はじめてホストクラブに行ったときの話 【ホラー長編】
たまにはエッセイらしい話もしよう。
ここでは実話しか書かない制約と誓約がかけられているため、嘘偽りなく事実のみが記されている。あくまで主観なので間違いはあるだろうが、意図的に話を盛ったり創作したりするつもりはない。たとえそれで話が面白くなったとしても。
私は気が向いた時自由に書きまくれるこのお気に入りなエッセイにPVや評価は求めていない。それゆえに今まで私のエッセイを評価してくれた方へ、泡沫底辺なろう作家としてではなく、人として純粋に感謝している。本作が短編ではなくこのエッセイに掲載したのは、私なりの恩返しのつもりです(急に敬語)
なお、私の念能力は変化系寄りの強化系だと思う。
◇◇◇
私はホストクラブに行ったことがなかった。そもそも興味が無いのだが、別に嫌悪しているわけでもなく、後学の為に一度足を運んでみたいとは常々考えていた。しかし一人で店に入るような根性は無く、ただ悶々とした日々を過ごしていた。
行きつけのバーで友人のキャバ嬢にこのことを話したところ、彼女の友人にホストがいるらしく、彼が働いているホストクラブへ招待してくれるというのだ。しかもこの界隈の裏も表も知り尽くした現役キャバ嬢の彼女も同行してくれるという、これは心強い。初めての風俗店に経験豊富な友人同行で童貞を捨てに行く男性の心境だろうか。約束の日まで胸の高まりは収まらなかった。
20××年 ××月 ××日
ここは神戸・三宮
いまは深夜のミッドナイト(重複)
正確には深夜12時を過ぎていないのだが、キャバ嬢の仕事上がりに待ち合わせたので、適当なバーで時間をつぶしていた。普段は飲まないカクテルも、背徳感で味わいが増したのか、いつもより杯を重ねてしまう。杯だけにハイペースで。そして約束の時間が来た。私はキャバ嬢の指定した場所へ向かう。
【 第一章 】
地獄に咲くか愛の花!ここはキャバクラ流されて涙!
ブルーゲイル、お金払って、ブルーゲイル、時間をつぶしたバーを後にした。キャバ嬢との待ち合わせ場所は、なんと彼女が働いているキャバクラ。もちろん筆者、客じゃないとはいえ初体験である。彼女がスタッフルームから出てくるまでに、私は店内をつぶさに観察していた。空いたテーブルに立てかけられていたメニュー表も手に取って頭に叩き込んだ。わずか数分のことだったので詳細には覚えていないが、これが後にホストクラブとの比較に役立つこととなる。
彼女が働くキャバクラは黒を基調としたシックな内装、テーブルごとにパーテーションで仕切られ、席に座れば隣が見えない仕様となっている。BGMは有線らしき適当な流行りの曲が流され、そこはジャズでも流してくれよと私は思っていた。多種多様な服装の客は見る限りすべて男性、複数人で長いソファーに座っている。店の奥は仕切りが狭い、男性一人用だろうか?
鮮やかなドレスのキャバ嬢たちが男性客らに挟まって、明るくはしゃぎ場を盛り上げようとしていた。ほとんど行ったことは無いが高級クラブにしてはずいぶん庶民的な感じで、よく行く大好きな下町のスナックにしては女の子が若く洗練されている感じがした。
実はもっとダークでアウトレイジなイメージを持っていた私は、思いのほか健全で和やかな雰囲気に感動していた。新しい何かを体験する喜びは、それこそ何ものにも代えがたい。これだ。こういう瞬間が味わいたくて私は生きているのだ。
スタッフルームからキャバ嬢の友人が出てきて、私たちはキャバクラを後にした。私がイメージしていた反社の社交場じゃなかった。チャカとドスはテーブルに置いてなかった。グラス代わりに盃で兄弟の契りを交わす者もいなかった。もう龍が如くを信じるのはやめよう。掲げられていたのは代紋ではなく、何と読めばいいのかサッパリわからん店名だった。
ちなみにこの店、今はもうないらしい。
【 最終章 】
てぇへんな値段だ!オラにお金を分けてくれ!
おっす!オラ黒い安息日!いまからキャバ嬢とホストクラブに行くんだけど、すっげぇ緊張してきたぜ!襲われたりぼったくられたりしたら、店ごと界王拳でぶっこわしちめぇから覚悟しな!それじゃあ続きを絶対見てくれよな!
