愛する
「やっと仕事終わったー!ほら、マトリス、これ退職金!まぁお金はたくさんあるけどね。……今日は美味しいもの食べよ!」
数日後。本当に数日後。
彼は仕事場であった騎士団をやめて無職となり家に帰ってきた。俺はと言うと、ここ数日はずっと本を読んでいた。300年に何があったのかを知りたかったからだ。
ニスクリについていってご飯を一緒に作る。
もう慣れた光景だ、なんたって数日こればっかりだ。
「マトリスはお肉焼いておいて。僕はピザ作るね」
次々と作られて食卓に並んでいくのは俺とニスクリの好きなものばかり。肉にピザ、ハンバーグにパスタ。ふたりとも舌が学生のころで止まっているのだから納得のメニューだろう。栄養は考えなくていい。俺は人形だし、彼は体の成長が止まっている。
「よし、これで全部!食べよう!」
ニスクリはエプロンを取り、俺が先についていた席の正面に座る。
そして手を合わせる。
「「いただきます」」
美味しい食事をひたすらに食べた。ふたりでくだらないことばかりを話しながら、味わって食べた。
実は俺は食事の必要がない。ちなみにニスクリもだ。
でも美味しいのだからいいではないか、ということで食べている。できるだけ人間の状態に近づくようにということで頑張って設計してくれた彼には感謝の気持ちしかない。
「マトリス、デザート持ってくるね」
彼は一足早くすべての料理を食べ終わり、冷蔵庫へ向かっていった。
そして彼が持ってきたのはミルクレープ。
「お、俺が1番好きなやつ」
俺は思わず目を輝かせる。
「僕も好きだよ」
ミルクレープをきり分けて机に置く。
ちょうどいい量が見極められているあたり、さすがはニスクリだと思った。
ここ数日過ごしていて思うのだが、彼はとても俺のことをわかっている。研究者すごい。
ありがたくデザートまで美味しくいただこう。
「食器くらいは俺が洗っておくから。お風呂お願い」
食事を終え、次の行動に移る。
俺は食器を持って水道に向かう。
これくらい行けるかな?
そう思って3枚重ねたのが悪かった。
「やばっ」
手が滑って皿が落ちていく。
スローモーションに見えるこの景色が急に止まる。
「大丈夫?」
皿は宙に浮いたまま、止まる。
ニスクリは俺のほうへ歩いてきた。
「ありがとう」
俺はニスクリのほうを見る。
「大丈夫だった?ケガしてない?」
「大丈夫だって。ほら、拾ったからもういいよ」
俺は拾った皿を彼に見せる。
「そっか。よかった」
そう言って俺の後ろから抱きついてくる。
「ちょ、暑いから」
嘘だ。こんな寒い時期に、暑いだなんて。
「いいじゃん、ちょっとくらい」
耳元でつぶやかれる言葉。
その中に籠もっている甘美な響き。
自然と鼓動が速くなる。
いつの間にか、嘘だった暑さが本当になっている。
「ねぇ、マトリス。僕は君が大好きだ。返事、考えておいてね。何回でも言うから」
その言葉を嬉しく思ってしまう。
俺はいつの間に、彼への愛が生まれていたんだろう。きっと、死んでからだ。彼との距離が縮まって、いつの間にか、好きに……?
「魔法、解くよ」
彼は時間停止を解いた。辺りの世界が動き出す。
その途端、コンコンと家の扉をノックする音が聞こえた。
しかしニスクリは離れようとせず、応用しない。
「いいの?あれ」
だんだん強くなってくるノックの音に少し怖くなってきたため、聞いてみた。
「大丈夫だよ〜……でも、うるさいね。さすがに出てくるか」
そう言っていやいや、という感じで彼は扉へと向かっていった。
扉を開くと、冷えた、乾燥した空気が吹き抜ける。
扉の奥に立っていたのは、1人の女性。
暖かそうなコートに大きなマフラー。防寒はバッチリだ。
「ニスクリさん、少しいいですか?」
彼女はニスクリを外に出そうと呼び出す。
「うーん、用は何?」
彼は嫌そうに彼女に聞く。
「それって、事次第では来ないって言ってるも同然ですよ」
その態度に慣れているかのように彼女はニスクリをあしらった。
それに諦めたのだろうか、ニスクリは帰ってきた。
「少し外に行ってくる。元同僚から呼び出されちゃった。すぐ帰ってくるから」
そう言いながら、手早くコートを羽織り、手袋をつける。そして、外に出ていった。
……気になる。何かが引っかかる。
例えるならば何だろう、魚の小骨が刺さったような気がするけど病院に行くのは面倒だというくらいだろうか。
「尾行、するか」
俺もコートを取ってきて、マフラーをつける。
もちろん俺の分なんて置いてあるわけがないから、勝手にニスクリのものを借りた。
「別に、もう外出禁止じゃないし……」
言い訳を重ねながら、外に出てみた。
「さむっ!」
外には冷たい風が常に吹き荒れている。
この体になって初めて出た外は、とても綺麗だった。
漆黒の夜空に星は見えない。
代わりに、地上がキラキラと光っている。
イルミネーションというものだったか。
おとぎ話でしかないと思っていた、電気の実用化。
