いところがあった。もしかしたら骨に罅でも入っているのかも知れない。
ダライアスの前で、アビゲイルはいつも調子が悪そうにしていた。いつも何かに怯えていた。いつも暗い顔をしていた。
そういう、アビゲイルを、ダライアスは思い返していた。
顔の前にどうにか手を動かせば、ぼろぼろながらも細い。手首に特徴的なホクロがあるので、それがアビゲイルの手であることが判った。
つまりいま、ダライアスはアビゲイルの体に入っているのだ。あの魔法書の効果は判らないままだったが、これが結果なのだろう。
そういうことを、散漫になる思考でどうにか理解して、そこでダライアスは力尽きた。ただぼんやりと宙を眺める。
痛いな、と思った。痛いということしか考えられなかった。
アビゲイルの魔力量はそれなりに大きかったはずだ。だから魔力の小さな人間よりは、自己治癒能力がずっと高いはずだった。
それでも、すぐに治るわけではない。指先を動かすこともしんどかった。
ややあって、ダライアスはずるりと起き上がった。このままここにいてはいけないと思ったのだ。
どうにかして、クラックソン侯爵家に行かなくてはいけない。ダライアスがアビゲイルの体に入っているということは、アビゲイルはダライアスの体に入っているはずだ。
ずるり、ずるり、壁を支えにしてダライアスは部屋を出た。
部屋の中は薄暗く、湿っぽかった。物置か、屋根裏部屋か、大昔の使用人部屋のようだった。
少なくとも、養女とはいえ公爵令嬢の住むべき部屋ではなかった。
ひどく気の遠くなるような時間をかけて進んでいれば、廊下の向こうから一人の少女が歩いてくる。その少女に見覚えがあって、ダライアスは眼を見張った。
ヴェロニカ・オルブライト。オルブライト公爵と公爵夫人の娘にして、王太子の婚約者である。
ヴェロニカもまた、オルブライト公爵と同じく人格者で知られている。向かいから歩いてきたヴェロニカはアビゲイルの姿をしたダライアスを認めるときょとんとして、優しく微笑んだ。
「こんにちは、アビゲイル。お父様からの課題は終わったの?」
明らかに体調の悪いアビゲイルを心配する様子も、気にする様子もなかった。ただ当たり前のように、普通の姉妹のように問いかける。
何度も呼吸を整えてから、ダライアスは言った。
「休みたい」
「あら、だめよ。きちんと課題を終わらせてからじゃなくちゃ」
くすくすとヴェロニカは笑った。
「アビゲイル、あなたは本当に駄目な子ね。聞いたわよ、魔法書に引っかかって倒れたのですってね」
ヴェロニカの調子は、いつも友人たちと話しているのと変わらない。そのことが、ダライアスには逆に恐ろしかった。
「あまり、このオルブライト公爵家の恥になるようなことはしないでね。これじゃあ、お父様が可哀想だわ」
優しく微笑んでから、使用人たちに指示を出す。ヴェロニカの指示によって、ダライアスは元の部屋に戻されることになった。
「随分と貧相な部屋ねぇ」
首を傾げて、ヴェロニカが言う。
「あなたが馬鹿なことばっかりしているからいけないのよ。お父様の期待に答えなくちゃ。やっぱり、平民の血が混ざっているのが悪いのかしら」
ころころ、と笑う。やはりヴェロニカに、悪意はなかった。
結局のところダライアスは、そのままアビゲイルの部屋で一日を過ごすことになる。自然に効力が切れたのか、夜にはダライアスは自分の体に戻った。
それからしばらく、アビゲイルは学園に来なかった。
ダライアスは、婚約してからほとんど初めて、アビゲイルを心配した。彼女は本当に、牢に入れられたのだろうか。
大きな事件が起きたのは、そんなときだった。
アビゲイルが、オルブライト公爵のタウンハウスにいた家族や使用人たちを皆殺しにしたという、大きな事件だった。
ダライアスは、話を聞いたときに唖然とした。それから王家にかけあって、アビゲイルが収監された貴族牢に向かうことにした。
貴族牢は、十分に生活できる程度の家具が揃っている。その中で、アビゲイルは随分と居心地が良さそうにしていた。
「ここはわたくしの部屋よりもずっと素敵ね」
そんなことを言って、ころころと笑う。
アビゲイルが笑うところを、ダライアスは初めて見た。そうやって笑うと、アビゲイルはヴェロニカにひどく似ているのだ。
ダライアスは、ずいぶんと苦いものを噛んだような気持ちがした。どうにか問いかける。
「どうしてこんなことをしたんだ」
問いかけられて、アビゲイルはきょとんとした。
