新しい友達が出来た翌日
今日は布団の中に女の子はいない。
ガドガドはキチンと自分の部屋で寝ているはずだ。昨日、食堂で晩ご飯を済ませた後に一緒に来ていたロザリアとボディアが、ガドガドにちゃんと自分の部屋で寝るように言い聞かせていた。
彼女らもまたガドガドの友達になった。
「うーーん……はあっ! いやー、いい気分だな」
友達ができた朝と言うのはこれほどに格別か。
さて隣のベッドで寝ているはずのフライヤーの様子を伺ってから、カーテンを開けて……。
「あだっ⁉︎ い、痛い痛い痛い! な、なんだこれ背中が……に、肉離れか⁉︎」
起きたばかりの体をいきなり伸ばしたものだから、肉離れが起きてしまって背中から激痛が走る。
そういえばこの体は背中に腕が回せないくらい硬いんだった。そのせいでフロントホックのブラしかないほどだ。
「く、くううう〜〜……いだだだ」
布団の上でうずくまって悶える。
む、無理に動けない。このまま安静にして痛みが引くのを待つしか無い。
永遠とも思える時間の中で、痛みが無くなるのを待つ。
「どーしたの?」
「あ、ご、ごめ……っ、くううう〜〜!」
隣から声がした。
フライヤーが体を起こしてこちらを見ているようだった。起こしてしまったかと思い謝ろうとしたが、それよりも痛みの方が勝った。
まともに喋れもしない。
「ううくく」
「……なんなのか知らないけど。とりあえず、おはよう」
「お、おはようぐざいだだ」
「落ち着いたら、ちょっと話をしたいんだけど。いい?」
フライヤーがベッドから降りてカーテンを開けてくれた。
窓から差し込む暖かな日差しが、痛む背中を癒してくれる。
ちょっと緩和された。
「話、って、なんですか?」
落ち着いてきたので聞き返す。
するとフライヤーは神妙な面持ちで、窓側の方の、俺のベッドの隣に立った。
「昨日のこと。ここで話した事よ」
「ん? ああ、ガドガドのことですか」
「私は———」
フライヤーは呼吸を一つ置いてから、話す。
「軍の意向が間違ってるなんて思わない。ただ偶然、同級生に軍人によって親を殺された女の子がいたってだけで……その親は魔物で、人の敵で、倒すべき、殺すべき相手だったと。その考えを覆すつもりはないわ」
「そうですか」
「え? いや、そうですかって」
最初言いにくそうに唇を小さくパクパク閉じたり開いたりして、モジモジしていたが、一思いに言葉を発する。
「何も思わないの? あなたはあの子と友達になったのでしょう? だったらこんな考えを持ってる私なんか、糾弾してしかるべきじゃ無いの?」
「? フライヤーさんが何をどう考えてるのかわからないけど」
痛みが引いてきて、背筋が伸ばせるようになった。体を真っ直ぐに起こしてフライヤーの揺れる目を見た目返す。
「フライヤーさんにはフライヤーさんの価値観が、ガドガドにはガドガドの価値観が、そして俺には俺の価値観がある。そんな違う物同士でも、手を繋げるのが友達になるってことです。だから友達の信じている物を否定したりはしない———ただ」
昨日のここでガドガドと友達になった。
けれど俺自身、その時からずっと頭の中にのしかかっている重責の念がある。
情けない、足りない、至らない。そんな気持ちが頭の上に乗っかっている。
「俺は魔物や魔族ってのがなんなのか知らない」
だからガドガドやフライヤーの、本当の真意の正体を完全に掴めてはいない。
魔物がどう言うものなのか知らないから、彼女らの考えている価値観や想いを理解し切れない。
「同時に、ガドガドに対しても失礼だと思っている」
