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結婚は人生の墓場だと言うけれど、比喩でなく本当に死ぬみたいなので求婚はお断りします  作者: うちうち


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21/27

いろいろと衝撃を受けた日

 そして、スープ専門店、肉料理、ケーキ屋と巡り、私の精神的HPと2人の身体的HPはゴリゴリと削られていった。リグレットは歩くときに明らかにガニ股になっていたし、フランチェスカさんの顔色は真っ青を通り越して白かった。私は、坂道を登る途中で、何度も2人を振り返った。行き倒れるんじゃないかと、真剣に心配したからだ。


 しかし、どういったわけか、2人の間には、いつの間にか友情が芽生えたらしい。お互いの顔を、こいつやるな、みたいな目で見るようになっている。意味が分からないけど、河原で殴り合って仲良くなる不良みたいなものだろうか。よし、このまま仲良くなってハッピーエンドに……。


「あたし、ちょっと口直しの果物見てきていいですか? あと何軒か行くんでしょ?」


 駄目だった。リグレットは友情があっても相手と白黒つけるタイプだったらしい。


「ちょっと待っててください。すぐ戻るんで」


 リグレットはそう言い残し、市場の方によろよろと向かって行った。そして、フランチェスカさんも続くかと思ったら、彼女はなんだかそわそわしていた。どうしたんだろう。





「あの、わたくし、ああいう場所に1人で行ってはいけないと言われていまして」


「でも、行きたいんですよね?」


 こくり、と頷くフランチェスカさん。


「じゃあ、リグレットと2人で行ってこればよくないですか? フランチェスカさんが行けば、きっと放っておかないと思いますし。ほら」


 私はフランチェスカさんのヴェールをひょいと取り上げ、代わりに私の帽子をぽすんと乗せた。そして、ふふっと笑って見せる。


「これで、フランチェスカさんとは分からないですよ。私、そこの路地で待っていますから」


「……では、お言葉に甘えて」


 フランチェスカさんはしばし迷い、結局、リグレットの後を追った。よろよろと歩くリグレットにフランチェスカさんはすぐに追いつき、何事かを話している。リグレットがこちらに視線を向けたので、私は思い切り両手を振った。ちょっと、どうなるか心配だったけれど、2人が並んで市場の奥に向かって歩き出したのを見て、ほっとする。





 私は、いっぱいに荷物を積んだ荷車や、背中に大きな荷物を背負った商人が坂道を行き来するのを、何となく眺めた。視線を坂の下へ移すと、けっこう上まで登ってきていたらしく、西日に照らされたレンガと石畳の街が、オレンジ色に染まっているのが目に入る。いつもの、この街の風景だった。


 そして、私にとっては、いつまでも、違う世界の景色。こんなに人がいるのに、私だけが、この世界に馴染んでいない。生まれ変わって何年も経つのに、いまだに私の精神は、日本で暮らしていた、あのときのままだ。





 その後、路地で壁に体を預け、ゆっくりと休憩しているときだった。ふと視線を感じたので、通りの方を振り返ってみた。すると、そこには意外な人物が。


「フランチェスカ、なぜこんな場所にいる」


 オーヴィルだった。ていうかこいつ、フランチェスカさんをヴェールで認識しているの? めちゃくちゃ失礼なやつ……。と思ったけれど、このヴェール、顔はがっつり隠れるし、フランチェスカさんと私って背格好そんなに変わらないから、髪を服の中に収めている状態だと分からないのかもしれない。いや、でも……。やっぱり別人とは気づいてほしいなぁ。


 喋るわけにはいかないので、つい、と明後日の方を向くと、オーヴィルはつかつかとこちらに歩み寄ってきた。なんか不機嫌そう。


「昨日は悪かったと言っている。いい加減、機嫌を直せ」


 オーヴィル昨日何したの……。でも無視無視。というか、いつもと違ってけっこう偉そうな話し方だよねぇ。いや、領主になったんだし、当たり前なのか。


 私が返事をしないので、余計苛立ったのか。オーヴィルはついに私の目の前に仁王立ちし、こちらを冷たい目で見下ろした。ちょうどいい。このまま、フランチェスカさんに普段どんな感じなのか、見ててやろう。意地悪するようなら叱ってやらないと。


