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喚ばれた剣聖ー6



スイナはしばらく何も食べていなかったらしい。

なので流石に肉とかを食べさせるのは負担が大きいと思い、初めにフリーズドライの味噌汁を飲ませてあげた。

それだけで俺に対する警戒があっさりと解けたようで、今はすごく美味しそうに喜んで味噌汁を啜っていた。


次に俺は簡易コンロと鍋を取り出して米を柔らかくなるように煮込み、お粥を作ることにした。ちゃんと味がするように出汁等を入れてしっかり味つけし、野菜も散りばめて栄養を取れるように気を遣いながら調理を続ける。


そして、そのお粥をミリアが食べさせたらスイナはお腹いっぱいになったようだ。


あ、ミリアにはサンドイッチを投げつけといたよ。

普通に美味しそうに頬張ってて幸せそうだったね。


少し落ち着いてからミリアの前にはコーヒー、スイナの前にはココアを淹れといてあげる。


落ち着きたい時のココアは最高なんだよなー。


スイナは美味しかったのか目を輝かせながら夢中でカップを仰いでいる。

どっかの誰かさんと同じで好物っぽいですね。



・・・ま、もう1人はピザだったけどね。しかもジャンクフードよりの。好みは人それぞれだし別にいいけどさ。



飲み終わったのかプハっとコップから口を離してテーブルに置く。

そして元気に一言。



「おかわり!」



うん、元気になったようで何より。

知らない人に物怖じしないでおかわりを要求できるその胆力は見習いたいよ、うん。


ちなみに横からもう1人手を伸ばしている奴がいるけどそいつは取り敢えず無視で、てかもう3杯目だろ。


とりあえずスイナのコップにココアを入れてあげて3人でテーブルを囲む。

目の前には美少女が2人、目の保養になるね。



「・・・さてと、んで? スイナは何であんな所にいたんだ?」



俺が軽く聞くと、スイナは震えて苦しい表情で押し黙ってしまい、ミリアの袖を掴んだ。


そしてミリアはそっとその手を握り返す。


いや俺だって辛い思いはさせたくないけど問答無用で連れてったら誘拐犯だからな。

もしかしたら最初に叫んでいたお姉ちゃんとやらと別れてしまっただけの可能性もあるしね。


スイナは驚いたようにミリアを見つめ、ミリアは笑みを浮かべて安心させるように頷く。

それが後押しとなり、スイナは静かに語り出した。



「スイナ、・・・村近くの湖に、お花を摘みにいったの。」



湖?


