たぶんだけど、プレイの一環だと思われてる
翌日。オーヴィルは、頭に包帯をぐるぐるに巻いて私の屋敷に現れた。冷静に考えると、次期領主を足蹴にして昏倒させるとか、私やりたい放題すぎである。
「だ、大丈夫? ごめんねオーヴィル……」
「いい。俺が弱いのが悪い。で、今日も挑戦していいか?」
血気盛んな若者と化したオーヴィルは、いそいそと上着を脱ぎながら尋ねてきた。やはり、頭を蹴ったのはまずかったか。発言の前と後ろがつながっていないではないか。
「あのね。昨日みたいなのはやめよう? だってほら、もうすぐ継承の儀式とかあるでしょ? 日を追うごとに怪我の箇所が増えていったりしたら、周りも困惑すると思うの」
「次は勝つから問題ない」
「勝てそうな要素あった? むしろ私、まだまだ勝てそうだなって思ったよ? ……ということで、本来の趣旨に戻ろう! ほら!」
私はちょいちょいと手招きし、昨日と同じように、オーヴィルを自分の前に座らせた。
「はいどうぞ。昨日の後半は良かったから、あの調子でいけばいいと思うよ!」
「……」
「あれ? 始めていいよ? 3、2、1、はい!」
「…………………………」
うん、頑張ってる。苦悶した表情を見ていたらわかる。オーヴィルはすごく頑張って何か言葉にしようとしてる。でも全然出てこない。
それから、体感にして2時間ほどが経っただろうか。実際には30分程度だったと思うのだけれど、結局、オーヴィルは一言も発することができなかった。沈黙があんなにずっしりくるものだとは、前世のある私ですら初めて知った。
とりあえずちょっと休憩しよう、と促して、私とオーヴィルは反省会に移行した。
「どうしたの? 昨日はちゃんとできてたじゃない。なんで今日になったら退化してるの」
「いや、これで了解してくれたら本当に結婚してくれるんだなって思ったら……」
「重くない? 形だけの結婚でしょ? 他の子相手みたいにすればいいんだってば」
「今までの相手とは、次期領主として振舞っていたからな」
「あーなるほど、役になりきってた感じかぁ」
で、今は素と。確かに、ずっと領主様だと疲れちゃうもんね。でもそうするとさっきの煮え切らない感じが本当のオーヴィルだってことかな。
すると、オーヴィルがどこか捨てられた子犬のような目で、私を横目で見てきた。
「がっかりしたか? こんな人間で」
「え、がっかりはしないよ? むしろ昔通りで安心した。正直、呼び出された時、少し怖かったもん。次期領主だって澄ました顔で歩いてるオーヴィルしか最近見てなかったから」
「それはお前が……」
拗ねたように言われても、全然心当たりがない。私が、なに? つんつん、と突っつくと、オーヴィルは拗ねたようにそっぽを向いた。
「そもそもお前が全然反応しないのが悪い」
「今の惨状を私のせいと申すか」
まさかの開き直り。へーそう。そういうこと言っちゃうんだ。
「いや、今のじゃなくて……最近のお前がだな」
「わかった。じゃあ、それっぽく対応するから。でも、間違っても勘違いしないでね? あっこいつ俺のこと好きなんだなみたいに思っちゃうかもしれないし」
オーヴィルは、ふふんと鼻で笑った。あ、今日初めて笑顔見たかも。その事実だけで、彼が今日いかに追いつめられていたかがわかるというものだった。自分で言い出しといて。
そして、テイク2。私は真剣な顔でオーヴィルと向き合った。
「……その、だな」
「はい。オーヴィル様。今日はいきなりのお呼び出しでしたが……わたしにいったい何の御用ですか? ちょっと緊張してしまいますね」
そう言って、胸に手を当てながら、ふわりと微笑んでみる。
「……待て。なんだその声」
「声が、なにか?」
私がこくりと首をかしげると、オーヴィルは両手で顔を覆った。そして、まるで全財産が入った財布を旅先で落とした人みたいな、絶望的な声で呟いた。
「エレノアが今まで聞いたことのない声を出してくる……」
