喚ばれた剣聖ー4
ミリアにチョコを与えてご機嫌を取った後、夕飯の準備を始めることにした。
昨日でピザは食べ終わったけど、食料調達はしてないから今日もボックスから俺の秘蔵の食糧(菓子パン)を取り出してあげた。
ミリアはそれにも「パンがすごく柔らかくて味がある!」って喜んでたけど、この世界の食糧事情どうなってんの?
まぁ、野営で美味しいパンが食べられる事は少ないか。元の世界でもボックス持ってなかったらすぐ傷んじゃうから持ち運べないし、仕方ないのかな。
ほんと優秀だよな、このボックス。
・・・さて、腹ごしらえしたし問題が出てくる。後は寝るだけなんだけどもちろん見張りは必須。ではどちらがやるのか? 片方はもう1人を抱えて森の中をずっと走り続け、もう1人はずっと抱えられてるだけ、休むべきは明らかだね。
明らかなのだが、、、
「いや、ですから見張りしますよ。」
「う、う〜ん、お願いしたいんだけどさ。」
正直、不安だ。
いやだって戦ってる最中震えてるところしか見た事ないんだもん。
そいつを見張り立たせたところで役に立つのかって思うのは当然じゃない?
俺のそんな視線に彼女は胸を張った。
「ふふん、まだ私の上澄みしかあなたは知りませんからね。良いですよ、では見せてあげましょう!」
そう言って彼女はテントから少し離れたところで目を瞑り、静かに唱える。
「聖なる光よ、私は求める、満ちたる悪意から身を守る聖域を!『聖衛結界』」
唱えてる最中にミリアの足元に魔法陣が出現し、テントと俺が立っている場所まで広がったのち、結界が完成する。
足元の魔法陣くらいで目立った変化は見られないと思っていたが、よく目を凝らすとガラスの様に張り巡らされた透明の壁が存在していた。
「へぇー、随分と見事な結界だな、魔力がよく練られているし密度も高い。・・・これ結構魔力使うんじゃないか?」
「使ってるのですかね? 正直減ってる感覚があまり無くて実感が少ないのですよね。」
マジで? 規模としてはそこまで大きくはないけどここまで強固に形成された結界を維持するにはだいぶ辛そうだけどな。
だが、そんな本人は張り終わった結界に満足した様に腰に手を当てていた。
その様子を見るに疲れてもいなさそうだし、だいぶ自然体だ。・・・もしかしてこいつ結構すごいのかな?
・・・とりあえずこのレベルの結界があれば確かに俺も寝れそうだな。これが壊される様な衝撃が加えられれば流石に気づくだろうし。
「疑って悪かったな。確かにこのレベルならしっかり休めそうだ。」
「えへへ〜♪ そうでしょ? 防御には自信があるんです! だからほらゆっくり休んでて良いですよ。・・・あと、テントってもう一つあったりします?」
・・・え、見張りは?
「見張りの意味って知ってる?」
「知ってます。でもこの結界、寝てても維持出来ますので平気ですよ?」
それを聞いて俺は目を見開いた。
寝てても維持できるの? 魔法の維持にはかなりの集中力が必要だと聞いたことがあるけどこっちの世界では違うのかな。
魔術師は寝る時、どれだけ頑張っても集中が途切れてしまう。
なのでそれをなんとかしようと魔力を注ぎ続ける術具を作ったり対策してたと言うのに、それすらいらないとか常識はずれだな。
「・・・つっても、テントは一つしかないし、脅威は魔物だけじゃないんだから見とく人は必要だろ。」
ま、いくら寝ながら維持できるとは言ってもテントは一つしか持ってないからね。
別にキャンパーでもないし二つなんて持ってねぇよ。
「それもそうですね。」
「3、4時間くらいしたら交代するからそれまで我慢してくれ。」
「はい。」
それだけ告げて俺はテントに潜り込む。
外には椅子と机もだしてあるし、ポットとコーヒーも置いておいた。そこまで苦痛には感じないと信じたい。
(まぁ仮眠だし、騒がしくなったら起きりゃ良いか。)
ーー4時間後
「・・・。」
「スースースー・・・くか。」
とりあえずある程度の仮眠をとって外に出ると、キャンプチェアに丸まる様に寝ているミリアがいた。
・・・このやろう、見張りの意味を教え込んでやろうか?