おかしいな、さっきまで獣を狩りに周囲を探索していたが、湖らしきものは見当たらなかったし、水の匂いもしなかった。


てことは結構ここから離れてる場所になる。


どうしてそこからここにいるのか俺は続きを促した。



「お姉ちゃんがもう少しで誕生日だから、、、お祝いはいらないって言われたけど、、スイナ、プレゼント、、、あげたくて。」



話しながら徐々にスイナの目に涙が溜まってゆく。

手に力を込めながら泣き出さないように我慢しながら言葉を続けた。



「・・・だから、、、お姉ちゃんの好きな花を、、、、、湖に取りに行ったの、、、そしたら、、、知らない人に、、袋被せられて、、、、、気づいたら、、、。」



必死に言葉を途切らせながらも話し続けてくれる。

ミリアは背中を摩ってあげながら心配そうにしているが、彼女の頑張りを折らないようにそっと続けさせた。



・・・ま、ある程度状況は理解した。



要するに人攫いだろう。

人目の少ない場所にたった1人で歩いていた少女なんていい獲物に違いない。・・・虫唾が走るけどな。



「・・・気づいたら、、、馬車が壊れてて、地面がまっかになってて、、、大きな声がずっときこえてて、、、。」


「スイナ。・・・もう大丈夫だ、ありがとう。」



もう限界だろう。

これ以上聞き出そうとするのはトラウマをほじくられるようなものだ。


スイナは必死で声を紡ぎ、まだ続けようとしたがこれ以上は無理だと判断し、ミリアに目配せを送る。


ミリアは頷いた後、そっとスイナを抱えて慰めてくれた。



・・・おかげでスイナがどうしてここにいるのかよくわかった。



森の湖で誘拐され、その馬車が途中で鳥?に襲われたってことか。

その時にスイナを連れ去ろうとした連中は皆殺しにされ、唯一生き残ったスイナは必死に逃げたのだろう。

小さい体で森を走り、何度も転び、痛みに耐え、それでも生きようと走り続け、あの場に現れたのか。


後一歩諦めてしまうのが早かったら決して間に合わなかっただろう。



「よく頑張ったな。」



心の底から思ったことが思わず口から漏れる。

なぜか2人とも呆気に取られたような顔を浮かべていた。



「・・・・・なんだよ。」


「い、いえ、あまりそういう事言わなそうだと思っていましたので。」


「・・・う、うん。」



なんだよ、、、似合わなくて悪かったな。



「でも良いですね、今すごく優しそうでしたよ。」


「まるで普段の俺が優しくなさそうみたいだな。」



不満気な声を漏らすと、ミリアはそう言ってクスリと笑う。

スイナはミリアに抱えられながら俺とミリアを交互に見つめた後、控えめに笑みを溢した。


2人に笑われて少し居た堪れなくなった俺は頭の後ろをかきながら目を逸らす。



「・・・・・落ち着いたら行くぞ、獣が集まってきてる。」



空気を変えるように立ち上がって手を叩く。

2人は周囲を確認するが特に違和感は感じられないのか不思議そう。


だが、ミリアには俺の空間把握能力が高いことを証明してあるのでそこまで考える事なく立ち上がって片付けを手伝ってくれる。

スイナはよくわかってないみたいだけどミリアが動いたので戸惑いながらも動いてくれた。


いつの間にかミリアに対する信頼がだいぶ高くなってる、、、。



「あ、あの、どこに行くの?」



スイナにそう聞かれて俺は配慮が欠けていたことに気づいた。

彼女は誘拐されてこんなところまで連れてこられたのだ。

そこに現れた俺たちは助けたとはいえ見知らぬ人。安易に信用してまた怖い思いすることになるかもしれないと思うのは当然だろう。



「安心しろ。ちゃんと村?かどうかはしらないけど送って行くよ。」


「ど、どうして。」


「連れ去ろうにも道がわかんないからな!」


「その通りですけど、そういうことじゃない気が、、、。」



ミリアは呆れた表情を浮かべる。



「私たちも迷子みたいなものですからね。安心してください、律兎さんは不幸顔してますけどなんだかんだ甘いですから。」


「お前の俺に対する印象ってそんな感じなんだな。」


「押しに弱いんじゃないかなって思ってますね。」



よし、もっと厳しくしよ。


片付けはボックスにしまうだけなのであっという間に終わる。

急に現れた道具が再び消えるのでスイナはビクビクしてるけど、いちいち相手にするのは面倒いので説明はミリアに任せておく。


片付けを終えた俺はミリアに向かって手を差し出した。



「ほら。」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・どうしたのですか?」


「・・・?」



・・・ん? 


