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結婚は人生の墓場だと言うけれど、比喩でなく本当に死ぬみたいなので求婚はお断りします  作者: うちうち


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エピローグ

 エレノア様の実家に行き、辞めます、と言ったところ、あっさりと承諾された。奥様は伏し目がちのまま、あたしに軽く頭を下げる。


「リグレット、今までありがとう。……あなたはどうする? 故郷に帰るの?」


「ええ。ここにいると、余計辛くなりそうですから」







 あたしの実家へは、馬車を乗り継いで1週間かかる。その間に、臆病なあの人が1人で逃げ出してしまわないようにと、そればかりを祈った。


 馬車の窓の外を流れていく景色は、まるで後戻りしているかのように遅々として進まない。イライラしながらひたすら暴飲暴食していると、隣の客がこちらからそっと距離を取るのが見えた。構うものか。








 久しぶりに帰ってきた地元は、相変わらずの寂れた港町だった。馬車を下りた瞬間、粘つく感触の風が吹き抜け、潮の匂いが、海の近くに来たことを教えてくれる。あたしは、つばの広い白い帽子を目深に被った。地元の人間には、あまり顔を合わせたくはなかった。



 ……白い砂浜、だったか。そんな洒落たものはこの町にはない。せいぜい、石がごろごろ転がっている、土混じりの茶色い砂浜があるだけだ。


 見上げると、雲1つなく晴れ渡った空だった。しかし、帽子が作ってくれる影が、ちょうどよくあたしを日光から守ってくれる。





 辿り着いた小さな砂浜にいたのは、釣りをしている少年が1人だけで、他には人影はなかった。少年は、麦わら帽子を被って投げ釣りをしている。……いや、あれは、まさか。



 後ろからじっと少年を見つめてみた。顔つきやすらりとした体型を見ると、少女かもしれない。金髪のショートカットで、少し日焼けしたものの、記憶によくある横顔だった。


「何か釣れますか?」


 後ろから声を掛ける。すると、普通に返事が返ってきた。


「ここ、砂浜が遠くまで続いてるから、キスが釣れるんです。私、キスについてもう少し無になって考えたいので、この海から絶滅させる勢いで釣りまくってます」


「驚かないんですか?」


「……いえ、追いかけてくるなら、リグレットだろうなぁと」


 するすると糸を巻き付け、エレノア様はよいしょと肩に釣り竿を背負った。そして、そのまま歩き出すエレノア様に向かって、あたしは声を精一杯張り上げた。らしくないとは分かっているけれど、これだけは絶対に伝えたい。


「あなたが自分で言わないなら、言えないなら。代わりにあたしが言ってやりますよ。何度でも!」


 不思議そうに振り向くエレノア様は、そのままこてりと首をかしげた。


「ここにいていいかどうか、なんて。そんなの決まってます。いて、いいんです。あたしは、他の誰でもないあなたに、一緒にいてほしい。家も仕事も捨てて構わない。そんなものより……あなたと一緒にいる毎日の方が、ずっと大事ですから」


 あたしが伝えた言葉は予想外だったらしく、エレノア様は分かりやすく焦りだした。顔が真っ赤になり、あわわわと言わんばかりに口が開き、視点の定まらない目がぐるぐると回っている。本当に予想していなかったらしい。全く、本当に失礼な話だ。


「だ、だって、私、面倒な人ですよ? あれこれ考えちゃうし、本当はもっと口も悪いです。私を選ぶ理由がないですよ」


「問題ありません。あたしも口悪いんで」


「ある日、元の世界に戻っちゃうかもしれませんよ? ぽーんと」


「そのときはまた追っかけますから。大丈夫です」


「それと、それと。……私には、グルメレポートの才能がないかもしれません……」


 3つ目に出てくるのそれかよ、と思って笑いそうになる。けれど、全く問題ない。……だって。あたしはエレノア様の頭に、ポンと軽く手を置いた。


「次からは一緒に書くんでしょ?」


 エレノア様はそのまま黙ったものの……しばらくして、こくりと僅かに頷く気配がした。それで、十分だった。





「それにしても、すごく綺麗なところですね!」


 エレノア様は、嬉しそうに砂浜を振り返った。この一週間、エレノア様は、砂浜で城を築いたり、カニ牧場を作ったりしたらしい。こ、この……こっちの気も知らずに……!


 非常にイラっとしたので、提案してみた。


「じゃあ、あたしの実家に紹介しに行きますか。そういう話でしたよね」


「え、いや、あれはちょっとした冗談で」


 あわあわと混乱しているエレノア様の手を、しっかりと握りしめる。もう2度と、見失わないように。あれだけ振り回してくれたくせに、驚くくらいに小さな手だった。


「ほら、いいから。こっちです。すぐ着きますから。大丈夫、あたしが最初に紹介します」


「で、でも私、家も出ちゃいましたし、紹介しようがなくないですか」


 「ほら、だから無理だよ無理」みたいな顔で主張してくるエレノア様をちらっと一瞥し、あたしはその手をより一層握りしめた。そして、軽い口調で提案してみる。


「『これから先ずっと一緒にいたいと思ってる人』っていうのはどうです?」


「『孫の顔見せろって言われてる』って言ったじゃん! ごめん待って! ……恥ずかしくて、恥ずかしくて本当に死んじゃうから! リグレットだってそうでしょ⁉」


「いえ別に。なんなら一緒の墓に入ってもいいと思ってますよ」


「もうそれガチの求婚じゃん!」







 何やらわーわー言っているエレノア様を、半ば引っ張るようにしてあたしは引きずっていく。本当に逃げ出したいならエレノア様の方が強いはずなので、これは本格的に嫌がってはいないと判断したからだ。本当に、面倒くさい人。


