喚ばれた剣聖ー63
蔦の壁を乗り越えて反対側に着地する。
息を呑みながら手の汗を拭い、注意深く辺りを見渡す。
・・・もう逃げたかな。
もしかしたらもう既にここから離れたかも知れない。それなら追いかけないとだけど相手は幻覚系の魔法を得意とする一族だ。油断すれば背中を刺される。
・・・僕はスイさんみたいに魔力感知が鋭くないし、律兎みたいに気配を察知できるわけでもない。
ここからどうしよう、、、。
何も思いつかない焦りと敵と戦う恐怖を必死に堪えていると、背後の蔦の壁からぬるりと黒い腕が生えてくる。ハイルはそれに気づかず口を押さえられながら壁へと押し付けられた。
「ーーかはっ!」
衝撃で肺から息が抜け、苦悶の声が漏れる。
「ククッ!戦闘に慣れてるってわけじゃあなさそうだな。厄介そうなミスルルの小娘は片付いたみたいだし後は楽そうだ。」
首を絞められ意識が朦朧とする中、無我夢中で蔦の壁に爪で軽く傷をつける。
ーードゴォッ!
「くっは!?」
傷つけられた場所から太い蔦が伸び相手の腹部に上手く当たる。相手は息を吐き出しながらお腹を押さえてうずくまる。
「ーーてめぇ!」
「ーーゲホッ!こ、これはただの蔦じゃない、不邪の森にある血の池の水を吸って生えた樹木が伸ばす蔦だ。呪い樹の生命力はただの木とは比べ物にならない。」
いやらしい程の生への渇望。
傷つけられた場所を覆い隠そうと急成長し、傷よりもはるかに大きく成長するんだ。
・・・本来はこんなところに持ち込んだりしてはいけない代物だけど、瞬間活性剤に浸けた植物はすぐに成長する。元の生命力を消費して成長しているため保っても1日しか生きられない。
残酷だけど生態系を保つには必要な処置だ。
「ならそれはお前も同じだよ、、、なぁ!」
相手は懐からナイフを取り出して投げつけてくる。
それをギリギリで避けるがナイフは蔦に刺さり一気に膨張。まずいと判断して逃げるように踏み出して前へと走る。
飛び込んできた自分に相手は腕を槍のように刺しこんだ。
「ーーっぐ!?」
「・・・あ?」
しかし槍はハイルを貫くこと無く後ろへと転がす。
ハイルは咽ながら涙を浮かべ、破けた衣服の奥から砂のようなものがサラサラと流れ落ちた。
「・・・あ、そ、そういえば外してなかった。」
ハイルは自分の背中に手を回して留め具を外すとドシャッと鈍い音をさせながら律兎に付けさせられていた重りを外す。
そして思い出したかのように腕と足にも付けられていた重りも地面に落とした。
・・・これが無ければ間に合っていたんじゃ、、、いや、気付かなかったのは自分か。
一瞬真顔になって誰かの顔が浮かんだが頭を振ってかき消す。腰からナイフを取り出しながら立ち上がると体はまるで空でも飛べるんじゃないかと言うほど軽く感じた。
驚きながらも足に力を込めて前へと走り出す。
すると次の瞬間には相手を通り越して、目の前に木の幹が迫っていた。
「あぶぶぶぶぶっ!」
「・・・は?」
まるで瞬間移動したかのように後ろへと回られ、相手は目を大きく丸くしながら後ずさる。
態勢を整えられる前にと思いながら再び走り出すと、今度は勢い余って飛び上がってしまい、そのまま木を足場にダンッ!と音をさせながら着地、、、いったぁ!
重力によって地面へと吸い込まれてゴロゴロと転がる。
ゴート族の男は焦りながら手を合わせて黒い煙幕を張った。視界が閉ざされ、相手の姿が見えなくなる。
口元を袖で隠しながら感じれない気配を意識して相手を必死に探す。
もう重りはつけてない、今度刺されれば致命傷を負うのは確実だ。
どうしようか思考を巡らせていると上空から声が聞こえてきた。
『だ、大丈夫!? 今吹き飛ばすから!』
フィクリシア様の声が聞こえると強い風が吹いて黒い煙が吹き飛ばされる。
その場に自分が一人取り残された。
『あれ? ハイル君だけ?』
訪れた静寂に不安を感じていると、足元から黒い無数の腕が生えてくる。
「『ーーひっ!?』」
足を掴まれ地面へと倒される。
ドロリと浮かび上がった黒い泥が人の形を形成して白い八重歯を覗かせた。
「これで自慢のスピードは生かせねぇ。」
・・・まずい、まずいまずい!
