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現代に生きる竜との付き合い方。

作者: 珠積 シオ
掲載日:2025/12/05

何年か前にコミケに出した作品です。

滅多に書かないローファンタジーなので、設定に疑問が残るところがあっても容認頂けると嬉しいです。

というか違和感があれば、ご指摘いただけると今後の学びになるので是非よろしくお願い致します。

 コンクリートのビルが乱立する都市部。


 はるか下方に見える自動車を睥睨しながら、()()()()()建物の間を飛ぶ。


 その体躯は闇よりもなお深い黒で染め上げられていた。


『現在、中央区千陽駅前にて『竜』の出現が確認されました。付近にいる方は直ちにシェルターに避難してください! D.C.Aまたは対竜防衛会社の関係者が事態を収束するまで身の安全を―――』


 ラジオの避難勧告をプツリと切ると、黒髪に藍色のメッシュを入れた少年が、ビルの屋上―――その淵へと足をかけた。


 その少年の顔色はどこか青白い。中性的な顔立ちと相まって儚げな印象を受ける。しかし、半袖ワイシャツから覗く二の腕は引き締まっており、無駄な贅肉は見えない。


「黒須さん、14時23分……これから黒竜討伐に入ります」


『はいよ。サポートはこっちでするから、気負いすぎるなよ』


「わかりました……いってきます」


 無線の声に了解の意をつたえると、少年―――藤衛アオイはそのままビルから飛び降り………そして、どこからともなく現れた白い竜に乗って飛び立った。


 駆るは人間よりなお太い四足に膜のような翼を携える白竜


「―――いた、ライト、頼むよ」


 最高速度で滑空する白竜の背中から下を見下ろすアオイは、そこで、黒い竜が一人の女性を襲おうとしているのを目撃した。


「きゃぁぁぁぁッ!!」


「させない……っ、ライト!!」


 アオイは高度をもう一度確認し、そのまま竜の背から飛び降りる。


 そして、白竜が黒竜の頭部に強靭な爪を容赦なく振り下ろすと同時にアオイは着地。襲われた女性をかばいながらもう一度跳躍した。


 黒竜から黒い血が飛び散るのと。攻撃の余波が広がるのは同時だった。


「大丈夫ですかっ!!」


 アオイは転がった状態から女性を助け起こす。


 女性のほうは、アオイの問いかけに声なくコクコクとうなづいている。恐怖で声が出ないのだろう、アオイは『すぐに避難してください』と告げ、自分の後方へ女性を逃がした。


 一方で、先ほどの一撃で仕留めきれなかったのか、黒竜は怒りが含まれていそうな唸り声をあげながらその漆黒の巨体を起こした。


「ライト、もう加減しなくていい! 決めて!!」


 アオイの前方で黒竜の様子を伺っていた『ライト』と呼ばれた白竜の右前足が、次の瞬間、()()()()()


