幻の根源
で、結局親子喧嘩がどうなったかっていうと、俺のほうが折れて高校に行くことになった。二対一だったし、俺もこう見えて最低限の常識はあるから、どっちも嫌なんていう甘えた言い分は通用しないって、胸の奥では理解していたんだよ。なおかつ、中卒で社会に出るのはよくないんじゃないかな、我が家の経済状態がやばいわけではないし、無理に働く理由は薄いよな、みたいに冷静に判断する能力も持ち合わせている。ようするに負け戦だったってことだ。
受験したのは市の外れにある公立高校で、無事合格して通いはじめた。
学校生活は楽しくなかったね。がんばって思い返しても、楽しい思い出がマジで一つもなくて。まあ、無理もないよな。なにせ、トラウマの影響で学校という場はそもそも好きじゃないのに、ペダルがギーギー言うボロい自転車を漕いで、片道半時間かけて通っていたんだから。
進学校と呼べるのかは分からないけど、真面目寄りの学校ではあったから、舐めた態度をとる俺をいじめてくるやつは絶滅した。それでも楽しくなかったんだから、そうとう楽しくなかったんだろうな。
いや、そうは言っても、一つくらいはなにかあったんじゃね?
そう思って、今こうして話しながら思い出そうとしているんだけど、マジでなにもないんだよ。よくも悪くも平穏ではあったんだけど、人間っていうのは根がわがままだから、それだけでは満足できないっていう。
進路を巡って喧嘩を重ねた日々が尾を引いて、俺に対する両親の態度は厳しくなっていたから、家の外だけじゃなくて中でも憂鬱だった。はっきり言って、なんのために生きているか分からなかったね。ただ、俺はそれだけが理由で死にたいとは思わない人間だから、自殺するなんて選択肢はみじんも考えずに、一日一日を消化した。不登校がちだったし、くだらないことで親と喧嘩するくだらない日々を心底くだらないと思っていたけど、それでも俺なりに一生懸命生きた。
そして、あっという間に恐れていた季節がやってきた。そう、高校生活が終わりに近づき、次なる進路を決めなければいけなくなったんだ。
俺は通いたくもない学校に三年も通ったことで、学校のことがますます嫌いになっていた。それだけじゃなくて、三年間自分を変えようとする努力をしなかったせいで、怠惰で楽をしたがる性格にますます磨きがかかっていた。さらには、親との仲はじわじわと悪化していたから、中三のとき以上に揉めるのは必然。
そういうわけで、憂鬱で、憂鬱でしょうがなかったんだけど、思いがけない出来事が勃発したことで、恐れていた事態は回避されることになるんだよ。なんだと思う?
両親が離婚したんだ。
詳しい話は聞いていない。来年には大学生になる年齢とはいえ、宿痾である怠惰が祟って、積極的に社会に関わり合おうとしなかった俺は、根本的に世間知らず。両親からすれば、大人の事情というものを打ち明けるのに値しないっていう判断だったんだろうけど、真相のほどは俺には分からない。
たしかなのは、父親がなにかやらかしたということ。母さんが俺や父親をほったらかしにして、一人で札幌の実家に帰っていた時期が一か月近くあったこと。家事もろくにできない男二人の共同生活は死ぬほど惨めだったこと。母さんがこっちに帰ってきたときには、離婚は正式に決定していたこと。
その時点で俺は十八歳に達していたんだけど、俺の意思は完全に無視して離婚が成立していたね。どっちについていきたいかなんて、父親からも母さんからも一言も訊かれなかった。記憶違いとか嘘をついているとかじゃなくて、マジで一言も訊かれなくて。
離婚した親の子どもなんてしょせんそんな扱いなのか。それとも、俺がまともな高校生活を送っていなくて、親から信用がなかったせいで、こいつに選択権を与えたら大変なことになるぞ、という危機感にもとづく措置だったのか。
真実は神のみぞ知るし、俺自身もそこまで気になってはいないから、考察するんじゃなくて話を先に進めるぜ。
