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結婚は人生の墓場だと言うけれど、比喩でなく本当に死ぬみたいなので求婚はお断りします  作者: うちうち


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11/27

幼馴染のそういうダーティーな面は聞きたくなかった

「……ということは、お父様が何か関係している? 偶然じゃないってことですか?」


 いつの間にか、自分の世界に入ってしまったようで、リグレットに肩を叩かれた。心配そうな顔で覗き込まれる。私は首を振り、あえて明るい声を上げた。


「考えすぎってこともありますよね! とにかく、日記帳の解読よろしくお願いします」


「8冊もあるんですけど、これ全部解読するんですか? 正直、面倒なんですが……」


「私の貯金の3、いえ2割あげますから!」


「面倒なんですが、エレノア様のためです。仕方ないですね」


 残念そうな顔をするリグレットの顔には、「もっと粘れば3割もらえたな」と書いてあった。私、リグレットのそういう正直なところ好きだな。それはともかく。





「にしても、いくつか謎は解けました。オーヴィルが求婚してきた理由もです」


「そっちはなんでわかっちゃったんですか?」


「私って、繁栄をもたらすって、つまり幸運の置物みたいな存在なわけですよね……」


 そこでいったん言葉を切り、私は思わずその場にしゃがみこみ、顔を覆った。頬が熱くなっているのが、自分でもわかる。だって。


「自分で言ってて死ぬほど恥ずかしい……」


「なんで全面的に信じちゃってるんですか?」


「だって日付がピンポイントすぎるんですもん……にしても、『繁栄をもたらす者』って。私、自分の名札にそう書けって言われたら死にますね。恥ずかしくて」


 確かに人に付けるには少し違和感がありますね、と言いながら、リグレットは辞書を閉じようとして、動きを止めた。そして、もう1度、ページをすごい勢いでめくりだす。




「どうしたんですか?」


「さっき見たとき、その言葉に、もう1つ意味があったような気がして」


 やがて、開かれたページを、リグレットと顔を突き合わせて覗き込む。そこには確かに、2つの意味が記載されていた。私は見て、ああなるほどそうだろうな、と納得した。最近どこかで見た、普段全く目にしない類の言葉。



 『永遠の繁栄をもたらす者』を表す単語が持つ、別の意味。





 ――『捧げ物』。








 お父様の書斎でなんだか怪しい日記帳を発掘してしまった翌日。私は、朝からリグレットと膝を突き合わせて、作戦会議をしていた。手元には、未だ解読途中の日記帳。お父様の書斎から出てきた問題文書によって、状況は大きく変わったと言っていいだろう。


「ということで、オーヴィルに婚約を本格的に破棄させることが決まったわけですが」


「初耳です。ちなみにどうしてですか」


 リグレットは不思議そうに首を傾けた。……あれ? あんまり伝わってない?


「あの子が繁栄目的なことが判明しちゃったからです。私もそんな茶番に付き合うほど暇じゃありません。卒業次第、全国食べ歩きの旅に出ないといけないので」


「それはつまり暇なのでは……まあ、お気をつけてと言っておきます」


 リグレットは、首をかしげながら、それでも温かい言葉をかけてくれる。表情全然変わらないけど。でもリグレットはどうでもいい人にはお世辞すら言わないから、応援はしてくれているらしい。しかし、私は内心、同じように首をかしげた。なんでこんなに他人事なんだろう?