既に腕も掴まれて完全に身動きが取れない。
これじゃ隠してた小瓶も取り出せないし抵抗が、、、!
最悪の状況に絶望の色を濃くしていると、、、
ーーザッ、ザッ、ザッ
「ふむ、私にしては随分と遅くなってしまった。にしてもこの森は広いな!」
森の奥から足音が聞こえ、快活な声を響かせながら何者かが近づいてきて立ち止まる。
そこには赤と白の服に身を包み金髪を後ろで結った一人の女性が立っていた。
彼女は不敵な笑みを浮かべながら腕を組む。
「・・・なんだお前。」
「人に名を聞くときは自分からだ!まぁでも、まどろっこしいのはいらん!敵なら斬るのみだ!」
そう言って彼女は腰の剣に手をかける。
ーーそして瞬きをした次の瞬間には黒い伸ばされていた黒い腕は全て斬り上げられ、自分は彼女に抱えられて遠くへと離れていた。
「・・・へ?」
「貴君がハイル殿だな? 私は白薙 ルミア、律兎先輩の仲間だ。」
彼女はそう言ってニカッと笑った。
律兎の仲間、、、。
ということは彼が送ってくれた増援ってことになる。あのまるで瞬間移動したかのような移動に相手はまるで反応できていない(僕も服の端をやっと追えたくらいだけど)。
あまりに常識外な速さに理解が及ばないが、ルミアさんならこの戦いを一瞬で終わらせることができるだろう。
「助けに来てくれたんですね!る、ルミアさん!あ、あいつをやっつけてください!」
あっさりとルミアに任せようと戸惑っているゴート族の男を指差すと、ルミアは少し顎に手を当てた後、快活に笑って腕を組んだ。
「何を言ってるんだ。私は見守っててやる、あと5分で形を付けろ。」
ルミアはそう言って降ろしたハイルの背中を蹴飛ばして前へと押し出す。
ハイルはバランスを崩しながら前へと転んで「え?」と声を漏らしていた。
「・・・なに、最初は先輩に言われてすぐ助けてやろうと思ったが随分といい肉体を持っている。これは伸ばさないと勿体ない!」
「え?ま、待ってよ! 倒せなかったどうするの!?」
「最後の2秒くらいで助けてやる。あの程度1秒もあれば充分だ。」
ルミアは笑いながら相手を細目で眺める。
相手はその不敵な発言と浮かべられた笑みに青筋を浮かべた。
「ーー殺す。」
「やってみるといい、こいつの後にな。」
ただ男は動きを全く見切れなかったことや突然の闖入者に警戒を強めて動かない。
いや、動けないのだ、、、ルミアさんの立ち姿からは一切の隙や油断がない。一歩踏み込めば斬り刻まれるんじゃないかと言うほどの圧を感じさせる。
すると、ふわっと上からフィクリシア様が降りてくる。
『えーーっと?』
「時間がないから状況説明は省くぞ、私は味方だ。信じれなくてもよいが、敵対は意味ないぞ? 精霊を殺すことは難しくても無力化は可能だからな。」
『・・・こわぁ。』
激しく同意。
と言うか僕が戦うの?
1秒で終わるなら彼女が戦って終わらせたほうが無駄もないんじゃ、、、。
そんなことを思っていたのが顔に出たのかルミアさんは笑みを浮かべながらこちらを見る。
「確かにその方が無駄はない。でも良いのか?来る時に見た彼女を守ろうと踏み出したのではないのか?
戦うのは怖い、誰かに任せられるなら任せてみたい、しかしそれで間に合うのか?
時は常に移ろい行く、決して待ってはくれぬぞ。
一瞬一刻で全てが好転も悪転もする世界で迷ってる暇などあるのか?
悲劇を目の前にしたお前は、、、後悔しないのか?」
そう言われて目を開く。そうだ、僕は既に間に合わなかったんだ。僕に成りすましたあいつにナイフを突き込まれるスイさんを見ることしかできなかった。
・・・あんな思い、、、二度としたくない!
