喚ばれた剣聖ー38
「「「「・・・・・。」」」」
ど、どうすっか?
唯一の地上への帰還手段が絶たれてしまい、重い沈黙が広がる。
え、登るの? 登ればいいの?
「ご、ごめん。」
「・・・環境が変わるのは自然なこと、気づかなくても仕方ない。」
いやまぁぶっちゃけそう。
特に崖下なんて水とか溶岩とかあるだろうし落石なんて少しの地震で起きるものだろ。
・・・シューバードが飛び立った時の衝撃じゃないよね?
あれくらい上の出来事なんか関係ないか。
「どうします? 登ります?」
「・・・洞窟とかも見当たらないし何とか足場を見つけながら登るしか無いか?」
そう考えていると、スイが先の見えない暗闇を見つめていることに気づいた。
「どうした?」
「・・・水?」
そう言われて耳を澄ますが音も匂いもしない。
ミスルル族特有の感覚かもしれないな。
うん、まぁぶっちゃけ水なんてこちらに流れ込んでこない限りどうでもいいけど見に行ってみてもいいか。
「んじゃ行ってみるか?」
「えぇ、呑気すぎません? 水見てどうするのです?」
まさに水を差す一言。
別にいいじゃん、暇だしまだ方法も思い浮かばないしさ、気分転換で。
「ま、まぁ、水が通ってるなら洞窟もあるかもしれないし行ってみてもいいかもね。」
ハイルからいい意見が出たので向かってみることにする。そこまで遠くないということで近づいていくと少し周囲の気温が上がっていることに気づいた。
「これは、、、。」
少しの水と言うよりお湯ような香りを感じて立ち止まる。なるほど、水脈というより温泉か。
「ちょっと危ないかもな。下手に近づいてガス溜まりの可能性もある。」
「あ、あぁ、もしかして『ミューラ天望峡谷』の真下かもしれないね。」
「なにそれ?」
「・・・暖かい水の流れる最下流にある巨大な断崖絶壁。大小様々な浮島の一つ一つからも温水が湧き出る天望の地とも言われてる。」
すげぇ、めっちゃ見てみたいんだけど。
なるほど上から流れてくる温泉が今足元を流れてる感じか。このまま進んで安全かはわからないけど湧き出てるのが地上ならまだ平気かもしれない。
ーードパァァァァ、、、。
「ん?」
遠くの方から水が湧き出る音が聞こえた。
まさか、間欠泉か? 少し遠いがここまで聞こえるって事は割とでかいかもしれない。
ワンチャンそれに乗って地上、、、いや、夢見過ぎかな?
これほどの地下から間欠泉で地上なんて余程大きくなければ届かない。
「あ、間欠泉とかで上に登るのはどうですか!?」
ミリアから名案を思いついたとばかりに目を輝かせる。いや、さすがに無理だろ、と俺は顔を歪ませるが、他の二人はなるほどと頷いた。
「な、なるほど、天望峡谷の底はここに繋がってる。た、たまに底から上まで伸びるほどの湧き出る温水もあるからいいかもしれない。」
まじか、さすが異世界クオリティ。
それなら向かわない理由はない、と歩き出すと徐々に、徐々に周囲を熱気が包みだす。バボック山の焼けるような暑さと違い蒸すような張り付く熱気。
スチームだと熱気で肌に服が張り付き火傷するだろう。そこはいつも通りにスイに何とかしてもらう。バボック山の様に熱を中和する必要はなくて、蒸気を退かすだけで済むから魔力消費はだいぶ少なく済むみたいでこれなら数日は持つらしい。
「・・・着いた。」
超巨大な鍾乳洞の湖みたいに広がる温泉地帯。
底が発光しており、ライトアップされたかの様に幻想的な雰囲気を醸し出していた。
「おぉー、圧巻だな。」
「いい香りしますね。」
確かに、立ち上る湯気は硫黄臭いかと思ったがそこまで匂いは強くなく、香草を蒸したような香りを感じた。
「じょ、上流にあるハマユラっていう木の葉っぱの香りだね。流れ着いて底に沈殿したのが香ってるんだと思う。」
へぇー、何か専門家みたいに注釈が入るの凄い助かる。てかよく見ると動物の骨みたいなのも多く沈んでるな。
おぉ、真ん中とかにボコボコしてる間欠泉が見える。
そのあまりのでかさに俺は思わず声を漏らした。
通路はだいぶ前から壁面が濡れてたし、元々ここは水位も高かったのだろう。それがすべて上に押し出された感じか。
「まだ待ちそうだな。」
「・・・うん、予兆は感じ取れると思うから湧き出そうになったら教える。」
しゃがんでボーっと水面を眺めるスイがそう呟く。
・・・というかハイルなんか遠くね?
