守る
「ニ・ス・ク・リ!俺の作ったの、つけてくれてるの?」
僕の今日の服装を見て、マトリスは嬉しそうに言う。
「そうだよ、ちょっと今から外に行ってこようと思って」
「行ってらっしゃい」
「行ってきます」
あの日から、1日が経った。
つまり今日は、マトリスを殺さなければならなかった日。殺さないと決めたのだから過去形だ。
契約は、最悪の場合には破ると決めていたんだ。
おそらく"彼女"は追ってくるだろうが、効力はそこまで強くないと信じている。
前に聞いた時も、"彼女"の魔法には制限があると言っていた。例えば、精神干渉系の魔法は3回ほど小分けにしてかけないといけない、だとか、火の魔法は酸素があるところでしか使えない、だとか。
だから僕は、できるだけ彼女を遠ざけることを狙いとすることにした。そのために、今から家の周りに結界のようなものを作る。
「時間停止」
僕の魔法、時間停止。
これを魔法石……魔宝石のように宝石としての価値があるのではなく、魔法を込めることができるというところに価値がある石に付与する。
そして、効果範囲を僕らの家から半径1mとする。
これで道路を歩く人には何も問題がないが家を訪れた人には影響がある魔法が完成する。
ちなみに、マトリスはこの魔法から除外される。
この計画を練るにあたって、僕の魔力がたくさん込められた魔宝石を送った。これにより、マトリスの魔力を僕の魔力と勘違いさせることが可能になる。
不老不死となるときにしたような特殊な使い方でない限り、僕に時間停止がかかることはない。
「あとは……」
僕はしばらく魔宝石を取りに散策に出かけ、その後家に帰った。そして、マトリスの元へと歩く。
「おかえり。…お、土産じゃん」
マトリスはいつも通り応接間のカウンターに座り、本を読んでいた。
「そうだよ、ちょっと気合い入って作りすぎちゃったけど、つけておいてね」
そう言って僕はマトリスの首に、ネックレスをかける。小さな魔宝石がいくつも通してあり、価格はとんでもないだろう、知らないけれど。
特筆するべきは、それらすべてに魔法が刻まれていることだ。
通常、魔宝石には魔法を刻まない。効率が悪いからだ。しかし、おしゃれと有能性を共に享受したい人はどこにでもいるもので、先人たちの研究を見ていくと、それを可能にする方法がわかったのだ。
だからこのネックレス、実はとてつもなく凶悪だ。
御守りとして機能するものは合計6つ。
何個かは統合したり改善したりしているから、昔とそう数は変わっていない。凶悪さは段違いだが。
「ありがとう」
ネックレスをつけ終わり、マトリスから離れると、君は笑顔で感謝の言葉を述べた。
「どういたしまして」
それが、僕のせいで君を危険にさらすことを防ぐためだとは知らずに。
契約は途切れた。深夜0時。
僕は転移の音を聞き、目を覚ます。
「其方の答えは、それか」
僕が起きていることに気が付かなかったかのように、"彼女"はつぶやく。
いつもの軽薄さを捨て、厳粛な空気を引き連れて。
「何をしに来た」
桃色の瞳が大きく開かれる。
黒色に桃色のメッシュが光り輝く、彼女だ。
「げ、バレた」
いつもの彼女の口調に戻り、行動を始める。
彼女の視線の先にいたのは、
「マトリス!」
僕は必死になり、隣に寝ているマトリスに手を伸ばす。
しかし、その手はなんとかブレスレットに届いただけで、マトリスは彼女に手を引かれる。
「残念ながら」
彼女は嬉しそうに、マトリスを引っ張る。
「それはお前のほう」
マトリスは、動かない。
当たり前だ。
マトリスが今まで動けていたのは、僕の魔力が大量に込められた魔宝石を持っていたから。
それのついたブレスレットを取った今、マトリスの時は止まっている。
「ちっ……時間停止には自分しか抗えないってのに」
やはり。
彼女の使う魔法には制限がある。
「明確にわかったね。お前は敵だ」
僕は姿勢を整え、彼女の前に立つ。
マトリスを守れるよう、位置を変える。
「君が裏切り者なんだよ」
彼女はそう言って、杖を構えた。
その杖は、なんとも禍々しい。
黒一色の木が所々で光を反射し、先端には魔宝石のような、でも圧倒的に存在感の違う何かきれいなものがついていた。
