喚ばれた剣聖ー67
静まり返った黄昏時、少し離れた場所に作られた地下牢から大きな地響きが聞こえてきた。
ようやく少し落ち着いた里に再び不安と恐怖が浮かび上がる。
「おっ、この芋うまいな。あとバターがあったら最高なんだけど、、、。」
そんななか俺は、少し高いツリーハウスの上で胡座をかきながらまん丸とした芋を頬張っていた。
あのあと、僅かな希望を抱いてユリジャに夕飯を貰えたりしないか交渉してみたが、もてなすことは難しいと言われてしまい、まん丸の蒸した芋だけを手渡されました。
少し寂しかったが食べてみると素材の味がとても良く、調味料によって幾らでも美味しくなりそうだと感激する。
ちなみにミリア達にも渡しに行ったがミリアは蒸された芋を見て明らかにガッカリした様子だった。
愚痴を聞かされる予感がした俺はさっさと塩やマヨネーズを渡して逃げるようにその場を後にし、変な感覚がした地下牢の様子を見渡せる家に登っていた。
「ま、ミリアに防壁張ってもらったし音も入らないだろ。あいつらも頑張ってくれたし俺も頑張らないとな。」
2人にはゆっくり休んでほしかったのでミリアに芋を渡しに行ったついでに障壁を張ってもらうように頼んでおいた。これなら二人は外の異変に気づくこと無く休めるだろう。
・・・それにしても
「人数の集まりが悪いな。」
対処しようと集まりだしてはいるが統率が取れておらず各々がその場で攻撃を始めていた。
地面から現れた溶けた肉を寄せ集めたような異形は赤い液体を垂らしながら這うように里を目指し始めている。
矢は肉に呑まれ、剣は通ってもすぐに再生される。
・・・それに
「血に溶解成分でも含まれてるのか? 斬った剣がだめになってる。」
あの異形を作り上げた者から意識を外さないようにしつつ観察に徹する。
内側から白い骨がチラチラ覗いてるのを見るに固定はされてないがその場その場で肉を支える役割を担っているのだろう。でなければあの状態で動けなんてしないしね。
にしても一番の違和感は、、、
「魔法を使ってない、いや使えないのか。」
遠くから様子を見ていた感じ、一人のエルフが手を翳したりしても何も起こらず慌てたようにあたふたしていた。
他のエルフ達も攻め込もうとして立ち止まったり攻撃の間に不自然な隙が生まれたりしている。
・・・うーん、精霊魔法が使えないのかそもそも魔法自体が使えないのか、、、。てか魔法使えないってなんでだろ?
「まるで対エルフみたいな怪物だな。」
もう少し観察に徹したかったがエルフ達が押され始めているので重い腰を上げて飛び出す。
今にも赤い肉に押しつぶされそうなエルフの少女の前に降り立ち、ヤクラではなくガイアを抜いて構える。
漏れ出た黒い瘴気は刀身をどす黒く染め上げた。
「いいね、便利だ。」
悪役のような笑みを浮かべながら振るわれた黒剣は迫りくる両腕?を斬り飛ばし、脇に寄せながら力をためて放つ突きによって異形の巨体は後方へと吹き飛ばされる。
ーーズパァンッ!
斬った刀身を確認したが瘴気に阻まれ、溶けること無く鈍く輝いている。
・・・いい剣だ。
思わぬ性能に満足していると、肉塊は遠くで蠢いて体積を増し始めていることに気づく。
「あ、ありが、、、とう。」
「ん?」
後ろからか細い声が聞こえて首だけ振り返るとおっとりとした見た目をしたエルフからお礼を言われた。
俺はそれに対してニッと笑みを浮かべて片手を上げる。
「どういたしまして、すぐに終わるからのんびりしててよ。」
ーーズドンッ!
地面をめり込ませながら勢いよく前へと飛び出す。
エルフの矢よりも早く肉塊に到達した俺は一つ息を吐いて剣を振るう。
百迅無双!
花火のように肉塊は飛び散り後ろの森を真っ赤に染め上げる。
しかしその真っ赤な液体は徐々に集まり再び形を形成し始めた。
「あれ?中に核があるタイプだと思ったんだけどな。うーん、呪詛自体が肉塊に刻まれて無理矢理動かしてんのか。なら呪いごとまとめて斬らないと意味ねぇか。」
感情なんてなさそうな肉塊が怒ったかのように巨体を引きずりながら迫ってくる。その醜悪な見た目にエルフ達は怖気を感じて攻撃をためらっていた。
俺は特に気にすることもなく突進してくる相手に向かって歩き出す。
・・・確かに不気味だ。気持ち悪いし近寄りたくない。
「でもま、大人しい方だよな。」
剣を脇に構えながら体に捻りを加えて溜めを作る。
そして自分の内側にある霊体を意識しながら深く、深く落としていく。
・・・久しぶりだけど使えるかな?