必ずスイと隣にならないように俺かミリアを挟んで歩くし、今も2、3歩後ろに下がった辺りに立ってる。
今は丁度時間も待ちだし後ろに下がってハイルに並んだ。
「・・・お前何してんの?」
「な、なななななななな何もしてないけど?」
何でそんなに吃ってんだよ、ガイアデルガに会ったときくらい吃ってんじゃん。
・・・ふむ、なるほどなー。
なんか時々スイにチラチラ視線を送ってるし、そういえば助けられたって言ってたよな。
「ははぁーん。」
「な、何を笑ってるの?」
俺はニヤニヤしながらハイルと肩を組む。
「いやー、わかるよわかる。意識しちゃった女の子に近づくのってドキドキしちゃうよなー?」
「ーーっ!? な、ななななななにを言ってるの!?」
「わ!? 何ですか、急に大声出さないでください。」
そっと話していたけどつい声が大きくなってしまったハイルに驚いて水面を眺めていたミリアに怒られてしまう。スイも急に叫んだハイルに驚いてこっちを見ていた。
その視線を受けてハイルは萎んでいく。
軽く謝っておくと抱えられたハイルが顔を真っ赤にしながら小さな声で責めてくる。
「そ、そう言うんじゃないから!」
「そうか? 別に恥ずかしいことじゃないぞ。スイは可愛いし要領も良くて優しいからな。一目惚れするのもわかる。」
「ち、ちちち違うって! た、ただ、つ、つい目で追っちゃうというか、、、。」
・・・意識してるからだろ。
あとチラチラ見るのって相手からしても普通に分かるらしいよ?
軽くそう伝えると、ハイルは前を向いてガチっと固まってしまった。まぁ無理やり話させるものでもないし気にかけても仕方ないけどいつまで一緒にいられるか分からないぞ?
せめて少しくらいは話せるようになっていたほうがいいと思う。ちなみにハイルはミリアとは別に話せてる。なんか薬とかの薬学の話しをしたり魔法の話をよくしているみたい。
この前盗み聞きしたら、「エルフって森に住んでるのですか?」「う、うん、基本は森だけど、派閥とかあって洞窟とか山にいる人たちもいるよ。」とか、「魔法はどういうの使うのですか?」「ぼ、僕は使えないけど、エルフ族は精霊魔法を主に使ってる。」とか話してた。
ミリアってコミュニケーション能力高いよな。
そのミリアさんはちなみに今、スイと湖面を眺めて「あれ何の骨ですかね?」「・・・あの顎の形状はベルドッキンかな。3つに割れた顎から毒飛ばしてくる。」「うへぇー、毒飛ばすのに3つに割れてる必要あります?」というほのぼの会話していた。
和むわー。
「・・・まぁ、今は一緒にいる仲間なんだ。それとなく話せるようになっといてくれ。」
そう伝えておくと、ハイルは驚いたように俺を見つめた。その鳩が豆鉄砲を食らったかのような表情に俺は不思議そうに首を傾げる。
「どうした?」
「い、いや、僕は君たちの仲間なの?」
「え? あー、嫌だったか? 成り行きとは言え何回か死の窮地を共に生き残ったし勝手に仲間意識抱いちまってたわ。」
確かに急に仲間と言われると戸惑うかもしれない。1人が好きかもしれないし、何より魔族と人間だからな。
そう思ったのだが彼は慌てたように首を振った。
「う、ううん! そ、そんなことないよ、、、た、ただ、僕なんかを仲間って言ってくれるんだって思って、、、。」
嬉しそうではあるが少し影のある引き攣った笑みでハイルは足元を見つめている。その笑みはとても悲しそうで寂しそう。
何か思うところがありそうだ。もしかしたら彼が一人でパルパンクにいた事と何か関係があるのかもしれない。
「・・・ねぇ。」
すると、話に集中しすぎていたからか気づいたら前にスイがいた。
ハイルはそれに驚いて「ーーひゅっ!?」と声を漏らして固まる。
「ん?どうした。」
「・・・あれ、卵ちょうだい。もしかしたら美味しく茹でられるかも。」
あぁ、観光地にある温泉卵みたいなものか。
「別にいいが、すぐには食うなよ? 毒性が強い可能性もあるからな。」
「・・・ミリアが治すって、あとこれミリアの提案。」
あいつまじで食いものに関しては鼻が利くよな。
やれやれとため息をつきながらボックスを開いて卵を何個かとネットを手渡しておく。
そのまますぐにミリアの元へ向かうと思ったが、スイはトトトっとハイルに近づいた。
「え、え、え?」
「・・・一緒にやろ? 眺めててもつまらないと思うから。」
スイはそう言ってハイルの手を取る。
彼は顔を真っ赤にしながら引かれるがままにスイのあとをついて行った。
あー、そういえばスイにもあいつの薬で何とかなった事を伝えてるしな、助けてもらったし信頼もされ始めたんじゃないかな?