ちなみに結界の外を見ると両腕が刃物になった毛がふさふさのペンギンみたいな奴がぐるぐるしていた。
おそらく、俺たちを襲いたいのだろうが結界に阻まれ、右往左往しているってところかな。
寝てるミリアにそっと近づき汲んであった水を頭からかけてやる。
「ひゃわわわわっ!」
「おーう、良い目覚めだな。お花畑っていう最悪な目覚めじゃ無くて何よりだよ。」
「・・・? お花畑はいい場所じゃないですか。」
「比喩だよ。」
実際お花畑かどうか知らないしな、見た事ないし。
「うぇえ〜、濡れちゃったじゃないですか。」
まさか本当に寝ても維持できることには驚いたけど、流石に反省してもらいたい。今は仮にも逃亡中だぞ。
まだ夜中なため辺りは暗く視界は悪い。
夜の森は人の恐怖心を大きく刺激する、、、っていうのによく呑気に欠伸できるな。
「ふぁああ、では代わり、、、うわぁ!! なんか変なのがいます!」
やっと目の前にいたペンギン?共に気づいたのか声を上げて驚いた。
そうだろうね、俺も起きてびっくりしたよ(お前に)
「り、律兎さん!! ど、どうにかして下さい!」
「お前がすれば?」
「戦えるわけないじゃないですか!!」
わかってたけどそんな自信満々に言われてもな。
まあ、ずっとウロウロされてもいやだけど、どうするか。
「なぁ、あれってうまいかな?」
「え、んー、鳥ですし美味しいのでは?」
確かに、ちゃんと血抜きしたりすれば食える、、、か?
殺気で追い払ってもいいけどこの先食料を取れないかもしれないし、今のうちに調達しとくに越したことはないか。
「この結界って中からは出れるの?」
「出れますよ。内側からは外に干渉し放題です。」
「何そのチート、遠距離持ってたら最強じゃん。」
「ですね。・・・私は持ってませんけど。」
なんだろ、後もう一歩痒いところに手が届かないのはなんなの?
ま、お墨付きもらったし一方的な狩りでもするか。
結界の側に近づき剣を抜く。
一方的なのは少し罪悪感があるけどこっちも命がかかってるんで悪いね。
俺が結界に近づいた瞬間にペンギン?共は回りながら飛びかかってくるが結界に弾かれ、こちらには届かない。
俺は飛びかかってきた瞬間に剣を振り抜き、ペンギン?の首を切り飛ばした。
・・・なんか最近首切ってばっかだな。でも、相手の体内構造がわからないことが多いから首切りが1番確実性が高いんだよ。
3匹のペンギンを処理して、どくどく垂れる血液を川に流す。
朝から赤い血を見るのは気分が悪いけどこういうのは早めにやらないと肉の味が悪くなる。
さてと、しばらくかかるだろうし朝飯でも用意するか。
「また菓子パンでいい?」
「はい! メロンパン食べたいです!」
「・・・頼むから手加減してくれよ? あまり数ないんだからさ。」
「そ、そんなに食べてません!!・・・よね?」
3、4個って少ないのかな?
菓子パンって買い溜めしとくものじゃないから在庫が少ない。
んー、異世界で材料集めて自分で作れる様に頑張るか。
・・・・・。
・・・・。
・・・。
再び森の中を駆け抜ける。
完全に昨日と同じ風景を流し見ながら荷物を抱えて進む。
ミリアは腕の中でウトウトしている、流石に失礼だと思ったのか必死に眠気と戦っていた。
ま、気持ちはわかる。
だって、何も起こらないからなー。
崖とか山とか沢山あるけど揺れないように回避したりしてるし、方向を見失ったりもしない。俺の方向感覚は樹海でも正常に作用するから。
・・・俺の唯一の特技ってやつだね。
なので行軍は安定してるからぶっちゃけ暇。俺はマラソンしてる気分。
だが、森というのはいつだって不確定要素に溢れている。過酷になっていくのはここからだろう。
気を引き締めていくとしますか、、、。
ーー1週間後
何もなかったよ!?
あれから魔物に遭遇することもハプニングがあるわけでも無く、ただ走って飯食って寝る。を繰り返し、ただただ真っ直ぐに進み続けた。
たまーに滝とか見つけて2人で観光したり、珍しい植物とかをミリアが見つけて採取してくれたりと本当にただのキャンプ気分だったな。
・・・流石に1週間と少し、結構な速度で森を駆け抜けたので若干木々の密度が薄くなってきた気がする。森を抜けるまで後もうちょいってところかな?