 何かを察した黒竜は、すぐさま白竜へととびかかる。


 しかし、白竜はそれより早く上空へ飛翔。黒竜の攻撃を回避すると、輝く爪を上空から勢いよく振り下ろす。


 悲鳴を上げることすら許さず黒竜の頭はズタズタに切り裂かれ―――絶命した。


「黒須さん、討伐、完了しました」


『今の竜は『グレンデル』っていう情報を話そうとしたんだけどいるか?』


「………いらないですね」


 ふと、視線を感じ周囲を見渡すと、逃げ切れなかった観衆が、今起きた光景を怯えた目で見ていた。


 ―――またか


 そんな感想を抱き、そしてフルフルと頭を振って顔を上げた。


「ありがとうライト」


 美しい白竜へ感謝を述べると、刹那、白竜は光の粒子へ変わる。そして、その粒子はすべてアオイの胸へ集まり、彼の中へ収納された。


「黒須さん、D.C.Aへの連絡って………」


『もう手配してある。到着したD.C.Aの隊員に討伐報告してお前は帰ってこい』


「了解です………みなさん、今からD.C.Aが来ます。決して竜に近づくことなくそのまま離れてください」



※ ※ ※



 三十年前、黒い翼を持ったトカゲのような巨大生物が、突如として、世界各地に現れた。


 これを人類は『竜(Doragon)』と呼称。


 黒竜が世界中を蹂躙する中、人類の中から白き竜と共に戦う者達が現れた。のちに討竜士(とうりゅうし)と呼ばれる人間たちは、歴史に名を遺した。


「戻りましたー……」


「遅かったな」


「はい……あのあと、D.C.Aの人たちにいろんなことを根掘り葉掘り聞かれて……挙句。なぜか説教されました」


「あぁー、あいつら俺ら討竜士が嫌いだからな」


 紅茶を両手に持ったスーツの男性―――黒須壮助(くろすそうすけ)が迎えてくれる。


 オールバックにした黒い髪に、整えられた短い顎ヒゲが印象的な人だ。


「ほら、つかれたろ。休憩とんな」


「ありがとうございます」


 右手に持った紅茶をアオイに渡して、自らもデスクにすわり、紅茶の匂いを堪能する黒須。


 しかし、背後から忍び寄った影が黒須の紅茶を取り上げた。


「はい、黒須はサボんないで」


 その正体は、空に浮かぶ雲を連想させるような美しい白髪の女性―――灰巻エラだった。


 彼女は綺麗な所作で紅茶の香りを黒須の前で楽しみながらも、目の前に居たアオイの手にお菓子を握らせた。


「アオイ、お疲れ様。このチョコ食べていいよ」


 想像と違った握り心地に、不思議になって己の手を見ると、小袋に分けられたチョコが計五個ほど握られていた。


「ありがとうございます。……こんなにもらっていいんですか?」


「ええ、むしろ一個じゃ物足りなくない?」


 気にしなくて良いとばかりに、ヒラヒラと手を振ると、エラは自分のデスクに戻っていく。


 それと同時に部屋のドアが勢いよく開いた。


「戻りましたぁ!」


 その犯人はボブカットの黒髪を揺らした一人の女性だった。


 アメジストのような透き通った薄紫の瞳に、アオイより頭一つ分よりなお低い身長が印象的な女性だ。


「あら、早かったわね、ゆかり」


 若干不思議そうな顔をするエラに、女性―――神田ゆかりは頬を引きつらせながら頭を掻いた。


「はい! 討伐してD.C.Aに引き継いだはいいんですけど……すっ転んで現場をぐちゃぐちゃにしたら追い出されました……」


 天井を仰ぎながら、エラは強く目頭を押さえた。


「……………黒須、後でD.C.Aに謝罪の電話入れといて」


「はっはっはっ、いいんじゃないですか? 毎回目の敵にされてんだから、これぐらい」


「馬鹿、五年前の事件から討竜士が世間的に立場が弱いんだから、ウチに非があった時はしっかり謝罪しないと……自分達の首を絞めるわよ」


 三十年前の竜出現以来、人類が苦戦を強いられた黒い竜たちを次々と屠る討竜士は、世間から英雄視され、もてはやされた。


 しかし、五年前のとある討竜士の失態により、一般人に竜の被害が出た。その事件以降、日本では討竜士の地位が失墜した。


 討竜士を国が管理するための『討竜省』が解体され、現在は近代兵器で竜をせん滅する国際機関『対竜対策局(DragonCounterActionGoverment:通称D.C.A)』が主な日本の防衛対策組織だ。


「ウチのボスも心配性だねー」


「すいませんエラさん……」


「いいのよ。討竜士としての腕は信用してるし、私はアナタのドジな所も好きよ」


 しかし、討竜士たちもただ国の言いなりになることはなかった。


 数人の討竜士が民間の防衛会社を設立。世間から強い風当りや、D.C.Aとの衝突がありながらも、彼ら彼女らは今も竜と戦い続けていた。


「そうだ、アオイ。ちょっと屋上にいらっしゃい」


「??」


生命力(マナ)の状態を見てあげる」



※ ※ ※



 エラに連れられ、アオイは普段に立ち入り禁止になっている。屋上にやってきた。


 屋上は、よくあるオフィスビルの屋上といった風情だが、異質な点が一つ。


 屋上の出入り口から見て正面に、一本の樹が植えられていた。無機質なコンクリートの中の樹木ともなると、その存在は浮いている。


 エラはその樹におもむろに近寄ると、右手をかざした。


 その瞬間、光の粒子がエラの右手から霧散していき、そして、目の前の樹木へ再び集まる。やがて、樹木を基礎に、光の粒子がとある形を作った。


「ヨハン」


 エラ率いる防衛会社『Colors』も、討竜省解体後、発足された会社の一つだ。エラ、黒須、ゆかりアオイ……全員が白竜と契約し、黒竜と戦う力を持っている。そのため、会社に舞い込んでくるどの仕事も、誰かが引き受けて遂行する。しかし、例外として、エラのみは戦うことはしない。


 もちろん、会社の代表として行わなければならない仕事が多く、現場に出る暇がないのも事実だが、最も大きな要因は他にあった。


『―――なんでしょうかエラ?』


 現れるのは一体の白竜。全長五メートル以上はある体躯に、白い毛を基本に、様々な色の体毛を携えた四本足を地面につける竜だ。


 鱗ではなく、毛が全身を覆っているあたり、『竜』ではなく『動物』という印象を受ける。―――というか、アオイは初めてこの竜と会ったとき、『犬のようだ』という感想を抱いた。


 しかし、その瞳に野生さはなく、むしろ理知の光が宿っているように見える。


 彼女の名はヨハン。その昔、『魔法』に精通したという人物の名を冠する白竜だ。


 彼女のような竜を『賢竜』と呼ぶ。


 『賢竜』は他の白竜とは違い、樹木のような植物を媒介として、人間と契約する。そのため、この建物の外では顕現することができないのだ。


「ちょっとアオイの生命力(マナ)を見てもらいたくてね………いいかしら?」


『ええ、お安い御用です』


 ヨハンは『手を……』と自身に触れるよう短く催促する。


 アオイの手がそっとヨハンの鼻先に触れると、彼女は静かに目を閉じ―――やがて少し困ったように目を開いた。


『ダメですね。あふれかえった生命力(マナ)が体内で暴走している。運動による生命力(マナ)の消費で今は少し落ち着いていますが、じきに生命力(マナ)の暴走による症状が出ますね』


