喚ばれた剣聖ー1
「・・・勇者様、お願いです。助けて下さい。」
・・・・・
・・・・
・・・
遠くから響くようなか細い声、その声に誘われるように俺は目を覚ました。
「・・・え、何ここ?」
突如として目を覚まし、痛む上体を起こしながら周囲を確認する。
そこは見渡す限りゴツゴツした岩肌に覆われた洞窟のような広間で、等間隔に並べられた松明の光によって視界が確保されている謎の空間で俺は目を覚ました。
「勇者、、、様?」
「は?」
すると、先ほど寝てる時に聞こえて来た声が耳に届く。
そちらに視線を向けるとこちらに向かって祈るように手を組み、目に涙を浮かべた白髪の女性が驚き、目を見開いた姿勢で固まっていた。
彼女は純白のローブを纏っているが煤や泥に塗れ、白の清廉な印象は見る影もない。
そんな彼女は俺が返事を返したことに喜色満面の笑みを浮かべ、、、
「ゆ、ゆうじゃざまーーーッッ!」
思いっきり泣きながら抱きついて来たのだった。
これが、異世界より召喚された『剣聖』と、のちに世界を救う仲間の1人『聖女』の出会いであった。
ーー
さてと、何だこの状況。
今し方目が覚めたばかりの青年『八九楽 律兎』は突然の出来事に困惑を浮かべていた。
起きたら石の台座に寝かされていて、地面には白い線で大きな魔法陣が描かれている。
何より気になるのは俺がここに来た記憶が一切ないという事。
とりあえず青年は自分の状態を確認する。
普段からよく着ている、深緑色のフードがついたトレンチコートと白のワイシャツでズボンは黒。
普段の記憶と一致するので服装が変わっていたりはしなそうだ。
顔は見えないが、いつも通りの黒髪黒目、死んだような目と長めの黒髪が目立つ隠キャみたいな顔だろう、、、あれ?見たくない。
そして今、謎の白ローブの少女に抱きつかれていた。
「・・・よがっだー、ぜ、全然目が覚めないがら、じっばいじだのかと、、、」
「おう、わかったから今すぐ俺のコートを離せ。鼻水がつく。」
「・・・ぶびーーっ!」
「お前今鼻かんだろ!?」
無理矢理相手の頭を押さえて引き離す。
・・・何だこいつ?
綺麗な白髪に白磁のような綺麗な肌、清楚で知的な顔立ちは今、涙と鼻水でぐしゃぐしゃになっていた。
・・・可愛いのに、何で残念なんだろこいつ。
引っ剥がしたのちに少女は顔をぐしぐしと擦った後、何かに気づいたように勢いよくこちらを向いた。
「ゆ、勇者様!! こんなことをしてる場合じゃありません! お願いします、助けて下さい。」
「・・・待て待て、こんなことも何も俺は今の状況がさっぱりわかんないだよ。少し説明してくれないか?」
彼女は必死に懇願してくるが、正直意味がわからん。
いきなり助けろって言われても敵がわからなければここが何処なのかも知らない。下手に動くのは悪手な気がしてならなかった。
彼女は俺の言い分もわかるのかはやる気持ちを抑え、訥々と話し始める。
「ここは『タイトット大陸』の東側に位置する大国『ラーゼル皇国』辺境の街です。」
「・・・ちょっと待ってくれ。」
俺は思わず少女の話を止めた。
まだほんの少ししか話を聞いてないがそのどれもに心当たりがない。
タイトット大陸やラーゼル皇国なんて見たことも聞いたこともあらず、一瞬で彼の頭を困惑が支配した。
その様子を見て彼女は驚きもせず、淡々と告げた。
「・・・知らないのも無理はありません。あなたは私が異世界より召喚したのです。」
・・・!?
(彼女は今なんて言った? 召喚? 異世界? 一体何の冗談だ?)