「・・・全然外れませんけど、これ不良品じゃないですか?」
「知恵の輪ってそういうものだから。・・・後ちなみにそれ難易度初級だからね。」
あまりにミリアが暇そうだったんで知恵の輪を渡しといて時間を潰させていたのだが難易度初級にもうかれこれ3時間はかかってるな。めっちゃ不器用だね。
そんな感じで森歩きに飽きてきていたところ、森の静寂に研ぎ澄まされた俺の耳が聞き馴染みのない異音を捉えた。
「ーーーッーー誰ーーーて!」
俺は思わず一度立ち止まり、音を拾うことに集中する。
・・・今のは確かに人の声だった。
「ミリア、今の聞こえたか?」
「あ、外れた。」
ようやく外れた知恵の輪に感動してる奴が聞こえてるわけないので一瞬聞こえた声に耳を凝らす。
すると、
「ーー誰か! ハァハァ! 助けっ! 助けてお姉ちゃん!」
大きな気配に追われている物音の中に小さな叫び声が聞こえた。
俺は弾かれるようにそちらへと方向を切り替えてスピードを全力で上げる。
ーーズガンッ!!
地面は凹み、空気を切り裂くような音を耳に感じながら疾駆する。
突然方向を変えて全力で走りだした俺にミリアは驚いていたが今は急な猛スピードに耐えていた。
(いやギリギリだぞ!? 間に合うか!?)
大きな気配に追われていた小さな気配は崖に阻まれ立ち止まってしまう。
まさしく絶体絶命だろう。
このままでは後少し間に合わない!
「ーーー仕方ねぇ! おいミリア!!」
「は、はい!!?」
「着地したら全力で結界張りやがれよ!!」
「え、待ってください! 少し説明をーーッ!」
彼女が言い終わる前に俺は抱えていたミリアを全力で小さな気配の前に投擲。こいつの防御の腕だけは本物だ、今はそれに賭けよう!
ーー
流石にダラダラしてて悪いなー、とは思っていましたけど流石にこんな扱いはあんまりだと思います!!
急な方向転換とスピードに必死にしがみついて耐えていたら今度は大声で命令された後に投げ飛ばされた。
ボールでも投げたのかっていうスピードで飛ばされ続け、ある切り開かれた崖が横合いに見えてくる。
この角度ならそのまま地面にぶつかるでしょう。
命令の意味は分かりませんでしたけど、私は取り敢えず全力で魔法を発動することにした。
・・・しないと死にそうな速度ですからね!!
(結界、・・・結界!!? 範囲魔法が必要ってことですか!? 発動する場所がわからないのでは無理に決まってるじゃないですか!?)
飛ばされながら頭を巡らせ、無理な注文になんとか応えようと必死に唱え始める。
「聖なる光よ! 守りたるは小さき命なりて! 女神様の守護を顕現せよ! 『光展障壁』!」
唱え終わると自分を中心とした魔法陣が広がり、着地と同時に周囲に割と大きめな円形の障壁が形成された。
・・・あれ? 何か一緒に入りました?
光展障壁は害をなそうとする存在、および悪意ある攻撃を防ぐ障壁を周囲に貼るのと同時に発動者が傷つかないよう光を薄らと纏うため、状況がわからない時は非常に利便性が高いのだ。
「・・・え?」
後ろから小さな高めの声が聞こえる。
ビクッと肩を震わせた後に、恐る恐る後ろを見ると綺麗な空色の髪を下の方でツインに結った少女がいた。
少女は突然目の前に現れた私に驚き、固まってる。
私はそんな少女を見て目を見開いた。
彼女は全身に細かい裂傷を負っていて、まさに満身創痍といった状態。
肌の見えるところに痣も見えるし、顔色も悪い。
すぐさま少女に向き直り、治療をしてあげようとしたがそれは少女を喰らおうと迫っていた巨大な魔物によって阻まれてしまう。
【ギャアアアアアアッ!!】
ギャギャギャリリィギギギギギギーーー!!