「『剣聖一式 深殿・呪い断ち』。」
霊界にある自分の霊体と現界にある肉体を寸分違わず合わせ、物質と非物質をまとめて斬るオリジナル技。
両断された肉塊はそのまま繋がること無く地面を滑って体積を減らしていった。
・・・ヤクラに頼らない俺が編み出した剣技だけど、久しぶりに上手くできて安心した。最近使うことなかったから心配だったんだよね。
呪いで刻まれていたということは一繋ぎの糸が絡まりながらまとめ上げている状態だったろうし、一箇所でも斬られてしまえば状態を維持することは不可能だ。
予想通り異形の肉体は形を保つことができずに徐々に崩れていく。
俺はその様子を確認しながら剣を鞘に納めた。
「・・・さてと。」
軽い動作で腕を振り抜くといつの間にか片手に握られていたヤクラがこちらの様子をうかがいながら逃げようとしていた影を捉える。
溶けた肉塊を放置してその謎の人物に近づいて見下ろす。
「よおフィーカ、何してんだ?」
「ーーっ! クソ!なぜ足が、、、!」
そりゃ霊体の方を斬ったからね。
切り離してはいないからそのうち直るとは思うけど肉体の傷と違って治りははるかに遅いしまた歩けるようになるには数年はかかると思うよ。ま、治せるから逃げなければ治療するけどね。
にしても、広間の時から様子がおかしいと思っていたけどこれは明らかきエルフ達にとっての敵対行為だ。
もはやハイルとか関係ないはずだけど、、、。
鋭くこちらを睨むフィーカの目を見ていると、ほんの僅かに揺れる紫色の光が見えた。
・・・これは
少し感じた違和感を確認しようと口を開こうとしたら背後に降り立つ朧気な気配を感じる。
振り返ったと同時に横を通り過ぎたリクリカが悲しそうな顔を浮かべた後に鋭い目をしてフィーカに手をかざす。
途端に現れた太い木の根がフィーカを締め上げながら持ち上げた。
「ーーかはっ!」
『残念です、心の底から。』
そのまま締め殺すんじゃないかと言えるほどの圧を加え始めると突然根は広がるように拘束を解いた。
『・・・厄介ですね、天能は。』
鋭くこちらを睨むフィーカは根を操ってこちらを貫こうと波のように押し伸ばしてくる。
リクリカがその中心に冷静に手を向けると木の根はまとめ上げられ竜の形を作り上げる。
それをフィーカに差し向けるが今度は木の幹がブクブクと広がって中から木騎兵が現れた。
ーーグロくね!?
制御の奪い合い。
自分から離れれば離れるほど制御は甘くなってしまうため、2人とも決定打を与えることができないでいた。
『ーーっ!』
ただリクリカは焦ったように冷や汗をかき始める。
木騎兵一人一人からトゲを生やして地面に縫い付け動きを封じながら攻勢に出ようとしていたが、そこを上から迫るアギトのような樹木が口を開いて迫る。
ーードガアンッ!
振り下ろされたアギトに押し潰されて少しの間静寂が訪れる。その勝利を匂わせる一瞬の静寂でフィーカの制御が緩んだ瞬間、リクリカは全ての制御を奪い返して樹木の巨人を作り上げた。
その拳はフィーカを捕らえる。
再びフィーカを締め上げた樹木をリクリカはすぐに枯らす。
すると、フィーカは枯れた樹木を操ることができないのか苦しそうに動きを止めていた。
『まだ力を理解しきれていないのね。研鑽を怠ら無ければこのくらい楽に逃げられる筈。』
「ーーっ! これを壊せなくても周りを操れば!!」
『それをすれば私は貴女を本当に許す事ができなくなりますよ。』
冷たく言い放つリクリカの言葉にフィーカは動きを止める。確かに周りを操ってリクリカを攻撃すればこの拘束は解けるかもしれないが、今この時点で地面はめくれ上がり、周囲の木々は折れ曲がっている。既に被害は看過できるものではなくなっていた。
周りのエルフ達もフィーカが暴れていることと、あまりの惨状に動けないでいる。
・・・あっれぇ? 俺の出番は?