「いえ、リグレットも行くんですよ?」


「初耳です」


 私と同じように、リグレットは45度くらい首を傾けた。無表情な彼女の目が、じっと私を見つめている。これは、説明を求めている目だ。


「だって、前に聞いたら、お父様とお母様はいいって」


「そりゃあ、あたしってあなたのお付きですからね……え、本気で言ってます?」


「大丈夫です。発行するガイドブックは共著ということにしますから」


「あ、本気ですね」





 リグレットは首を傾けたまま目を閉じ、何やら考え事に入った。あまり心惹かれてくれた感じではない。私は、おずおずと彼女に向かって切り出した。


「来てくれますか?」


「……まあ、考えておきましょう。それより、髪整えましょうか。もうすぐお食事ですから、奥様に怒られますよ。ほら、後ろ向いて」


 いつ何時も慌てないリグレットの姿勢には感心させられる。私も見習いたい。






 私は、髪を整えてもらいながら、リグレットとのお喋りを再開した。だってついに、これまでの謎が解けたんだから。ちょっぴり高ぶるものを感じながら、私は口を開く。


「道理で、ハイキックをお見舞いしても全然ひるまないと思いました。オーヴィルは欲望に突き動かされていたんですね。恐ろしい限りです。私は姉として悲しいですよ」


「エレノア様の方が年下では? というか、エレノア様って手段選ばないですよね」


 私の長い髪を慣れた手つきで梳きながら、リグレットがしみじみと呟いた。


「なんですか急に」


「この前のオーヴィル様との勝負のことですよ」


「……何かありましたっけ?」


 えーっと、オーヴィルと庭で対決して私が勝ったときのことだよね? 手段を選ばない、ってほど外道な手を使った覚えはないんだけど……。





「エレノア様、勝負が始まってすぐ、いきなりポロポロ泣き出したじゃないですか。で、オーヴィル様が混乱してるうちに近寄って、鋭い平手打ちからの蹴り2発で、決着」


 だって、体格差がある相手に油断するほど私はまだ強くない。それに……。


「相手が突然泣いたくらいで気が緩む方が悪くないですか?」


「悪いというか、びっくりします。あとすぐ泣けるのが、なんかこう、手慣れてて嫌です」


「お母様から仕込まれたので……涙は女の武器よ、ってこういうことだったんですね」


 すると、ふー、と深いため息が背後から聞こえた。


「奥様がお聞きになったら泣きますよ」


「お母様が泣いてたら身構えます。戦闘開始の合図ですから」


「……仲悪いんですか? 大丈夫ですか?」


「悪くはないですけど。……ところで、リグレットに、お願いしたいことがあるんですが」


 すると、リグレットはさっと身を引いた。何その反応。ちょっと傷つく。


「……なんですか? 翻訳ならまだですよ」


「違います。オーヴィルに結婚を諦めさせるためには、どうしたらいいですか? あの子、私のこと結構好きではありますよね?」


 私が相談したいのはこれ。なるべく、誰も傷つけず、波風立てることなくフェードアウトしたい。そのためには、リグレットの助力をなんとしても得たかった。


 すると、呆れたようなため息をついて、リグレットが目を閉じた。あ、珍しく眉がすっごく下がっている。いかにも困ってそう。


「またすごい上からなこと言いますね……」


 あ、そっちなんだ。手伝ってはくれるらしい。





「実際、話してみてそう思ったんです。だから余計に波風立てたくないなって」


「正直に言っていいですか? 遠回しに愛され自慢する女って、あたし嫌いなんですよ」


「あ、違います。オーヴィルのあれは、異性に対するものじゃなく、家族に対する愛情ですよ。独占欲っていうか、仲いい友達が他の人と喋ってるとちょっと気になるでしょう? オーヴィルはたぶんお気に入りの遊具を他人に使わせたくないタイプです」


 誤解を生まないように、ぶんぶんと首を振って訂正しておく。愛されているっていう自覚はあれど、あれは飼ってる犬に向ける愛情というか。間違っても異性に対するそれじゃない。私、そういうのは自慢じゃないけど敏感に察知できるタイプなので。



 しかし、私の考察に対し、リグレットは胡散臭いものを見たような眼で眉をひそめた。


「それほんとに今回と話一緒ですか?」


「それに私とか全然人気ないですから。……ダンスで余るくらいですし……」


 辛い出来事というのは、どうして時間が経っても色あせないんだろう。時間が解決するなんて、嘘だと思う。私が遠い目で考えていると、リグレットが苦笑しながら口を開いた。


「でもあれはオーヴィル様が……あ」


「今、何を言いかけたんですか」


 すると、リグレットは黙り込み、すーっと目を私からそらした。口元がひきつっている。明らかに『まずいことを言ってしまった』みたいな顔してる……!




