喚ばれた剣聖ー16
「ーーフロート・ベンギッシュ!」
ミリアはその人物の名を大きく叫んだ。
私はその名前に聞き覚えがあり、目を見開く。
「・・・『二代目勇者』?」
「おやおや、随分と嫌われてますね。・・・どこかでお会いしましたか?」
フロートは馬鹿にする様に笑みを深くする。
その目から嘲り、余裕、侮蔑が見て取れた。
「ーーよく知ってますよ! 魔王討伐に向かう最中、旅の仲間を全員殺し、行く先々で人も魔族も殺しまくった大罪人です!」
彼の所業は私達魔族にも語られる。
魔族を絶対悪とし、立ち入った村々を全て鏖殺。
庇った人間も、悪行を犯した人間も、自分が不快に感じたもの全てに手をかけた化け物。
「・・・やれやれ、ゴミを無くすことのどこが悪い事です? むしろ褒めてもらえる事ではないですか。」
「ふざけないで! あなたに善悪があるわけない!」
ミリアは激しい怒気を飛ばす。
彼女は普段グータラでありながらもとても優しい心根を持っていた、その彼女がここまで怒気を抱くとは思わなかった。
「まぁ貴方にどう思われようが興味ありません。・・・ただ貴方もゴミの様です。私の前から消えてくれませんか?」
フロートがそう呟いた瞬間、彼の背後に魔法陣が出現。
そこから大きな氷塊が作られ、そのまま射出された。
ーーズガァアン!
壊れる様な轟音と白い障壁がぶつかる。
思わず目を瞑ったがこちらに衝撃が来ることはなかった。
「・・・・・随分な魔力量だ。そこまで大袈裟に込められた障壁は破りづらいものです。」
男は呆れた様に肩をすくめる。
ミリアは冷や汗を垂らしているが、魔力が揺らぐことはない。
「・・・ですが、どんな魔法にも破り方はあります。」
いつのまにか間近に迫ったフロートがそっと障壁に手を添える。
すると障壁は解ける様に崩れ去った。
「・・・そんな。」
「面白かったですよ、防がれたのは久々ですから、では改めてさようなら。」
男はこちらに手を向ける。
それに対してミリアはただ不敵に微笑んだ。
「・・・その笑顔は不快ですね。気でも狂いましたか?」
「痛みがなくなりました。・・・バトンタッチです、律兎さん!!」
その叫びと共に現れた律兎は彼女の背後から飛び出し、フロートに斬撃を浴びせる。
私は目を見開いた。
「・・・ったく! 随分と嫌らしくなりやがったなぁお前!」
「どうも、どこかの誰かさんのおかげですよ。」
私達の前に律兎が降り立つ。
ミリアは落ち着いてもう一度障壁を張り、律兎は前方を鋭く睨んだ。
ーー
・・・なんだこいつ?
俺はイマイチ状況が読み込めてないが、前方を睨みつける。
男は俺の斬撃をしっかりとガードし何事もなかったの様に立っていた。
ピリピリと嫌な感覚がする。
戦う前からわかる、こいつはやばい。
人殺しに慣れた嫌な匂いがしやがる。
「ふむ、剣士ですか。・・・直前まで気配を感じることができませんでした。随分と隠れるる事がお上手ですね。」
「・・・お前は、なんだ?」
そう問いかけると、男は軽く驚いた様に目を見開いた。
「おや? 私を知らない方に久々にお会いしました。では自己紹介を、、、フロート・ベンギッシュと申します。」
男は恭しく礼をした。
その礼は貴族がするように丁寧で完璧であった。
・・・だがその目には深い深い闇がのぞいている。
「それにしても貴方もゴミを庇うのですね。」
フロートと名乗った男は軽蔑の眼差しを向ける。
・・・ゴミってスイとミリアのことか?
「・・・悪いが、俺には眩しすぎるくらいだよ。」
呟きと共に剣を取り出す。
手には『厄羅』、最初から全力で行く。
男は俺の手に握られる剣を見て目を輝かせながら笑った。
「素晴らしい剣です! 深い力を感じる、震えますよ。」
「そのまま痙攣でもしててくれよ!」
勢いよく飛び出して、フロートに剣を振るう。
だが、その剣は空を斬り、男は姿を消した。
「・・・その剣を防ぐのは難儀しそうです。卑しい魔法使いらしく戦いましょうか。」
螺旋状に現れた焔の球がガトリングの様に放出される。
それを走りながら躱し続けるが、うまく退路を阻まれ、一発斬り裂くことになった。
ーージュウウウッ!
