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失う

「旅行にでも行こうと思うんだけど」


ニスクリは唐突に話し出す。

今はまさに、5個目の魔宝石をもらった後だ。

20年に一度、彼は俺に魔宝石を渡してくれている。

だんだん豪華で高価で高品質なものになっている気がする。

指輪にネックレスなどの装飾品のこともあれば、魔宝石のみ渡してくることもある。

装飾品のときは、防御の魔法陣がついていた。

それが発動したことは、今まで一度もない。


「え、あぁ、旅行?」


話が逸れていた。旅行だ。


「そうそう、この世界をクルッと回ってこようかと思って……普通の旅行じゃ楽しくないでしょ?」


いきなり言われても困る……ことはない。

この100年間、ふたりで仲良くこの街で過ごしてきた。ほとんど食べて寝て遊んで……予定なんてなかった。

それに、旅行というものにはワクワクドキドキがつきもの。楽しくないわけがない。


「行く!明日からでも行こう!」


俺は楽しみに胸を膨らませて、思わず立ち上がって言う。そうすると、ニスクリは俺のほうへ回ってきて、後ろから抱きついた。


「楽しみだね!明日から行くから、準備よろしく」


いつの間にかその反応になれていた俺は後ろのニスクリのほうを向き、笑った。






「準備バッチリ!行くぞ、特別な旅行へ!」


「おー!」


とまあ意気揚々と歩き始めて国を出た俺らだったのだが。



空はどんよりとした雲に覆われていて、ザアザアと雨が降っている。

ここ数日を過ごしている宿屋で、俺は彼を見つめる。


「ねぇ……ニスクリ。本当に、俺を絶対に裏切らない?今でも、俺のことが好き?こんな俺でも好きなの?俺が好きでも迷惑じゃない?」


雷鳴が、鋭く轟いた。

俺の顔は、醜く割れていた。





それは旅行を始めて3日ほどのこと。


「お、兄ちゃん。いいところに来たじゃないか。今ね、討伐クエストやってんの。よかったら参加しない?お友達も一緒にさ」


ギルドで適当に観光地の聞き込みでもしようと思っていたところ、女性職員に呼び止められた。

討伐クエスト……?


「いきなり何?」


ニスクリは明らかに不機嫌そうだ。その顔も雰囲気も隠そうともしない。


「お、おぅ……近くのダンジョンでさ、高額報酬のモンスター討伐やってんのよ。なかなか成功者が出てなくてさ、せっかく用意した賞金も眠っててねぇ……」


そう言って顔に手を当てて、首を傾げる職員。

上目遣いも意味はない。


でも、成功者が少ないという状況には惹かれるものがある。


「ニスクリ、やってみない?」


俺は彼の袖を引く。

そうすると、俺のほうを見て、彼は言う。


「いいよ、チャレンジの仕方は?」





その後手続きを終えたニスクリと共に、街に出てきたわけだが……。


「なんでこうなったかな……」


俺らは背中合わせに立っている。

周りには何やらガラの悪いやつらが8人ほど。

全員が剣を構えている。一触即発だ。

俺は昔買ってもらった魔法の杖を構えている。

そしてニスクリは剣を構える。



「マトリス、さっさと終わらせよう」


ニスクリが魔力を使った気配がした。

時を止めてしまえばこっちのもの。

さて、どこから倒そうか…しかし、時は止まらない。


「魔法は、封じた」


1人の男は、魔法陣の刻まれた魔石を持っている。

……魔力の使用を不可にする、特殊魔法を使える人が刻んだのであろう魔法陣だ。


「っ……マトリス、防御に徹するよ」


そう言って、彼が俺のほうを向いた瞬間だった。

その一瞬が命取りだった。


「マトリスっ!」


血が、見える。


「くぁ……」


腕が、痛い。焼かれたように、熱く、痛く。


そして、ニスクリの手が届くよりも早く、剣がもう一度届く。


目が、痛い。何をされた?