(cv 野沢雅子)
ホストクラブは意外にも、駅の近くにあった。キャバ嬢が働くキャバクラは、東門街という龍が如く神戸編があれば絶対に中心となる如何にもな繁華街にあった。もし本当にゲーム新作の舞台が神戸なら、兵庫県知事をモチーフにした単発エピソードが含まれるだろう。賭けてもいい。
ホストクラブ店内に足を踏み入れて、キャバクラとの大きな違いに気が付いた。広いのだ。物理的にも広いのだが、客席を仕切るパーテーションが無いため、どこからでも店内が一望できる。そして照明が明るい。イメージしていたキャバクラにむしろ近い煌びやかな輝きに満ちていた。赤と銀が印象的な内装は、テレビドラマの西洋宮殿を思わせる。映画ほどではない。
一日で二つの未踏峰を登る心境の私は興奮していた。入り口には誰も座っていないバーカウンターもあり、シャンパングラスを重ねた山が私を圧倒した。すっげぇ……
席につくと小綺麗なホストのお兄ちゃんたちが接客してくれた。彼らは優しく丁重に私を扱ってくれるのだが、正直言うと別に話が面白いわけでもなく、その辺にいる普通の若者だ。もとより私の興味はそこにない。
まず客がすごい。みんなすごい美人。そして若い。なぜか一様にマスクをして、不機嫌そうな雰囲気で、各テーブルにひとりずつ座っている。私はここでキャバクラとの違いに気付いた。クリスタルのような、あるいはクマや長靴をあしらった輝くボトルが、彼女たちのテーブルに所狭しと並べられているのだ。なぜ並べている、今飲んでる一本でいいじゃないか。私は接客するホストに頼んでメニュー表を見せてもらった。ボトルの値段は……
400万
え?
誤解のないよう言っておくが、お手軽なボトルも用意されてある。ほら、これなんて20万だし……いや、いやいやいやいやいやいや!まってまってまってまって!目玉飛び出るという表現すら生ぬるい。眼球は既に成層圏を超え、時速28,800km第一宇宙速度に達している。
私は記憶をたどる。たしかキャバクラの一番高い酒のボトルが40万、普通のボトルでも5万程度だったはず。私が行く場末のスナックで焼酎ボトルが5,000円、我が主食とするジャックダニエルでも1万円はしないはず。
ホストクラブに店内アナウンスが流れる。入り口のシャンパングラスの山に、頂上からシャンパンをぶっかける注文が入ったらしい。注目を呼びかけるアナウンス。憮然とした態度で一切見ようとしない客たち。キャバ嬢が私に耳打ちする。
「あれ一回100万だよ」
陽気なBGMが流れ、照明がカラフルなミラーボールに切り替わる。私は確信した。ここは地獄だと。地獄の貴族令嬢が集う悪魔の宮殿はここに実在したのだ。生きて地獄の異世界に転移した令嬢たちが、ここで宴を繰り広げているのだ。
恐怖でおしっこがちびりそうな私はトイレに逃げた。ホストクラブでおしっこを漏らした最初の人という不名誉な称号は辞退したい。しかしそのトイレの入り口に貼られていた紙に、私は生涯忘れることの出来ない衝撃を受けることになる。
貼られているのは、ホストの売り上げランキングだった。
なぜ、ホストクラブの客はひとりで座っているのか。
なぜ、テーブルに高額なボトルを並べているのか。
なぜ、トイレに売り上げランキングが貼られているのか。
この絡繰 (からく) り、おわかりいただけるだろうか?
キャバクラでは男性客に必ず女の子がついていた。長時間店にいたわけではないので偶々かもしれないが、私の記憶ではそうだった。しかしホストクラブは、目当てのホスト以外は必要としないのだろう。そしてその目当てのホストも、高額なボトルを注文する女性客を優先して接客するのだろう。
つまり威嚇と自己顕示の為に、テーブルにボトルを並べているのだ。そしてそれはパーテーションのない店内で見渡せる。目当てのホストが別の女性客といちゃつく姿を見せつけられ、彼女らは嫉妬で更なる注文を重ねる。そしてトイレの売り上げランキングがさらに彼女らを煽るのだ。悪魔が地獄の貴族令嬢をダンスに誘っている。令嬢を誘惑する悪魔のささやきが安易に想像できた。
「俺さ、あと少しでランキング上がるんだ……」
席に戻るとキャバ嬢が、私にホストクラブの客層について教えてくれた。愛嬌はあるが美人とまでは言いにくい彼女が言うには、キャバクラ程度の収入ではホストクラブに通えないという。つまり彼女たちの職業は……やけに美人なホストクラブの女性客たちに納得した。これ以上は私の口から語れない。並の風俗店で働く程度でも通えないことだけは記しておく。
私たちは店を出た。
私から声をかけキャバ嬢を誘ったので、とうぜん彼女の分も私が払った。ふたり5000円でお釣りが出た。ふたりですき家の牛丼を食べ、私はタクシーで帰った。
◇◇◇
昔の話なので今は違うのかもしれない。
記憶違いや勘違いがあるのかもしれない。
思い込みや決めつけがあるのかもしれない。
しかし私が実際に体験した話であり、主観的に一切の創作を含めていない事実である。ホラーが好きな私だが、本当に怖い話は現実に存在する。もう一度言おう。
「現実」に存在する。
その後、私がホストクラブに行ったかって? アホかッ!




