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包丁も立派な刃物

 そうして帰宅した私が、玄関を開けると、大広間の方で何やらざわざわと大勢の人の気配がした。


 今日何かがあったという記憶はないのだけど、急遽催し物でもやってるのだろうか。うちの両親はイベント好きというか、思い付きでお茶会を開いてしまうようないわゆるパリピなのだ。私はどちらかというと陰の者なので、たまについていけなくなる。




 さて、いちおう帰ってきたことは報告しておいた方がいいか。オーヴィルに呼び出されたことはみんな知っているけど、用件については知らないはずだしね。





 私は、そっと大広間の扉の隙間から、中をうかがった。万一、偉い人が来ているとかだと、さすがに報告は後にした方がいいだろうし。さて。



 すると、大広間では、テーブルの上に銀の食器がずらりと並べられ、豪華な料理が盛り付けられている最中だった。シャンデリアの明かりを反射して煌めく装飾品で、そこかしこが見事に飾り付けられている。何これ。出ていく前は絶対こんな状態じゃなかったのに。


「ああ、はやくエレノアが帰ってこないかしら!」


「急くな母さん。まずは二人の時間を過ごしたいものさ。しかしこんな日が来るとはなぁ」


「あの子を嫁に出すのが私の責務って思ってたもの! 領主様のところなら安心だわ!」


 そして、大広間の奥の壁には、大きな垂れ幕が下げられていた。ちょっと意味がよくわからなかったけれど、『エレノア様ご結婚おめでとう!』みたいなことが書いてある。



 私はそっと扉を閉じた。そのまま二階の自分の部屋に戻り、勢いよくベッドに飛び込んだ。あんな宴に飛び込めるような度胸は、私にはなかった。







「……で? なんで断ったんだい?」


「お父様、その、断ったわけじゃなくてですね。ほ、保留? そう、保留です!」


 しばらくして階下に降りていくと、廊下で無表情な父と鉢合わせた。黙って会釈して通り過ぎようとすると、むんずと肩を掴まれる。さすがにスルーは許されなかったらしい。



 顔から察するに、どうやらさっきのオーヴィルとのやりとりは既に父の耳に入ってしまっているみたいだ。情報漏洩が早すぎる。おのれオーヴィル。


 さて、その父は、大層お怒りのようだった。肌を刺す、ピリピリとした殺気。……いや、いくらなんでも怒りすぎでは……?


「うふふふ」


 ……違った。父の後ろに、満面の笑みを浮かべた母が立っていた。


 私の感覚が正しければ、殺気が漏れ出ているのはまさしくそちらからであった。父が無表情なのは後ろの母が怖すぎるからでは、という疑問が浮かんだが、口にするのはやめておいた。


 ともかく、「本当は結婚なんて別にしたくない」と素直に言いにくい雰囲気である。


 でも「保留」とか口走ってしまったけれど、オーヴィルから事の次第が伝えられているのであれば、私が実は乗り気でないことも両親の耳には入っているのではないか。




 その私の推理を裏付けるように、父はもう一度、ゆっくりと口を開いた。


「で、なんで受けなかったのかな? ここには他に誰もいない。エレノアの本当の気持ちを教えてくれないか。あまり喜んではいないみたいだが」


「えー、いい人なのは間違いないけれど、どうしても恋愛対象に見られなくて」


「あなたを恋愛対象に見てくれるのはあの方くらいよ?」


「それがですねお母様、あやつ一切見てないと思いますよ」


 母はきっと普通の求婚だと思ってるだろうけど。これはオーヴィルの打算のみで構成された、張りぼての結婚なのだ。百パーセント人工物である。



 一方、父はそんな母に対して、肩を軽くすくめてみせた。まだ母と比べると冷静のように見えるので、相手にするとしたらこちらだろう。


「エレノアに求婚してくる奴は相当いたけど、見事にみんな外見しか見てなかったからなぁ」


「お父様、それ褒めてます? けなしてます? あと求婚って初耳なんですけど」


「原っぱを走り回るあなたを見て可愛いって思ってくれるなんて奇特な方、オーヴィル様くらいしかいないっていうのに……」


 その言い方だと私が現在も昼夜問わずに野原を走り回っているように聞こえるのでやめていただきたい。私が今もやっているのはせいぜい週末のキャンプ程度なので、その言われようは心外であった。それに「奇特」って。次期領主に対する敬意とかないんですか、お母様。


「もう、馬鹿にしないでくださいお母様!あとでオーヴィルに謝っておいてくださいね!」


「エレノアには謝らなくていいのかい?」


「私が走り回っていたのは客観的には事実なので」


 すると、額に手を当て、父は「はあーーーっ」と非常に大きな溜息をついた。誇張でもなんでもなく、その溜息は三十秒くらい続いたように思う。すごい肺活量。さすが当主ともなると身体能力も違うのか。私は内心で深く感服した。



「君らさぁ、仲いいだろ? ならそのまま夫にしたら?」


「なんか違うなって。それに私、結婚なんて……!」


 その瞬間、ポン! と母の頭上にボードが出た。……え、また⁉





 ⇒『結婚なんてするつもりない! とぶっちゃける』

     ――END『包丁も立派な刃物』



 『そんなことすぐには決められません、とごまかす』





 母の様子をそれとなく観察すると、あくまでさりげなくではあるが、利き手が、懐にすっぽりと隠れていた。ちょうど、何かを握りしめているかのような手の形だった。


 母が昔は狩人で短刀を扱うのが得意だったという、幼いころから何度も聞いた話が、私の脳裏になぜか突然蘇った。走馬灯ってこういうのなのかもしれない。


 というか『ENDが解放されます』とかじゃないんだ……! もしこれが本物なら、死亡END一直線じゃない! 下! 下でお願い!





「大事な話なので、すぐ決められませんでした。お父様とお母様に相談したかったですし」


「そうだったのか! はは、もちろん賛成だよ」


「ええ、わたくしもよ。命拾いしたわね、エレノア」


「うふふ、お母様ったら」


「ほほほ。早く承諾してきなさいな」


 ……わかったことが二つある。


 1つ、たぶん、このメッセージボードは本物だ。


 2つ、私は今、とってもまずい状況に追い込まれている。結婚せずにだらだらしてると刺されそう、お母様に。これはやっぱり一刻も早くオーヴィルには私との婚約を破棄してもらって、本命と結婚してもらおう。私から断ると私が死ぬ。





 それに私が相手だと、オーヴィルは「奇特な人」という肩書きを背負うことになる。見知らぬオーヴィルの想い人も、それを喜ぶことはないだろう。喜ぶような人なら諦めた方がいいと思う。

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死亡ルートが多すぎる!
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