いつも通りミリアを抱えようと手を差し出したのだが、何故か疑問を返された。

ミリアは気まずそーにスイナにチラチラと視線を送り、俺に何かを気づかせるように指し示す。



・・・あー、そっか。



「ここで自分が抱えられにいけばせっかく優しいお姉さんで通ってるのに、本当は人に自分を抱えさせて走らせてた最低な人ってバレるのが嫌って、、、。」


「ぁあああ!! なんで言うのですか!? せっかく良い感じに評価を上げてるのにこれでは最低なお姉さんって思われちゃうじゃないですか!!」


「ミリアお姉ちゃん、抱っこしてもらってたの?」


「ち、違いますよ! だって私が律兎さんのスピードについて行くにはそれが一番効率が良いと言う話で、、、!!」


「・・・そうだね、効率は良いよね。1人に負担を押し付けることになるけどな。」


「ぐ! ぐぅうううう!」



思いっきり図星を突かれ、ミリアは苦しそうにしている。さっき俺の発言を笑われたので良い意趣返しになったな。

ちなみにスイナはオロオロ、小動物みたいでかわいいね。



「ま、いい加減森を抜けたいから2人とも乗せてくけどね。今度はスイナを抱えるからミリアは俺の背に捕まってくれ。」


「え、大丈夫なの?」


「平気平気、スイナくらいだったら大して変わらないから、もし無理だったらミリア置いてくしね。」


「冗談ですよね!? 置いてかれたら一瞬で餓死してしまいます!」


「食われるとかじゃなくて餓死なんだな。後一瞬で餓死はしない。」



さっきの障壁の強度を見ると確かに怪我することは無さそうだけど、サバイバル能力は今のところ感じたことはない。



「お願いしますよ。ほら、頭撫でさせてあげますから。」


「なんで俺が労う側なんだ。」


「でも前にお金払うから頭撫でさせてくれって言われたことありますよ?」


「そんな性癖持ちと一緒にすんな。」



意味わかんねぇな。

まぁ確かに透き通るように真っ白な白髪は指通しが良さそうだけど、俺は髪フェチではない。



「いいからこっち来い。・・・本当に襲われるぞ?」



真剣な声音で言い、そっと近づいて来たスイナを片手に抱えながらミリアを背負う。今まではお姫様抱っこで運んでいたので腕も疲れなかったと思うが、流石にこの状態では負担をかけることになりそうだな。・・・一番負担なのは俺だけど。



2人を抱えた俺は足に力を込めて飛び出す。

突然の急加速にスイナの掴む力が強まり若干苦しいけど、問題はないので速度を上げ続ける。

下半身で衝撃を吸収しながら上半身を微調整して揺れないように気を使う。これ以上腕の力を強くされたら窒息するからな!


次第に揺れない感覚を不思議に感じたのかスイナ恐る恐る目を開けて、流れて行く景色を楽しんでいた。



「あはははっ! すごいはやい! 魔法みたい!」



純粋な感想をあげているスイナにほっこりしながらスピードを維持する。

それで森の浅くなって行く方向に走って行くと、ふと思った。



「・・・あ、そういえばスイナはこの辺の森って詳しいか? 元の村?か知らんけどその方向を教えてもらえると助かるんだけど。」


「湖近くまではわかるけど、深いとわかんない。一回森を出ればわかるよ!」


「わかった、なら一度森から出よう。」



ちょうど良い、それならこのまま走って平気だな。



獣達を躱しながら森を駆け抜けていると、今まで感じたことのない匂いを感じた。



(泥? 湿度が高く感じたのは森の中だからだと思ったが、外に近づいても変わらない。)



確かミリアが魔大陸は気象が特殊だって言ってたな、それが関係してるのか?