感慨深く頷いているとミリアから「律兎さーん! 律兎さんも来てください!」と呼び掛けられた。
俺はそれにやれやれと苦笑しながら近づいていく。
大変だし、危険だらけでも、こいつらといるのは悪くない。俺はそう思いながら新たな仲間のところへと向かった。
ーーー
「・・・・・律兎さん、やっぱり見た目って大事だと思うのです。」
「うんうん。」
「たとえどれだけ美味しくていい匂いであっても、見た目が紫とか青だと食欲ってなくなるじゃないですか。」
「うんうん。」
「特に非常事態な今、体調を崩すのは大変危険だと思うのです。」
「うんうん。」
「だから、その真っ黒な卵を口に押し込めようとするのやめてください!!」
ーーグググッ
真っ黒に茹でられた卵をミリアに押し付けようと力を入れる。非力なミリアからは想像できないほどに必死に俺の腕をつかんで卵を食べるのを拒絶していた。
いや、予想通りだったよ? あの黒い見た目の卵を初見で食べるには勇気がいるよね。
でもあの食い意地の張ってるミリアさんだし、せっかく作ったから食べないわけにはいかないので黒くなってげんなりしていたミリアに食べさせようとしているのだ。
「平気だって、黒いけど味は普通の卵だから。」
「なら普通のゆで卵を食べたいです! ここならお湯を沸かさないで代わりにならないかなーって思っただけなんですって!」
「・・・お前、あんな死骸が沈んでる湖がお湯代わりにできると思ってたのか。」
まぁ、結構な高温だから菌が繁殖したりはしてないとは思うけど、見た目は悪いよ?
「体調崩したらどうするのです!?」
「お前、毒効かないだろ?」
「・・・・・・・・・万が一があるので、ハイルさんにしましょう。」
「えぇ!? む、無理だよ! なんか怖いから!?」
こいつ平然と人に押し付けやがった。
ハイルもこの黒い卵を食べるのは拒否感があるようで凄い勢いで首を振っている。
「あほか、ハイルは耐性があるだけだろ? スイは普通に駄目だしお前しかいないんだって。」
「律兎さん、律兎さんも効きませんよね!? お願いですから先に食べべべ、ーーモガっ!」
ずっとこのやり取りをしてても仕方ないのでぐっと力を入れてミリアの口に押し込んだ。
ミリアは「ぐっ!」と言っていたが吐き出すのは乙女としての意地か、それとも食べ物を粗末にするのは主義じゃないのか知らないが、諦めたようにもぐもぐと咀嚼を始める。
「・・・あれ? 普通の卵です。」
「だから言ったろ、普通の卵だって。」
色が黒いだけの普通の卵だとわかるとミリアはモクモクとハムスターのように卵を食べ始めた。
てか普通に食ってるけど本来ならもっと検査しないと危ないから。
一つ手にとって匂いを嗅いでみる。
・・・やっぱり香りがそこまで強くないな。
硫黄のような匂いもしないし、むしろ燻製みたいな香りがする。これもハマユラとか言う木の匂いなのかな?
ミリアに食わせた手前、食べないわけにはいかないので一口齧ってみる。
・・・うん、普通のゆで卵〜。何で香り消えてんの?
よくわからず首を傾げているとハイルとスイも一口食べ始めた。
「・・・?」
「ぼ、僕、ゆで卵苦手だった。」
約1名どうでもいい情報を伝えられる。あとスイ、微妙な顔しない。
そんなこんなで本当に軽めの軽食を食べていると、スイが間欠泉に視線を向けた。
それを見て俺もいよいよかと、心を落ち着かせる。
「・・・あと10分位で噴き出す。」
「ようやくか、だいぶ水位も上がってきたし、頃合いだな。よし、手順を確認するぞ。」
そう言うと3人は頷く。
俺も自分で手順を思い出すかのように卵を茹でながら決めた脱出方法を話し出す。
「先ずは、スイが湖面を固定しながら全員で間欠泉の中心まで向かう。そしたらそこでミリアが完全遮断の障壁を展開して噴き出すまで待機。噴き出したら俺が常に周囲を警戒しながら、浮上後着地点を探す。そんでハイル、これを渡しとくぞ。」
先端にフックが付いたワイヤーを射出する小型のフックガンを手渡す。普通のワイヤーでも切れることはなかなか無いが、これは魔術印で強度を底上げしているので切れることはほとんどない。
ハイルはフックガンを受け取って息を呑んだ。
「使い方はさっき教えたとおりだ。俺が教える着地点にそれを打ち込め。」
「や、やっぱり僕じゃなくて別の人のほうが、、、。」
この土壇場で日和り始めるハイルの肩に手を置いて真っ直ぐに目を見つめた。
「さっきもいったが、普通の動体視力じゃ高速で打ち上げられて落ちていく中、狙いを付けるなんて不可能だ。だからこそガイアデルガから逃げ切れる程の素早さを持つお前の動体視力が頼りになる。」
そう言うと彼は顔を青くして震えだした。極度の緊張と期待に押しつぶされそうなハイルに俺は笑いかける。
「心配すんな、失敗しても必ず何とかする。お前はやれるだけやってみてくれればいい。」
言い聞かせるように優しい言葉を心がける。
決して次の手が思いついているわけではない。でも、一つ欠けた所で死ぬ気もねぇ。
誰かが後ろにいてくれる、それだけで小さな勇気を振り絞れる事だってあるんだ。
振り返って今にも吹きこぼれそうな間欠泉を見据える、この崖下から脱出する一か八かの賭けに自然と笑みが漏れた。
「さ、気楽に行くとしますか。」
肩の力を抜いて、前へと歩み出る。
この深い深い闇の中の一つの光明、それを手繰り寄せるために命を賭けてみますか。