 結論づけたのは、アオイの中の生命力(マナ)の暴走。


 そもそも、生命力(マナ)とは生命活動に必要な不可視のエネルギーだ。それは生きとし生けるものすべてが生成・所有するものだ。


 ちなみに、竜達はこの生命力(マナ)と直接的なつながりが強い存在だ。


 通常、生命力(マナ)の所有できる『量』に違いはあれど、生き物が所有できる限界を超えて生成されることはない。


 しかし、アオイは違っていた。生命力(マナ)が生き物の所有できる限界を超えて生成されるのだ。


 引き起こされるのは、暴走した生命力(マナ)による様々な症状だ。主にアオイが悩まされるのは酷い頭痛だ。


「そう……じゃあまだ魔法はあげられないわねー……というかそれが本当なら今すぐ帰らなきゃね」


 エラはそんなアオイたちを心配そうな顔で見つめながら、彼の帰宅を提案した。


「そうですか……これでも、ライトと契約してからずいぶん楽になったんですけどね……」


 補足するならば、白竜『ライト』と契約した時に、この症状は少し緩和されている。それはひとえに、生命力(マナ)を『ライト』が必死に制御している成果だった。


 しかし、現実は甘くない。白竜をもってしても、いまだに制御がうまくいかないの現状だ。


『まだです。これからもライトと共に生命力(マナ)の制御に励んでください』


 ヨハンはアオイと、彼の瞳の奥―――白竜『ライト』に優しく微笑んだ。


「いい? あなた自身の膨大な生命力(マナ)を制御できたとき、魔法を授けるわ」


 その言葉を最後に、エラはヨハンの顕現を解き、屋上を後にした。



 ※ ※ ※



「ただいまー」


とあるマンションの六階にある家の扉をくぐり、アオイは室内に声を投げる。


「おかえり、バイト早く終わったんだ?」


 返答とともに姿を現すのは一人の女性。姉の藤衛(あかり)だ。腰まで伸びた黒の長髪に、一六九センチはある女性としては高い身長が印象的な女性だ。


 とはいえ、一八〇センチはあるアオイからすれば背の高さも気にならない姉だ。


「うん、明日も大学だろうって早めに上がらせてくれたよ」


 ヨハンの言葉が脳裏によぎるアオイだが、そんな内心をおくびにも出さず、簡潔に、なおかつ、ほんの虚偽も含めて姉に言葉を返す。


「相変わらずホワイトな職場だねー」


 疑うこともない灯は、光のもれるリビングへ消えていく。


 アオイは現在のアルバイト(『Colors』で討竜士として働くアオイはアルバイト扱い)のことを灯には内密にしている。


 理由は簡単だ。アルバイトの内容を知れば灯が心配するからだ。よって、彼女には悪いと思いつつも、『とある探偵事務所で助手として、日夜不倫の証拠を探っている』と嘘をついている。


 大切な弟が他人の不倫に首を突っ込んでいると聞いた灯は、それはそれでとても複雑そうな顔をしていたが……


「おかえりアオイ君」


 灯を追うようにアオイもリビングに入ると、何を調理しているであろういい匂いとともに、落ち着いた男性の声がかかった。


 声のほうへ顔を向けると、そこには目の下に隈を携えた―――しかし、どこか柔和な笑みを浮かべた男性がいた。


柑治(こうじ)さん! 来てたんだ!!」


 その男性の姿にアオイは相好を崩す。


 彼の名は山吹柑治(やまぶきこうじ)、現在、灯と交際している男性だ。彼は時折、こうして藤衛家に顔を出しては料理を振舞ってくれるのだ。


「ああ、ちょうど灯と上がる時間が一緒だったからね。さ、もう夕飯ができてるから、一緒に食べよう」


 柑治が料理をリビングにあるテーブルに置くと、それに反応した灯が『やったー』と間の抜けた声と共にあっという間に準備を整える。


 鞄を下したアオイは、灯たちに習い、自分も席についた。


 そして、三人で手を合わせ―――


「「「いただきます」」」


 合唱すると、灯は真っ先に缶ビールをあおった。


「っあああぁぁぁ………生き返る~」


 ごくっ、ごくっ……と喉をならし、一気に缶ビールをカラにすると、女性とは思えないほど野太い声を響かせた。


「おっさんクサ……」


 そんな姉の姿に、アオイはげんなりした表情を見せる。


「汗水流して働いてきた姉に対してなんて言い草!!」


「そんなんじゃ柑治さんに幻滅されるって話だよ……」


「いいの! コウくんはこれぐらいで私を見捨てないし!」


 ダンダンっとテーブルをたたく灯に、柑治は頬杖をついて、不敵に笑みを作った。


「ふっ……どうかな灯? 意外と僕は冷たい男かもしれないよ?」


「ええぇー! ヤダ! 捨てないで!!」


 すでに酔いが回り始めているのか、ブンブンと涙をためて首を振っている。


 毎度のごとく酔いの早い姉にあきれるアオイ。


「そんならもうちょっとしおらしくしなよ……っというか、割とショック受けてる?」


「はははっ……嘘だよ灯。そんなことで灯を捨てたりしないよ」


 隈の深い目を細めながら、柑治は心底楽しそうに笑った。


「くそぅ……惚れた弱みに付け込んでいじりやがってぇ……コウくんのアホーっ!」


『続いてのニュースです。本日午前十時ごろ○○県○○市にて『竜』が出現。D.C.Aや討竜士の到着が遅れ、少なくとも五名が死亡、二十名以上が重傷を負いました』


 ありふれた幸せの形に―――不意に第三者……テレビのアナウンサーの声が嫌に響いた。


 それは現代では日常になってしまった『非日常』の報せだった。


「うわ…………ここ最近じゃ一番被害がひどいね………」


「「………」」


 灯の言葉に、アオイや柑治が返答できずにいると、テレビでは事件に対して一般人へインタビューしていた。


『討竜士って竜に乗って速く移動できんでしょ? なら、D.C.Aより早く対処してほしいもんだけどね』


 画面の向こうでは、一人の年配サラリーマンが、濁りの見える瞳で、そんなことを宣っていた。


 そんな彼に、いち早く反応―――嫌悪感を見せたのは灯だった。


「……何こいつ? 討竜士にしたってD.C.Aにしたって、みんなのために動いてくれてんのにエラそうにしてさぁ……」


 ほんの少しの息遣いを見せたあと、柑治は冷静に言葉を放つ。


「―――仕方ないといえば仕方ないね。討竜士は()()()の事件から世間の風当たりが強い」


 静かにそう告げる柑治の顔はどこか痛みを抑えるような表情をしている。


「柑治さん……?」


 アオイは、その表情の意味を知りたくて彼に声をかけようとして―――


「ッ!!?」


 次の瞬間、アオイは強烈な頭痛に襲われた。


「ぐッ………あァァッ―――くそ、()()()……」


「アオイ、まさか……」


 強く、強く頭部を抑えるアオイを、灯は心当たるがあるように心配する。


「うん……また()()。心配しないで……ちょっと運動すれば治るから……」


 灯の心配通り、アオイはいつもの持病―――生命力(マナ)の暴走による頭痛を起こしていた。


「そうだけど……でもやっぱり心配だよ……」


「その状態で運動するのも毎度キツイだろう、たまには僕も付き合うよ」


 柑治もこんなアオイを見るの初めてではないため、足元の覚束ない彼の心配をして、同行を申し出る。


「いや、大丈夫……慣れてるしね………」


 手短に、こらえるようにそう言い残し、着替えることもせずアオイは玄関を抜けて出て行った。



 ※ ※ ※



「はっ……はっ……はっ……はっ……」


 マンションを飛び出たアオイは、グングンと走るスピードを上げていく。


 常人ならば、ほんの五〇メートル走ったところで息切れでスピードダウンするところ、アオイはそのままの勢いで走り続ける。


 これは、五年前、()()()()()()()()()()があった日から続けている習慣だ。


 とある事件で両親や妹を失ったアオイは、事件と同時に今の持病―――生命力(マナ)による激しい頭痛を発症した。


 生命力(マナ)の暴走が原因だというのは最近知ったことだが、『過度の運動』をすれば、症状が落ち着くことは当時から知っていたことだった(生命力(マナ)が大きく消耗され、暴走が収まると知ったのは最近のことだ)。