「俺を無視することを許した覚えはない。こちらを向け」


 言われた通り、目の前のオーヴィルを見上げると、オーヴィルは私のあごに手を当て、そっと上に向けた。そして、ヴェールが外され、そのまま、私の唇が温かく、柔らかなもので塞がれる。……ん? 一瞬後、自分がキスされていることにようやく気付く。




 私が目を見開くと、顔の真ん前、ゼロ距離にいるオーヴィルも、同じように目を真ん丸にしていた。そして、狼狽えたように後ろに下がる。


「おま、なんで……!?」


「こっちの台詞なんだけど! な、なんでいきなりキスしてくるの⁉ 街の中で!」


「場所の問題なのか……?」


 ていうか! リグレット論によると、私のことが好きだったということだったけれど! 今、それは、完全に否定された! だって普通にこの子、やることやってる! めっちゃ慣れてたもん……! いや、うん、別にキスされたこと自体はまあ、いい。前世も含めると初めてというわけでもない。今のは明らかに間違いだったし、私の中では既に事故ということで処理できている。問題は、オーヴィルがフランチェスカさんとそういう関係なことである。じゃあ普通に婚約者一人でよくない? 他の婚約者って何⁉ 誠実さに欠けるよ!



 一方、オーヴィルは、絶望したみたいな表情で、喉から絞り出すような声で呟いた。


「なんで、フランチェスカのヴェールなんて被ってるんだ……?」


「フランチェスカさんは、今、ちょっと冒険中なので、私が預かってるんだよねえ。手に持ってるのもなんだし、せっかくだから被ってたの」


 私がありのままを伝えると、オーヴィルは目元を覆って天を仰いだ。


「なんで、なんで俺はあんなことを……」


「そりゃ、いつもやってるからでしょ? 仕方で分かるよそれくらい」


「……エレノア。今日、帰ったら話せるか?」


「うーん、明日以降の方がいいかな。あと、いちおう話は聞くけど」


 期待しないでね、と囁くと、オーヴィルはよろよろしながら通りの向こうへ消えていった。うむ。なんだ、意味が分からなかったけど、これで悩みごとの片方がいきなり解決しそうじゃない。それにしても、あーびっくりした。けど弟がちゃんと成長していて何より。






 リグレットとフランチェスカさんは、並んで帰ってきた。ただ、決して目線を合わそうとしていない。どうやらまだ継続しているらしい。2人が、ぐいっと袋を私に差し出すので、思わずどちらも受け取る。えっなにこれ。


「エレノア様、甘いの好きでしょ。これあげます」


「口直しの果物を買いに行ったのですから、さっぱりした味の物がいいですわよね」


「う、うん。どっちもおいしく貰おうかな。ありがとう」


 私は大食いなんてしてないわけだから口直しの必要もあんまりないものの、ありがたく両方いただいておくことにした。これは、屋敷に帰ってからのデザートにしよう。




 そして、私達は、本日最後の目標である魚料理の店に向かって歩き出す。そこで、私は2人にあることを提案した。


「最後に行くお店は、ちょっとの量を美味しく食べる、みたいなコンセプトの店なんです」


 これは本当である。というか、最初に行こうと思っていたのは違う店だったんだけど、2人の様子を見て変更した。フリーに頼める店だったから、あんな悲劇が起きるのだ。


「だから、2人もそれに従ってほしいというか。提供される、『ちょっと』を美味しく食べてほしいというか。今日の2人はすごいです、私にはとても真似できません。どうか、引き分け、ということにしてもらえませんか……?」


 私がそう頼み込むと、2人は顔を見合わせ、一瞬考えた後、同時に笑った。


「ええ、ええ、じゃあ今日は『ちょっと』を楽しみますか」


「ちょうどいいかもしれませんわね。そういえば、エレノアさん――」


 ああよかった。私も、せっかくなら美味しく食べてほしいというか。いやもう物理的に無理かもしれないけど、相対的にね?


