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結婚は人生の墓場だと言うけれど、比喩でなく本当に死ぬみたいなので求婚はお断りします  作者: うちうち


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19/27

私は弟を恋愛対象に絶対見られないタイプの姉である

 よし、つまり、選択肢を使いこなせばよいと。考えてみたら、今のところ私ってたまに出てくる選択肢を使っていただけだったもんね。さてさて。


 私は周囲を見回してみる。アーネさんの店を出てきた後、私とリグレットは街の中心へ向かって歩いていた。中央にある大聖堂は少し小高い丘の上にあるので、必然的に緩い登り坂となる。こっちの方にはあまり来たことがなかったけれど、坂の両端には店が立ち並び、パンや果物、魚や肉などそれぞれの商品が店先に並んでいた。ぱらぱらと何人かいる客が、買い物袋片手に、思い思いの店の商品を覗き込んでいる。


 私もパン屋の店先に並んでいる新発売の甘い焼き菓子に視線が釣られ、リグレットにぐいっと引っ張られた。


 とりあえず、リグレットと並んで歩きながら、むむむ、と念じてみた。こんなのでいいのだろうか。さあ出てこい選択肢!


 すると、ポポポポン! と軽い音がして、そこかしこで選択肢が湧いて出てきた。うわっお手軽。えーっと、じゃあ、どれにしようかな……?


 私が見回していると、ふと、隣を追い抜いていく、一人で歩いている男の子が目に入った。そして、その子の上に出ている選択肢も。なぜか、その子の選択肢は、他のものと違い、文字が赤かった。




 ⇒『今すぐ飛び込んで助ける』



 『運命なので見守る』

   ――『子供の死に対するトラウマ』が解放されます



 『戸惑って飛び込むのが遅くなる』

   ――END『巻き込み事故』




 何も考えず、その子に走り寄ってそのまま飛びつき、道の端に転がった。舗装された固い道で背中をどすんと強打し、けほ、と息が詰まる。ほぼ同時に、背後を物凄い勢いで何かが轟音を立てて通り過ぎる気配がした。そして、ドガン! という何かが爆発したような音が坂の下の方で起こる。


 振り向くと、ひっくり返った荷車が、さっき私が見ていたパン屋の店先に思いっきり突っ込んでいた。商品をなぎ倒し、ひっくり返った荷車の車輪が、カラカラとまだ回っている。こちらに向かって駆け寄ってくる街の人たち。坂の上から、真っ青な顔をした青年も走り寄ってくる。そして、私の腕の中では、男の子が目をどんぐりみたいに見開いたまま硬直していた。


「だ、大丈夫か⁉ 怪我は⁉」

「と、とりあえず生きてます」

 駆け寄ってきたリグレットに助け起こされながら、私は街の人に答えた。……痛っ。ずきりと痛む脇腹をさする。うん、折れてはない。


 ぱたぱたと埃を払い、私はリグレットへ目くばせした。変に注目を集める前にここから離れたい。すると、唇を噛みしめて私を見つめていた彼女は、ハッとしたように頷く。


「エレノア様、お怪我はありませんか」


「あ、その下りもうやりましたよ」


 やっぱりリグレットも混乱しているみたいだ。私は抱きしめていた男の子を離し、ぽんぽんと頭を撫でた。くすぐったそうに目を細めるその子を見て、ああよかった、と体から少し力が抜ける。だって、選択肢が正しければ、あのままだときっと……。


「お姉ちゃん、ありがとう」


「よかったですね。今日はお互い、運がいい日だったみたいです」


 人が集まっていたパン屋の方からこちらにも何人かがやってきて、そのうちの1人のおじさんが私の顔をまじまじと見つめる。あ、嫌な予感。


「お嬢ちゃん……エレノア様、って、確かオーヴィル様の婚約者様だよな」


「あ、違います違います。よく間違われるんですよ。ねえリグレット」


「はい。ペレポア様は『エレノア様』に憧れちゃってますからね。格好も似せてますから」


 すぐ乗ってきてくれるリグレット。しかし、おじさんはなぜか一向に疑惑の目を晴らそうとしてくれなかった。


「なあ、ちょっとその帽子取ってもらっていいか」


 というか、私は別に悪いことをしたわけではないのに、なぜ詰められているんだろう。


「さ、行きましょうリグレット。このままじゃ焼き立てのパンを買いそびれちゃいますよ」


 まだ事故直後でざわざわとしているのを幸いに、私とリグレットは足早にその場を後にした。幸いにも、追いかけてくる者は誰もいなかった。






 大通りからいくつか横道に入り、路地に背を預けて、私とリグレットは息をついた。リグレットがこちらをじろりと睨んでくる。


「なんで身分を隠すんですか」


「いや、オーヴィルの婚約者だって名乗りづらくないですか? だって破棄するんですし。『あっ、オーヴィル様ってあの時の婚約者と破局したんだ……』って思われちゃうじゃないですか」