 だから彼は走った。頭を苛む『痛み』と『事件(いたみ)』を振り切るように。


 体が酸素を求めようと構わず走った。筋繊維が悲鳴をあげようと体をいじめた。道路の真ん中でぶっ倒れ、緊急搬送され、姉に心底心配されたこともあった。


 そんな日々を繰り返していて、気が付けば、体は全力疾走をしようが息が切れることもなくなったし、ちょっとやそっとの筋トレでは筋肉痛を起こさなくなった。


「はっ……はっ…………ふっー……」


 およそ、十キロほど走ったところで、アオイは大きく息を吐き、立ち止まった。気が付けば頭の痛みはキレイになくなっていた。


「………今日はいいか」


 いつも筋トレをしている公園でいつものメニューをこなそうと考えたアオイだったが、どうせ明日の朝にはまた頭痛が起きて運動するハメになるだろうと考え、それまで体を休ませようともと来た道を引き返そうとする。


『―――ァァァ』


 そのとき、かすかに()()が聞こえた。


 それは、すぐに車の走行音や雑踏にかき消えてしまう。が、その音をアオイはどうしても無視することができなかった。


 かすかとはいえ、その音―――否、()()()をアオイは何度も聞いているから。


 すなわち、


「竜………」


 次の瞬間、近くのビルの内部から黒い影……竜が現れた。


『ギャァァァァァァァァ!!』


「ッ!!」


 光の粒子をまき散らし、咄嗟に『ライト』を顕現。大口を開けて落下してくる黒竜を受け止める。


「ライト!! そのまま公園に飛ばして!」


 夜の公園ともあって、人の気配のない公園へ誘導するよう指示を飛ばす。ライトはこの声に従い、上空から翼に嚙みつかれた状態であっても、背中の黒竜を投げ飛ばす。


 あっさりと飛んでいく黒竜。しかし、ライトの方はむしろ重傷だった。


 食いつかれた翼は翼膜まで達しており、かなりの出血がみられる。おそらく飛翔するのはもう無理だろう。


「くそっ………!! 避難してください!! 今すぐ!!」


 アオイはがむしゃらに、周囲にいる人間へ叫ぶ。


「うっ、うわぁあぁあぁぁぁぁぁ!!」


「竜だ、逃げろォォォォォ!!」


「いやぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 そのただならぬ様子と、目の前の竜達に、状況を理解していなかった通行人は、顔を絶望に染めて、その場を駆け出す。


 おそらく、逃げた人間の誰かがD.C.Aに通報するだろう。そう信じ、アオイはライトともに公園内へ足を踏み入れる。


 そこは自然公園で、遊具などある普通の公園とは異なり、全長一キロ以上はあるであろう芝生のある広場があった。


 黒竜はその芝生の広場で、ムクリ……と体を起こした。


 夜の公園で向かい合う白と黒の竜。


 しかし、そこでアオイは一つの違和感に気が付いた。


「………ケガしてる?」


 そう、薄暗い中のため、見えづらいが、黒竜の全身から、赤黒い血液が滴っているのだ。


「なんで……―――」


 当然の疑問。しかし、考える暇はない。


『グルウウ………オオオオォォォォォォ!!』


 傷ついてもなお、闘争心の消えない黒竜は、翼も使わず、一直線に突進してきたのだ。


「っ……」


 対して、アオイとライトは迎撃態勢を整え……


 刹那――――


「えいっ」


 真横から飛来した人影が()()()()()()()()()


「は………?」


 目を疑いたくなる光景に動けずにいると、黒竜が盛大に芝生に転がった。


「危ない……人目に付くところだった」


 その声色からしておそらく少女。背はアオイの頭一つ分ぐらい低い。


「き、君は………一体……」


 人間が竜を殴る(いじょうな)光景に、アオイが思わず言葉を漏らすと、ビクッ!と少女が肩を揺らした。


 ライト……白竜を背景に、新緑の瞳の少女とアオイは視線を交わした。


「ひ、人………やばい、見られた………?」


 瞳の色も相まって神秘的な雰囲気をまとう少女だが、その瞳の奥にはハッキリと動揺が見て取れた。


「え、えっと……えっと、こうゆうときは……撲殺?」


「いきなり何言ってんの!!?」


「だ、だって、誰かに見られちゃダメって………」


 状況も意味も分からないまま殺害宣言をされ、アオイは思わず叫ぶ。


『グルォォォォォォォ!!』


「「!!」」


 しかし、()()()()()という事実は、簡単に状況を理解させてくれる。


「とりあえず黒竜(アイツ)をどうにかしなきゃ」


 そのときだった、()()()()()が振りぬかれ、少女に迫っていた。


 おそらくその先端は、いとも簡単に人間の首を跳ね飛ばすだろう。―――故に、アオイは飛び出した。


「え…………?」


 少女に飛び込み、その頭部を脅威からしっかり守る。―――結果的にそれは成功し、アオイの右腕の肉を盛大に吹き飛ばした程度で、攻撃から回避する。


「ぐぁぁぁ!!」


 地面に倒れこんだ状態で、右腕を抑え呻くアオイ。そんな彼を少女は驚愕の顔で見下ろす。


「なんで………」


「ぐぅぅぅぅ………な、なんでって……あ、当たり前でしょ! 助けることができたから助けた……!」


 痛みをこらえ、アオイは声を上げる。


「人が死ぬとこなんて……二度と見たくない!!」


「!!」


 より強い驚愕。しかし、少女は少し口端を上げた。


「そう……」


「それより竜を………っ、危ないっ!!」


 激痛を抑えて体をおこしたアオイが見たのは、黒竜がまさにその巨大な爪を振り下ろしているところだった。


「大丈夫……私も今度こそ守るよ」


 しかし、少女はその一撃を、()()()()