その木にはツタのようにデザインされた光の帯のようなものが巻き付いている。
魔宝石が光っているということは、そこから放たれている光なのだろうか。
「起きろ」
彼女は、詠唱とも言えないほどにお粗末な言葉を吐く。しかし、その魔法は届く。届いてしまった。
外にあったはずの魔法石が割れる音がして、時が動き出す。
マトリスが起き上がる。
「ニス、クリ……?何が起こって……え、たしか君は……」
混乱しているマトリスに、彼女は追い討ちをかける。
「ニスっちはねぇ、君を騙してたんだよ?君を殺すという契約を持ちかけて、君を思うように作り替えたんだ」
「その言い方には語弊が……」
誤解しか生まないであろう言い方をしないでほしい。
でも、そんな僕の言葉はもう、届かない。
なぜなら、思考の海に沈んでしまっているから。
「ははっ、もらった!」
僕の首元に、杖が向けられる。
「時間停止!」
僕は時間を止める。
彼女には効かないとわかっているのだから、彼女が打つであろう魔法に対して。
「お、やるじゃん」
十数個にもわたる氷の礫が、僕の首元で止まっている。
今がチャンスだ。
僕は無言で姿勢を立て直し、腰につけていた剣を振るう。彼女の首元をかすったかと思われたが、その時にはすでに転移されていた。
転移先は、僕の攻撃が届かない少し遠く。
「小賢しいな」
面倒な相手だ。戦いたくなかったから万全の準備をしていたのに。
「褒め言葉だね。さぁてマトリス。君はニスっちを信じられるかい?だって、こんなに用意周到なんだ。何が起こるかわかっていたのに伝えてもらえなかったんだよ?」
そうだ。僕は君に伝えなかった。でも……。
そんな言い訳じみた言葉を言いたかった。
しかし、それを言ったら本当にすれ違いを生んでしまう気がした。だから、言わなかった。
僕は、彼女への攻撃を試みる。
彼女は今、マトリスを向いている。
そんな中でも彼女には隙がない。
……マトリスの決定を、聞くしかないか。
「俺は……とりあえず敵を倒す。それから考える。だって、ニスクリがそんなにひどいことをしているという証拠がないから」
「あぁ、そう。この矛盾を無視するなんて、よほど洗脳が聞いていそうだね」
彼女は杖を構える。
マトリスと僕、両方を同時に相手するように向きを変える。
「ニスクリ、ごめん。家、壊す」
マトリスはいっきに炎を放った。
マトリスを中心に放たれた熱の塊、そして視界を奪うような眩しすぎる光。
それは家全体に広がっていき、家具も壁も敵も、すべてを焼き尽くしていく。
燃え盛る炎が、僕らを覆った。
「あつい……」
視界が戻ってきた頃に放たれたその声は、女の子のものだ。"彼女"の声だ。
「なんで生きてるんだよ……」
マトリスが絶句しているが、僕は当然として捉えて攻撃を始める。
彼女はおそらく水か何かで火を消したはず。
そうなると、雷のようなものが効くだろう。
僕はそう読み、魔法石を投げつける。
これは、雷の魔法が籠っている。
「くっ……用意周到」
彼女の、少し苦しむような声が聞こえた。
でも、すぐに姿勢を直し、辺りの消火を始める。
「マトリス、余裕を見て彼女を燃やして」
僕はそう言い残してから、走り出す。
すると僕を無視して、彼女はマトリスに狙いを定める。
マトリスはとっさに杖を出して構えるも意味なく、炎により御守りばかりが狙い撃ちされていく。
御守りによる反撃が彼女を襲うが、意味はない。
なぜならばそれは、謎の結界のようなものですべて止められてしまっているから。
御守りはあと、2つか。
マトリスに自衛の能力を求めてはいけない。
炎は、攻撃のために使うものと信じているだろう。防御なんて教えていないのだから。
つまり、僕が絶対に守り抜かないといけない。
僕は攻撃を諦め、彼女に向かって走る。
しかしそれも間に合わず、彼女は攻撃を仕掛ける。
「爆ぜろ」
彼女の杖が、さらに光り出す。
すると、マトリスの目の前で3連続で爆発が起こる。
マトリスは膝を着き、苦しそうにする。
僕のほうにも風が吹き荒れ、走ることが困難になる。
マトリスはもう、耳も目も使えなさそうだ。