その答えは森を抜けた瞬間にあらわになったのだ。



ーーーザザザザアァァァァ



ゲリラ豪雨を思わせるような土砂降りの雨が見渡す限りの広範囲に渡って降り注ぐ、一面茶色に染まった泥のみの大地。


遠くに存在する山も、長年雨に打たれているのか溶けてるかのようになっている。


森の出口に近づくにつれて地面は湿り気を帯び、木々は根腐れしていたが森を抜けた大地はそんなレベルではなかった。



「す、すごい雨ですね。」



遠くにいた時から雨音はずっと聞こえていたので2人にはカッパを渡しているがこの雨じゃあまり意味はなさそうだ。



「スイナ、ここら辺はずっとこんな感じなのか?」


「ううん、いまはだいりーうきで雨がやまないんだってー。」



だいりーうき? 大霖雨期(だいりんうき)かな? 言いづら。

つまり梅雨みたいなものか、この雨量の雨が降り続けるとは大変だな。



「スイナちゃんが住んでる村ってここから近いの?」



聞かれたスイナは雨の中を物怖じせずに少し進み、周囲を見渡す。

土砂降りの雨と流れるような泥沼によって地形なんか把握できそうもないがスイナは周りに目を凝らしていた。



・・・いやいや、流石にここら辺なわけないだろ。



こんな環境じゃあ地盤は緩いし、食糧調達だってままならない。

さらにざっと見渡した限り、環境に適応した魔物の存在もチラホラ存在する。

とても人の住めるような、、、



「うん! 少し歩けばあるよ!」


「めちゃくちゃ近距離!」



空を見上げても、黒く分厚い雲は晴れそうな気配は一つもない。


建物を建てても木は腐り、作物を育てようにも日の日差しがなければ育たないだろう。

どうやって生活をしてるんだ?



「少し歩くとね、おばばさまがこーちくしたおっきな結界が見えてくるからわかりやすいよ!」


「あぁ、なるほど生活できる一帯に結界を張って雨を凌いでいるのか。」


「おばばさまはすごいんだよ! スイナが生まれた時からおっきな結界はりつづけてるんだ!」


「それは確かにすごい。」


「でしょ!」



素直に褒めるとスイナはまるで自分が誉められたかのように胸を張っている。その可愛らしい様子に思わず頬が緩み、つい気安く頭を撫でてしまった。

ちなみに今は上に洞窟の残骸のような雨除けがあるのでフードをとっても問題はない。


スイナは最初驚いていたが、今は嬉しそうに目を細めてされるがままになっている。

最初の頃は疑心暗鬼になっていたためか顔は強張って口数は少なくなってしまっていたが、いまは持ち前だったろう明るさを取り戻してとても元気だ。



・・・それにしても生まれた時からか。



それが事実ならこの世界の魔法使いってやつは全員規格外の魔力を保有している可能性がある。

まぁ、結界は構築の仕方によって魔力の消耗を抑えられたり維持を道具で代替出来たりするわけだから不可能でもないけど、初期に投資する魔力が膨大になることは確かだ。

それだけでおばば様とやらが規格外の実力者なのは窺い知れる。



「ふへへ、りつとお兄ちゃんは手がおっきいね。」


「ーーぶっ!」



お、お兄ちゃん? 誰のこと言ってるんだ?