 人外の膂力で地面に亀裂が走る。少女はその中心で竜の爪を防ぎながら平然としている。


「まってて……」


 心配して近寄ってきた『ライト』と入れ替わるように、少女は身を乗り出す。


「ふっ………」


 まずは竜の爪をはねのける。そして、一気に竜の頭上へ跳びあがった。


 おそらく六、七メートルの跳躍。明らかに人間の範疇を超えた跳躍力だ。少女はそのまま自由落下を開始。はねのけられ、態勢を崩した竜の頭上へ落下する。


「はぁぁッ!!」


『グゥゥ!!』


 そして拳。人外の膂力に、重力の力が加わった一撃が竜の頭部へ直撃。次の瞬間には竜の頭部は真っ赤な花を咲かせて地面へ倒れこんだ。


「…………………」


 目の前の現実を受け止めきれずに呆然とするアオイ。そんな彼の前に、目の前の惨状の原因である少女が近寄ってきた。


「今見た光景は……すいません、内緒でお願いします……」


 それだけ言い残し、少女は消えるようにその場を後にする。


 アオイはその後ろ姿から目が離せずにいた。


 夜空に浮かぶ綺麗な満月が、少年を見下ろしていた。



 ※ ※ ※



「実験は?」


 コンクリートの壁が剝き出しの冷たい部屋。薄暗い電球の明かりをもとに、新緑の瞳の少女―――モカは一人の男のもとへ歩み寄った。


「無事竜を倒しました……思ったより弱かったです」


「そうか、私の実験のおかげだな。順調そうで何よりだ。―――それで、何か問題は?」


 男はモカに顔も見せずに、一人、パソコンの画面に釘付けになっていた。


「ビルを少し………壊しました」


「ふん………それぐらいの被害ならば、竜が現れるといつものことだ。私たちの正体がバレることもない」


 懸命にパソコンをみていた男が、タンっとキーボードを打ち終える音と共に、業務用のチェアを回転させ、モカへ向き直った。


「そんなことより、報告すべき問題が一つあるんじゃないのか?」


振り向いた男は、青白い顔に乗っかる丸眼鏡を小指で持ち上げると、パソコンの画面に一つの映像を出した。


「お前が戦っていた地点にあった防犯カメラだ。―――………おやおや、どうやらお前らしき女が一人の男と話しているなぁ?」


 わざとらしくニヤつく男。


 そんな彼の表情に、モカはその感情の薄い表情を明らかに歪めた。


「彼は関係ありません。口止めもしてあります」


「フン……口止めねぇ、愚鈍なお前のことだ、口止めといっても『内緒にしてほしい』程度のものだろう」


「っ……」


「図星のようだな」


 ため息をつく血色の悪い男。彼はめんどくさそうに椅子から立ち上がると、モカの耳元へ顔を近づけた。


「あのガキは()()


「なっ………」


 身を引いて男の顔をみるモカ。その顔は驚きに染まっている。


 そんなモカの体を、男はビンタで転ばせる。


「本当にお前は使えんよ………()()()として生かしてはいるが……正直、中身はただのお子様だ」


「ッ………」


「安心しろ、お子様なお前を使ってあのガキを殺そうとはしない」


 『効率がよくないからな』と吐き捨てると、男はパソコンを操作する。


「さて、どうせならアイツをつかうか………」


 映し出された画面には『Riot』と短く綴られていた。



 ※ ※ ※



 恵那川大学。


 そこはアオイの通う大学だ。彼はここの心理学部に所属しながら、講義後には防衛会社『Colors』へバイトに向かう毎日を過ごしている。


「さて、バイト行くかな……」


 講義のあった棟から出ると、アオイは軽く腕を回した。


 竜を素手で倒す少女との不思議な出会いから一晩。


 姉達が寝た頃を見計らい、帰宅したアオイは普段から常備してある包帯を怪我した箇所に巻き、就寝した。


 姉に隠れて負傷を自分で手当てすることに慣れたことに仄かな罪悪感と自分自身への呆れを感じながら。


「痛みは……ほとんどない……か」


 おそらく、膨大な生命力(マナ)のおかげで治癒が早いのだろう。昔からアオイはどんな怪我でも短期間で治ってしまう体質だった。


 現に、今もほとんど傷口はふさがり、包帯を血が汚すことはなくなっていた。


 当時は人と違うこの体質を疎ましく思っていたアオイだが、竜と戦うようになった今では、感謝しているようになった(大抵の怪我は姉に見つかることがないため)