知らないまま勢いで友達になった。
だから本当の所で俺は、友達として俺なりの考えや答えを持てていない。
こんな状態でガドガドの友達は名乗れない。
だから。
「———魔物ってのは、なんなんですか?」
「……それを私に聞きたいと?」
「はい。しかし、それはまた後でお願いしてもいいですか。今は着替えてから、朝ごはんに行きましょう」
「ふふっ。わかった、そうしよう」
くすっ、と楽しそうに笑った。
おお、朝から美人な女の子のこんな素敵な笑顔を見られるなんて。今日は良い日になりそうだな。
「ところで」
「ん?」
「私たちは、友達なのか?」
「……そう思ってましたけど。あれ、キャンセルされます?」
「いや………なら『さん』付けは辞めて欲しい、かな」
△▼△▼△▼△▼
俺はニーナの部屋の前まで来て、インターフォンを押した。『にゃー』と言う猫のベル音だった。
するとしばらくして、静かに扉が開かれて、ドアの隙間からニーナの赤い瞳が覗いた。
「どうしたの?」
「おはよ。飯行こうぜ」
「……うん」
フードを被っていない彼女の姿に物珍しさを感じつつ提案したそれは、小さく頷いてくれた事で承諾された。
そして着替え終わって部屋から出てきたニーナと共に食堂へ。
途中でガドガドを連れたフライヤーと合流した。
「おはよう、ガドガド。フライヤーから話聞いたでしょ? ご飯行こっか」
「う、うん……」
「フライヤーもありがとね。ガドガドを迎えに行ってくれて」
「構わないわ。ただ、怯えられるのだけが心配だったけど、普通に出迎えてくれたわ」
「そっか」
ガドガドの肩に手を置いて、彼女の顔を覗き込んで意思を確かめてから、歩き出す。
フライヤーが前を進み、その後ろを俺たち3人がついて行く。
「あ、ソニア」
「ロザリア。それにボディアと———」
食堂に向かう途中で出会したロザリアとボディア、それから……。
「姐さん」
「よっ。おはよう、可愛い妹!」
姐さんは俺の姿を見つけると真っ直ぐ近寄ってきて抱きつこうと両腕を広げた。
けど俺のところまで辿り着く前に、フライヤーが間に割り込んだ。
「待ちなさい」
「ん?」
姐さんはキョトン顔。
そんな姐さんに、フライヤーは腰に手を当ててクールに。
「私たちは食堂に向かう途中なの。ハグは後にしなさい」
「はあ〜? なんでだよー! 別にいいだろ、妹にハグしてもキスしても」
「ダーメ。ここは廊下なんだし、通行の妨げになってしまうわ」
「ぶー! というかソニア! なんで私のところには朝のお迎え来てくれないんだよー」
「あ! ご、ごめん。ニーナの所に行ってて」
そう言えば姐さんの所に行くのを忘れてた。
「それなら同じ部屋の私も一緒だよね。だったら、明日は私たちの部屋に来てよ!」
「おーそうだ! ロザリアもこう言ってるしさぁ!」
「だーかーら! 話すなら食堂に先に行きましょって!」
姐さんとロザリアのキラキラした目に詰め寄られて居たところに、フライヤーが助け舟を出してくれた。そしてフライヤーに怒られて、ここは一旦食堂に行こうと言う流れになった。
ボディアもいたのでスムーズに事は進んだ。
「ガドガドも行こっ!」
「う、うん……い、いく」
ロザリアがガドガドの背中を押して行くのを見送ってから、歩き出す。
すると食堂の前に見知った顔を見つけた。
「あ! ライダーク」
「……ん? おお、ソニアか」
ライダークは、食堂の前で一人黙り込んで立っていた。
「おはよう。入らないの?」
「……なあ、昨日マックを見たか?」
「え?」
マック?