てっきり俺があの異形を制圧してエルフ達に恩を売れる展開だと思ったのに後半の戦闘のほうがインパクト強すぎて完全に空気なんですけど、、、。
というかフィーカも良く片足で頑張ったよ。まあ動くことのない制御の奪い合いだったけどなかなかうまく対応してた。うんうん。
かーえろっかなー
なんかやる気が削がれてきてどうでもよくなり始めていると、締め上げているフィーカの樹木がキツくなっていく。
「おい!何やってんだ!?」
『殺しはしません。しかし、力が強すぎるのでこのまま封じます。』
リクリカは肉親の情を感じさせない冷たい目でフィーカを締め付ける。それは権力者である者として適切な判断ではあるが、少し待ってほしい。
「待ってくれ、違和感だけを確かめたい。」
『・・・庇う必要はありません。たとえ肉親であろうとしかるべき処置を、、、。』
「違う、そうじゃないんだ。」
俺は拘束されているフィーカの前に立つ。
目を細めながら様子を見ていると彼女は戸惑ったように眉をしかめた。
・・・ちゃんと大人しいな。操られているのか暴走しているのか、洗脳とは違うのかもしれない。
ーーフッ
意識を深く、深く落として霊界にある自分の霊体を強く意識する。そのまま落とすように自分の輪郭をおぼろげに溶かしていく。
すると次の瞬間には真っ暗に白く淡い光のみが存在する裏の世界の景色が目に映った。
「・・・よし、しっかり保ててるな。」
久しぶりの霊界で自分の存在を的確に意識できてることに安堵する。
霊界に色というものは存在しない。
真っ暗な世界で魂と呼ばれる霊体と世界の構造のみが白く写し出される。
そこに存在する霊体には手足というものはなく、頭と胴体部分のみが薄く漂っているだけだ。
そんな存在自体が朧気な世界で自己を保つには存在をしっかりと意識すること、そして決してすべてを霊界に移さないこと。
これを怠れば途端に自己の存在はあやふやになり霊界へと引っ張られる。そうして一度浸かりきってしまえば二度と戻ることはかなわなくなるのだ。
「さて、これか。」
目の前には不確かな何かに絡め取られる一つの霊体が存在した。多分絡め取ってるのはあの枯れた樹木だろうな。まだ動かせてたみたいだし死にきってはいない感じか。
捉えられている霊体は人間のものと何一つ変わりはない。ただ違和感といえば首元から一本の紐が垂れて真っ暗の地面と呼べるかも分からない下に続いてることか。
「これがエルフの霊体、、、ってわけじゃないよな。ったく、霊界に上下とかないし何処かには繋がってんだろうが辿れば俺が迷子になる。」
顎に手を当てて考えを整理する。
現世において霊界や霊体に関しての情報は驚くこと少ない。この紐は斬っていいものなのかもわからないが、普通でないことは確かだしやってみるか?
「・・・ん?」
斬ろうと悩んで薄っすらと目を凝らすと別の薄い糸が幾重に伸びて彼女を縛り付けているように張り巡らされているのが見えた。
俺はそれを見てガジガジと頭をかく。
「どっちだよ!?どっちが原因だ!?もしかしたら片方は天能と関係があるのかもしれねぇ。下手に切ると使えなくなるか?」
・・・やばい、知ったことじゃない。
でも天能の力は大きいし下手に無くせばエルフ達は他種族に対する牽制が難しくなる。
一度その場に胡座をかいて観察に努めた。
「・・・頭に近いのは紐だし意識を狂わせてるとしたら紐っぽいけど、仮に背後の細い糸が天能なら繋がりが薄い気がするんだよな。・・・うーん、あ、神経系に沿って付いてんのか?いや位置バラバラだな、、、。あ、だとしたら、、、ブツブツブツーーー
しばらく思考に没頭してから「よしっ」と顔を上げて立ち上がる。
「・・・糸だな。」
糸の方はいくつか千切れてるのも見受けられたから縛りが薄れてきているんだろう。天能が弱まるような出来事はなかったし、リクリカに怒られて攻撃を止めてた点から何かしらの力が弱まっていると予想できる。
「違っても恨むなよ!」
ーー剣聖一式 裏、縁斬り
顕現させたヤクラを振り抜き背後を伝う糸を斬り裂く。縛るものがなくなった霊体は解放され、ユラユラ漂いはじめた。
首についてるやつも気になるが、下手に霊体に干渉するのはリスクが高すぎるしほっとくか。
「・・・あれが天能の正体なら不気味なんてもんじゃねぇけどな。」
紐や糸、そういったものは別の何かと繋ぎ止めるために存在する。自分のむき出しの魂が何処かに繋がっているなんて俺だったら怖くて仕方ないね。
唯一引っ掛けた僅かな外への意識を頼りに現界へ自分の姿を形作るように意識する。俺はそのまま引っ張り上げられるような浮遊感とともに現界へと戻った。
ゆらりと立ち上がった俺の前に目を白黒させているフィーカがいる。
その様子に俺は笑みを浮かべた。
ーーまずは賭けに勝ったかな。