「いやそんなショック受けられても。……駄目だった?」
「いい。いや、良くないんだが、いい。続けてくれ」
「う、うん」
良くないんだがいい、っていいのか。
「じゃあ……オーヴィル様?」
「すまん、『オーヴィル様』って止めてくれ。いつもの呼び方でいい」
「ごめん、変だった?」
「心臓に悪い。何かに目覚めそうになる」
いや、どんな表現よ。ともかく、私のとっておきの甘えモードは健康に害を与えるらしい。オーヴィルにはどうやら不評らしいので、ややトーンをいつも通りに戻す。
「オーヴィル、話って、なに?」
「その……聞いてくれ」
「うん、ちゃんと聞いてるよ。最後まで、思ってることをちゃんと私に言って」
私がぎゅっと手を握ると、オーヴィルは覚悟したように頷いた。まあでも、知り合い相手に告白練習するって相当恥ずかしいことかもしれない。私は姉だから大丈夫だけど。
「す……………す……………す…………」
「うん」
「……………す、好きだ」
「ちょっと溜めすぎかなぁ」
最初よりはマシとはいえ。10段階で言うと3くらい。私の頭の中で、イマジナリー審判がさらさらと手元のメモに得点を書き込む。オーヴィル君はもう少し、結論から先に話しましょう。
すると、オーヴィルから、拗ねたような表情でじろりと睨みつけられた。なんとこやつ、不満らしい。……訂正しよう。今のオーヴィルには恥という概念がないみたいだ。
「返事は?」
「ああ……はいはい、私も好きだよ」
「返事まで本気でやってくれ。というか手抜くなよ」
「えぇ……アフターフォローまで求めてくるの? 告白がゴールでいいじゃない」
「エレノア、好きだ」
あ、勝手に始めた。このやろう。この時点でマイナス5点。
「うん、実は私も。ずっと前から好きだったの」
「いや、絶対に俺の方が先に好きだった」
あ、譲ってくれないんだ。……まあ、想いの深さを伝えたいという意味では、そこにこだわるのは別にいいか。プラス2点。
「ううん、私がオーヴィルのことを、誰よりも一番先に、好きになったんだよ」
「じゃあ、そっちの一番はお前に譲ってやるよ。……その代わり、これからのお前の一番を、俺に譲ってくれ」
おお、なんかいい感じでは? というか卒業では? ていうかこやつ、さっきから進化著しいな。さすがハイスペック。プラス10点!
そっと抱き寄せられたので、そのまま身を預けてみる。すると、オーヴィルのふわりとした暖かい体温に包まれる。と同時に、めっちゃドックンドックンいってる心臓の音が聞こえたので私は内心ちょっと引いてしまった。いくらなんでも緊張しすぎでは?
そのとき、カタカタと謎の物音が背後から聞こえてきたので、私はオーヴィルに抱きしめられたままで、首だけをぐるりと後ろに回した。
すると、いつのまにかドアが開いており、その隙間から、侍女のリグレットが「見てはいけないものを見た」という顔でこちらを見ていた。カタカタという音は、彼女が持っているお盆が小刻みに揺れていることにより、その上のコップが震えて立てる音であった。
「リ、リグレット⁉ これは違うの!」
「はい、違います。あたしは何も見てません」
そして、突如発生してしまった「私とオーヴィルの告白練習を侍女のリグレットに目撃される事件」の衝撃から最初に立ち直ったのは、意外なことにオーヴィルだった。さすが次期領主だけあって、修羅場へ対応するすべを心得ているらしい。
「場をわきまえず、失礼した」
そう言って、オーヴィルは鷹揚に頷く。正直、1ミリも謝ってる感じではないのだけれど、次期領主としては頭を下げるのは駄目なのかもしれない。
一方、リグレットは素早くコップをテーブルに置いたあと、ささっとドア付近まで一瞬で退避した。そして、ぶんぶんと何度も首を振る。
「い、いえ。オーヴィル様は別に謝っていただかなくとも。これからどんどんなされればいいと思います。あたし、しばらく出掛けてましょうか?」