御守りももう、残っていなかった。
かじろうて一度は御守りなしで耐えたが、2回目はどうだろうか。
絶対に、耐えられるわけがない。
「時間停止!」
僕が叫ぶのも無視し、彼女はマトリスに、氷の礫を撃ち出す。
幸運なことに、焦った僕が放った時間停止の魔法は、氷に当たっていたようだ。
これで、時間が稼げる。
僕はマトリスと彼女の間に入るべく、全力で走る。
そして、来る攻撃に備えた。
しかしそれは来なかった。
「ははっ、読み通りすぎる!」
僕の単純な行動は彼女に見透かされていた。
彼女はいつの間にかマトリスの後ろを取っていて、高火力で燃やし尽くした。
マトリスでは使えないであろうレベルの火力だ。
逃げられるわけもなく、体はただの人形である君は、燃えて亡くなる。
「時間停止!」
気づいたときにはもう、遅かった。
マトリスだったものはただの灰となり、散っていく。
僕の目の前で、サラサラと、消えていく。
彼女が少し動くだけで風が生まれ、それによって消えていく。
いや、落ち込んでいる場合ではない。
僕はまだ、ひとつだけ手を残している。
魂を捕獲して、それを調整が終わったはずの本来の肉体に入れることができれば……。
「魂の、捕獲……」
そうか。
僕だけではできないんだ。
以前も、その前も。
マトリスの魂は"彼女"からもらった容器で保管していたんだ。
「あー、やっと気づいた。隠れて蘇生しようとしてたんでしょ?引っ越し依頼したんだから気づくに決まってるじゃん!もし君が魂を保管できていたとしても、肉体のほうをちょっとイジっておいたからさ、完全復活は不可能!ほんっと面白い!」
「なん、で……」
「人間って、自分に都合のいいところしか見ないんだから。これだから人間は面白いんだよ!あーあ、なんってすばらしい物語!」
「僕がうっかりだっただけ、なんて物語のどこが…」
僕のつぶやきは運悪く彼女に届いていたようで、僕は彼女によってみぞおちを蹴られる。
「なぁに?文句あんの?」
僕は地面に転がる。咳き込む。
灰が、さらに辺りへと散っていく。
もう、残っていない。
そうだ、もう残っていない。
何もかもが、ないんだ。
僕にとって大切だったものなんて、何もない。
唯一、マトリスだけが。
君だけが僕の大切なものだったのに。
「殺せよ……」
僕の一縷の望みは、変わっていた。
前までは、彼女を殺すことだったのに。
その前は、彼女を入れないことだったのに。
彼女に殺してもらうことが、望みになっていた。
でも、その望みは絶たれる。
「やだ。ここで終わるのが1番面白いからね!」
彼女は鼻歌でも歌うようにそう言う。
軽やかに、楽しそうに。
「くそっ……人間の心がなさすぎる……」
僕は、体のダメージではなく心のダメージで床に這いつくばる。そして床をドンッと叩く。
「それはどうも。君のことは守ってあげようかな、面白そうだし」
彼女はどこ吹く風とでも言うようにニコニコと僕を見下す。
もう、死ぬ道すらないのか。
目を閉じた。
炎に包まれた。
あつい。
思わず目を開くが、光だけで機能しない。
炎はすぐに収まり、彼女が魔法で出した水によって周辺の炎もすぐに消える。
「何事なのよ、面倒な……」
彼女はつぶやいているが、僕の耳には入らない。
「マトリスの、魔法……!」
何度も、何度も見てきた。
僕にはわかる。これは、マトリスの炎だ。
僕はひたすらに、マトリスの肉体を置いておいた部屋へと走る。
階段を降りて、廊下を走り、コケそうになりながらも走る。
彼女が後ろから追いかけてきているのもわかっていながら、ひたすらに走る。
今ばかりは、広い我が家に恨みを覚える。
すぐに部屋についた。
扉にもたれかかるように到着し、開ける。
広く、暗い部屋。
ただ真ん中に、機械のようなものがある。
そこにはマトリスの肉体が置いてあり、液体が満たされている。
注意深く見ていると、目を開いた。
「マトリス……!」
僕はすぐに機械へと走り寄り、扉を開ける。
中からは液体が溢れてくるが、そんなものは見なかったことにして、マトリスだけを抱きかかえる。
マトリスの体に力は入らず、僕にもたれかかってくる。しかし、意識はあるようで僕に視線が向いていることがわかる。