 そうしてほっとした私の前で、「ポン!」という音がした。






 ⇒『ヴェールを返す』

    ――『突然の別離』が解放されます



 『返さない』





「――そういえば、エレノアさん。ヴェール、返していただけますか」


「いえ、もう少しだけ借りていたいなって」


 私が断ると、フランチェスカさんは不思議そうな顔をした。そりゃそうだ。しかし、これはまずい。だって文字が赤色だもの。返したらきっと、フランチェスカさんが、死ぬ。


 困ったように眉を下げて、フランチェスカさんが私を見つめた。やばい。あれは明らかに駄々っ子を見ている目だ。


「あの、返していただかないと。わたくしも、あまり顔を晒すわけには……」


「エレノア様、5日連続で夢に見るほどヴェールに憧れているって言ってましたもんね。家では、ねだったのに買ってもらえなかったから。似合わない、って理由でしたけど、別にそんなことないですよ」


 横から助け船が入り、私は思わず振り向いた。リグレットが、何もないような顔で、私を横目でちらりと見た。「やばいんですか」と目で問われたので、うん、と頷いておく。


「フランチェスカ様、帽子を深く被れば、顔は隠れると思います。今日はあなたの勝ちで構わないので、もう少しだけ、ヴェールをお貸し願いできませんか」


 フランチェスカさんは、不思議そうにしながらも、リグレットと私のお願いに頷いてくれた。というかこの街ほんとにどうなっているの? 死が身近にありすぎる。


「ちなみに、フランチェスカさん。誰かに身を狙われる心当たりとかは?」


「言える範囲であれば4つほど。婚約が決まって以降、政争相手からの暗殺未遂が多くて」


 ほう、と頬に手を当てて嘆くフランチェスカさん。口調はのんびりしているが、内容はすっごくシビアだった。貴族って本当、怖い。


「どうやって防いでるんですか?」


「わたくし、代々伝わる守護の守りを持たされていますから。身代わりの石が中に入っていて、わたくしに降りかかる不幸を代わりに受けてくれるんです。護衛の者もいますし」


 フランチェスカさんが見せてくれたのは、小さな革袋だった。なるほど、と納得しそうになり、私は首を振る。だって、さっきの文字が赤色だったということは、フランチェスカさんはこのままだと死ぬ、ということだ。不幸は防げて、いない。





 私がさりげなく周囲を見渡すと、その瞬間、不自然に動いた者がいた。私達の左後ろにいる男性2人組。いずれも、手元は懐に隠れている。お母様と同じだ。


「ちなみにフランチェスカさん、護衛って呼べます?」


「ええ、すぐに駆け付けると思いますが……」


「呼んでください。今すぐに」







 とりあえず、手近にある店に入り、お土産物を見るふりをして時間をやり過ごすことにした。フランチェスカさんとリグレットを奥にやり、店内に唯一設置されている薄っぺらい棚に身を隠しながら私が様子を窺うと、通りには、さっきの2人組の他にも、背の高い白髪の男性、目つきの鋭い女性、ぺちゃくちゃ喋りながらゆっくり歩くおばちゃんたちなど、結構な数の人が行き来している。いかん、こうして見ると、どれも怪しく見える……。


 そして、フランチェスカさんが「すぐに駆け付ける」と言ったのは大げさでもなんでもなかったらしく、どかどかと兵士が列をなして店の方に駆け寄ってきた。どうやって呼んだんだろうという疑問はあるものの、これで安心かな。




 しかし、その時、おばちゃんの群れが兵士たちに食って掛かった。持っていたジュースがこぼれたとか何とか言っている。そして、困ったようになだめる兵士たちをよそに、男2人組、白髪の男性、目つきの鋭い女性が、一斉に私に向かってふっと腕を向けた。その手の中には、小さな弓のようなものがちらりと見えた。