アビゲイルの瞳には、後悔も罪悪感もない。ただ、見たことがないほどさっぱりしていた。
「あの魔法書は素敵でしたわね。わたくし一日だけ、ダライアス様になりましたのよ」
浮かれた声で言う。
「ダライアス様のご家族は、すごくお優しいのですね。倒れたことを心配して頂いて、温かいご飯を頂いて、柔らかいベッドで十分にお休みさせて頂きました」
思い返すように微笑む。
「それが、すごく素敵で……素敵で……」
ふふふ、とアビゲイルは笑った。夢を見るように。
「なんだか自分の家族が、嫌になっちゃいました」
嫌になった、とアビゲイルは言った。たったそれだけで、アビゲイルは自分の家族も使用人も皆殺しにしたのだ。
たった、それだけで。
「も、もっと他に良い方法があっただろう! 教会に駆け込むとか」
「駆け込んだことありますよ。連れ戻されてしまいました」
アビゲイルはへにょりと眉尻を下げた。幼い子どものような悪意のない表情だった。
「オルブライト公爵様って、本当に世間から信頼されておりますのね。わたくしが教会に駆け込んだのは単なる親子喧嘩で、ワガママなんですって」
言ってからふと思いついたように、
「……わたくしのワガママだったのかも知れないわ。何しろわたくし、父親というものをオルブライト公爵しか知りませんから。世間ではあれが普通で、ダライアス様のご両親が特別にお優しいだけかしら?」
首を傾げて自分に問うて、うーんと首を捻る。まぁ良いか、とアビゲイルは思考を放り投げた。
「お父様たちが言うには、わたくしは馬鹿だそうですから。難しいことを考えるのは苦手なのです。だから、面倒臭くなってしまって」
殺しちゃいました、とアビゲイルは言った。何の感慨もなく。
「わたくし、思ったのです。殺そうと思えばいつでも殺せたのに、どうして今まで我慢してたんだろう、って。わたくしだって魔法はそれなりに使えるのだから、さっさと殺してしまえば良いお話だったのです。どうして『だめだ』だなんて思っていたのかしら? こんなに簡単だったのに!」
くすくす、くすくす、とアビゲイルは笑った。
「わたくしのママはもともと伯爵令嬢だったそうですよ。オルブライト公爵に関係を迫られて、断ったら強姦されて、傷物になったから家族からも見捨てられたのですって。これで少しは、ママの気も晴れたかしら? もうお空の上だけど」
ママ、とアビゲイルは言った。恐らく、実母のことだろう。
自分のやったことが判っていないようなアビゲイルに、ダライアスは声を絞り出した。
「……死罪だぞ。公爵を殺すだなんて、とんでもない大罪だ」
「はい、でしょうね」
うふふ、とアビゲイルが肩を揺らして笑う。
「わたしは、ママのところに行くわ。あなたともお別れね」
ばいばい、と子どものように手を振った。穏やかな、ひどく満足げな表情だった。
ダライアスはもう、何も言えなかった。ただ、今まで見たことがないほど可愛く美しく笑うアビゲイルを、苦い顔で見返すしかなかったのだ。
その後、ほどなくしてアビゲイルは死罪になった。
アビゲイルは何も語らなかった。だからアビゲイルは、自分を引き取った慈悲深い養家を見当違いに恨んだ末に凶行に及んだとされた。
アビゲイル以外のオルブライト公爵家は、優れた実力と人格を持つことで知られていた。オルブライト公爵家の悲劇を嘆く声は、いつまでもいつまでも絶えなかったという。
個人的にものすごーくモヤモヤすることがあったので、自分を宥めるために書きました。供養でございまーす!
どこまでが躾で、どこからが虐待かなんて、ひとによっても意見が違うので迂闊に踏み込むべきじゃないし、なるべくこの辺は曖昧にふわっとさせとくもんだよねー、と思いながら書きました。でないと思わぬところでひとを傷つけることになります
ちなみにわたしとしては、オルブライト公爵の行いは虐待というつもりで書きました。ただ世の中には、『この程度は躾の範疇だ』と感じるひともいるでしょう
感じることは自由です。でもわたしには近づいて来ないで。めちゃめちゃ攻撃しちゃいそうだから。わたしは人間でいたいのよ
実際どうなんだろ、、わたしは家族というものに夢を見すぎているところがあるので、現実がどんなもんか知らないのよね、、伽藍さんものを知らないのだわ、、
供養でございまーす! ので、難しいこと考えずに軽ーくお読み流しくださいませー
【活動報告:20261001】
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