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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

人間的情熱欲求(ヒューマンエロス)

掲載日:2026/06/13

「ワクワクという言葉では、到底届きえない程の好奇心が俺の中で動くゥゥ――! うねるゥゥ――!」

「やはり小説家とは俺にとって最高っに向いている職業だ――!」

「君もそうは思ってくれないかね?」


この男、変態である。

もちろん、褒め言葉として。


「パンドラ先生、やめてください。恥ずかしい。私まで変態扱いを受けますから」


 ここはイタリアの繁華街。

 そして、道の真ん中に立つ変態的(エロス)な小説家とその編集者。


 青髪のセンター分け、少し筋肉質な体をした細身の男。

 緑とピンクの織り交ざったコートを羽織って、白のぴちっとしたズボンにワイシャツを着ている。

 傍から見たら、奇抜な男だ。

 黒髪のショートカット、スタイルの良い女。

 白のスーツを着ていて、長い前髪で左目が隠れている。

 いわゆる、エリート編集者だ。


「ゼノアさん、俺は作り手である人間だ。それならば、変態であり続けたい!」

「変態でいることは良いですが、私まで巻き込まないでください」


 周囲の人間はこの二人を変人と認識していた。

 ちらちらと横目で見てしまう。

 そんな魅力というべきか、不審な点というべきか悩ましいものがあった。


「それより、今回の旅行の目的を覚えていますよね?」

「もちろん。一番の期待はそれだよ。夕陽の時計塔の事でしょ?」


 はぁとため息をついて、ゼノアは腕時計を見た。


「その通りですよ。こういう所だけは真面目なんだから」

「今の時間は三時。夕方の五時が一番きれいに見える時刻ですけど、それまでは取材ですからね」


 ゼノアの言葉にパンドラは親指を立て、OKサインとして見せる。

 それから、ついて来いと言わんばかりに堂々とした姿勢で歩き始めた。






「私とは見えている世界が違うんですかね? 全然、情報を集められるような場所に行けていないと思うんですけど」


 時計塔前の広場にある噴水で腰を下ろした二人。

 ゼノアは不安な表情でパンドラを見ている。


「小説にとっての肥料、沢山手に入ったよ。これで夕陽の時計塔という大きなピースがはまった瞬間、素晴らしい作品が出来る」


 自信満々の様子であるパンドラは、手にマメが出来るほどの筆圧と量で書かれた手帳の文字を見せた。

 彼の日ごろから見ている景色を文字に起こしたものであり、貴重な一冊となっている。

 そして、鮮度の良い大量の情報を記した手帳であるため、パンドラにとっても大事な一冊なのだ。


「それならば、素晴らしいです」


 ゼノアはパンドラを信頼している為か、手帳の中身を見ることなく冷静に褒めた。


 現在の時刻は四時四十分。

 夕陽が現れるまで、間もなくとなっていた。

 二人は取材による疲労で口数が減っていたが、それでも時計塔と夕日のコラボした最高にきれいな景色をまだかと待ち望んでいる。


「ここが時計塔と私が一番、相性良く撮れる場所なのよね?」

「はい、エリス嬢の魅力を一番に発揮できる場所で間違いありません」


 広場の真ん中には黒いスーツを着た護衛を連れているお姫様がいた。

 白髪ロングで色白、ピンクの日傘を差し赤いドレスを着た女。

 上品な姿をしているが、笑顔にはどこか不気味さがあるように思える。


 一方でそんなお姫様を案内していたのはこの広場を管理するドドレーテ商会のリーダーである男だった。


(わたくし)、エリス・シムレットにとって最高の場所となるなら買うわ」

「買う? 一体、何をです?」

「この景色を買うのよ。今日は私のための背景となりなさい!」


 その言葉に商会のリーダー、周囲で聞き耳を立てていた者達に衝撃を与えた。

 景色を買うなどという発想に対し、信じられない様子でいる周囲の人々。


「百万ドーラ。一日、この広場を借りるのに百万ドーラかかりますがよろしくて?」

「買うわ! 私が最高に輝ける背景なら安いわよ」


 百万ドーラという単語を聞き、驚愕した人々は一斉にざわついている。

 それほどまでの大金であれば、家が建ってもおかしくないだろう。

 だが、このエリス・シムレットの実家であるシムレット家にとっては端金だ。