だが、律兎は混乱の坩堝の中でも考えを巡らせる。
彼は一度、寝る前の記憶を思い出そうとしたが一切を思い出す事ができない。昔から記憶力には自信があったので何らかの出来事があったのは間違いないだろう。
そして今の現状。
自分がいた世界にも洞窟はあったが、ここの洞窟は変な感覚がした。
岩は剥き出しだがどこか綺麗に削られ整えられており、規則正しく並べられた松明には乱れがない。ってか今時松明なんか使わないし。
何よりも気になるのはこの大きな石の台座と、巨大な魔法陣のような絵だろう。
とてもではないが一人で運べるような代物ではないし、床の紋様だって1日2日で描き切れるものじゃない。
俺は寝る前の記憶はないがその前の記憶まではしっかり残っている。
つまり彼女が俺を驚かせようとしたなら一晩でこれを用意したことになる、それは流石に不可能だろう。
なら本当に現代小説によくある異世界召喚がなされたというのか?
流石にそれを間に受けられるほど、俺は子供じゃないが、、、
「・・・仮に、、、仮にだぞ? 俺が異世界召喚されたとして何で呼ばれたんだ?」
俺がそう問いかけると彼女はバツが悪そうにゆっくり頭を下げていく。
「勇者様、今この街に魔王軍が攻め込んでいるのです。お願いです、私たちを助けて下さい。」
襲われてる?
周囲の音や気配を探るがそのような感覚は一切しなかった。
もしかして呼び出されたところは結構な地下なのだろうか?
律兎は少女を見つめる。
彼女は目を伏せ、震えながら答えを待っていた。
それに対して律兎はため息をつく。
「断る。」
「・・・そ! そう、、ですか。」
彼女は一瞬悲痛な叫びを漏らしたが、すぐに諦めたように瞳を伏せる。
俺的にはもう少し粘るかと思っていたので拍子抜けだ。
「というかさ、俺って勇者じゃないよ?」
「え?」
そんな彼女に俺は当然のように告げる。
いやだって勇者って名乗ったことは一度もないし、よくある小説とかのテンプレみたいに女神様に勇者になれって言われたわけでもない。
それなのに俺は勇者なんだって思えるわけないでしょ。
少女は魔法陣と俺を交互に見つめる。
「で、ですがこれは勇者召喚の魔法陣の筈で、、、。」
「て言われても。・・・別に使命があるわけでも正義感が強いわけでもない。流石に何もわからない現状で助けにはなれないよ。」
ここにいるのがテンプレ勇者様なら二つ返事で頷いただろうが俺はそんな馬鹿なことはしない。
何に巻き込まれるのか、敵とは何か、戦う際の規模はどのくらいになるのか、それが分かってないのに行動を起こす気にはなれなかった。
俺は完全に意気消沈した彼女を気にせず立ち上がり、一言告げる。
「と言うわけで帰りたいんだけど、帰らせてくれる?」
別に助けてくれないやつに用はないだろう。
それにさっさと帰りたいしね。こんな洞窟に長くいたくない。
だが、そんな俺の当然の要求に少女は明らかに視線を逸らした。
その様子を見て俺の頬に冷や汗が流れる。
(ま、まさか。いやそんなわけないよな。)
「も、もしかして帰し方がわからないなんて言わない、、、よな?」
俺がいやな予感を払拭するように恐る恐る問いかけると彼女は申し訳なさそうに笑った。
「一個もわかりません。」
「・・・・・ふざけんなよ!!」
思わず俺は今日一番の声量で叫びを上げ、彼女に掴み掛かる。
彼女はその間も気まずげに視線を逸らし続けていた。
「か、帰れないってどう言うことだよ!? 一方通行の召喚陣とか誘拐とさして変わらないからな!?」
「そんなこと言われても知らなかったんだから仕方ないじゃないですか!! と言うかむしろ何で勇者召喚の魔法陣で勇者じゃない人が来るの? そっちの方が意味わかりませんよ!?」
んなもん知るか! むしろ俺が聞きたいわ!
このやろう逆ギレしやがって! どう考えたって俺の方が被害者だろ!
ーーズズゥウウン!!