頬を引き攣らせながらミリアを見ると彼女はスイナを撫でている手を見つめていた。

その表情には、切なさのような悲しさなのかわからない暗い印象を感じさせる。



「ミリア?」


「・・・っ! す、すみません。少しぼーっとしていました。えっとなんでしたっけ? 確か律兎さんがロリコンの可能性があるってことであってます?」


「全然違うわ!! どこからそんな可能性を見出したんだよ!!」


「小さな女の子の頭を撫でて笑って喜んでいるところ・・・?」


「劣情からじゃなくて微笑ましさからだわ!」



ただ頭を撫でただけなのに要らない風評被害を受けるところだった。

これだから最近の世間は怖いんだよ。



「・・・スイナ、お兄ちゃんって誰のことだ?」


「りつとお兄ちゃんのことだよ? 優しくて暖かくてまるでお兄ちゃんみたいだなって思ったんだ〜。・・・嫌だった?」


「そんなことはないよ。」



そんな悲しそうな顔で見上げられたら嫌だって言いづらい。

まぁ小さな近所の女の子に懐かれたようなものか。

お兄ちゃんって言われるのはこそばゆくあるけど嫌ではないな。



「・・・やっぱり。」


「やめろよな! てか嫌なんて言えないだろうが!?」



軽口を言い合っているとミリアの暗い感じは鳴りを潜めた。

たぶん何か思うところがあったのだろう、ただ短い付き合いの俺に踏み込めることではない。



「・・・てか、こんな雨の中どうやって進むんだ?」



俺はポツリと疑問をこぼした。

地面は泥沼のようで踏み出せば足を取られて沈んでしまいそうだ。



「じゃあお手本見せてあげるね!」



スイナはそう言って雨避けからフードを被って飛び出した。


雨に濡れながらもぬかるんだ地面をものともせずに進んでいき、10歩ほど歩いた後にこちらを振り返って手を振っている。



「・・・足に魔力を込めてぬかるみを固定してるのか、、、随分と器用な魔力の使い方だな。」



しかも歩くとなると魔力を持続的に流し続けなければならないので少ない魔力量では魔力切れを起こして沈んでしまうだろう。

流動的に変化する物質の固定なんて、流れを上手く捉えられないと難しいのに、、、。



「長年豪雨に悩まされてきた地域特有の技能ですかね? 沼とかの湿地帯を歩くときに便利そうです。」



ミリアはとことこ歩いて行った後、沼に手を突っ込んだ。

白く綺麗な手が茶色く汚れていくが、少しぼーっとした後手を引き抜いて浄化する。


そして次には足に魔力を纏わせて泥の上を歩きだした。



「・・・は?」



まさかあの一瞬で魔力の運用と泥の流れを掴んだのか?

見た感じ魔力切れを起こすような兆候も感じられず、平然とスイナの元へと歩いて行った。



「すごーい! スイナあるけるよーになるまで2週間かかったよ!」


「ふっふ〜ん♪ 私大人ですからね。このくらいおちゃのこさいさいです。」



やめろやめろ、最後の人を追い詰めるようなことを言うんじゃない。

てか、スイナの2週間だって相当早い方だとは思うぞ。

これ感覚がものを言う技能に感じるからな。



「・・・どうしよ。」



ここで明かそう、俺は魔力操作が苦手なのだ。

てか現代魔術師でもなければ魔力なんて上手く使える奴なんていないわ。


かと言って俺だけこの場に残るわけにもいかないし、2人が余裕で歩いてる中、俺だけ沈んでも恥ずかしい。



・・・舐めるなよ、これでも修羅場を潜ってきた回数だけは多いつもりだ。



俺はその場に立って一度深呼吸を行う。

そして体から一ミリも感じ取ることのできない魔力を意識して(できてない)それを足に固めるようにイメージする。



「ふぎぎぎぎっ!」



わ、わからん、だけどなんとなく足に力がこもってきた気がする(実際込めてる)


魔力とはきっと感覚だ。目には見えないがあることは知っている。それなら後必要なのは度胸のみ!


俺は思いっきり大股で泥沼に一歩を踏み出した。



「うぉおおおおおー!」


「・・・え? 律兎さん!?」



雨音でよく聞こえない向こう側からミリアの叫び声か何かを聞いた。

俺は踏み出した一歩をあっけなく泥に取られ、そのまま顔面から泥沼へと突っ込んだ。

足は徐々にめり込んでいき、息ができない。

その苦しさは尋常ではなく、徐々に意識が遠のいて行った。



そして悟る。



・・・あ、俺死んだ。




・・・・・。

・・・・。

・・・。




「ーーーん! ーーーつとさん!」



・・・ん? なんだ?