「ね、リグレット。誰にも言いませんから」


「いやちょっとあたしにはわかんないですね」


「このまま黙ってるなら、リグレットに聞いたって言ってオーヴィルの反応を見ます」


「オーヴィル様って、エレノア様にダンス申し込もうとしてる人がいたら、裏から手を回して阻止してましたよ。あたしも言われましたもん、そういう奴がいたら教えてくれって。笑ってるのに目が真剣で怖かったです」



 私はがっくりとうなだれる。……犯人お前か! ダンスで踊ったとき「やれやれ」みたいな顔していたくせに! でもこれでもう1つの謎が解けた。おかしな動きをしている奴らがいる、って言ってたけれど! あれはつまりこうだ。「俺のお気に入りの遊具で勝手に遊ぼうとしている奴がいる」。なにそれ? あの遊具は俺専用だからな!みたいな? 独占欲強すぎない?



「……幼馴染のそういうダーティーな面は聞きたくなかった……」


「無理やり言わせておいてこの言われよう」


「だいたい、裏から手を回すってどういうことです?」


「エレノア様と自分はこんなに仲がいいんだって、聞こえるところで延々話したりとか。オーヴィル様の話相手は困惑してましたね。いきなりそんなこと俺に言うなよって顔してました」


「あらかわいい」





 思ってたより健全だった。小学生みたいな牽制するね。でもまあそれくらいなら……。いや、何勝手に言ってるのって問題はあるにしても。恥ずかしいし控えてほしいけど。


 しかし、安心している私に、リグレットからさらなる爆弾が投下された。


「言える範囲で深刻なやつだと、領主様から相手の親に圧力がかかったりとか」


「うわぁ……。というか言える範囲でって何ですか? もっとえげつないことしてるの?」


 続いて出てきたブラックな面に、内心あわわわと引いてしまった。権力者怖い。そもそも学生同士のやり取りに親を介入させないで! 反則だよそれ!



「でもあれは、相手が悪いっていうか。オーヴィル様と仲がいいのを妬んだ女性が、エレノア様を襲わせるみたいな計画立ててたらしいので。本気でやるなら人数集めないといけないと思いますけど、エレノア様って黙ってたら箱入りの華奢なお嬢様ですし」


「喋ったら違うと申しますか」


「いえ、訂正します。ちゃんと外では頑張って猫被ってますもんね」


 にしても、なにこの国。世紀末かな? 牽制しようと思って適当にしゃべってたらそれが原因でガチの事件に発展しそうとか。やばい、昨日から次々知りたくない話が出てくる。というか、それが本当なら、もともとの原因はオーヴィルでは?






 一方、リグレットは話してしまったことを反省したらしい。おずおずと、上目遣いに私を見つめた。髪を整える手もいつの間にか止まっている。


「すみません、口が滑りました。どうかオーヴィル様を責めないであげてください」


「……ええ、いいですよ。昔のことですし。ここだけの話ということに」


「ありがとうございます。にしても、もう少し怒るかと思ってました」


 ホッとしたような様子のリグレット。言ってくれた彼女に感謝こそあれ、怒るなんてしない。私は笑顔で胸を張った。


「いえ、弟の独占欲くらい受け止めてあげるのがお姉ちゃんの勤めですから」


「普通に年下扱いするのって、昔からですけどなんで…………あっ」


 ……え? あっ、てなに?





 不自然にリグレットの言葉が途切れたので、私は顔を上げた。するとその瞬間、音もなく、部屋の扉がすっと開いた。そして、お母様が顔を出し、にっこりと笑った。


「エレノア。オーヴィル様が来ましたよ」


「今ちょっと忙しいので、後にするよう言ってください」


「……エレノア? なんて言ったのかしら? よく聞こえなかったわ」


「……来てくれて嬉しいですと言いました!」


「なら早くお迎えに行きなさい。忙しいって、1人で何もしていないじゃないの」





 私が背後を振り返ると、私の部屋の入口はお母様が今立っている1つしかないはずだというのに、リグレットの姿は室内に既になかった。彼女の危機管理能力は見習いたい。


そういえばこの話、ジャンルはいちおう恋愛です

あと1割ファンタジー、1割ミステリーな感じ

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― 新着の感想 ―
リグレット……なんかすごい?
お母様はお父様サイド(生け贄派)かオーヴィルサイド(助けたい派)、どっちなのか。いろんな思惑が絡む中エレノアさんは各地の食べ歩きガイドブックを作ろうとしていますとw リグレットがいいキャラしてますね…
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