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想う

「俺、やりたいことがあって」


ふいに朝ごはんの席で、マトリスが話し出す。


「もちろん、君の言うことなら何でも僕が叶えてあげるよ。毎日を祝日にしたい?それとも、世界征服でもしてみる?」


僕がそう言うと、少しためらってからマトリスは口にした。


「……店を作りたい」


僕は間髪入れずに答える。


「わかった。もちろんいいよ。でも、どんな店にするの?」


僕は、なんだそんなことかと思いながらマトリスの返答を待つ。考えがまとまるまでの間、コーヒーを飲むことにした。最近飲めるようになった。ミルクを入れすぎていてコーヒーの色がするかもしれないミルクではあるが、元はコーヒーだ。


「人の、物語を、集めたい」


マトリスがつぶやいたのは、そんな文節で区切ったかのようなシンプルな言葉。

でも、それは僕がコーヒーを吹き出しかけるのに十分な驚きを与えた。


「げほっ……え、物語?」


ふいに、50年くらい聞き続けていた、彼女の声を思い出してしまった。人間ではない、謎の何か。

あの子も物語、とか言ってたなぁ……。なんて現実逃避している。

マトリスがあんなおぞましい趣味を持つわけがないか。いや、もし持ったとしてもそれごと愛する自信はあるけれど。

物語、とか言いながら人で楽しんでいるだけの、あの子みたいになるわけが……。


「人の行く末が見てみたい。それぞれの人は、みんな面白い物語を持ってるから。それってきっと、最高の」

「うん、わかった。それ以上言わなくても大丈夫」


聞き飽きてるから、という言葉をすんでのところで止め、そうなった原因を考えることにした。


マトリスの元々の性格?いや、そんなわけがない。何百年も過ごしてきた僕は確信できる。


僕の洗脳が変な方向に働いた?いや、物語、だとかそういう関係の言葉は吐いていない。


となると、残されたのは


「"彼女"かぁ……」


やられた。彼女も、マトリスの洗脳を試していたと言ったところだろう。


でも、もう30年ほど経っている。その間この性格が出てこなかったのはなぜだろう。彼女の魔法の力か何かだろうか。僕らにはない力だから、つい邪推してしまう。


「ニスクリ、どうした?」


「いや、なんでもない。店ね、いいよ。どこでやろうか」


僕はすべての憶測を振り払い、マトリスと向き合う。

店を新しく建てるのだとしたら、場所が必要だ。


「ここの家」


うーん……。当たり前のように僕の家に他人を入れようとするマトリスの精神には見習うところがありそうだ。さすがはマトリス。

他の人が言ったら万死に値するが、マトリスならば話は別だ。


「じゃあ、応接間みたいに整えるね。明後日くらいには準備が終わるから、コンセプトとか、どう商売をするのかとか決めておいてね」



そう宣言した次の日……とはいかず、2日後。


「おぉ……ニスクリ、ありがとう」


「どういたしまして。でも、ごめんね。できるだけ早く終わらせたかったんだけど、2日も……」


「十分だから!絶対他に家とか買うと思ってたのに……」


あ、適当に言ってたのか、あれ。

まあいいや。できるだけマトリスの近くにいたいし。


あの後僕は、自分の家を店と言える物に進化させるため、マトリスの希望を取り入れながらリフォームを始めた。

これは、昔に家を拡張していたことが功を奏した。

1階の部屋をかなり2階へと持ち上げ、応接間のようにした。マトリスの希望で、少し古本屋っぽい感じも出して、その奥にカウンターのような場所を置きたいということだったため、応接間は少し妖しげな雰囲気のある空間となった。

わざわざろうそくを使って明かりを確保しているあたり、雰囲気を感じられると思う。


……僕がやったわけではない。

"彼女"を少しおど……説得して、魔法を使ってもらっただけだ。対価は、マトリスが手に入れる情報を共有すること。これは、古本として本棚に入れておくことで決定し、契約は結ばれた。


もちろん、客対応の場所と、プライベートな僕らの場所は隔ててある。2階には1階の応接間の奥にある階段からしか行けないし、そもそもその場所だって僕の作った魔導具の罠を通り抜けないといけない。


