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ガドガドの過去

「あ、ソニア」


「あれ? ロザリアにボディア? 私の部屋の前で何してるの?」



 部屋に戻ると、部屋の前に元ルームメイトのロザリアとその友人ボディアが立っていた。こちらに気づくとボディアは申し訳なさそうに胸の前に手を置いた。



「ごめんなさい。図書室での事で、やっぱり気になってしまって。ロザリアに相談すると……」


「だったら直接聞けばいいじゃんってことでここに来たの」



 ボディアの言葉をロザリアが引き継いだ。

 2人は俺の後ろにいるニーナ、ラウラウ、ガドガド、そしてミカライトを順番に見た。



「うーん、でもその仰々しい行列を見るとのっぴきならない感じがするね……」


「余計な首を突っ込むのはソニアの負担になりかねないし、ここは一旦退きましょうか」


「待って」



 身を退こうとする二人を、ラウラウが止めた。



「私も割と部外者側ではあるのよ。でも話は後から聞くつもり。だから私と待ってましょ。忙しくなければ、だけど」


「いいえ、あなた達も聞いてよろしいかと」



 コツコツ、とロザリアボディアの後ろから足音がした。

 話に割り込んできた冷たい声。

 見ればフライヤーがそこに立っていた。



「あれ、フライヤーさん。部屋の中じゃなかったんだ」


「ええ。と言うより、あなたが遅くなると考えていたから別の用事を済ませて来たのよ」


「別の用事?」


「学園長に話を聞いて来た」



 サラッと言われた答えに俺は驚く。後ろではガドガドが体を震わせた。



「え? おじ、おじちゃん?」


「ええ。今回の話で学園長は外せないでしょう。初めは、なぜブラックパンツァーにガドガドを引っ付けたのかと言う疑問を探るために、今日一日引っ付けたまま過ごしてもらいました」



 フライヤーは話しながら歩き、俺らの真ん中を通って部屋のドアノブに手をかけた。

 そこでピタリと止まり、ミカライトを一瞥した後に、肩越しから俺らに話を続ける。



「そしてその途中で私の判断で学園長に直接伺いました。さあ皆さんお入りください、話をいたしましょう」


△▼△▼△▼△▼

 部屋に入ると真っ先にフライヤーは一度キッチンの方へ行った。

 その間にみんな各々の場所に落ち着く。

 俺は自分のベッドの上に座る。両隣にはニーナとガドガドが引っ付いて座った。

 ロザリアとボディアはソファの上。ラウラウは二つのベッドの間に立ったままで、ミカライトは立ったまま壁に背中を預けて寄りかかった。

 全員思い思いの場所に落ち着いた所で、フライヤーがキッチンから出て来た。



「皆さんお腹は大丈夫ですか? 晩ご飯はまだでしょう。一応戸棚にあったお菓子をいくつか用意しました」



 ドーナツにチョコチップクッキー、チョコたっぷりのスティック菓子。他にはどら焼きや煎餅なんかを用意して、ロザリア達が座るソファの前のテーブルに皿を置いた。

 わーい、と遠慮なく手を伸ばしたロザリア。どら焼きを笑顔で頬張る彼女に笑って小さくため息を吐きながら、ご馳走になります、と礼儀正しく頭を下げてからボディアはクッキーを手に取った。



