喚ばれた剣聖ー68
『どういうことですか!?』
霊界から戻った途端、背後から今まで落ち着いた声音しか聞いたことのないリクリカに叫ばれた。
俺はビクッと肩を揺らして「え、なに?」と首だけで振り返る。
するとリクリカは顔を真っ青にして詰め寄ってきた。
『何ではありません!ど、どうやって霊界に入ったのですか!? 魔力は霊界から漏れ出る上澄みですし感じ取れる者がいるのは知っています。しかし霊界や霊体は話が違います!隔絶した世界なのです!』
「い、いや、それは知ってるけどあるなら入ることくらい、、、。」
『そんな気軽な場所ではありません! 意志がある存在が立ち入っていい世界ではないのですよ! 私だってもはやこの世界に縛られた存在、いくら霊格を高めても入ることはできないのです!』
いや、そんな事言われてもな、、、。
入れるんだから仕方なくない?
まぁ精神はすり減るし、前後不覚になりそうだから出来れば入りたくないけど流石にそこは慣れてるよね。
というか厄羅を倒すのには霊界への干渉が必須だったからなぁ。
あの時は必死だったし何で入れるようになったのかはイマイチ分かってないんだよ。
・・・あれ?霊界に入れるのってヤクラのおかげじゃなかったっけ?
ふと湧いた疑問に首を傾げていると、リクリカはまだ何か言いたげに詰め寄ってくる。このまま話を長引かせても仕方ないと、俺は一歩引いて「まぁまぁ」と宥めた。
「取り敢えず今はフィーカの話だろ? 俺も正直よく分かってないし後でいいだろ。」
『ーーそんな簡単に済ませていい話では!!
・・・いえ、いまは、そうですね。いずれ詳しく説明してもらいますがまずは間近の問題から対処しましょう。』
なおも詰め寄ろうとしてくるリクリカだったがそれよりも優先するべきことがあると切り替えてくれた。
俺はホッと息を吐いて、縛り上げてるフィーカを見上げる。
「おーい、調子はどうだ?」
「・・・よく見えるか?」
縛り上げられて苦しそうだもんね。
ただ幾分か冷静に返して来てくれるし落ち着いてはくれたかな。
「なんでこんな事したんだ?」
「・・・逆に聞いてもいいか? そもそも何で私は縛られてる?」
そんな彼女の返答にリクリカは大きく目を見開いた。
他のエルフ達は驚いていたり訝しんだりなど反応は様々。
俺は少し得心がいって目を細めた。
「どこから覚えてる? 俺とミリアがユリジャと話しているときに押し入ってきた事は覚えてるか?」
「・・・あぁ、覚えてる。ただ信じてもらえないかもしれないがどうしてあそこまで気が立ったのか私も分からないんだ。」
まぁ普通ならただの言い訳にしか聞こえないわな。
でも確かにあの時のフィーカは随分と視野が狭く暴走気味だった。
違和感だらけだと言われれば思う節はある。
「・・・なぁ、お前はハイルのことをどう思ってるんだ?」
「い、いや、確かに喰魔として何かしら対処しないといけないと思ってはいた。でも決して排除したいだなんて思っては、、、いなかった、、、はずなのに、、、。」
彼女も自分の言葉に自信が持てないのか混乱したように俯いている。それはそうだろう、行動と考えがまるっきり矛盾しているのだから。
一人考え始めた俺にリクリカが答えを求めるように肘で小突いてきた。・・・ちょっと可愛いからやめて。
「おそらくだけどだいぶ前から少しずつ精神系の魔法を仕込まれてたんだろ。天能っていう圧倒的な力がある程度の害ある魔法は自動で排除してくれる筈だが、反応が薄ければ検問をスルーする事だってある。」
『・・・つまりそれほど長い間着実に仕込まれていたってことですか?』
「たぶんね。」
・・・でもそれだと1、2年の話じゃなくなっちまうけどな。
エルフの寿命任せの長期に渡る積み立てが無ければ洗脳しきれなかったはずだ。
うーん、なんか噛み合わない、、、。
『・・・フィーカ、一度詳しく話を聞かせてもらいますよ。地下牢、、、は、壊れたので端に簡易的な檻を作ります。連れて行くけど抵抗は許さないわよ?』
「あぁ、もちろんだ。」
『・・・。』
「も、勿論です。」
ものすごく冷たい目でリクリカに睨まれてフィーカはすぐに言い直した。
あぶねぇ、あまりの圧に俺も謝りそうだったわ。
リクリカはフィーカを信じて拘束を解く。
そしてそのまま彼女を従えてリクリカは里へと向かっていき、この場には俺とエルフ達だけが残された。