これで、僕も安心してマトリスの商売の許可を出せる家が作り終わったのだった。






「おーい、マトリス。今日はどんな感じ?」


僕は応接間の方に入り、マトリスに近づく。


「ちょ、今はまだお客さんいるから……静かにしよ」


君はいつも、仕事熱心だ。

僕なんかそっちのけで依頼をこなそうとするようになった。

まあ、勝手についていくから離れたことなんてないけど。


客のほうを見てみる。

小さな女の子だ。黒のフードを深くかぶっているためどんな容貌かはしれない。ただ、見たことがある。この背丈、姿勢…そして、雰囲気。


「おい、なんできた」


僕は"彼女"に近づく。


「あ、バレた」


彼女はこちらを見た。

その桃色の瞳は、50年前と寸分変わらず、物語を楽しみ好奇心に満ちていて、ランランと光り輝いている。


「知り合い?」


マトリスがこちらの様子を見ている。

……少し嫉妬していそうに感じるのは、僕だけだろうか。単なる希望だろうか。


「とりあえず外に出ようか」


君を殺さなければならない契約の相手なんて、知られたくはない。

彼女を半ば引っ張り出し、僕は外に出た。



「で、なぜ……」


「いやぁ、まったく動かないね、今回も。あと3日だよ?リマインドに来てやったの」


彼女は外の様子を興味深そうに観察しながら、僕の質問に答える。


「あと、3日……?」


あぁ、50年後に悲劇を起こす。その契約か。

たしかに、僕はマトリスとの時間を50年も得たんだ。

でも、あとたった3日なのか?

あまりにも、あまりにも短すぎる。


「そ、ちゃんと契約通り殺すんだよ?さもないと」


「わかってる。わかってるよ」


自分に言い聞かせるよう、そう唱える。

僕はわかっていたんだ。

どうせ壊さなきゃならない。

わかってたけど、それでもやはり。


「いやだ……」


ポツリとつぶやいたその独り言は、もう去っていた彼女には聞かれなかった。






「え、僕ひとりで?」


家の中へ戻ると、マトリスが依頼書を持っていた。


「ずっと考えてたんだけど、やっぱりニスクリがやってくれたほうがいいと思って」


その依頼は、隣国でのダンジョン攻略。

必要な日にちは最低でも2日。

それじゃあ、間に合わない。

今日はもう門が閉まってしまった。

つまりは、帰ってきてすぐに僕は……。


「……いやだ」


「そこをなんとか!」


マトリスは、なんとかして僕にこれを受けさせようとしてくる。


「……君と、離れたくないんだ」


あと少ししかないんだ。そんな言葉をすんでのところで飲み込む。

そんなことは言う必要がない。


「じゃあ、隣国までは俺もいく。でも、ダンジョン攻略はお願いしてもいい?」


それならば、まだいいか。

マトリスの頼みだ。僕が許せる最低のラインで許諾しよう。


「わかった。じゃ、明日から行こう」


僕は、できるだけ早く終わらせて帰ることを決意した。






隣国へと着き、ダンジョンへ爆速で向かい、攻略を着々と進める。

途中で、24時間後にしか開かない扉とかいう馬鹿げたものがあったため、破壊して攻略した。

最下層である50階に着く頃には夜になっていた。

ここのダンジョンはなかなかレベルが高かったらしく、僕の時間停止が使えなかった。しかし今の時刻くらいはわかったため、夜という時間に落胆を覚えたのだ。

これで、あと1日……?


僕は今日、ほぼひとりでいたんだ。

時間の無駄だったとしか言いようがない。

唯一の功績は、これがマトリスからのお願いだったというところだろうか。

お土産に魔石と、それで作った凶悪な御守りを用意する。これが使う日は、もう来ないだろうけど。





「ただいま」


翌朝一番にギルドでダンジョン攻略を伝え、店としての依頼を完了させた。そして、宿へと向かう。


「〜〜〜で、こう……」


僕らの部屋から、話し声?