 すると、「うわぁ」という顔をされた。やばい、私の侍女が私にちょっぴり引いてる。


「あの一瞬でそこまで考えるエレノア様は、賢いのか馬鹿なのか迷いますね」


「褒めてます? けなしてます?」


「半分ずつですね」


「半分かぁ」


 よかった全部けなされてなくて。安心した私は、道端にベンチを見つけ、リグレットをちょいちょいと誘った。とりあえず、さっきので分かったことがある。






 リグレットと私はベンチに座り、臨時の作戦会議を開始した。


「見える文字が赤いと、命にかかわるということが分かりました」


 DEAD ENDというやつだ。つまり、もし他の人の上に赤字の選択肢が出た場合、優先的に絡んでいくべきだろう。……あれ? でも……。


「これまで死にそうな選択肢は何度かあったけど、別に赤くなかったような……?」


 お母様に刺されそうになった時とか。包丁も立派な刃物、みたいなENDだったはず。あれがDEAD ENDでなくてなんだというのか。


 リグレットが、初耳だという顔をして、さっきより強く私を睨んだ。ちょっと怒ってる気がする。


「ということは。黙ってたけど、これまでも、死にそうな未来があったわけですか?」


「まあ、私とリグレットがまとめて死にそうなのがいくつか」


「えっ」


 あれかな、死が近いと表示が違うのかな。それとも数をこなしたことで表示される情報が増えた、という可能性もある。まあ、これからも赤字には注意していきたい。


「リグレットにお願いがあります。私、これから先、未来が見えたら変な行動をとってしまうかもしれません。そのとき、なんとかフォローしてほしいんです。これはペレポア様をとっさに生み出せるリグレットにしか頼めません」


「けなしてますよね? 思い出すのやめてくれません?」


 すごく嫌そうな声色でリグレットが首を振った。いちおう、念のために補足しておいた。


「あ、これはもちろん褒めてます」


「褒めること自体がけなしてるんですよ」


「そっかぁ」


 難しい。偽物っぽい響きが好きなんだけどなぁ。


「まあ、この調子でどんどん行きましょう。お願いしますねピグレット」


「絶対! 馬鹿にしてますよねえ!」


 わかってるわかってる。だってピグレットだと違うキャラが思い浮かんじゃうし。






 その後、私とリグレットは、街中を縦横無尽に駆け回った。というか、目に見える選択肢が増えたことで、あれこれ気になりすぎる。この世がこんなに危険で溢れていたなんて。




「――あの、厨房の火が付けっぱなしじゃないですか?」


「な、なんでわかったんだ?」


「ペレポア様って野生動物並みに火に敏感なんですよ」





「――それ、詐欺ですよね。その土地にそんな価値ありません」


「な、なんの根拠があって……!」


「ペレポア様って土地転がしが趣味で、全地方の地価丸暗記してますからね」





「――君、可愛いね。美味しいお菓子あげるからこっちにおいで」


「……お菓子ですか?」


「ペレポア様が釣られてどうするんですかほらとっとと捕まえますよ」





「――これは計画的犯行です。ほら、ロープを見てください。刃物ですっぱり切らないとこんな風に綺麗な切り口になりません」


「くっ……! あ、あいつが悪いんだ! あいつが俺の大事な……」





 なんてこと、オーヴィルの治めるこの街、治安が悪すぎる。私の地元でもあるけど。たぶん20件目、殺人未遂犯をその場で捕まえて警備の兵士に引き渡した後、私は木陰の芝生の上にぐったりと倒れ込んだ。


「ここは世紀末都市だった……?」


「そこがどこなのかは知りませんけど、たぶん違いますね」


 帽子を深くかぶったまま、胸を激しく上下させて、ゆっくりと深呼吸する。ぱたぱた、と扇でリグレットが扇いでくれて、そよそよとした風が私の体温を軽やかに奪っていった。にしても危険が多すぎる。明日からは鎖帷子くさりかたびらくらい装備しておいた方がいいかもしれない。


「よく気づきましたね。ロープが人為的に切られたのは、切り口を見ればわかる、なんて」


「私、推理小説を愛読してたので当然です。リグレットも覚えておくといいですよ」


 はいはい、と流された。まあ、普通に考えると使いどころないもんね。仕方ない。


「リグレット、休憩におやつ食べに行きません?」


 すると、そのとき、リグレットと違う声が聞こえてきた。


「あら、よかった。お菓子をお持ちしましたから、よかったら召し上がってくださいな」


 トン、と目の前にバスケットが置かれ、私が帽子のつばを上げて見上げると、そこには黒いヴェールを被ったフランチェスカさんが微笑んでいた。……えっ?