遠くから何か聞こえる。


耳にキーンと響き、正直うるさい。

なんか体がグラグラゆすられて元々不安定な意識と相まってまるで洗濯機みたいだ。



「ーーつとさん! 律兎さん! 起きてください!」


「お兄ちゃん! お兄ちゃん起きて!」



両耳から聞こえる高めの声によってだんだんと意識が覚醒してゆき、俺は重い瞼を開けた。


目の前には見ただけで目が覚めるような美少女が2人。

ミリアはびしょ濡れになって慌てていて、スイナは目元に涙を浮かべていた。



・・・ふむ、なるほど。



「ここが天国か、、、。」



俺がそうポツリと漏らす。すると、俺の胸元にスイナが飛び込んできた。



「ぐはっ!」


「よかった〜! 息止まっちゃってたから死んじゃったかと思ったんだよ!?」


「うん、今の頭突きで息止まって死にかけたからね?」



肺から息をこぼして若干咽せる。

ミリアは心配そうにしていたが目覚めた俺にホッと息を吐いていた。



「まったく、魔力操作出来ないなら初めから教えてくれればよかったのに。」


「そんな女神様、死んでしまった人に対して辛辣じゃないですか。」


「誰が女神様ですか。」



さっきまでの安堵のため息が今度は呆れのため息へと変わる。


俺は自分の体をみると泥や汚れも一切なく、とても綺麗な状態で寝かされていた。



「浄化してくれたの?」


「流石に泥だらけの状態で放置できませんよ。」



申し訳ないね。


今の俺は上に岩がある雨除けまで戻されていた。

2人で頑張って泥から俺を引き抜いてここまで運んでくれたらしい。いやー、苦労をかけるね。


その際に浄化をかけてくれていたみたいでシャツやコートも新品みたいに綺麗になっていた。

替えの服とかいらなくていいね。



「・・・今まで走っていた時は魔力強化を行っていたわけではなかったのですか?」


「そんな器用なことできるか、できたらさっき渡れてる。」


「つまり、普通の身体能力であのレベルってことですか、、、律兎さんって化け物なんですね。」


「失礼な。」



別にあのくらい普通だろ。

俺の同僚どもだったらあの程度、息も切らさねぇよ。



「でもこの泥沼を渡るには魔力操作は必須ですし、、、どうしましょうか?」



ミリアが口元に手を当てて割と真剣に悩んでいる。

うーん、もうこのまま雨が止むまでここにいる? 地盤が固くなるとは思えないけどね。



「ちゃんと真剣に考えてます?」


「ん? 割とね。」



いやいや流石に俺のせいでこんな状況になってるのに他人事ではいられないよ。

解決策が思い浮かばないのは確かだけど。


三者三様に頭を悩ませていると、ミリアがポンッと手を叩いた。



「あぁ、私が律兎さんの分まで地面を固めながら歩けばいい話ですね。」


「いやそんな肩貸すみたいなノリで言われても、、、。」



可能か不可能で言えば可能だとは思うけど、その分魔力消費量は跳ね上がるので負担は倍以上になるだろう。

俺も頭には浮かんでいたけど現実的ではないと自然に否定してしまっていた。



「そっか! 村のおとなもちっちゃいこと沼を歩くときやってた!」



うん、今の言葉で恥ずかしくなってきた。

つまり今から成人男性の俺がちっちゃい子と同じように扱われるってことだよね?


・・・まぁ、出来ないんだから仕方ない話だけどさ。



「・・・・・大丈夫か? 結構魔力消費大きそうだけど。」


「ワイバーンに向かって投げ飛ばされるより100倍マシです。それに私、、、魔力量には結構自信あるんですよ?」



そう言ってミリアはニヤリと微笑む。そこには腹立つ笑みというよりはどこか妖艶さを感じさせるような笑みで少しドキッとした。



「ま、お前の魔力量は今更疑ってないけど大変じゃないか?」


「平気ですよ、肉体労働では全く役に立たないのでこのくらいは任せてください。」



トトトッと歩いて雨の中へ飛び出すと、ミリアはそのまま泥の上に降り立った。

足元には先程と違い魔法陣が展開され、二、三人は入れる程にまで拡張してくれる。


手招きをされたので俺は若干のトラウマを抱えながらも魔法陣の上に立つと、ふかふかの土に立ったような感触で足が沈むことはなかった。



「おぉ。」


「わぁー、ミリアお姉ちゃんすごいね。」


「だな。」



感嘆の声を上げたスイナに賛同しながら俺はミリアに近づいた。

ミリアは得意げに手を腰に当ててドヤ顔している。


相手にするのが面倒だったので「早く行こう」と手で促すと、少し不満そうにしたが、先導して歩き出してくれた。


だが、少し歩いた後こちらに振り返る。



「・・・えっと、どこに行けばいいの?」



・・・ほんとしまらねぇな。



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