マトリスの独り言……なわけがない。

僕が君の声を聞き間違えるわけがないから。

まさか……いや、そんなわけがない。

マトリスの交友関係は僕がすべて管理している。

絶対に、僕以上のところになんて触れさせなかった。

誰が、いったい。

いや、早とちりするな。まだ決まったわけではない。

寝取られなんかじゃ……ない。


僕は意を決して、扉を開く。


「あっ」


そこにいたのは、マトリスとこの宿屋の店主。

ふたり仲良く肩を寄せ合い、編み物をしていた。


……浮気現場を発見してしまったようだ。


僕は一瞬で目の前が真っ暗になる。


「時よ、止まれ」


僕は僕だけの時間がほしくて、時を止める。


……編み物ねぇ。

別に、編み物に特別な意味があるわけではない。

ただただ、そこの店主の髪色と同じ毛糸を使っているだけであり、金色なんてそこら中にたくさんあるから別にそんな、……くぅ……。


いやだ、僕だけ見ててよ。

君が言ったんだよ、俺だけを見ていてって。

僕はずっと、そう思ってたんだよ。

僕以外に近づかないでほしい、僕だけのものであってほしい。僕以外必要ないと認めてほしい。

マトリスには、僕しかいない、そんな状況にしたかったのに。そうすれば絶対、僕だけを見るって思ったのに。


まあ、いいか。

どうせ、そろそろマトリスを殺さなきゃならなかった。

いいじゃないか。長年暮らしてきた中ですれ違い、結局は殺傷沙汰にまで発展した悲劇。


「マトリス」


時間停止を解く。すべてが動き出す。

最後の瞬間は、ちゃんと動いた時の中で。

そう思ったんだ。


僕の決意は、覆された。


マトリスは、僕に飛びついた。

そうなると、僕はいつも通り抱きかかえるしかない。


「ニスクリ、会いたかった……」


は、え、うーん……あれか。

浮気がバレてなんとか取り繕う、的な。

いや、マトリスってそんなに演技上手じゃないし。

でも、どういう状況で……。


「あれ、彼氏さん?あなたがマフラー編んでた」


「そうです。ニスクリっていうんです」


少し誇らしげに、マトリスは僕を紹介する。

……どういう状況だ、ほんとうに。


「時間停止」


もう一度、僕は時を止める。

とりあえずマトリスを眺めて落ち着くか。


いやぁ、今日もかわいい。

君のかわいさも、かっこよさも、やっぱり君の魂がないと溢れ出ないんだ。僕が創作できるものじゃないんだ。

あぁ、特にその青色の瞳が本当、輝いていて美しい。クリーム色がかかったその白い髪色にすごく似合ってる。

なんと言っても彫刻のようにきれいな体もすばらしい。何度も見ているけれど、飽きる気がしないよ。

あぁ、その誇らしげな表情がまた珍しくてかわいい。

かわいいが溢れてきて止まらない。

辺りに光をばらまいているようなその


……失礼しました。


落ち着いたは落ち着いたが、状況は全く変わっていない。

あなたがマフラーを編んでいた彼氏さん、ということは、僕にマフラーを編んでいたということで解決している。つまり、浮気でもなんでもなく、ただ手伝ってもらっていただけ……?


「時間停止、解除」


「あらぁ、そう。お誕生なんだってね」


「俺、サプライズで渡そうと思って準備してたのに……店主さんが教えてくれてだいぶ形になってたから今日に間に合ったと思ったんだけどな」


僕の誕生日を、祝うため……?


僕の誕生日は、今日じゃない。

というか今日はマトリスの誕生日だ。

だから土産と称して豪華すぎるプレゼントを用意していたのに。


……あぁ、そうか。

僕が君の誕生日ばかりを祝っていたから、それが半ば洗脳となり、僕の祝い事、つまり誕生日と認識を歪めていたのか。


いつの間にか感情は涙となり、頬を伝う。

あたたかいのに、すぐに冷めてしまう。


「ありがとう、ありがとう……」


「どういたしまして」


マトリスは僕に、マフラーを巻いてくれた。

僕が泣いている間に完成させたようだ。


「やっぱり、ニスクリの瞳の色と一緒だ」


君の笑顔が、最もきれいだ。


なんで、こんなことしてくれるのさ。

僕は、明日までに君を殺さなきゃいけなかったのに。

それが、契約なのに。


「もう、殺せないよ……」


僕の微かなつぶやきは、誰にも聞き取られることなく虚空へと放たれた。

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