「馬車の中から、エレノアさんを見かけまして。一生懸命、走っておられましたね」


 私の横に腰を下ろすフランチェスカさん。フランチェスカさんの表情は変わらないままだ。笑顔。ものすごい笑顔。正直、なんでそんなに笑っているのかが分からない。それがちょっぴり怖くもある。


「エレノアさんは、オーヴィル様のことが好きなのですか?」


「ええ。親族に向ける好意です、けれど……」


「オーヴィル様は、エレノアさんのことが好きですよ」


 フランチェスカさんはあっさりと口にする。いつの間にか、その顔から笑顔は消えていた。無表情。美人の無表情ってひたすら怖い。そしていきなり眉を吊り上げたかと思うと、うるうるとした涙目に変わったフランチェスカさんから、キッと睨みつけられた。情緒が激しい。


「でも、わたくし、負けません。あの方と、絶対に結婚したいんです」


 家の事情で、とかなのかな。必死な形相のフランチェスカさんを見ながら、何となくそう思う。貴族は、自分の意思以外で結婚が決められることも多いから。……しかし。


「こんなに誰かを好きになったのは、初めてなんです! だから絶対に諦めたくない!」


 フランチェスカさんは私の両肩をがっしりと掴んだ。肩に、ぎりぎりと指が食い込む。


「あの人があなたを一番好きだって言うなら、嫌ですけれど、すごく嫌ですけれど、それは仕方ありません。あの方が選ぶことですから。でも、もし、あなたが「自分だけを見てほしい」と言えば、あの方はきっとそうします。今以上に、きっと」


 振り絞るような声だった。まるで、魂そのものが叫んでいるかのような、懸命な声。


「あの聞いて」


「でも、それは嫌なんです。わたくしに、せめて、あなたと競う資格をください……!」


 私はがっくんがっくんと前後に揺らされながら、空を仰いだ。すると、「ポン!」という音とともに選択肢が表示される。





 ⇒『揺らされるがままにする』

   ――『椎間板ヘルニア』『頚椎捻挫』が解放されます



 『何とか止める』





 待って、嘘でしょ……。揺らされるだけでそんなまずいことになるの? ていうかもうENDとかじゃなくて疾患名じゃない。と、止めて止めて!


 私がフランチェスカさんの腕にポンポンと辛うじてタップすると、リグレットが慌てたように間に入ってきてくれた。くらくらしながら、私はもう1度、芝生の上にぐったりと倒れ込む。




 フランチェスカさんは、茫然と自分の両手を見つめていた。そして、死んだような目でゆっくりとこちらへ視線を移す。


「す、すみません、失礼を――」


「ちょっといいですか? 1つ、私達の間には、すっごく大きな誤解があると思います」






 そうして、私は何度も説明した。オーヴィルとは普通の幼馴染であり、精神的には弟であること。私は弟を恋愛対象に絶対見られないタイプの姉であること。だからオーヴィルを恋愛対象には見ていないということを、繰り返し伝えた。


 しかし、フランチェスカさんの表情は全く晴れなかった。むしろ今の方が曇っているまである。さっきがにわか雨程度だとすると、今は土砂降りみたいな勢い。どういうことなの。


「ちょっと作戦会議良いですか? ……リグレット! ちょっと来て!」


 セコンドよろしく私の背後で腕組みしていたリグレットを召喚し、私達は顔を寄せ、ひそひそと囁きあった。


「なんでいまいち反応悪いんですかね?」


「貴族の言うことなんて基本嘘ばっかりですからね。信用されてないんでしょう」


「私は貴族じゃないんですけど⁉」


「ましてや、オーヴィル様とは単なる友達って宣言した直後に泊まってることがバレてるわけですし、エレノア様の信用って0ですから。マイナスと言っていいかもしれません」


 ……じゃああれかな? むしろ「オーヴィル様は私のです! この泥棒猫!」とでも言った方がまだマシってこと? いや、でもそう言ったら言ったでなんか……「ポン!」






  ⇒『「オーヴィル様は私のです! この泥棒猫!」と言う』

     ――END『痴情のもつれの果て』が解放されます



  『何も言わない』





 ……ほら! ほらぁ! 最低じゃない! 殺されるじゃない!

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― 新着の感想 ―
使いこなすと便利だな……
ピグレット懐かしすぎて思い出すのに時間かかった。いましたねそんなキャラ。風呂桶で洗濯板で洗われているシーンしか覚えてないですw リグレットの涙ぐましいフォローが光る。よくできた従者だ。厨房の火はどう…
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