喚ばれた剣聖ー31
「ーーひっく! どうして、俺の剣がとろかねぇー!」
「酔っ払ってるからじゃね? あとお前の武器は剣じゃなくて斧な。」
ふらつきながら振り下ろされた斧は力強く、それだけで床をぶち抜いた。
・・・無茶苦茶すぎるだろ、地下だったら真っ逆さまだろうが。あ、だからこいつ一階にいるのね。
それなりに速いが大ぶりな攻撃なんて当たるわけもなく、がら空きの胴に向かって剣をぶち当てる。本気だとまっぷたつにしちゃうからね、さすがにそこまではしなくていいか。
脱力と呼吸、全身の体重を込めた一撃。相手の肋を割り、内臓は破壊しないように努める。そのまま酒浸りの何とかは滑るように崩れ落ちた。
そして懐を弄って鍵をいただく。
「いただきー、良し、じゃあこのまま下にでも、、、。」
奪うものも奪ったのでそのまま地下へ向かおうとしたが、近づいてくる気配に気づいた。
気配の人物は足音を消すこともなく一直線にこちらへ向かってきている。
見つからないように下に降りても良かったが、あまりに迷いなく歩いてくる様子に違和感を抱く。
少し興味が湧いたので、待ち受けてみることにした。
「・・・まさか、お待ちいただけるとは。お初にお目にかかります、私『プラズ商会 商会長 アムル・カザナ』と申します。」
銀色の髪と琥珀色の瞳を持った壮年男性。
貴族のような礼装を纏い、鋭い目と横に伸ばされた髭が特徴的に写る。
「・・・ご丁寧にどうも、律兎 八九楽だ。」
「おや、挨拶を返してもらえるとは思っていませんでした。」
アムルは人の良さそうな笑みを浮かべているが目だけは常にこちらを見定める様に細められていた。
・・・にしても商会長か、護衛も伴わずに目の前に立つ度胸と居場所をわかって来たかのような異質さ。普通じゃないな。
「それで、何のようだ?」
「たまたま通りがかっただけ、、、は、通じないでしょうね。率直に申しますと、手を引いては頂けませんか?」
そう言って彼はこちらに手を差し出してくる。
俺はそれを胡散臭いものを見るように見つめていた。
・・・手を引けっていうのは今俺たちが行っている侵入と解放についてだろう。
こういう交渉事は得意ではないが、したことがないわけではない。ただ、それにも事前の知識と情報が必要なんだが、、、本当に尽く準備不足だ。
「悪いがそういうわけには行かないな。こっちにも理由がある。」
「でしたら月獣族の少年を解放し、貴方がたを追わないと約束いたします。それでいかがでしょう?」
相手の提案に眉をしかめた。
上手い提案だな、こちらの望みを的確に捉えてる。
「・・・へぇ、俺達がギータを保護してる事は知ってるんだな。」
「少し考えれば分かることです。兄の方を餌にして一匹とあなたが釣れたなら、目的や私たちと敵対する理由くらいはね。」
相手は至極当然とばかりに頷く。
まるでこっちの情報をすべて手に入れてるかの様子に冷や汗が頬を伝った。
まずい、向こうのペースにのまれる。
「まぁ、貴方方が釣れたのは予想外でした。それもアゲルデを撃退してのける程の強者。・・・私も目先の利益に囚われ、不確定要素の多い賭けをしてしまったものです。」
そう言って残念そうに胸を下ろす姿勢が胡散臭い。
それすらも予定通りであるかのように感じてしまうのはそう思うように誘導されているからだろうか。
「さて、私のご提案に関しては検討いただけますか? 何も悪い話ではないと思います。」
「・・・お前等に利でもあるのか?」
「いえ、ございませんよ。私の欲張りで被った被害を最小限に抑える為に切るだけです。さすがにオークションに何も出品できないのは厳しいですからね。」
アムルは苦笑しながら胸に手を当てる。
さて、どうするかな。
相手の言葉を額面通りに受け取るならこちらに損はない。むやみに戦う必要もなくなるし、こっちの被害だって抑えられるはずだ。いいラインだと思う。
・・・うん、信用ならないね。
「悪いけど、あんたらの隠してる商品ってのはあの部屋だけじゃないはずだ。そんなに大きい部屋でもなかったしあそこ一つじゃ限界だろ。」
なのでこちらも手札を一つ切ることにした。スイが盗み聞いた話だとこいつらはまだ管理してる部屋があるはずだ。
「・・・どうでしょうね。」
「誤魔化さなくていい、お前はあの部屋にそれほどの価値を見いだしてない筈だ。それに切るとか言ってるが一度自分の商品と情報を投げ売ってまで捕まえようとしたあいつに手出ししないとも思えない。」
相手は笑顔を潜めて無言でこちらを見ている。
おそらく今頭の中では自分の情報と俺が話した予想からこちらの手札を予想し始めているのだろう。
だが、今ならペースを持ってこれる。