洞窟の中で二人して怒鳴りあっていると突如として洞窟が大きく揺れる。
俺は驚いて彼女を手放してしまい、彼女はそのまま尻餅をついた。
「ーーっいた!」
「あ、悪い。大丈夫か?」
流石に怪我をさせたくはなかったのだが、突然手を離してしまって腰を打ちつけたようだ。
俺は手を差し出して彼女を起こす。
「・・・ありがとうございます。」
「悪い、少し驚いちまった。・・・今の揺れは?」
俺がそう問いかけると、彼女は洞窟の入り口へと視線を向けた。
「もしかしたら魔王軍がこの洞窟の存在に気付いて攻撃を仕掛けてきたのかもしれません。ここの結界はもう古いから、、、。や、破られるのも時間の問題かと。」
・・・マジかよ。
さっきは大きな一撃を入れられたようだが、今も尚断続的に細かな振動が伝わってくる。完全にバレたみたいだ。
俺がどうしようかと考えていると、横の彼女は諦めた表情で笑う。
「もう無理ですね。短い間でしたが共に逝きましょう。」
「ふざけんな、一人で逝け。」
「ムーッ! 全く最後の博打で現れたのが何でこんな人でなしなのですか!? 本当だったら金髪イケメンの勇者様が「大丈夫、僕が全てを救って見せるよ。」って言ってくれるはずだったのに!! なのに出てきたのはなんか前髪がうざったいジトっとした陰鬱な人手無しなんて、、、(ブツブツ)」
「めちゃくちゃ失礼だなお前。てか、そのイケメン勇者もそんな事言ってやられたりしたらだいぶ面白い喜劇だぞ。・・・あともう少し静かに。」
ーーバキィイイイイイイン!
何かが砕け散るような破砕音と共に振動が止んだ。
・・・もう結界が破かれたのか。
まぁこいつが結界は古くなってるって言ってたし、だいぶ劣化してたんだろう。
すると、先ほどまでは一切聞こえなかった外の環境音が聞こえてくる。
火の燃えるような音に悲鳴、遠くで鳴り響く地響きがこの場を戦場であると表していた。
(・・・そうか、さっきまで外の音が聞こえなかったのはここが地下深くだったからじゃなく、結界によって遮断されていたのか。)
音の近さからここは地表からそこまで深い場所ではない。
敵が結界を破壊して侵入してきたとしたらすぐにここまで辿り着けるだろう。
入り口一つの洞窟。
逃げ場もなければ隠れる場所もない。気付かれずにやり過ごすことは難しい。
「・・・かと言って太刀打ちできるかどうか。」
こっちは剣どころかナイフ一つ持っていない。
一切相手の情報がわからない中、戦うことになるとはな。
(ワンチャン見逃してくれないかなー。)
一縷の望みを持って待ち受けると、前方から三体の気配がした。
俺が後退りながら睨め付けていると入り口からその存在は姿を現す。
青い鱗を鎧のように纏い、ワニのような頭を持つ亜人。
片手に持った長い槍の先には血に塗れた三叉の矛がついていた。
そして、3体のうちの1人が大仰な動作で前に出て威圧的な声を上げる。
「・・・おいおい! あんなに大層な結界で守られてたってのに居るのはたった人間二人かよ!!」
洞窟内に大きな声が響き渡った。
ドスの効いた低い声が体の芯に響き、筋肉を萎縮させる。
「お宝か大量の人間がいるかと思ったのによ! たった2人とか腹の足しにもならねぇな!」
「仕方ないよ兄者。もう外にいるのは大体殺しちゃったしこの街はそこまで大きくないからね。」
兄者と呼ばれた左右のワニ男より頭一つ大きい真ん中の大ワニ男は怒り任せに怒鳴り散らし、左右のワニ男が宥める。
・・・てか、食べるって言ってやがる。もう交渉は絶望的じゃね?