同じクラスのマック・リナランのことか。
俺はニーナや姐さん、フライヤーに視線を向けて見るが彼女の返事は『知らない』と言わんばかりに首を振っていた。
「わからないわね。何かあったの?」
「……アイツも、色々考えてるみたいでな」
いつもの調子に翳りが差し、ポツリポツリと答えた。
「だがま、こんな所で気にしてても仕方ねーか。悪ぃ、立ち往生させちまって」
しかしすぐに切り替えて、笑いながら食堂の扉を開けて中に入っていった。
(マックと言えば、この前……)
一昨日のホームルームでの事。
担任のイシュ先生から、ダイス・グリッドハウスという人間が処刑されたと知らされた。するとそれを聞いたマックは動揺した様子を見せて、席から立ち上がって教室から飛び出して行った。
すぐに、その後をライダークが追いかけて行ったが……。
二人はその後話して、そしてマックは何かを思い悩んでいるって感じか。
(あれ? そう言えばダイスって言うのは、俺が王都で戦ったって言う事……)
「ソニア。入らないの?」
「え? あっ、ごめん。入るよ」
ニーナが食堂の扉を開けて待っていた。
考え事をしてぼーっとしてしまっていたせいで、反応が遅れてしまった。慌ててニーナの開けてくれていた扉から食堂に入った。
今日はハンバーグか。配膳を貰って……今日はあの子達による増量がされてない事を確かめてから、席に着く。
四人席にニーナと隣り合って座り、向かい側には姐さんが座った。
「あれ? フライヤーは?」
「別の場所行った。ほら、あそこ」
姐さんが指を差した先には、ミカライトと同じ席に座るフライヤーの姿が見えた。
そしてミカライトの向かい側にはロザリアとボディアの間に座っているガドガドの姿があった。
へー……あの二人がガドガドの所にかぁ。
「ソニアー、そのハンバーグ一つで足りる?」
「足りるよ。というか、これ以上増えたら食べ切れないから」
姐さんの小さな気遣いが心地よく、隣でニーナが静かに食べているのを横目に、しばらく食事を楽しんでいたところだった。
食堂の扉が開かれて、ゾロゾロと複数の足音が一斉に中に入って来た。
「ん?」
食堂に入ってくる足音、特に気にする必要もないはずなのに、なぜか自然と意識がそちらに向いた。
見ると大人の集団だった。中に無表情な担任のイシュ先生がいた。
「てことは先生集団?」
「かも」
「かも、ってかその通りよ。ウチのBクラスの担任もいるし、ほら、真ん中にいるスポーツ刈りは学年主任」
ニーナと二人して首を傾げていると、姐さんが教えてくれた。
真ん中にいる偉丈夫で厳つい顔をした、短いスポーツ刈りの男。
「学年主任? なんだか厳しそうな顔してるけど」
「名前はターティアン」
「それで……先生方が集まって何のようなのかしら」
ニーナの疑問は俺も思っていた。
食堂に集まった他のみんなもざわついていた。先生達はそんな生徒達の真ん中に立ち、全員の顔を見回して確認した。
「二人足りないが、まあいいか」
主任の重々しい声。
そして一息吸い込んでから、話し始める。
「食べながらでいい、高校一年は聞け。昨日王都から連絡があって、南の危険区域突入口基地で実践訓練を実施する事となった」
王都?
南の危険区域?突入口基地?
実践訓練?
気になる単語と、知らない単語が入り混じっていた。しかし周りのみんなは全員分かっているようで、首を傾げるしか無い。
先生の話している途中で隣のニーナに質問するわけにもいかない。
「それに際し、この学園の126代目勇者パーティ候補の中から、参加する者を選出する事となった」
俺たち一年生の中から?
「まず、最初に参加が決定したのは“五芒星”のシルビア、リキュア、ジュピターの3人だ。“五芒星”は……今更わざわざ説明する必要はないな」
ザワザワ、と周りのざわつきが大きくなる。
“五芒星”はウチの学年で最強と呼ばれる5人。
その内の1人、リキュアとはギブソンの件で話したことがある。
「その3人って……」
「ニーナ?」
「この前の騒動の時に活躍した3人よ。シルビアとリキュアはこの学園でガンマンズの連中を倒したの」
「そういえば、そんな話を前のホームルームでイシュ先生から聞いたっけ」
ニーナと話している内に、ターティアン主任の話は続く。
「そしてその3人が、さらなる参加者を選出した。もう3人とも決めていて、ここで発表する」
(へー)
南の危険区域とか、突入口とかよくわからないけど、なんかイベントがあるって解釈でいいか。
まあ俺は関係ないだろう。
“五芒星”なんてビッグネームが並んでるんだし。
「まずはAクラス。リキュアからマゲイ・バルバコア、シルビアからポトフー・プルオポの2名」
(Aクラス……)
「他人に興味ない私でも名前覚えてる二人だ……」
隣でニーナが神妙な面持ちで反応していた。
「そんなに凄いの?」
「五芒星の次に強いって言えばわかりやすい? 二人とも五芒星と関わり深いし」