「ーーっつ!」
確実に斬り裂いたが熱が伝播し腕に届く。
炎が肌を焼き、痛みで涙が滲む。
・・・くっそ! 前の魔法使いとは別物ってわけか!
前にあった魔王軍の魔法使いは拍子抜けだったが、こいつの魔法は前の世界に存在した魔術師を彷彿とさせる。
その厄介な強さはよく身にしみていた。
瞬きした次の瞬間には男の姿はなく背後に気配が膨らむ。
弾ける様に体を回し、横薙ぎに一閃!
「・・・残念。」
捉えたのは泥の塊。
途中まで進んだところで固まり、動かせなくなった。
「終わりですね。」
ーーパンッ!
手の合わせると同時に両脇から漆黒の炎が現れ、こちらを押しつぶす。
「・・・幻渡り。」
ーーズボォオオオオオオ!
「では後始末を行いますか。」
倒したと勘違いした男の背に向かって飛び出す。
一度霊界に体を移し、泥塊と炎を回避。
男は背後から迫る俺に目を見開いた。
一瞬の虚を突き剣を振り抜き、相手を腹から両断。
宙空に男の上体が舞い上がり、血飛沫が飛ぶ。
・・・殺せたか?
嫌なフラグを立てて見つめていると、宙空に飛ばされた男の顔が不気味に歪む。
それに背筋が寒くなるのを感じる。
「・・・『戻れ』」
一言の呟き、、、。
まるで巻き戻しの様に上半身が下半身に吸い寄せられ、そのまま繋がった。
「・・・なんだ、、、それ。」
本当に人間かよ!?
驚きで固まってしまった俺にフロートは肉薄、手に青白い光を携えこちら突き当ててきた。
体の中心を狙った一撃をギリギリで捻って躱そうとするが避けきれずに脇腹へと光が触れる。
ーーグボンッ!
光に触れた部位がそのまま吹き飛び、血が溢れ出す。
激痛に意識を失いそうになるのを歯を食いしばりながら耐え、相手と距離を取った。
「ーーっつあぁ!」
脂汗が垂れ、地面にシミを作る。
目の奥がチカチカ明滅し、思わず膝をついてしまった。
その様子を見てフロートは嬉しそうに笑った。
「おやおや、お辛そうですね。楽にしてあげましょうか?」
「ーーっつ! ざけんな、、、このくらい、根を上げるほどじゃねぇよ。」
精一杯の見栄を張りながら剣を支えに立ち上がる。
だが、正直ダメージが大きい、このまま長期戦を続けるのは不可能だ。
息を吸い込み、地面を蹴って駆け出す。
そのまま相手を斬るべく、剣を振るうが目の前に突如として出現した岩に遮られる。
剣を引き、何度も何度も剣戟を浴びせるがそのことごとくを封じられ、攻めきれない。
すると、相手はこちらに合わせて岩から棘を生やして反撃してきやがる。
受け流しながら進もうとするが、脇腹のダメージがデカく満足に踏み込めない。
いや、、、それだけじゃない。この冷気で満足にいつもの動きができていないんだ。
「ーーっつ!」
棘を回避した瞬間に脇腹に激痛が走り、思わず目を閉じてしまう。
その一瞬で相手はこちらの視界から姿を消した。
背後から声が響く、、、
「ーー『序章 うつろい』」
一言の呟きに応じ、景色が一変した。
氷しかない地面が急な一面の花畑へと変貌、体の痛みも消え、思わず立ち尽くす。
それがこの魔法の効果だと気づいた瞬間自分の脇腹を殴り無理矢理意識を切り替える。
「・・・無茶をしますね。では『第二幕 惨劇』」
花畑が再び一変次の瞬間自分の足元には血の池が広がっていた。
・・・なんだこの魔法、頭がおかしくなる、、、領域を作り出しているのか?