「一体、何を言っているんだろうね?」


 話に対し、聞き耳を立てていたパンドラは言葉の意味を理解せずにいた。


「貴族の娘のようですね。この都市ならではの人間といったところでしょう」

「面白い人物像だ。メモをしなければ」


 ゼノアは不安の表情でエリスを見ていた。

 何か、面倒事が起こる。そんな気がしていたのだ。


「皆様――! 本日、この広場はシムレット家の物となります。これよりは立ち入り禁止です。いきなりですみませんが、どうぞよろしくお願いいたします。」


 突然の宣告。

 この言葉に周囲の人々は戸惑いを見せるが、黒スーツの男達の威圧に根負けし、立ち去るほかない。

 せっかく時間をかけて見に来たのにも関わらず、立ち入り禁止となり不満が募る人々だが、武力と圧倒的な金の前には為す術がないといえる。

 しかし、一人の青年だけは違った。

 パンドラは立ち上がり、商会のリーダーに歩み寄った。


「じいさん、それを許すのか? そんな不条理を押し付けて良いのか――?」






「心苦しい。しかし、逆らえばシムレット家の権力で商会が潰されてもおかしくない。ここで働く仲間のためだ」

「仲間のため――?」


 詰め寄るパンドラ。詰められる商会のリーダー。

 最高の景色を制限せざる負えない事と仲間達の明日。この二つを天秤にかけた商会のリーダーは複雑な心情でいる。


「文句ならエリス嬢に言ってくれ。私ではどうすることも出来ん。そして欲を言えば、止めて欲しい……なんてな」


 その言葉を述べるリーダーの目は涙でいっぱいだった。

 突然の決断に彼自身も、悔しさがあったのだ。


「おい、そこの姫さん。景色を買うなんていうふざけた事はよしてもらおう」


 悔しさの涙を見たパンドラはエリスに直談判するほか無かった。


「あらあら、馬鹿な人ね。私に逆らう気? 私の自分を愛する気持ちが分からないの?」

「分からないね。この景色を占領する理由が自己愛なら、景色への好奇心という情熱が対にあってもおかしくないのでは?」

「そんなくだらないものが、私を愛する気持ちに並ぶわけがないわよ。断言できるわ!」


 いがみ合うパンドラとエリス。

 互いに、互いの事を理解できない状況では話も進まない。

 そこに割って入ったゼノアは交渉に出る。


「すみません、エリスさん。少額にはなるのですが、お金を払いますので私達にも見せていただけませんか?」

「嫌よ、余計な口を挟まないで。この家畜野郎」


 エリスは辛辣で最低な言葉を浴びせると、ゼノアの太ももに日傘の先端を突き刺した。

 小さく深い傷口から血が流れる。


「この人は変態的なほどの好奇心を持つ変態(エロス)だけど、すばらしい作家であるわ。そして、この人をヒットさせるのが私の仕事」

「だから、引き下がれないわ!」


 傷口を抑えながらも、必死に訴えかける。


「あんた達、連れ出してー」


 そんな訴えも虚しく、エリスは黒スーツの護衛に仕事を出した。

 立ち塞がる三人の黒スーツを前にゼノアは為す術がない。


「格闘技を通信で習っていてね。君達をねじ伏せるのは容易いよ」


 ゼノアに代わって、パンドラが立ち塞がった。

 彼の表情は真剣そのもの。


 まず、襲い掛かってきた一人の黒スーツを背負い投げで地面に叩きつけると、二人目を連続の裏拳で失神させた。

 そして、残った一人の顔面にドロップキックをお見舞いして、あっという間に制圧。


「さて、どうする?」

「くだらないわ。こんなことで私の価値が落ちるなんて……くだらなすぎる。そんなの無粋でしかない!」


 ぶつぶつと暴言を吐くエリス。

 ゆっくりと近寄るパンドラだったが、信じられないものをみた。


「虎……だと?」


 目の間には虎の姿をした頭部で体はカンガルーのような筋肉質の体を持つ生物が立っていた。

 その生物はパンドラを鋭く睨み、殺意を剝き出しにしている。


「理屈は分からないけど、私の強い想いに応えた獣というわけね。必然的だわ。虎の威(ザ・ビースト)! あいつを喰い殺して!」


 その言葉を合図に走り出した虎はパンドラにすばやく迫る。

 咄嗟に対抗するべく、パンドラはペンを投げた。

 しかし、ペンは何事も無かったかのように虎をすり抜けて地面に落ちた。


「す、透けた――? どういう原理だ!」


 虎はパンドラに襲い来ると右拳を彼の脇腹に浴びせた。