「………走っていくか」


 仕事中の生命力(マナ)の暴走を恐れてか、アオイは五キロほども離れている事務所までの道のりを走破するとこと決める。


 しかし――――――


「キャァァァァァァァァァァァァァァァァ!!」


 悲鳴が校内へ響き渡った。


 そして、その次の瞬間、腹の底まで響く破壊の重低音があたりに広がった。


「ッッッ!!」


 音の方角へ目をやると、遠目からでもわかるほどの巨体が、食堂のある棟を破壊しているのが伺えた。


 間違いなく竜。


 そう判断すると、アオイは声を張り上げた。


「竜だ!! 反対の正門まで逃げろォ!!」


 瞬間、湧き上がるのは大小、男女入り混じった悲鳴と、激しくうねる人の波だ。


 一種のパニックだ。もっといい方法はあっただろうが、これ以上の方法をアオイは知らない。


 アオイは無理やり人波を抜けると、竜のところまで走り出す。


「『ライト』ッ!!」


 そして、自身の頭上にライトを顕現。彼の足をつかみ、一気に滑空。標的に高速で接近した。


「っ!!? マズいっ、ライト、そのまま突っ込んで!!」


 アオイは目にした。


 ()()()()()()竜が、一人の女子生徒をつかみ、口に入れようとしているところを。


「オオォォォォォォォォ!!」


 女子生徒が口に放り込まれる寸前、ライトのタックルが竜へ入り、女子生徒は解放される。


 アオイはそれと同時にライトから手を放し、滑空の勢いが乗ったまま地面へスライディング。何とか女子生徒を受け止め、ゴロゴロと地面を何度も転がった。


「はっ………はっ………はっ………なんとか間に合った………」


 アオイは。緊張で切れた息もそのままに、女子生徒に怪我がないか確認する。


 どうやら、喰われる寸前だったこともあり、女子生徒は恐怖で気絶しているようだったが、幸い彼女におおきな怪我はなかった。


「ここは危険だけど、どこに………」


 ライトの様子が気がかりのアオイは、倒壊した建物内部を見回す。すると、破壊されたのはごく一部だったようで、数メートル先に見える購買は無事なようだった。


「あそこなら………」


 すぐさま駆け出す。幸い、崩壊なども起きず、購買の店員専用スペースに彼女を寝かしつけることに成功したアオイは急いで現場に戻る。


「ライトっ!!」


 そこで見たものは、白竜ライトの上に立つ異形の竜だった。


 通常、人類の敵である黒龍は大きく三種類ある。


 翼と前足が一体となった『ワイバーンタイプ』


 背中に翼を生やした四足歩行の『ドラゴンタイプ』


 翼を持たない四足歩行の『リザードタイプ』


 これらのタイプの中に、細かい種類があるといった具合だ。


 だが、目の前の竜は違った。


 体色は黒。四対の翼。背中に上下に生えた翼、その下方部の翼には鋭利な爪が見える、そして、その翼のさらに下には人間のような巨大な腕が一対見える。さらに身体の後方にある尻尾は全部で四本。


 極めつけは、顔の全体――――鼻の先までびっしりと無秩序に見える()だ。


 どこか人間を想起させるパーツを携えた嫌悪感の塊である黒竜がそこにはいた。


「なん……だ、アレ………」


 アオイは討竜士になるにあたって、黒竜にどういった種類があるのか研修を受けたことがある。しかし、あんな竜は見たこともなかった。


 未確認の黒竜。


 イレギュラーな事態にアオイが呆然としていると、異形の黒竜が動いた。


 ライトの首を手腕部でつかみ、持ち上げたのだ。


「っ、ライトッ!!!」


 気を失っているライトにアオイは叫ぶ。すると、声に応えたようにカッ!とライトが目を見開き、爪に光を集中させた。


 先日、千陽駅前に現れた黒竜の頭を吹き飛ばした爪だ。


「よし、いけぇ!!」


 次の瞬間、発光する爪を、黒竜の胸部に突き刺した。


 黒竜はガフッ……という音を立てて口から血を流す。ライトはその光景を見逃さず、爪をそのまま斜め上方向へ引き裂いた。


 飛び散る鮮血。絶命の一撃だ。


 黒竜は――――――それでも()()()()()()()()()()()()


 胸部を、心臓を引き裂かれてなお、黒竜は絶命しなかったのだ。


「嘘だろ………あの一撃で………死なない……?」


 いや、それどころか、引き裂かれた胸はボコボコと肉の泡を立てて、気味悪く再生され……ほんの数秒後には傷の一つも残さず再生されていた。


「な、なんなんだコイツ………っ」


 目の前の竜の異常さに、後ずさるアオイ。それはライトも同じだったようで、彼も驚愕に目を見開いている。


 しかし、ライトは屈さなかった。何度も光の爪で、目の前の異形の竜を切り裂く。


「…………」


 アオイはそんな光景を見ていることしかできなかった。目の前の敵に立ち向かう力はもちろん、ライトを見捨ててこの場から逃げる冷徹さもなかった。


 やがて、黒竜はゆっくりと翼に備わった爪を掲げた。


「っ!!? や、やめろ………やめてくれ……」


 黒竜が何をしようとしているかは明白だった。しかし、アオイはそれをわかっていながら動けない。まるで全身が『鎖』に縛り付けられたように。


 ただ彼には叫ぶことしかできない。


「やめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」


 次の瞬間、冷徹に冷酷に黒き爪は振り下ろされた。貫くは光の名を冠する白竜の心臓。


 白き身体が瞬く間に鮮血に彩られていく。


「ぁ、ぁあああぁ………」


 失いたくない、失わせたくない。


 家族を目の前で殺された日に味わった喪失感、無力感、罪悪感………それを糧として、『ライト』と出会った日から約半年間突き進んできた。


 だが、どうだ。


 また自分は失った。五年前と全く同じ。何もできないまま目の前で失った。


 白竜は力なく腕を下げる。その爪から、光はすでに失われていた。


『ギャァァァアアアア!!!』


 勝利の雄叫びとばかりに黒竜は醜い咆哮をあげ、爪をライトから引き抜く。そして、掴んでいたライトを空中に放り投げると、身をひねり、四本ある尻尾をすべてライトに打ち付ける。