――身を翻し隠れようとした私の目の前で、木製の棚が音を立てて粉砕される。


――どん、と大きな衝撃を感じ、思わず息が詰まる。


――視線を落とすと、私の胸に、大きな矢が突き刺さっている。


――私は後ろに吹き飛び、ごろごろと転がり、やがて、仰向けになって止まった。



 そして、おそらくフランチェスカさんがタタッと駆け寄ってくる気配があり、涙声でがばっと抱き起こされた。そのままぎゅっと、強い力で抱きしめられる。


「……ああ、なんてこと……! エレノアさん!」


「はい、なんですか?」


 返事をすると、フランチェスカさんは何やら叫びながら後ろにのけ反った。いや、呼んだから……。そして、リグレットも奥からゆっくりと近づいてくる。視線で頼んだとおり、フランチェスカさんを身を挺して守ってくれたらしい。リグレットは、私を見つめ、大きな溜息をついた。


「いや、危なすぎるでしょう。胴じゃなく頭を狙われたらどうするつもりだったんですか」


「だって、それなら『ヴェールを返さない』に死亡ENDが出るはずだし……」




 私とリグレットは、初日の反省を生かして、この危険な街でぶらぶら歩きをするときは、全身を鎖帷子くさりかたびらと鉄甲で完全装備している。しかし、衝撃は完全には殺せなかったらしく、私の胸は、鈍い痛みをじくじくと訴え始めていた。まあ、棚をぶち抜くくらいの威力の矢だし。


 しかし、やっぱり物理攻撃で来たか。まあ、身代わりの石とやらがどんな効果なのかよく知らないけど、スピリチュアルな物っぽいもんね。物理で押せば何とかなるのかなって私も聞いていて思ったし。それに……。


「今の私、ヴェール被ってるし頭は狙いにくいでしょう? だったら胴体に来るかなって」


「お2人の話をお聞きしていると、どうやら、危険があると、分かっていたんですよね?」


 フランチェスカさんは、俯いたまま、一言一言を区切り、ゆっくりと顔を上げた。その顔にはニッコリと満面の笑みが浮かべられていて、私とリグレットは恐怖に身を寄せ合い、思わず手を取り合った。


「あの、危険というほどはっきりとしていたわけじゃなくて。フランチェスカさんにヴェールを返すと死ぬんじゃないかってことくらいしか……」


「十分です! だからわたくしの代わりに、あんな大きな矢で射られる、なんて……」




 そこで言葉を止め、フランチェスカさんは、ぽたぽたと涙を落とした。リグレットが、じとりとした目で私を睨む。……え? な、なに? まるで私が悪いみたいな……。


「エレノア様が泣かしたんだから、責任取ってくださいよ」


「で、でも、とりあえず、全員生き延びられたし別に良くない……? 大したことにはならなかったんだし……」


 すると、フランチェスカさんは、ぶわわっと涙した。さっきを近所の小さな滝とすると、今度はナイアガラの滝くらいの水量の差があった。そして、いつまでも泣き止まなかった。










「……えー、色々とハプニングもありましたが、無事に、結果的に無事に、全員が帰ってこられました。予定とちょっと違うところもありましたが、これが旅行の醍醐味です!」



 私達3人は、警備が一番厳重だということで、オーヴィルの屋敷に全員収容された。今日はフランチェスカさんも含めて泊まっていくことになったため、私は半ばやけくそ気味に打ち上げを開催した。しかし、現在、空気は非常にどんよりとしています。現場からは以上です。

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― 新着の感想 ―
フランチェスカの心当たりといい、すっかり忘れていた鎖帷子が役に立ったことと言い、この世界の怖さがはっきりしましたねぇ。 それにしてもこの主人公、空手と合気道黒帯なだけあって、荒事になるとすんごいクレ…
そして女子会が始まる!
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