ーードポン
遠くで血の池に何かが落ちる音が聞こえる。
音は徐々に大きく、多くなっていた。
目を凝らし観察すると、それは死体であることがわかった。
多くの死体が空から雨のように降り注ぐ、当たれば致命傷は間違い無いが何より気味が悪かった。
全てを避け続けることはできないので剣を振るいながら掻い潜り続けるが、嫌なダメージが蓄積されていく。
「・・・そして『第三幕 怪奇』」
真っ暗な闇へと落ちた空間から青白い手が生えてきて掴み掛かってくる。
その腕に足を取られ、遠くに投げ飛ばされ、殴られ、叩きつけられた。
口が切れ血の味が滲み、吐く唾が赤黒く染まっている。
片目には血が入ったのか視界までも赤い。
「『第四幕 堕落』」
ブラックアウト、俺は今度こそ意識を手放してしまうのだった。
ーー
律兎さんが巻き込まれた黒い空間がひび割れ、次には血だらけの状態で地面に倒れ伏した律兎さんとフロートが姿を表した。
生きているのかすら怪しい状態で、ぴくりとも動かない。
「・・・律兎、さん?」
自分の喉から掠れた声が漏れ出る。
その呟きに反応したのは不気味に笑う元勇者
「希望が潰えましたね。えぇ、えぇ、さぞお辛いでしょう、か細い光に手を伸ばすからそうなるのです。・・・やはり光は大きくなくては仕方ありませんね。」
「・・・だから、魔族を殺すってこと?」
「いえいえ、悪意ある者全てです。悪意とは個体差があるから生じるのです。全てをフラットにしなければ無くすことはできません。なのでまずは個性の塊を排除して回っているのですよ。」
本当に何を言っているのかわからない。
狂人を理解することはやはりできそうに無いし、する必要もなさそうだ。
チラリと律兎さんに視線を飛ばす。
いまだに動く気配はない。
・・・まさか、、、いや、そんなわけない。
私の視線に気づいたのかフロートは薄く微笑む。
「期待しないほうがいいですよ。まさか、第四まで行くとは思いませんでしたが、終幕までは行けませんでしたね。」
彼は依然と余裕の態度を崩さない。
よほど自分の力に自信があるのだろう。
私は攻撃魔法が使えない、身体能力だって平均より劣る。
守ることはできても戦えない。
歯噛みしながら相手を睨んでいると、腕の中にいたスイがもぞりと抜け出した。
「スイさん!?」
彼女には治癒魔法をかけたので傷は一切ないが体力は大きく消耗してる筈だ。
まだ歩ける状態じゃない、それだけあの剣に近づくのは危険なのだ。
「ーーっつ! 大丈夫、もう動ける。」
そう言って彼女は前へ歩き出す、だがその足取りはおぼつかず今にも倒れそうだ。
フロートはその様子に不快そうに目を細めた。
「・・・ふん、蛇1匹に喰われかけたゴミに何ができると言うのです。そのまま這いつくばっていれば楽に終われましたよ?」
フロートはつま先で地面を2回叩く。
その動作だけで周囲にいくつもの魔法陣が展開された。
当たり前のように無詠唱、それに展開が恐ろしく早い。
過去の魔族はこんな化け物と相対していたのか、、、。
「・・・まけ、、られない。」
「・・・ふむ、それは自尊心からですか? 随分と自信がありますね、貴女程度の者なんて吐き捨てるほどいましたよ。」
スイは苦しそうに顔を歪める。
「・・・私は、助けなんて、いらない。」
「ふはっ! 何を当たり前のことを、助けられた時点でその者の底はしれてるのです。あなたも然り、自分すら守れないゴミに何ができる。」
なるほど、彼女が立ち上がった理由がわかった。
わかったからこそ私は張ってある結界を強化して内側からも出れないよう結界を張り直した。
スイはそんな私の行動に瞠目した。
「・・・何をしてるの?」
「行かせません、それは自殺行為です。」
強い意志を込めて相手の目を見返す、その目を見てスイは顔を歪ませた。
「・・・私が、負けるってこと?」
「はい、こんなの勝ち目はありません。」
「・・・そんなことない。」
「無理ですよ、律兎さんが負けたんです。私達では力不足です。」
「・・・違う! 一緒にしないで、私は貴女と違って戦える!」
その日初めて彼女は大きく叫んだ。
ただそこまで言う気はなかったのかスイは慌てて口元を押さえる。
・・・確かに私は無力だ、戦うこともできず、律兎さんの援護もできない。
でも一つだけ決めてることはある。
「はい、私は戦えません。度胸もなくて、怖がりで、死ぬのなんて死ぬほどごめんです。・・・だから、貴女の力を貸して下さい。」
私は頭を下げてお願いする。
情けない、みっともない、助けると言えない自分が腹立たしい。
でもそんなの百も承知、だから今は今できることを!
スイはそんな私に目を見開いて固まった。
「・・・・・ごめん、私が間違ってた。・・・ミリア、私も貴女を助けたい。だから、、、力を貸して。」
スイも同じく頭を下げた、その目に先程のような暗さはない、私はその事実に微笑んだ。
「・・・はい! 行きますよ、スイ!」