赤、青、緑、黄、……たくさんの色に光り輝く木が、たくさんあった。
少し眩しいまである。
いや、見とれている場合じゃない。
ニスクリを見失ったら意味がないんだから。
彼は少し奥を歩いていた。同僚の横を。
幸い道にはたくさんの人たちがいたため、慣れていないだろう。
つかず離れずの状況を維持しながら、ついていく。
もう、10分ほど歩いただろうか。
少し街の外れまでやってきていた。
森の入り口にあたるところ、そこには大きな神殿があった。
たしかこれは、昔もあった。
ということは、300年もの間この姿を守ってきたのだろう。
彼らはそこへと入っていく。
もう電気の1つもついていないそこに、何の用があるのだろうか。
……別に、俺が知る必要はないはずだ。
だって、ニスクリには彼の人生がある。
きっと彼女くらいいるだろう。
俺の、勘違いという可能性だって否定できない。
モヤモヤが残る。
気分が晴れない。
俺は知りたいんだ。何が彼に起きているか。
いつの間にか、彼に好意を寄せていたんだ。
俺を、俺だけを見ていてほしかったんだ。
「いやだ!」
俺は神殿へと走る。
そして大きな大きな、木製の扉を勢いよく開いた。
「ニスクリ!」
彼の姿を探す。
……奥の、チャペルのほうにいた。
おそらく気絶している彼女を転がし、足を乗せて。
「マトリス……?っ、外に出るなって言ったよね!?どんな誤作動が起こるかわからないし、どんな危険に晒されるかも……っ!」
「だけど…だけど……寂しかった。俺以外を、お前が見ているという事実が」
俺がそう言うと、彼はこっちへと走ってきた。
そして、飛びついた。
「大丈夫、君だけだよ。僕は、絶対に、君しか見ないから。もう、不安にさせたりなんてしない」
その言葉を発してから、俺の目を見つめる。
鼓動が速くなる。まただ、絶対に顔が赤い。
「ねぇ、答えを教えて。ここまで来てくれたんだから、僕が期待している答えだと嬉しいんだけど」
そうだ、俺は気がついてしまった。
どうしようもなく、君が
「好き。大好き。愛してる」
俺はそのまま、彼の体に体を傾けた。
冷静に、冷静に……なれない。
だめだ、頭が回らない。
彼が愛おしい。離れたくない。
気持ちが濁流となり、あふれ出す。
「そっか」
彼は幸せそうにそう言って、俺を抱きしめる。
「絶対に、今後裏切らないって約束する?」
俺は彼の腕の中で、細く呟く。
こんなこと言っても、困るだけなのに。
「誓うよ。僕は絶対に、君を裏切らないから。ずっと、君と一緒にいるから」
彼は俺の目をまっすぐに見つめる。
少しだけ、わがまま言ってもいいかな。
「魔宝石に、誓える?」
それは恋人たちが送り合う、愛の証。
結婚式にて、お互いの瞳の色を閉じ込めた宝石に魔力を込めて渡す、愛されている証。
「もちろん」
ニスクリは寸分の迷いもなく答えた。
そして、チャペルの奥へと戻り、元同僚を隣の部屋へと押し込んでから、魔宝石を探してくる。
「君の綺麗な瞳の青を閉じ込めた魔宝石も、送ってくれるかい?」
彼が手に持っていたのは、ふたつの魔宝石。
1つは彼の、美しいばかりの金色。
1つは俺の、海のような青色。
「いいよ」
俺はそれに魔力を込める。
彼もそれに魔力を込める。
ふたつの石は、同時に光り輝き始める。
イルミネーションなんかよりもよほど綺麗な2人の色に。
ニスクリは態勢を直して、俺をチャペルの中央までエスコートする。
チャペルの前に、2人並ぶ。向き合う。
「マトリス。僕は君に誓うよ。絶対に君を裏切らない。君を愛し続ける。この命ある限り、絶対に」
彼はそう言って、魔法陣を描き始める。
迷いのない、綺麗な曲線。
それを、彼の瞳の色をした魔宝石に付与する。
「これは誓いの魔法陣。この誓いに背いた時点で、僕は君に殺される」
たしかそれって。
「離婚寸前まで追いやられた夫婦が使うやつでは……?そんな物騒なのいらな……」
俺の言葉は彼の指によって遮られる。
「いいの。僕がほしいだけだから。交換しよう、魔宝石を」
釈然としない気持ちを抱きながらも、魔宝石を交換する。そうなると暗い気持ちはすべて吹き飛んでいく。
その魔宝石を、彼は用意していたように指輪にはめる。もうひとつの指輪を渡された俺も、魔宝石をはめて、指輪を自分の指に入れた。
世界のすべてが明るく見える。寒さなんて気にならない。彼の周りにいれば、いつでも温かい。
「愛してる」
彼はそう言って、口づけをした。
帰ってから事の顛末を聞いた。
元同僚はどうしても彼への気持ちが忘れられず、突き止めていた家にやってきたんだとか。
そして任務の残りという名の口実で神殿へと向かい、告白したところとてつもない威力で攻撃されて気絶した、と。
……ニスクリが俺のものであってくれるのであれば何でもいいや。
こんな気持ちも実は彼が仕組んだものだったなんて、知らなかったし知る必要もなかった。知ったとしてももう、引き返そうと思わなかった。