 そして、悶絶しながら吹っ飛んだパンドラ。


「最高の気分ね。見た目は気持ち悪いけど、中々優秀」

「痛い! ひどく痛む! これは最悪の気分だ」


 ゆっくりと地面から立ち上がったパンドラは脇腹を気にしながらも、反撃の手立てを考える。

 彼女の想いに応えて生まれた獣だと断定したパンドラは、自分にも生み出すことが出来るのではと考察した。


「この人達は何を言っているの? 何が見えるの? その怪我は何なのよ?」


 ゼノアを含む周囲の人間には獣が見えていなかった。

 きっと、想いがぶつかり合う戦場に立つ人間にのみ見えるのだろう。


「彼女に出来たのならば、俺にもできる! なぜなら、俺の好奇心は世界一であるから。時計塔の景色を見たいという気持ちは誰にも負けない!」


 その瞬間、パンドラの気持ちに応えた獣が姿を現した。

 それは細胞を彷彿とさせる泡のような生物だ。


「素晴らしい。今、俺は最高に良い気分だ。きっとこの生物こそ、俺の情熱の証」

「ゆけ! 好奇心の塊よ!」


 虎に迫る泡のような生物は姿を変形させた。

 イルカにも似た生物に姿を変え、背びれについた刃を虎に向ける。


虎の威(ザ・ビースト)!」

未知の細胞(フォームズ)!」


 ぶつかり合った獣たちは互いのプライドを乗せている。

 虎の拳が迫る中、イルカに似た生物は拳ごと貫通して刃を突き刺した。

 そして、切り裂かれた虎は消滅した。


「あいつのイルカのような獣に負けた? 信じられない……」

「あいつのレベル以下なんて信じないわ。おかしい、間違ってる」


 唇を強く噛んだエリスは憤怒の想いでいっぱいの気持ちを全力で吐きだし、獣を再び出現させた。

 今度の虎は三体だ。


「肉団子にしてやる。私の愛の前に死になさい」

虎の威(ザ・ビースト)!」


 虎は牙を剥きだしにして、仕留めに迫る。


「本気で想像(イメージ)しろ! 俺の獣こそ、最強なんだ! 俺の情熱の前に恐怖など無い!」

未知の細胞(フォームズ)! 俺の想いに応えろ!」


 イルカは姿を変え、ケンタウロスのような見た目となり、パンドラの想像力を吸収している。

 迫る虎に対し、ケンタウロスは弓を持ち、矢を込めて強く弾いた。


 バシュッと閃光のように弾かれた矢は分散し、四本になると虎の獣を貫き、血しぶきを流させた。

 そして、残った一本の矢はエリスの右肩を粉砕し、彼女の想いは破れる形となった。


「俺の情熱は好奇心であり、この戦いの決着を強く望んだ。それが俺の勝因だ」


 その瞬間、夕方五時を知らせる時計塔のチャイムが鳴り響いた。


「最高のビューティフル。ひたすらなエロスだ」






~その晩、イタリアの宿にて

「あなたとエリスの間で何が起こったの?」


 ベッドの上で横になっているパンドラとその横に座るゼノア。


 時計塔前の広場ではテロが起きたという形でニュースとなった。

 獣たちの戦いはテロリストの爆弾による被害だと結論付けられた。

 しかし、ゼノアにとって理解が出来ない事が起きていたのだ。


「本当は見えているんじゃないか? 獣が見えていただろう?」

「獣……」


 パンドラの言葉にゼノアは何も言い返せなかった。


「戦いの途中でうっすらとではあるけど、虎の頭をした獣とケンタウロスが見えたわ。信じたくなかった。けど、あの瞬間から見えていたわ」

「そして、美しいと思った」


 ゼノアの真意を聞いたパンドラは笑みを浮かべた。


「美しいか……さすが、俺の見込んだ編集者だ」


 結局、エリスは重傷で病院に運ばれた。しかし、命に別状はないようだ。

 そして、パンドラとゼノアも市販の薬で十分に治療が出来た。


「それより、小説は書けそうなの? まあ、あんな体験をしておいて、書けないなんて言わせないけど」


 月の光に照らされる部屋。

 心地よい風がなびく。

 パンドラは自信満々の表情で語った。


「俺の好奇心に賭けて、最高の一冊を作ると約束しよう!」

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

人の想いをぶつけあう作品を書いてみたのですが、中々表現するのが難しかったです。

ぜひ、感想を書いて頂けると励みになります。

ありがとうございました!

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