・・・やべえ気まずい。なんで俺ついていかなかったんだろ。
取り敢えず腕を組んでこの空気をどうしようか考えてるとクイクイと袖を引かれて振り返る。
先ほど助けたエルフと目が合い、どうしたのかと問いかけようとした瞬間、、、
俺は強く地面に押し倒された。
「ーーっぐ!?」
なんとか首だけで後ろを向くと、助けたエルフが虚ろな目に紫色の輝きを灯らせている。
そして周りのエルフ達も目の色を変えてこちらを囲み、詠唱を始めると薄く発光した鎖が地面から現れて俺を拘束していく。
「・・・っち。」
「誘い込まれたのはあなたの方でしたね?」
鎖で雁字搦めにされ、完全に動けなくなってしばらく経つと里の方から一人のエルフが近づいてくる。
その場に現れたフニューはゆるい雰囲気を漂わせながらも剣呑とした光を目から覗かせていた。
「・・・いいのか? 自慢の駒は連れて行かれちまったぞ。」
「んー、確かに長ーい年月をかけて育てた強力な駒を取り返されたのはすごい痛手ではあるけど代わりにあなたを捕らえられたならそれもお釣りがくる。」
恍惚とした笑み浮かべながら彼女は頬に手を当てる。
俺はその様子を下から睨みつけるように見返した。
「随分かわれたものだな。」
「それはそう。貴方が来てから私の予定はぜーーんぶ狂いっぱなしだからね。折角追い出した喰魔を連れてくるわ、フィーカを降して内部に入り込んでくるわで最悪だよ。・・・それにまさか彼女に染み込ませた呪言を祓われるなんて夢にも思ってなかった。」
話し始めた彼女はドンドンと不快感に顔を歪めていく。その間に俺は今の状況を分析した。
力を込めても上から抑え込んでいるエルフを振り払えない。そもそも鎖に絡め取られてるから、力は入らないしそれは仕方ないとしてもこの鎖は非常に厄介だ。
普通の鎖や魔法で作られた鎖なら簡単にすり抜けできるのだが、この鎖には精霊魔法が組み込まれている。霊界の存在である精霊の力は霊体にも影響を及ぼすため、幻渡りによる脱出が難しいのだ。
「でもそれもここまで、貴方はここで封じる。」
「ーーはっ、ここで俺を封じたらお前が怪しまれるんじゃないか? エルフ達が気づけなくても俺の仲間達が気づくぞ。」
「だろうね、でも貴方がいなければどうとでもなる。」
獰猛な笑みを浮かべたフニューはゆっくりこちらに手を翳す。その手を見つめながら動けない俺はバレないように笑みを漏らした。
「で、、、はっ!?」
フニューが何事か詠唱を始めようとした瞬間、俺を後ろから抑え込んでいたエルフがフニューに向かって練っていた魔法を撃ち放つ。
放たれた氷の礫は相手の腕を弾き、胴体に当たりながらフニュー後ろへと吹き飛ばす。
「はわわわわっ!? ど、どどど、どうすれば!」
「いいから俺の拘束を解いてくれ!」
慌てた様子の彼女は俺の言葉で我に返り、鎖を氷で冷やして砕く。
解放された俺はすぐに飛び上がり、周りを囲むエルフ達を無力化した。
フニューは戸惑いながら立ち上がる。
「ど、どうやって、直前まで魔法は解かれていなかったのに、、、!」
「ん? 伸びてる紐に切れ目を入れといたからな。」
先ほど助けた時にエルフの少女の霊体を確認し、背中から太い紐が生えていることに気づいた。
フィーカは天能があるので弱い魔法は反射的にガードされる、だから徐々に細い糸を張り巡らさせて操ったのだろう。
でも普通のエルフ達には洗脳の魔法だけかければいい。
普通の洗脳魔法なら霊体に干渉している糸が張り巡らされていることはないので分かりやすかった。
ただ魔法が太い紐のようになっていただけだからね。
そんでその紐に切れ目を入れ、次に強い命令が入ったら切れるように仕向けたのだ。
・・・操ってる人物を炙り出すためにな。
俺は剣を持ち直してそのまま前へと走り出す。
すると、前方から眩い光が瞬いた。
被弾は勿論したくないので、その光を直感だよりに体を捻って、横にはねる様に雷撃を避ける。
「くっそ! 何で雷に反応できんの!」
「はっ!あんな眩しけりゃ誰でも避けれるわ!」
再び近づいていくと今度は懐からナイフを取り出して投げつけてくる。剣で弾こうかと思ったが、ナイフから黒い瘴気が漏れ出てるのが見て取れたので回避する事にした。
弾かれるとフニューは悔しそうにしていたので判断は正解かな?