でも、だんだんと視界がはっきりしてくる。


辺りには血溜まり。さっきよりもよほどひどい。

目の前にいたのは、ニスクリ。


「に、すくり……」


貧血だろうか。俺はバランスを崩し、彼にもたれかかる。これでは迷惑になってしまうではないか。


「大丈夫。僕に身を任せて。何も気にしなくていい。全部、僕が終わらせてあげるから」


いい、のか?いや、大丈夫。彼ならなんとかしてくれるはずだ。

俺は彼の温もりに身を任せ、目を閉じる。

彼は俺を背中へと回したようだ。

俺は背負われて、ニスクリは動き出す。


「さぁて、まずはお前か」


そんな言葉から、大虐殺の劇が始まった。





「俺は、ギルドから雇われて!だからっ」


「知らない」


剣を振るう音が聞こえる。

液体が飛んでいく風を感じた。


「これだな」


ガラスのようなものを割る音が聞こえる。

すると、魔法が使えるようになったのだろうか、少し空気が軽くなった気がする。普段は感じないのに、なくなると違和感を感じるものだ。


「じゃ、終わりだね」


剣の音も、やつらの呼吸の音も風の音も。

すべてが消える。

時が止まっているんだ。


「ちょっと目を瞑っていてね……あ、すでにつぶってるじゃん。偉いね」


そう言われた瞬間に、血液の飛ぶ音がした。

剣が振るわれる音。風をきって走る音。

命の消える音。ニスクリの呼吸の音。


俺を形作るものはすべて、ニスクリになる。


もう20秒は経っただろうか。

彼は俺に、優しく声をかける。


「もう終わったよ。大丈夫」


時間停止を解く音がする。

辺りの時間は動き出し、俺らを囲んでいたやつらはいつの間にか死んでいる。

目に見えていたのは8人だったが、血溜まりからして20人はいたのだろう。

大虐殺、とでも呼ぼうか?いや、まだまだか。

これは正当防衛。そんなものからはほど遠い。


「帰ろうか、マトリス」


彼にもう一度声をかけられ、俺はパッと意識を取り戻す。そうか、もう終わっていたんだ。早すぎる。


「そうだな、帰ろうか……」


俺は、彼に言葉を返した。

しかし同時に、辺りの異常さに気がつく。


「な、なにが……」

「ひゃっ」

「だ、だれか、騎士団に!」

「あれは……木?なにが……」


血溜まりに驚くのは想定内……ではある。

さっさと帰ればいいだけだ。

正当防衛なんだ、仕方がない。


「マトリス、逃げるよ」


にげる……?

正当防衛として捉えていた俺の考えに、綻びが生じる。逃げるということは、悪いところがあると認めるようなもの。なぜ、そんな思考に……。


いや、周りを見渡せばわかる。

明らかに俺らに向けられる侮蔑の視線。


「人形、なのか…?」

「割れてる……人間じゃない?」


違う。正当防衛とか、そんな話じゃなかった。


原因は、俺だ。


「ニスクリ、俺、今どうなってる……?」


「………いくよ」


俺のかすれた声の疑問には答えず、ニスクリは時間を止め、宿へと走り出した。

こんなことは、初めてだ。





宿に入り、部屋についた。

この部屋には、鏡があるはずだ。

それを見れば、どうなっているかわか……


考えていた途中で、目に入ってしまった。


明らかに人間のものじゃないとわかってしまう、割れた皮膚。

そしてその奥に見られる、木でできた骨。

俺の目は、片方失われていた。


俺を背負うニスクリは、そのことに気づいてしまった俺を気遣うかのように、目をそらす。


「時間、動かすよ」


ニスクリは、あたかも部屋の電気をつけるだけ、とでも言うように時間停止を解く。

俺の思考は、動かない。

何が起こったというのだ。

いや、考える必要すらない。


あいつらの攻撃によって、俺の顔面の一部が失われていたんだ。

貧血状態も、これで納得がいく。


ニスクリは、俺をベッドへと降ろす。


「とりあえず、休んで……」


ニスクリの気遣いは、嫌というほど伝わってきた。

でも、俺はここまで醜い今の姿を見てしまった。

俺は、人間ではない。うっすらとわかっていたが、見ているようで見ていなかったもの。

ニスクリが受け入れていたから、何も考えずにいたこと。

俺がこれを醜いと感じたように、ニスクリも俺を嫌わないだろうか。

俺から離れてしまうのではないか。

人間でない俺は、ニスクリと肩を並べられるのか。



俺はもう、ニスクリからの愛を信頼できなかった。



空はどんよりとした雲に覆われていて、ザアザアと雨が降っている。

ここ数日を過ごしている宿屋で、俺は彼を見つめる。


「ねぇ……ニスクリ。本当に、俺を絶対に裏切らない?今でも、俺のことが好き?こんな俺でも好きなの?俺が好きでも迷惑じゃない?」


雷鳴が、鋭く轟く。

俺も、彼も、眩い光に照らされる。

ニスクリは、目をそらす。


「ねぇ、答えてよ、ねぇ……」


俺は、ニスクリの返事を促す。

どうして、何も言ってくれないの?

もう、俺が嫌になった?


「何か言ってよ、俺は……俺は……」



ニスクリがいないと、生きている意味がないんだ。



彼は長く、短いような間を持ってから、俺の目を見た。

彼の目には、決意が込められていた。


「僕は、君が大好きだ。君だけのために、この人生を捧げる覚悟がある。この程度のことで、君へのこの気持ちが消えるわけがないよ。でもね……」


ニスクリは、俺の横に座る。

ふたり、ベッドの上で横並びとなる。


「こっち向いて」


彼は、俺に指示をする。

彼の返事に少しの安堵を覚えていた俺は、何も考えずに彼の方を向く。


すると、彼は俺の背中へと手を回し、さらに距離を近づける。

目の前に、ニスクリがいる。

視界も、香りも、触感も、聴覚も。

彼がすぐそばにいるのだと教えてくれる。


「ニスクリ、ねぇ……なにを」


「大好き。君だけを、ずっと愛してる」


でも、と彼は続ける。


「君を殺すしか、ないんだ」


一瞬、首元がヒヤッとしたかと思った。


瞬時に、俺の意識は消えていた。

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