俺はできるだけ距離を取ろうと少しづつ後ろに下がっていると、初めに目覚めた石の台座に足がぶつかった。
その後ろに少女が隠れていたのでワニ男達を刺激しないようにそっと声をかける。
「おい何処か逃げ道は、、、おい?」
そっと台座の後ろを覗くと少女は頭を抱えてカタカタ震えていた。
さっきまで俺と言い争ってた強気な印象は鳴りをひそめ、震えを抑えようと必死に自分で自分を抱えている。
それは眼前に迫った死の恐怖に震えているのだろうが、それとは何か別のものに耐えるようにも感じられた。
そしてそんな彼女の様子を見て、、、
「・・・。」
・・・俺は、力を抜いた。
「・・・っお? どうした逃げなくていいのか? 背中を刺し貫くのが楽しいんだけどな〜!」
「「ギハハハハハッ!」」
俺が力を抜いた事を諦めたと判断したのかワニ男どもの下卑た笑い声が響く。
俺はその声を聞きながら今度はワニ男の方向に一歩前に踏み出す。
(・・・下がったって仕方ない。)
これは決して少女の為じゃない。
俺が生き抜くために戦うだけだ。
俺は歩みを止めずに進み続ける。
そんな様子の俺に左右のワニ男どもは笑みを消して、槍を構え出した。
真ん中のワニ男だけは鼻を鳴らしてこちらを見下している。
「貴様のように後ろの餌を庇おうと此方に突っ込んできた奴は何人もいた。それが全員どうなったか知っているか?」
「・・・。」
「返り討ちにした。泣き叫びながら武器を振りかぶる餌の顎を砕き、心臓を貫き、頭から喰らってやった。その際の後ろの餌共の悲痛な叫びよ。」
ワニ男はクックックと声を押し殺しながら笑う。
それに対しても俺は決して歩みを止めずに進む。
その様子に白けたのか、中央のワニ男は隣にいた別のワニ男に顎で合図し俺の前に立たせた。
それを見て俺も立ち止まる。
「・・・殺せ。」
「ーーッハ!」
たった一言の命令に従い俺の前へと立ち塞がったワニ男は持っている槍を引き絞り、鋭い一撃を心臓へ向かって放つ。
ーーッボ!
空気を裂くように突き出された槍は俺の懐へと深く突き刺さった、、、ように見えた。
目の前のワニ男が目を見開く。
他のワニ男共は気付けていないだろうが俺は突き出された槍と同じ速度で後ろに下がり槍の矛先と服の間がたった1cmの間を保ったまま後ずさっていた。
相手はこちらの事を舐め切り、一撃が片付けようとしたため体が完全に伸びきってしまいそれ以上伸ばすことができない。
俺は相手が驚きに固まっている間に両手で槍を捻りながら奪い取る。
奪った槍を地面に当てないように回しながら後ろへ一歩下がり、槍を脇に抱え、突きの構えを取りながら即座に放つ。この間僅か1秒。
ーーシュゴンッ!
奪い取った槍は先ほどよりも鋭く相手の胸へと到達し、胴体を貫いた。
「ーーーごはっ!」
ワニ男は口から血を吐き出しながら後ろへと倒れた。
1人が倒された事に気づいた他のワニ男共は決して無駄な言葉を吐かずに戦闘体制を取ろうとする。
しかし、やはり動揺があるのか動きが乱れていた。
俺はその隙をついて槍を逆手に持ち直し投擲。
その槍は構えを取ろうとしていた中央のワニ男の右肩に刺さり、腕を切り落とす。
「グァアアア! イーエ!とっとと殺せ!」
イーエと呼ばれたワニ男は即座に腰の剣を抜き、こちらへと肉薄する。
その速度は見事の一言であっという間に剣の間合いへと入れられた。
ワニ男は蛇行した剣を振りかぶる、、、が
「悪いけどこの距離なら、俺の間合いだ。」
そう一言呟き、振り下ろされた剣を半身になってギリギリで避け、相手の首に手刀で突きを放つ。
貫くことは出来ないが、相手は呼吸がままならなくなり首を抑えてよろめいた。
俺は握力の弱まった腕から剣を奪い取り、腕ごと首を切り飛ばす。
赤い鮮血が視界を舞うが、俺はそれを何とも思わず見送った。
そして、前へと向き直ると、右腕を失い脂汗をかいたワニ男が一体。
俺はまるで散歩するかのように悠然と近づいて行く。
「き、貴様! 餌の分際で!」
「処理を怠るからそうなるんだよ。」
「例えここで俺たちを殺しても外には魔王様配下の魔王軍が占拠している! どのみち貴様らに生き延びる術はない!!」
俺はそう吠えるワニ男を一瞥し、口元に黒い笑みを浮かべながら剣を構える。
「そうだな、お前達を殺しても生き残れるかはわからない。・・・でもお前を生かしとく理由もないよね。」
そう一言呟き、目の前のワニ男に剣を振り抜いた。