「もう求婚とか恋愛はお腹いっぱいなので!」


「恋愛って結局してなかったじゃないですか」


「私だって恋愛くらい知ってます!」


 ……ほう。エレノア様が自分で言うには、そうらしい。あたしは、まだ何やら騒いでいるエレノア様に、からかいを交えて問いかけてみた。


「じゃあ、結婚はひとまず置いておいて。エレノア様は、恋愛って、どんなものだと思うんです? 相手を好きだと感じる時って、どんな時ですか?」




 すると、エレノア様は、横目で、こちらをちらちらと見てきた。一瞬で、頬が林檎みたいに赤くなっている。そして、何やらつんつんと両手の人差し指を合わせながら、ゆっくりと口を開いた。


「それはー、今のリグレットみたいに……」


「ちなみに駆け落ちとか、仕事と家と身分を捨てて一緒に逃げるとかは、なしで。それは家族愛とかでもありえますから」


 顔を輝かせていたエレノア様は、ずーんと分かりやすく落ち込んだ後、横を向き、不満げにむー、と頬を膨らませた。……絶対からかってくると思った。あたしがここに来たのは、そういうのではない。ただこの人に、安心して居られる場所をあげたかっただけ。それだけなのだ。





 振り返ると、さっきまでいた砂浜が遠くに見える。砂浜は白でなく茶色だったし、海もそこまで青くない。……でも、その代わりに。あたしはそっと上を見上げる。


 そこには、エレノア様が話してくれた物語に出てくる海みたいに……抜けるように青く澄んだ空が、どこまでも広がっていた。あたしは、空に向かって手を差し伸べてみる。


「エレノア様、それよりほら、空があんなに青いですよ。見てください」


「なんですか急に。まあ、確かに青いですけど……頭でも打ったんですか?」


「いえ、ただなんとなく、言いたくなったんです」


 ただ、なんとなく。綺麗なものを見れば、「生きていても悪くない」と思ってくれるかもしれないと、そう思っただけだ。





 しかし、その後もしばらく「恋愛とは……?」と腕を組んで考え込んでいたエレノア様は、不意に、ぱぁっと笑顔になった。そして、自慢げにこちらを振り返る。おや意外。どうやら、自信がある答えに辿り着いたらしい。いや早いな。


「答え、出ましたか?」


「はい! むしろ、こっちの方が近いと思います! 私にとっても、こっちが理想というか、素敵だと思いました。自信ありますよ!」


 手を挙げて、ぶんぶんと揺らしてアピールするエレノア様は、楽しそうだった。仕方がないなぁ、とあたしは溜息をついてみせる。


「あーはいはい。じゃあ、教えてください」


 すると、エレノア様は、それはね、と笑い、胸を張った。何も考えてなさそうな、底抜けの笑顔。それに一応、耳を傾ける。



 

 ――あたしは、別に、自分のこの気持ちに名前が付かなくてもいいと思う。別に、一緒に見るものは、さっきの空みたいに、綺麗でなくてもいい。だって、あの海くらいに普通の光景でも喜んでくれる人なのだし。いつもあたしが隣にいて、色んな瞬間を2人で共有できたら、それで十分だから。





 こちらの考えをよそに、エレノア様は、コホン、と咳払いする。さて、エレノア様にとって相手を好きというのは、いったいどんな状態なのか。決して気になるわけじゃないし、どうでもいいけれど、いちおう聞いておくとしよう。まあきっと、突拍子もないものに決まっているだろうが……。





「離れていても、今何してるんだろうなぁって考えたり。綺麗なものを一緒に見たいと思ったり。用事がなくてもふと連絡を取りたくなったり。いつも隣で過ごしたいと願ったり……」



 あたしの隣で、目を閉じたエレノア様が、歌うみたいに紡いだそれは……何かを夢見るみたいに、ひたすらに甘く、優しい声だった。











「――『誰かと同じ時間を共有したい』と思うのが……私にとっての、恋の始まりです」



ということで、完結です!

読んでいただいた方、ブクマや評価していただいた方、感想をくださった方、ありがとうございました!

感謝申し上げます。

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― 新着の感想 ―
こちらの作品も読ませていただきました。代表作の方は、ちょっと気合を入れないとならなそうですのでw エレノア様も逃げちゃっていますね。でも安心して逃げられるのは、追いかけてこられると信じていられるからで…
完結お疲れさまです! 二人の関係が尊い…… うちうちさんの小説カクヨムとかの他のサイトにも上げません?
完結お疲れ様でした! 珍しく振り回す主人公視点じゃなく、振り回される側を書かれていて新鮮でした! そして、毎作品思ってましたがうちうちさんのエピローグでの締めの言葉 気持ちよく作品の終わりを感じさせて…
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