 ゴッ!!と凄まじい音とともにライトが地面を抉り、アオイのところまで転がってくる。


「ライトぉ……!!」


 駆け寄るアオイ。地面がライトの地でぬれる中、彼はライトの顔の傍で膝をついた。


「ライト、僕の中に戻るんだ……今ならまだ僕の生命力(マナ)で助かるハズっ……」


 白竜、黒竜……そして人間。そのすべてに共通することがある。


 それは、『心臓を損傷した場合、ほとんど助からない』ことだ。ゆえに、ライトも、アオイ自身でさえ、その言葉が無意味であることを知っている。


 だからこそなのか、ライトの瞳は弱々しくも、その提案を否定するようにアオイを見つめていた。


 白竜は『賢竜』以外は人の言葉を発さない。しかし、白竜達は人間の肉体に宿り、人間の魂と自分自身に『繋がり』を作る。


 故に白竜と契約主―――討竜士は気持ちを、想いを通わせる。


「ライトぉ、死なないでくれ………君のおかげで僕は………僕は色んな人を助けることができた………無力な僕が、誰かを助けれたのは君のおかげなんだ………なのに……なのに僕は君に何も……」


 光の名を関する白竜は、きっと知っていた。少年の胸の内にある暗闇を。


 魂が繋がる仲だ、きっと知っていた。少年の想いを………信念を。


 だから、彼は戦いが苦手ながらも、懸命に戦った。暗闇と向き合いながら、信念を遂げようとする彼を支えたかったから。


 『ライト』の望みはすでに叶っていた。だって、少年が前を見ているだけで………その背中を見るだけで充分だったのだから。


 最後に、その想いを持って『繋がり』を辿り、『ライト』は少年の魂を優しく包み込んだ。


 そして、次の瞬間、白竜は光の粒となって霧散した。


 遺体も、何もかも跡形もなく。


「ライト………」


 アオイは涙を流す。しかし叫ぶことはもうしなかった。代わりに、『ライト』が最後に伝えてくれた想いを胸に抱え、そっとうずまる。


 しかし、現実は感傷の時を用意はしてくれない。


『ゥゥゥゥゥ』


 異形の黒竜が一歩、また一歩と重たい足音を響かせ迫ってくる。


「ダメだ………まだ……まだ死ねない……」


 涙を振り払い、立ち上がろうとするアオイ。だが、次の瞬間、頭痛が彼の足を止めた。


「うッ……ぐっ……クソ………」


 生命力(マナ)の暴走による頭痛。『ライト』がいなくなったことで生命力(マナ)の制御がなくなり、ふたたび暴走が始まったのだ。


 『ライト』はアオイの生命力(マナ)を制御しきれていなかった。しかし、それでも『ライト』は生命力(マナ)の暴走を抑えるのに一役買っていたのだ。


『ウウウゥゥゥ……』


 迫る異形の竜。


「させない………」


 しかし、次の瞬間、新緑の軌跡が――――モカが乱入。黒竜の顔面……無数の目玉を潰しながら殴り飛ばした。


「君……は……」


「待ってて……」


 頭痛にさいなまれる中、アオイは確かに見た。


 彼女の体のいたるとこに傷があることを。頭部から大量の出血が出ていることを。


 彼女のことはよく知らない。だが、その傷を見れば、彼女が傷だらけになりながらも、自分を助けに来たことだけはわかる。


「はああぁぁッ!!」


 モカは寝ている少年をそっと一瞥し、そして、転がっている異形の黒竜に肉薄した。そして、そのまま黒竜のあごに蹴りをお見舞いする。


 たかが人間の蹴り。それだけのはずなのに、異形の黒竜は面白いほど無様に地面を転がる。


 異形の黒竜もただではやられまいと、手腕部を使って地面を叩き、上空へ跳躍。そのまま翼を使って空中で体勢を整える。


 モカは黒竜が立て直しても、お構いなく攻め続ける。―――果敢に距離をつめるのだ。


 異形の黒竜はそんなモカを迎え撃つ。翼爪で器用に地面を駆けるモカを狙い穿ったのだ。


 対してモカは、真横のステップを交えながら疾走。彼に翼爪を回避し、一気に跳躍する。


 七メールほどある黒竜。対空していることから、その顔は地面から十メートルは離れているであろう。


 その距離をモカは跳ぶ。そして――――


 ()()()()()竜の四本の尾が、真横からモカを撃ち落とした。


「ガッ………!!?」


 新幹線もかくやというスピードで、芝生のグランド……その脇にある大樹へ激突するモカ。


 衝撃で、直径四メートルはあるであろう樹の幹が折れる。


「ぐッ………ゥゥゥゥゥ………」


 とっさに腕をガードに用いたことで戦闘不能を免れたモカだったが、ガードした右腕はあらぬ方向へ折れ曲がり、とてもじゃないが使い物にならなくなっている。


「まだ……まだ……」


 それでも、あらぬ限りの力を振り絞り、モカは立ち上がった。


「クソ……マズい……あの子が……」


 その状況を頭痛をこらえながら見ていたアオイは声を漏らす。


「もう……誰かを失うのは嫌なのに……なのに……僕には……なにも―――」


 胸に抱くは、亡き白竜の想い。


 自分の想いを支えたいと願った竜。そんな彼にアオイは何としても応えたかった。


「なにか……なにかできることは………」


 その時だった。


「!!?」


 不意に、アオイの心臓部が光りだした。


『…………』


 自分の心臓―――否、魂の奥底に()()かの存在をアオイは感じた。


 まるで、今まで眠っていたものが目覚めたかのように。


「これ……」


 その瞬間、今まで辺りを漂っていた『ライト』であった光の粒が一つ、また一つとアオイの心臓に収束を始めていた。


 やがて、光の粒がすべて集まりきると、アオイの心臓から放たれていた光は一度収束し―――そして、爆発的な輝きを放ち、彼の目の前に一つの形を成した。


 それは一匹の竜。白竜『ライト』よりなお白い鱗、まるでサファイアのような美しい蒼眼。胸に埋め込まれた透明なクリスタルから延びる青のライン。


 そして、何より印象的なのが、その()()。背中に翼があることは他の竜と同じだが、前足にあたる部分はまるで()のように構えており、地面に降り立ったなら二足歩行で歩けそうな体勢であることだった。


「君は…………」


 鱗の色から、白竜であること―――すなわち人類の味方であることは想像がつくアオイだったが、その竜が自分の心臓―――おそらく魂から出でてきたのか皆目見当がつかず困惑していた。