「・・・仮に俺がお前の提案に頷いたとする。もしかするともう手は回し終わってるんじゃないか? アゲルデ以外の俺と森精仮面を捕まえる方法をな。」
そもそもギータを餌にしてでも捕らえようとしていたんだ。たかだか一つの不確定要素に計画を狂わされただけでこれ以上の対策がないとは考えづらかった。
つまり奥の手があると思ってる。
「っふ、どうでしょう?」
先程までの値踏みするかのような視線から猛禽類の様な鋭い視線へと変貌する。どうやら今度こそ敵として認識されたみたいだな。
「それに、俺が見た管理部屋には人間の奴隷はいなかった。他の場所に大勢でまとめているのか、それともいないのかは知らないが価値がつかないとは思えないな。俺だってお前からしたら商品としての価値がついてるだろ?」
「くっくっくっ! よく回る頭ですね。」
楽しそうに笑うアムルを見ながら周囲の気配を全力で調べる。近づいてくる気配はなかったが下の階で速く動く気配を感じた。
「では、交渉は決裂ですかね?」
「だな。」
お互いに黒い笑みを浮かべながら笑い合い。律兎は溶けるように地面へと消える。
アムルは少し驚いた顔をしていたが、一つ納得したように頷いていた。
・・・あの場で殺すこともできた。ただ、護衛も伴わずに来たことに違和感を感じる。
何か隠し持ってやがるな。
一つ勘のような確信と、寒気を感じて逃げることを選択する。
手の内はバレたが元の世界では有名な話だし対策もよくされてきた。そこまで焦ることではない。
その判断は後々英断であったと言えた。
ーーー
床をすり抜けて逃げた男を見送り、アムルはその場で笑みを浮かべていた。
「逃げられましたか、随分と勘が鋭い方でしたね。」
笑いながら指に着けたリングを触る。
『反発の指輪』
所持者に危害が加えられた際に周囲を爆発させる。威力は高いが周囲を巻き込んでしまうため特攻やテロ行為に用いられることが多く、製造及び所持が禁止されている代物。
だからこそ周囲に仲間を置かず、たった一人で刺客のもとに出向いたのだ。仲間を捨てるような会長だと裏切られる可能性が高まりますからね。
「ふむ、逃げたのは下の階、、、。あぁ、豪腕と色呑みから鍵を奪った連中と合流するつもりですね。」
指に着けたもう一つの指輪が輝く。
『妄執の指輪』
自分が目印を付けた代物の場所を常に認識する。目印の制限はあるが汎用性は高く、追跡や諜報によく使われていた。
ある程度の状況を理解し、今のところイレギュラーが起きていないことに笑みを深くする。
むしろ、あまりに彼の目論見はうまくいっていた。
「くっくっくっ、是非ともエルフの彼を里につれて帰ってください。その日が楽しみですよ。」
そう言い残して振り返るとそこに一人の少年が立っていた。少年は細身で酷いくまとボサボサの髪を適当に伸ばしている。そして、その手は鎖につながれていた、、、。
隠し持っていた指輪も策も破られそうなときに使う最後の奥の手。
その胡乱な目は静かにアムルを見つめている。
「あぁ、安心してください。貴方の出番はもう時期ありますよ『吊るされた男 グニド』。」
すれ違う時に肩に手を置いて、そのままアムルは立ち去る。その場にはグニドと呼ばれた少年が一人残された。
「・・・・・死にたい。」
窓から覗く暗い街並み、それを漆黒の瞳で見つめ、グニドはアムルに連れ従う。
ーーー
「お、ととと?」
降り立った場所は集まっていたらしい商会員連中の真ん中で突然天井から降りてきた俺に視線が集中した。それを照れたように笑いながら頭を掻いていると、、、
「「「捕らえろー!!」」」
「そーなりますよねー!」
真正面から斧を振るってくる馬の獣人の懐に入りこみ、持ち上げる要領で後ろに投げ飛ばす。そのまま真っすぐ進み、捕らえようと手を伸ばしてくる連中の手を流してお互いに掴みかかるように引っ掛けて蹴飛ばしといた。
流れでもう数人適当に対処すると、包囲を抜けられたのでスイとかに合流しようと走り出す。
「んー、気配はこっちか。」
上で覚えといた気配を頼りに進んでいると前から勢いよく走ってくるボロボロな服を着た森精仮面(仮面どこやった?)と、その肩にミリアが担がれていた。
スイはと言うとその一歩後ろから付いてきていたが何処か息を切らしている。
「おー、いたいた、鍵手に入ったー?」
「そんな状況じゃないです! 助けてください!」
「な、何で、場所がバレて、ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ!」
それだけで何となく事情を察することができたので逃げる3人とすれ違い、剣を抜いて後ろからの追跡者に振り下ろす。
ガギィイインッ!!