「っ……あぁっ……!」
突如、マトリスが叫び出す。
頭を僕の体に押し付け、その苦しみが体現される。
僕は何もすることができず、マトリスの苦しみが少しでも減るように祈る。
「思い出したみたいじゃん、いやぁ、これもこれで面白そう!じゃ、大変だろうけど頑張れ!」
彼女はマトリスに害を及ぼしそうな明るい声を出し、転移して消えていった。
僕らの戦いは、終わったようだった。
数分後、マトリスは落ち着いたようで、頭を押し付けるのをやめた。
そして、僕から離れたいとでも言うように頭突きをする。
もちろん、僕は手を離す。
しかし、マトリスの体には力が入っていない。
「マトリスっ!」
僕は思わず近寄り、手を差し伸べるが、マトリスは手を取らない。
「俺、はっ……俺は……何を、忘れている?何を、何をしていた?俺って、何なんだ?」
手も足も動かさず、混乱にうずくまり、ひとりつぶやいている。
「とりあえず落ち着こう。ね?」
僕はとりあえず落ち着かせようと、声をかけてみる。
すると瞬時に炎が僕を渦巻いた。
「だまれ!」
……魔力が暴走していそうだ。
多少のズレはありそうだが、感情に合わせて魔力が動いてしまっている。
これも彼女の言っていた、"ちょっとイジった"なのだろうか。
何もすることができない僕は、椅子と水を用意するために、一度外に出ることにした。
扉を閉める。
すぐに、マトリスの叫びが聞こえた。
「水、持ってきたんだけど。飲む?」
部屋に戻り、椅子を置いてから僕はマトリスに水を渡す。
少し時間が経ち、落ち着いたようではあった。
「……俺、手足が動かなくなったみたいだ。何が起こっているのか、わからない」
手足が、動かない……。
これもまた、彼女のイタズラだろうか。
「わかった」
僕はマトリスの体を支え、椅子の上へと連れて行く。
「水、飲ませるよ。気をつけてね」
僕は一度忠告してから、水を飲ませる。
コップ1杯の水を飲んだら、落ち着いただろうか。
「とりあえず、リビングに連れて行ってくれ。その方が話しやすい」
それには僕も賛成だ。
マトリスを背負い、僕はリビングへと上がっていった。
「お前が、帰ってきてと祈っていたから、俺は帰ってきたんだ。お前の言葉を、無意識で守っていたんだ。以上」
結論から言おう。
僕の洗脳は、解けていた。
何百年も前に自分の起こした事件を思い出し、人形である自分に絶望を覚えたことを思い出し、僕への愛情は洗脳であったことに気がついてしまった。
「……俺は、今の感情がわからないんだ。お前に向けているこの気持ちが、本物なのか、偽物なのか」
そうだよね。
僕は、そうなるように仕組んだんだ。
マトリスに愛されたかった。
僕からの愛が、一方通行でないことを祈った。
それが本物か、偽物かなんて気にしないで。
「君は、どうしたいの?」
君が離れていくと決めたら、僕は何だってしよう。
そして、僕から離れられないように……。
これは邪道かな。でも、そうしたくてたまらない。
「……俺は」
そこで一度、言葉を止める。
重い空気が流れる。
リビングという明るい場所には似合わないほどの、重苦しい空気が。
沈黙を破ったのは、何分もかけて答えを考え抜いたマトリスだ。覚悟を決めた顔つきが、また愛しい。
「どうせ俺は、逃げられないんだ。この気持ちを偽りと決めて、お前を悪だと断定して逃げようとしても、もう手足は動かない。……ならばこの気持ちは本物だと信じて、お前を……信じる……それでいいんだ。これで、いい」
つまりは。
「このままで、良いと?」
「そうだ。俺は君を愛する。決めた」
決めてくれたんだ、マトリスは。
僕が望む結果が、今ここにあった。
ならば僕は、それに応えよう。
「なら、僕は改めて君に誓おう」
一度言葉を止め、マトリスの座る席へと向かう。
そして先ほど壊れてしまった指輪の代わりとして、水を取ってくるついでに作った新しい物を薬指にはめる。
もちろんマトリスの瞳の色、深い深い、海の色だ。
二度と君を離さない。たとえ君が僕を嫌っても。
そんな僕の誓いを、万感の思いを込めて。
「愛しき君に、すべてをかけて」