『………』


 しかし、その瞳が訴えてくることは明らかだった。


 つまり―――――契約を行うか否か。


「君がどこの誰かはわからないけど………」


 その蒼眼に見つめられ、今の自分の目的を思い出すアオイは、まっすぐその竜を見つめ返した。


「―――頼む、力を……貸してほしい」


 その瞬間、両者の意志は同調し………契約が成された。


 つながる魂。それと同時にスッ………とアオイの頭痛が引いていく。それが意味するところは、生命力(マナ)の完全制御。白竜『ライト』ですら成しえなかった事象だ。


「君は一体………」


 あまりの出来事に、言葉を失うアオイ。だが、その刹那………彼方より、黒竜に立ち向かっていた少女が飛んでくるのをみて、アオイは慌てて動いた。


「今はそれどころじゃッ―――」


 決死の横っ飛び。寸でのところで少女をキャッチすることに成功すると、何度も地面に転がる。


「いっつつ………大丈夫……!?」


 先ほどまでの少女の状態を思い出し、アオイは慌てて少女を助け起こす。そして、少女の状態に

アオイは絶句した。


 右の腕は折れ、頭部は先ほどまでより夥しい出血で覆われている。肩の肉は抉れ、脇腹は爪で貫かれたのか、服を滲ませるほどの出血が見て取れる。


「クソ………いや、でも、この子……人間とは思えない力持ってるし……もしかしたら助かるかも」


 上着を脱ぎ、それを腹部の出血を覆うように巻き付け、力の限り締め付ける。そして、自分の手を使い、その上からさらに傷口を圧迫し、止血を試みる。


「まずは、アイツをどうにかしなきゃ――――」


 そうして、アオイは蒼眼の竜と視線を交わす。


「――――頼めるかな」


 『任せろ』


 そう言わんばかりの意志が、『繋がり』を通してアオイへ流れ込む。


 そして、次の瞬間、蒼眼の竜は飛翔した。


 『ライト』よりなお早いスピードで異形の黒竜に接近し、その頭部に光の集積した爪を振りぬいた。


 はじけ飛ぶ黒竜の頭部。しかし、すぐに再生が始まり――――


 そして再生しきる前にもう片方の光を纏った爪で翼を切り裂く。


 空中でよろめく黒竜。しかし、黒竜は体勢を直さない―――否、直すことができない。


「そうか……不死身とはいえ、頭部を破壊されれば思考は制限される。その間に有利な状況に持ち込むのか……」


 落下する異形の黒竜。蒼眼の竜はそんな黒竜の()()()()()()()()頭部を光爪で掴み、落下の勢いのまま地面にたたきつける。


 あまりの衝撃に抉れるグランド。土煙の中、再生しかけていた黒竜の頭部は再び大きく損壊し、再生を始めていた。


 蒼眼の竜はその間に再び上空に舞い上がり、その(アギト)を上下に開いた。


 始まるのはエネルギーの充填。


 白竜の(アギト)に膨大なエネルギーがみるみるうちに溜まっていく。


 そして、異形の黒竜が、頭部の再生を追えところには、すべての準備が終わっていた。


「『ライト』でも、こんなことはできなかった………」


 自身が新たに契約した白竜に戦慄覚えるアオイ。そして刹那―――


 エネルギーの塊となった光の放流が、異形の黒竜を包み込んだ。


『ギャァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!』


 黒竜のつんざく悲鳴が聞こえたのも束の間。


 圧倒的なエネルギーに飲み込まれた異形は、その存在を塵一つ残さず消し飛ばされた。



 ※ ※ ※



 数日後。


 千陽駅近くの総合病院にて。


「……………ん」


 少女――――モカは目を覚ました。


「ここ………」


 真っ白な天井。どこかわからず、彼女はゆっくりと起き上がる。


「―――病院?」


 どうやら真っ白な部屋の雰囲気からみて、病院であることは間違いないようだった。彼女はなぜ、ここにいるのか思い出そうとして、気を失う前のことを思い出した。


「あの竜はどうなって――――」


 そこでふと、人影が目に入る。自分の寝ているベットに上半身を預けて寝ている人物――――モカが助けに入った少年だった。


「…………ん、んん」


 彼はモカの身じろぎにあわせてゆっくりと目を覚まし………そして、目を見開いた。


「よかった!! 目が覚めたんだね。今先生を―――」


「まって」


 慌てて病院の先生を呼びに行く少年を、モカは引き留めた。


「………どうしたの?」


「あの竜は……どうなったの?」


「ああ……そっか、そうだよね」


 彼女が状況を呑み込めていないことを悟ったアオイは、担当医師を呼ぶ前に、一度これまでの経緯を彼女に話した。


 アオイが突如現れたもう一体の竜と契約し黒竜を倒したこと、少女が重傷ですぐさま病院に運ばれ手術を受けたこと。事件から三日、脅威の回復力で一命を取り留めたこと。すべて……


「そっか………なんか、助けにきたつもりなのに………助けられちゃったね」


「いや、君には本当に助けられたよ。来てくれなきゃ、あの竜と契約する前に僕はやられてたしね……」


 表情の乏しい彼女の新緑の瞳はわずかに伏せられている。おそらく、不甲斐なさを恥じているであろうことはアオイにも容易に想像できた。


 だから、彼は顔を上げ、まっすぐ彼女の顔を見た。


「僕は藤衛アオイ。君は僕の命の恩人だ。君は……?」


 朗らかに笑うアオイ。モカはそんな彼の顔を少し驚いたような顔で見つめた後、仄かに微笑んで言葉を紡いだ。


「私は茶新(さあら)モカ。こちらこそ助けてくれてありがとう………アオイ君」


 窓から、暖かな光がアオイ達を照らしていた。

閲覧いただきありがとうございます。

あらすじにも書きましたが、続きはありませんのでよろしくお願い致します。

(ないとは思いますが、続きが見たいとの声が多ければ続きを書くかもしれません)

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