「よぉ、一昨日ぶりだな?」
「ーーっ! もうここまで来たか。」
悪い笑顔で上から抑え込む俺と下で防ぐ騎士風のアゲルデ。完璧に俺の方が悪役に見えるなー。
「その言い方は俺が上で暴れてた事を知ってそうだな。」
「来るはずだった兵士が来なければ確認位はする。」
ははっ! そりゃそうか。
上から抑え込んでいるが、単純に腕力だけで抑えているわけではない。腰の落とし方や腕や剣の角度を意識して全身の力が乗るように押し込んでいる、アゲルデは脂汗を流しながら片手で耐える。
しかし、長くは続かなかったのか、腰を落として後ろへと逃げた。
それを追うように追撃、点の攻撃を意識して突きを挟み、その後剣戟につなげる。
そして、そのさなかに剣を横にふるい、相手は上手く剣を軌道上に置くが、、、
ガィイイイイイン!
「ーーっつ!?」
鈍く響く音が響き、アゲルデは硬直する。そのまま動くことができなくなったアゲルデを斬りつけた。
「・・・貴様、この前と動きが違うな。」
「同じ相手が同じ手でくると思うなよ?」
剣王は多彩な剣技を学び、自分の技とした剣士だ。
戦う際はその場に適した技と型を用いて戦い、何度戦った相手であっても対策されても常に変わる剣技に対応するすべなしと言わしめた。
豪快な見た目に反して繊細な剣技を扱う剣技の王。
刃引きされた剣なので斬れてはいないが強い衝撃が体を襲ったはずだ。ふらつく足取りで再び剣を構えるアゲルデに対して、今度は剣を下に構え、全身を深く落とす。
左右に体を揺らしながら飛び出し、下から剣を弾き、腕のない方から剣を叩きつけた。
「ーーずぁあ!」
アゲルデも血を吐きながら剣を振るう。
それをキィンッ!と甲高い音で流して顎に向かって跳ね上げた。
それをモロに受けてアゲルデは後ろに倒れこむ。
「ーーっは! はぁ、はぁ、はぁ、、、! 何だ、お前は何なんだ!」
「ん? あぁ、自己紹介? 初めまして、七剣が一人、剣聖 八九楽 律兎だ。」
「・・・しち、、、剣? 聞かない、、、名だ。」
だろうな、むしろ知ってたらビックリだよ。
脳が揺れているのかもはや立ち上がる素振りすらない。
後ろで顛末を眺めていた3人も決着を予感してそばに来た。
「「「・・・いや、苦労返して。」」」
「え、何で少し非難げなの?」
俺のところに来た全員が呆れた半目を向けてくる。
助けてあげたし褒めてくれるかと思ったら何で? そんなに苦戦したのかな?
「・・・やっぱりまだまだ遠い。」
「も、もう一方的な暴力だったね。」
まぁ、強くはあったが人間の範疇に漏れるほど理不尽には感じなかった。流石に八ツ首と同格が何人もいたら困るでしょ。
ーーぴくっ
振り返って静かに懐に手を入れていたアゲルデの腕を斬り飛ばす。驚きに目を見開いているが、歯を食いしばりながら膝立ちで叫ぶ。
「自絶壊魂ッ!!」
魔力の急激な高まり、魔力の膨張に耐えられず肉体はひび割れ隙間から光が溢れ出す。
「ーーっつ!? そこまでやるかよ!?」
嫌な予感をヒシヒシと感じ、即座の判断が求められる中、ミリアが飛び出し前に障壁を張った。
ーーッチ! ズガアアアアアアァン!!
一回の明滅のあとに大音量の爆音が轟き、業炎が巻き起こる。流石にこの爆発では地下すべてを燃やし尽くしてしまうと焦るが、業炎はある一定の距離まで伸びると燃え広がらなくなった。
「・・・は?」
思わず気の抜けた声を漏らす。
業炎の先に目を凝らすと別の障壁が見えた。つまり、ミリアが外と内に二重に張り、2層の内側のみに爆発を集中させたという訳だ。
いや、そんなことできんの!?
ミリアの凄さに目を見張っていると、彼女はギギギっとこちらを涙目で振り返る。
「・・・・・律兎さん、やっちゃいました。」
「お、おう? 何がだ?」
「円形のドームを2層で貼って2層目でだけ爆発させましたよね? ここは地下というより街の最下層で一番内側の私たちの周囲が焼け落ちたらどうなると思います?」
そこまで言われてしまえばすぐに理解できる。
ポカンとした顔を彼女に向けると涙目で指を立てられた。
「ごめんなさい。」
「いや、悪くないけど、悪くないけど! 何とも言えねぇぇぇぇ!」
床が抜け落ち、漆黒な崖下が顔を覗かせる。
手段は思いつかずにそのまま俺たちは深い、深い闇へと飲まれていくのだった。