ゴート族の男を睨みながら足に力を込めて立ち上がる。
ルミアさんは立ち上がった僕を見て嬉しそうに笑みを深くしながら背中をゲシゲシと叩いてくる。
そして耳元でそっと囁く。
「・・・いいか? 止まる必要なんかない、一撃でいいんだ。相手の理解が及ぶ前に勝負を決めろ。後先なんて考えるな、後は何とかしてやる。」
まだ今さっき会ったばかりの人に後を託すなんて普通なら考えられないが彼女の自信の溢れた立ち姿と笑みには謎の信頼感が芽生える。
息を吐きながら全身に力を込める。
筋肉は悲鳴を上げミシミシと音を鳴らし、ドク、ドク、と心臓の鼓動が耳元で聞こえる。
ゆっくりと目を開けて、狙いをつけるように相手を見据えた。
相手はこちらの異様な雰囲気に気圧されて、体の中心から黒煙を広げだす。見失ってしまうと動揺したが、肩をポンッと叩かれた。
「落ち着け、まだ見失ってはいないだろう? 相手を見失う寸前でいい、逃げられる前に踏み込め。」
冷静に諭されて焦りにのまれそうになった思考が落ち着いていく。
黒煙に包まれ、体を覆い隠す直前に動き出す。
ーーチュドッ!
音と影を置き去りにした超高速移動。
地面へ軌跡を描き熱を持たせながら相手を短剣で斬り裂く。
ゴート族の男は姿をとらえることもできずにただただ元の体勢のまま斬り裂かれた。
勝負は一瞬で決まり、手応えを感じていたら目の前に迫る大木に目を見開く。
止まることなんて考えもせずに走り出してしまったため木に打ちつけられて押しつぶされる光景を幻視した。
ーーその刹那、横合いからふわりと包まれるような感触とともに高速で抱きかかえられた。
「ーーうむ、よくやったぞ! 5分どころか10秒もかからなかったな!」
上から晴れやかな笑みで褒められる。
まるで自分のことかのように嬉しそうな彼女を見て思わず力が抜けてきた。
ーーずぐっ
「ーーッッッッツ!? ーーカッ!? ハヒュッ、ヒューヒューヒュー!!」
だが力が抜けた瞬間に体に激痛が走り、心臓の鼓動が爆音で響きだし呼吸がまともにできなくなる。
あまりの息苦しさに喉を押さえながら目を見開く。
「む? まだ少し早かったか、、、。落ち着け、呼吸を忘れるな、無理矢理鼓動を抑えようとするのではなく慣らすことを考えろ。」
彼女は淡々とそう言うがこの状態で落ち着こうなんて無理だ。視界は歪み、筋肉はまるで切り刻まれたかのように痛みを発する。
「・・・仕方ないな。」
そう言うと、ルミアさんは呼吸が疎らな僕の胸にそっと手を添える。そして一拍置いた後、トンッと衝撃を加えた。
すると、心臓の鼓動は落ち着き始め呼吸もしやすくなっていく、、、。
体は痛すぎるけど、、、。
呼吸が落ち着くと急な眠気が襲ってくる。
まるで睡眠薬でも飲まされたかのような急な眠気に耐えることができず、僕はそのまま目を閉じたのだった。
・・・・・。
・・・・。
・・・。
「・・・ふむ、実に惜しい。一式は使いこなせるだろうが至技は難しかろう、、、。まぁ先輩が見守っているだろうし今後に期待と言ったところか。」
眠ってしまったハイルをそっと地面に寝かし、ルミアは服の埃を払いながら立ち上がる。
そして、浮いているフィクリシアに目を向けた。
「おい、こやつと向こうで眠っていた少女を律兎先輩
の元へ連れて行ってやってくれ。」
『・・・え? あ、あなたは?』
「こ奴らが取りこぼした者どもを対処してくる。思ったよりも早く決着がついたし時間も余っているからな。・・・まったく、探知は苦手なんだが。」
それだけ言い残してルミアは姿を消した。
残されたフィクリシアは戸惑いながら、2人を魔法で抱えてエルフの里へと向かったのだった。