「そうなんだ……」
やばいと言うのはわかった。
「中でもポトフーって言うのは、ヴァルキリアの一族だと言うし」
「ヴァルキリア?」
「“死者を選択する者”。翼が生えて空飛べて、剣の腕前も達者な種族よ」
「なんか、凄いんだな」
よくわからないけど凄そうだ。
なんかさっきから感想が短絡的だが、しょうがないだろう。だって自分に関係なさそうな話題なんだから、意識が集中しなかった。
しかし周りを見れば視線が二つの方向に集中しているのが伺えた。その視線を追うと二人の少女に行き着いた。
一人は、黒っぽい金髪で、周りから視線が集中していると言うのに表情が一切動いていない。純白とも思える綺麗な白い肌をしていて、幻想的な雰囲気を纏っていた。
窓際の椅子に座り、その横にはフードを被った小さな女の子が座っていた。顔は全く見えない。
もう一人は、白い髪の背の高い女の子。褐色の肌をして、腕まくりした袖から伸びる腕は遠くからでも筋肉がついているのがわかった。
片足を自分の椅子に乗せて態度悪くしている彼女の隣には、リキュアが座っていて何度も頭を下げて謝っていた。どうやら勝手に決めた事を謝ってるみたいだが、マゲイと思われる長身の女の子は気にしてない様子。
「あの二人がAクラスの……」
「次にBクラス。リキュアからはマァヤ・シシクラ、シルビアからは———ロミロミ・アーティファクトハウス」
主任がそう告げた瞬間、ガタン!と大きな音がした。
音のした方を見れば、ロミロミが椅子を倒すほどに勢いよく乱暴に立ち上がって、口を震わせていた。一点を見つめて。
見ている方はポトフーの方向。しかしポトフーは全く動じておらず、彼女の隣に座るフードの女の子もまた無反応だった。
「ろ、ロミロミ、落ち着いて」
ロミロミの隣に座っていたラウラウが落ち着かせようとしていたが、聞こえてない。
どんどん眉間にシワを寄せて、歯を食いしばる彼女の険しい顔。
俺の知っているロミロミは気品があって、落ち着いた女の子って印象だった。しかし今の彼女はまるで違っていた。
「ど、どうしたんだろう」
「……」
隣のニーナに聞いてみたが、彼女は黙ったままだった。
(これは———何か知ってるんだろうな)
知らないなら知らないと言うはずだ。だからニーナは何か知ってる。後で聞いてみるか。
主任はロミロミが落ち着くのを伺っていたが、座る気配がないのを察すると、小さくため息を吐いてから続けた。
「Bクラスからは以上だ。そして———」
(ん? そう言えば……)
主任が発表したのはリキュアとシルビアが推薦した者たち。
でも“五芒星”から選ばれたのは3人と言っていた。
……ジュピターは?
「Cクラスからはジュピターの選出……5人」
(5⁉︎ 5も⁉︎ さっきまで2人だったのに?)
「まずはガーリック・アクアパッツァ。この場には居ないようだが……後で伝えておくとする」
ガーリックか。
確かに食堂に彼の姿はない。
「続いてサンタンク・マスグーフ、オトロゴン・プロテット」
その2人はB級争奪戦の時に実力者としてニーナがメモしたのを覚えている。
「それとライダーク・ロイムロヒ、マック・リナラン」
(ライダーク⁉︎ それにマックも⁉︎)
思わず驚いてしまった。
ライダークが呼ばれるなんて……。
(ここまで来ると南の危険区域ってのがなんなのか知りたいな。そして何をするんだ?)
「そして最後の一名、これは———今回の実践訓練を企画した王都の勇者グループより選ばれた。唯一の人物———」
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一方同時刻、商都。
ブロロン、とバイクが走る。サイドカーに乗って勢いよく風に前髪が引っ張られて、そこで目が覚めた。いつの間にか寝ていたらしい。
隣を見ると運転している小原の姿がある。
運転中なので話しかけてはこない。私が起きた事には気づいたようでヘルメットを被った顔を向けて来たが、話そうとはしなかった。
(今私らは陸軍の総本山、中央基地ガイアに向かってるんだったわね)
起きたばかりなので、まずは頭の中を整理する。
小原が言うにはガイアの軍学校からも参加する奴らがいるとの事で、向かっている途中だ。
どうせ全員合格にするんだろうし、もう私抜きで勝手にやってて欲しいところだけど。
(———魔法学校の、ノディって言うアイツ)
昨日の夜、ノディ・セレスティアルが出した参加するに当たっての条件。というか提案?注文?お願い事?
彼が求めたのは———
(“アイツ”の参加)
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「最後の一人は、ソニア・ブラックパンツァー」
食堂に主任の声が響いた。
俺の耳に届いて、そして俺が驚くよりも前に、食堂にいる生徒達が爆発的に騒然となったのは言うまでも無い。