高校卒業後、俺は一人暮らしをしながら働くことになった。もう労働の義務を負う年齢なんだし、親に学費を払うだけの経済的余裕はないから、最初の二・三年のあいだだけ家賃や生活費を援助するから働いてね、こつこつ貯めて学費を払えるようになったら勝手に大学入試を受けて大学に通ってもいいよ、ただし学費は全額晴太が支払ってね――要約するとそういう趣旨のことを告げられて、一方的にそう決められてしまったんだよ。
決めたのは母さんだ。父親とはもともとずっと折り合いが悪くて、離婚の話が出て以来まともにしゃべっていない。いや、まともに意思疎通していないと言うべきかな。母さんが札幌の実家に帰っていて、男二人で暮らしていた時代でさえそうだった。食事中に「しょうゆをとって」とか、そのレベルの言葉さえもね。メールでのやりとりも、ゼロじゃないけどほぼなかった。で、まともな会話がないまま父親は俺と母さんのもとから去って、いまだに音信不通なんだけど。
普通じゃない別れ方だとは思うけど、会いたいとかさびしいとかはないかな。当時もなかったし、今もない。さっき言ったように、父親とは折り合いがあまりよくなかったし、俺はもともと冷めた性格をしているし、そのときにはすでに十八歳だったからね。もっと子どもだったら、ちょっとやそっとでは立ち直れない心の傷を負ったのかもしれないけど、十八にもなるとその手の別離イベントに対する耐性は充分についている。ガキだけど、ガキじゃない。まだまだガキではあるけど、部分的にはもう立派な大人なんだ。
今ごろどうしているんだろうな、あの人は。仕事ができるって感じじゃなかったし、なにより離婚せざるを得ないくらいの罪を犯しているわけだから、惨めな生活を送っているんだろうな、きっと。でもたぶん、自殺はしていないんじゃないかな。
根拠? ないよ、そんなもの。あえて言うなら、俺に自殺を望まない遺伝子をくれたのは父親である可能性が高いから、かな。
もう父親の話はこれくらいでいいや。もともと興味を持てない人だし、母さんとの離婚が成立した時点で赤の他人なんだから。
俺は母さんが決めた方針に従った。有無を言わさない事情によって問答無用に選択を強要されて、別れ道を前に悩む時間を味わわずにすんでラッキー、みたいなノリだったよ。男親女親、どちらとも関係が悪化していたから、一人暮らしをしたい気持ちが強かったんだろうな。働くのは嫌だったけど、数年限定で資金の援助もすると確約してくれたし、障害はなにもないように感じたんだよ。
こうして俺は一人暮らしをはじめたわけだけど、働かなかったね。まあ働かないだろうな、とは自分でも思っていたけど、案の定そうなったよ。仕送りがゼロ円なら話は別だった? いや、資金援助が約束されないんだったら、そもそも俺は一人暮らしを承諾しなかったと思うな。思うっていうか、まず間違いなく承諾していない。
ようするに、それが俺。救いようがないくらい怠惰でどうしようもない男なんだよ、佐々晴太は。
当たり前だけど、永久に仕送りが保証されたわけじゃない。貯えはあったし、慰謝料的なものはもらっていたと思うんだけど、そうは言っても母さんだって金に余裕があるわけじゃないだろうからね。そんなのは世間知らずの十八歳にでも分かることだ。むしろ今すぐに働きはじめて、今まで仕送りした分を早期に返済してとは言わないまでも、早期に親頼みから脱してほしい経済状況ではあったんじゃないかな。
それは痛いくらい分かっていたけど、俺は働かなかった。働きたくないし、働かなくても生きていけるから、働かなかったんだ。
蒼はノーリアクションだけど、俺のことをとんでもない男だって思っているんじゃないか? 怠惰ここに極まれりっていうか。……ああ、しまった。質問は控えようって決めたのに、少し気が緩んだらすぐに問いを投げかけてる。
最初のほうに言ったように、俺はシーズンになっても風邪一つひかない、強靭な肉体の持ち主なんだけど、それに綻びが生じたのは一人暮らしをはじめてからだった。持ち前の怠惰のせいで、食生活や生活のリズムが狂って体調を崩した、という意味じゃないぜ。そんな当たり前で生易しい異変じゃない。