「違うんです! リグレット! 聞いてください!」
「な、何が違うんですか……? じゃあ、今のはいったいなんですか?」
戸惑ったように、リグレットは私とオーヴィルを交互に見た。いや、何を恥ずかしがることがあろうか。事実をありのままに伝えたらいい。
「あれはですね。オーヴィルがいい口説き文句を言えたら私が結婚してあげるっていう……」
「なんだ、何も違わないじゃないですか。じゃあ夕方までには帰ってくるんで、ごゆっくり」
そう言い残し、そそくさと去っていくリグレット。そのよそよそしい背中を見て、私は誤解が解けていないことをはっきりと理解した。たぶんだけど、プレイの一環だと思われてる。
「今のはエレノアの説明の仕方に問題があったと思う」
「君が言わないで⁉」
さらに、オーヴィルは閉まったドアの方を見て、何やら不穏に呟いた。
「つまり、夕方まで邪魔は入らないということか」
「あ、ごめん。人の侍女を『邪魔』とか言っちゃう人は真剣に無理だな私。マイナス1000点だよ」
「すまない。訂正する」
正座して頭を下げるオーヴィル。どうやら私の座り方を見て、正座は謝罪の時の座り方であると学習したらしい。しまった、異世界に正座の概念を広めてしまった。
「大体、私の反応って必要? プロポーズして、いい反応返ってくる時点でゴールでしょ?」
「難易度が低めの状態から慣らしていった方がいいと思ったんだ」
「誰が初心者向けか。……あー、でもまあそうなの……?」
つまり最初は補助輪ないと自転車に乗れないでしょってことだと思う。確かに、オーヴィルは見た感じ、全然場に慣れてないみたいだし……ん?
「いやちょっと待った。慣れてないわけないでしょ。君、今までどういう付き合いしてきたの? 一週間とはいえ、手くらい握ったでしょ?」
「俺からは一切触っていない。ただ、握られはした」
やばい、知り合いのそういうの聞くの、ちょっと生々しい。私が聞いたんだけれど。
「しかし、やはり違和感があった。お前と比べてしまうからだろうな」
「デートしてるときに私を思い出す必要ある? あと、私たち手つないだことあった?」
「よく山の中を走り回ったときに手を引いてくれただろう」
「あれを手つないだにカウントしちゃうんだ。……あ。じゃあ昨日手握ったのも嫌だった? ごめんね。気分が盛り上がるかと思ってつい」
私が手を合わせると、オーヴィルはしみじみとかぶりを振った。
「こんなに相手で違うのかと思った。あんなに胸が躍ったのは初めてだ。これからも頼む」
「いや、毎回はしないよ?」
よくわからないけど、OKではあったし、盛り上がったらしい。
そして、下を向いていたオーヴィルは、がばっとものすごい勢いで顔を上げた。唐突過ぎて、びくりと身を震わせる私。さっきから、言動が読めなくて怖い。
「……そうだ。今の話で思ったんだが、交際後に街を歩く練習もしておきたいんだ」
「なんで? 練習するものじゃなくない?」
すると、オーヴィルはなぜかしばらく沈黙した。なんだか最近このパターン多いなぁ。
「…………今のままだとエレノアのことがまた頭をよぎりそうでな」
「私が積極的に邪魔してるみたいな言い方止めてくれる? それに、私で練習したら余計よぎるでしょ」
「やってみないとわからないし、失敗しても、新たな一歩となるはずだ」
「私とのデートを踏み台みたいにかっこよく言わないで!」
しかし、結局、オーヴィルに押し切られた。正座して頭を深々と下げ続けるオーヴィルに申し訳なくなったから。……やばい。なんか変な学習されてる気がする。とりあえず明日、初デートの設定で街を二人でぶらぶらしよう、と約束し、その日はお開きとなった。
別れ際に、オーヴィルは何かを思い出したように振り返り、一言だけ私に告げた。
「そうだ。明日は、服装にあまり気を遣わないでいいぞ」
……普段着デートってことね。了解了解。