その間に詰め寄った俺はフニューに向かって手を伸ばす。
「舐めるなぁ!」
地面に手を当てるように振り下ろされた右手に沿って頭上から大きな氷塊が迫りくる。
俺は一度立ち止まって上に視線を送り、捻るように斬り上げ氷塊を切断した。
「・・・逃げ足が速いな。」
だが、氷塊は目眩ましだったようでその間にフニューは森へ向かって走り出す。しかし、間に立ったエルフが手を広げて道を塞ぐ。
「リフィーナ! どけ!」
「ど、どかない!『白き箱庭、音は響かず、嘆きは届かず、頂き下りし氷柱よ! 白乱麗柱!』」
リフィーナと呼ばれたエルフの少女は精霊魔法ではなく普通の魔法で氷柱を召喚、射出する。
飛来する鋭い氷柱をフニューは手を払って風を巻き起こし、氷柱の向きをそらす。
あっさりと魔法に対処されて隙だらけになったリフィーナにフニューは手を伸ばすが、その手は空を切って届かない。
ーードサッ
「ーーっ! あ、足が、、、?」
倒れたフニューは困惑した表情を浮かべながら足にそっと触れる。足はまるで別の物に差し替わってしまったかのように自分の意志を受け付けない。
震えるフニューの背後に律兎はゆっくりと歩み寄る。
「くっ、、、このイレギュラーが、、、。」
「悪いな、もういい加減反撃に移らせてもらう。」
光の灯らない瞳で見下され、フニューは震えながらゴクリと息を呑んだ。
そして意を決したように彼女は手に刻まれた印に指を押し付ける。
・・・が、何も起こることはない。
「ーー!? ど、どうして戒めの刻印が発動しない!?」
「周りごと斬ったからな。もう遠方から殺されることも、自殺も難しいぞ。」
どうも最近呪いとかの口封じで殺されることが多かったからね。流石に学習くらいするよ。
「あぁ、舌を噛み切ろうとしても無駄だぞ? 痛いだけでろくに死ねないし、俺が助けるからな。」
フニューは悔しそうに下唇を噛み切っている。
俺はリフィーナに目配せをして、フニューを拘束してもらっ、、、いや、ちょっ、どこ縛り付けてんだよ、何でそんな複雑に縛る必要があるの!?
何故か意味深な縛り方をされたフニューに気まずげな視線を送っていると、彼女は歯を鳴らしながらこちらを睨んでくる。
「・・・殺せ。」
・・・え、くっころかな?
別にそっちのことをする気なんて一つもないので脇に抱えて持ち上げる。フニューは暴れても無駄だと自覚しているのか大人しくしていた。
溜め息をつきながらフニューをフィーカと同じ場所へ連れて行こうとするが、周りにいるエルフ達がまるで魂を抜かれたかのように動かない。
俺はそれを白けた目で見つめ、やれやれとリフィーナにフニューを預けた。
「え、わ、私なの、、、。」
「ちょっと魔法を解いてくる。少し見張っててくれ。」
・・・あー、めんどくさ。