幻覚が見えるようになったんだよ。
はじめて見た幻覚がなんだったのかは、はっきりとは言えない。気がつくと黒板の字が見えにくくなって、視力検査をしたら眼鏡やコンタクトが必要なくらい視力が落ちていた。それと同じようなものだよ。
その状況においてその姿で存在するのはあり得ないもの、そこにある理由を論理的には説明できないものを見る機会がちらほら出てきて。寝不足かな、疲れているのかな、なんて思いながらも、取り立てて策を講じないまま日々を過ごすうちに、お目にかかる頻度が日に日に高くなってきて。気のせいではすまされなくなって、さまざまな可能性を検討したところ、幻覚と解釈するのがもっともしっくりくることが判明した。そんな形での発覚だったね。
きっかけには心当たりがある。母さんから仕送りの停止を申し渡されたことだ。
俺が一人暮らしをはじめて以来働いてないし、職を探してもいないのがばれたんだよ。離れ離れに暮らすようになってからも、たびたび連絡はとっていたんだけど、気が緩んでいたんだろうな、ついついその二つの事実をもらしてしまってね。
さっきも言ったように、母さんに金銭的にそう余裕があるわけじゃないのは察していた。ちょっとしたことで仕送り停止の事態もあり得る、という懸念はずっと前から頭にあったから、金関係の不用意な発言は慎むようにしていたんだよ。
でも、とうとうぼろを出してしまった。
焦った俺は口から出任せを並べた。しかしそれが逆効果、火に油を注ぐ結果になったみたいで、「もう大人なんだから自分で稼ぎなさい」という、怒気がこもった一言を最後に通話は切られた。
以来、金銭という明確で巨大な不安材料に悩まされるようになって、そのせいで本来は見えないものが見えるようになった。そういうことなんだと思うぜ。
いや別に、縁を切られたわけじゃないんだ。着信拒否をされたわけでもない。その後もたびたび母さんとは連絡をとって、今後は真面目に職探しをするから、せめて職が見つかるまで援助を継続してほしいと、必死に、それはもう必死に懇願して、いったんは受け入れられた。
でも、当たり前だけど、怠惰な精根が一日や二日で変革されるはずもない。課された義務である毎夜の電話報告では、職を探しているが見つからない、なるべく条件にこだわらずに探してみる、とかなんとか、がんばってはいるけども遺憾ながら結果は出ていません、的なことを言っていたんだけど、ある日とうとう嘘がばれた。どんなふうにばれたかはもう覚えていないんだけど、きっとくだらない形だったんだろうな。職探しの嘘がばれたときみたいにね。
ばれて、そして打ち切られた。最後通告とも受け取れるメッセージはありがたくちょうだいしたよ。断言はされなかったと記憶しているけど、でもそれは、俺が自分の都合のいいように事実を歪曲しているだけな気もするな。
それからはもう、メッセージアプリでも電話でも母さんとは連絡をとっていない。言うまでもないことだけど、打ち切りを機に幻覚を見る頻度は上昇した。一日に複数回見るようになったんだから、もはや日常だよな、日常。
言っておくけど、俺は自分がたびたび見るものが幻覚だと信じているわけじゃないぜ。一見荒唐無稽に見えるけど、科学的合理的な説明がつく代物だと思っている。あくまでも俺の知識では説明できないだけであって。
一見意味不明なものをなんでもかんでも幻覚に認定してしまえば、究極、この世のすべてが幻覚ということになる。
そんなことは、あり得ないだろう。そんなのは、狂っている。
だから俺は断固として認めない。どう呼べばいいのか、俺の辞書に該当する言葉が記載されていないから、不承不承その単語を宛がっているだけで、本当の幻覚なんかじゃないって俺は考えている。観測者である俺の精神状態が安定すれば、そんなものはきっと見えなくなる。幻ではないものばかりで構成された世界に、この世界は生まれ変わる。俺はそう信じているよ。
以上で話を終わりたいと思います。長きにわたるご清聴、ありがとうございました。