周囲に大きく響く獣の叫び声。
それと共に牙が立ち並ぶ巨大な口が障壁をガリガリ削っていく。
私は思わず耳を塞ぎ、その場で腰を抜かしてしまった。
「え!? 一体なに、、、あ。」
何が起こったのか状況を確かめるべく顔を上げる、上げてしまう。
そこには鳥のような巨大な嘴に全身を羽毛で覆われた竜。
一度街の周辺に現れれば軍が出動する程の危険生物『ワイバーン』が存在した。
鋭い猛禽類の目には獰猛な光が灯り、こちらに狙いを定めている。
「・・・あ、、、あぁ。」
私はその場に動けなくなった。
嘴の中に立ち並ぶその鋭い牙を見ると体がすくみ、立ち上がれない。
昔から死の恐怖に耐えてきた。
その感情に慣れることはなく、今では恐怖が近づくと震えが止まらなくなりその場で動けなくなってしまう。
今の現状はまさに絶体絶命で息が止まりそう。
魔法は発動者の精神状態によって揺らぐ。
今の私の状態では次の攻撃を防げるかわからない。
「だ、誰か、、、」
私の喉は自然と助けを求めようと掠れた声を絞り出す。
情けないが私には何もできない。私はただの被捕食者なのだ。
ついに終わりを迎えた、それだけの話。
だが、最近は何度も終わりが迫ってきていた。矢継ぎ早の終わりに絶望し、最後の望みをかけて召喚されたその人は私の終わりを遠ざける。
私をこんな状況に送った元凶、もとい命の恩人。
・・・私にできることなんてない。それなら、、、
「・・・律兎さん!! 助けて下さい!!」
私の叫びと同時に振り下ろされるワイバーンの凶爪。
だがそれが到達するよりも早く、横合いの森から人影が飛び出し、ワイバーンの眼前へと迫る。
「そりゃもちろん。帰してもらう約束だからな!」
彼はそのままワイバーンの目を斬りつけた。
【ギャアァアアア!?】
ワイバーンは目から血を吹き出させながらよろめき、数歩後退した。
そして彼は私の眼前に降り立つ。
「ナイス防御、あとは任しとけ。」
そう言って笑い、彼は振り返ってワイバーンへと歩いていく。
その歩みには決して恐怖など存在しなかった。
ーー
「・・・結構でかいな。」
ミリアが想像以上に上手く防御してくれたので俺は横合いから巨大な鳥の虚をつくことができた。
おかげで鳥はもう視界の半分は見えないだろう。
最初に視界を奪えたなら上々だな。
俺は右手の剣を握り直す。
巨大な鳥は横合いから現れた闖入者を警戒している。
だが、痛みによって激昂したのかすぐにこちらへと攻撃を仕掛けてきた。
気が短くて助かるね。
【グギャアアアア!!】
こちらを押しつぶそうと振り落とされる前脚。
俺はそれを横に飛び退いて躱し、そのまま膝を曲げて力を貯めた。
構えは居合い。
両足に力を込めて飛び出す!
ーーズガァアンッ!
轟音を轟かせながらすれ違い様に鳥の前足を一閃。
前足はそのまま吹っ飛び遠くの地面を転がった。
【ギギャギャギャギャ!】
「悪いけどパチモンの技だ。もしこれを『剣閃』の野郎が使ってたら10回は斬られてたぞ。」
俺は不敵に笑いながら告げる。
これは昔、同僚に教わった技の一つだ。
だがとても真似できるものではなく、俺が使えるのはただの速い横薙ぎ一閃。
破壊力はあるので大きめのもの斬る時にたまに使っていた。
【グギギギギギッ!】
鳥はこちらを睨むように唸った後、大きな口を開けて突進してきた。
俺は再び両足に力を込めて剣を下方に構える。
そして飛び出す、音を切り裂きながら相手に肉薄し、大きく開かれた口に向かって剣閃を放つ!
【ーーーギッ!】
鳥の短い悲鳴と共に頭の上顎と下顎が真ん中から両断される。
斬った範囲は剣の間合いよりも長く、鋭かった。
ーーズドオオン!
地響きと共に鳥は崩れ落ち、そのまま生き絶えた。
流石にこの状態で生きてはいないだろう。
ーーパキッ
「・・・ん?」
すると、手元の剣から変な音がしたので視線を向ける。
速度と衝撃に耐えきれなかったのか真ん中にヒビが入りそのまま折れてしまったようだ。
元々手入れはされていたが使い古されていた中古品だったし寿命が来たか。
こんな森中で武器を失うのは手痛いが無くなったものは仕方ない。
ま、ナイフ代わり位には使えるか。
俺は特に気にすることなく、ミリアの元へと向かったのだった。