「ボルティナ殿も遠慮なくどうぞ」


「お腹空いてないからいらないわ」


「そうですか」



 もう一つのお菓子たくさんなボウルを俺の膝に置いて来た。

 俺はそれをガドガドの方に傾ける。欲しいものがあれば取っていいぞ、と言う意味を込めていた。けどガドガドはフライヤーやミカライトの方を気にしている。

 怯えてはいないが、しかし目は自然と彼女らの方を向いてしまうらしい。



「あなたもどうですか? マルギスペシャル殿?」


「ふふっ、間食は美貌の敵よォ」



 腕を組んだままミカライトは笑って断った。



「そうですか」



 ラウラウからも要らないと断られて、お菓子を配り終えたフライヤーはそのまま自分のベッドに腰掛けた。



「では、本題。まずはガドガドについての話をしましょうか」



 横にいるガドガドの様子を慎重に伺う。

 彼女は緊張していた。



「ガドガド。126代目勇者パーティ候補の一員で、Bクラスに所属しています。私たちの仲間ですね」


「うんー、でもあんまり話したことはないかな。同じクラスでも」



 ロザリアが口元にお菓子のカスを付けながら言った。

 それにボディアが頷きながら続く。



「ええ、そうね。ただ強さだけは知っているわ。とにかくその細い腕や、華奢な体からは考えられないほどの怪力を有している」


「うんうん、でも本気を出したところは見たことない気がするんだよね」



 ガドガドのクラスメイトからの言葉。

 怪力。それと本気を見たことがない。



「もっとこう……ドガァーって派手な感じのパワーがある気がするんだよね」


「ふふっ、鋭いわねェ」


「ほえ?」



 クスッと笑いながら話に割り込んだのは、ミカライトだった。口元に手を添えて愉しそうに笑った。



「そうよォ。ガドガドはきっと、全力を出したことはない。この子の力はもっと凄いからァ」


「ミカライトは知ってるの?」



 聞くと、ミカライトは口から手を離して腕を組み直した。



「ええ。だって話に聞いているもの、ガドガドの母親のことは、ねェ」


「!」



 ビクッと横に座るガドガドが震えた。

 緊張が解けて来て、俺の膝の上にあるお菓子の山に手を伸ばしかけていた時だった。

 母、と言うワードを聞いて体が硬直した様子だった。



「おかあ、さん? おかあさん、しって、るの?」


「もちろん。だって……」



 ミカライトは笑みを消して、真剣な顔でガドガドを見つめながら———その顔に似合わずサラリと答えた。



「あなたの母にトドメを刺したのは、私のパパだからァ」


「———ッ⁉︎」



 ガタンッ、とベッドから転げ落ちそうになったガドガド。咄嗟に手を伸ばして助けようとしたが、それより先にベッドのそばに立っていたラウラウが落ちる前に体を支えて助けた。



「だ、大丈夫? ちょっとミカライト! この子がショックを受けるようなことを何の準備もなく聞かせるなんて……!」


「あらァ、ごめんあそばせ」



 ミカライトはずっと余裕そうに飄々としている。ラウラウの注意もどこ吹く風だ。



「けどォ、これはどう頑張ったって覆したり、塗り替えることのできない事実なのよォ。私の父、ジーギシャ・マルギスペシャル四階級は突如現れた魔物の群れを、軍を率いて撃退した。その中に人との間の子を孕んだ牛の化け物、すなわちガドガドの母であるオーバーロードって魔物がいた」



 ラウラウと一緒にガドガドをベッドに乗せて、フチから離れた真ん中の方に座らせた。

 そしてそれが終わった後フライヤーに目を向けると、彼女は頷いた。



「彼女の言っている事は全て正しいわ。けど、一つ忘れているわね」


「はいィ? 私に不備があるってェ? “天才”殿」


「ええ。だって、そのお腹から子供を見つけるには、敵であった怪物の腹が膨らんでいて、そしてそれが妊娠していて摘出すべきと判断する必要があったはず。それをしたのも、あなたの父親」


「……かもねェ」


「これは私の憶測になりますけど、もしかするとその同じ年に子供の誕生に立ち会い経験した彼だからこそ、気づけたのだと思います。そう———ミカライト、あなたの存在がガドガドを見つけるキッカケになった」



 ミカライトとガドガドは同年代だ。

 14年前に見つかったと言うガドガドと、同じ頃に誕生したミカライト。

 ミカライトの父親は、女性が子供を身籠る様子を間近で経験した。だからこそ怪物の腹の中に赤ん坊がいると気づいた。



「へぇー、なんかそれって姉妹って感じするわね」


「やめなさいよォ。アンタとライトニングの関係性と一緒にしないで欲しいわァ」



 自分の体を掻き抱いて身を捩る。ミカライトは本気で嫌そうだった。

 でも姉妹と、そんな風に思えてしまう。



「もし誰にも発見されなかったらガドガドは怪物の腹の中で生き絶えていたでしょう。ガドガドの母を殺したは事実、ですが、ガドガドを助けたのも事実なのです」


「……………どう思う? ガドガド」



 俺は後ろにいるガドガドを見た。

 彼女は体育座りをして縮こまっていた。体を丸めて、顔を伏せる。



「よく、わか、わかんない……わたし、おじちゃん、しか、いなかった……」


「学園長か。そうだ、フライヤーさんは学園長先生からどんな話を伺ったんですか?」


「……話せない部分があることを先に断っておくわ」



 話せない部分。

 それは恐らく俺のこと。俺が勇者で、勇者のそばにいろと言い伝えた学園長の言葉の真意をフライヤーが聞いているのなら、それを話すには俺が勇者であると言うことを明かす必要がある。

 その話は後で聞かせてもらおう。



「私が学園長から聞いたのは、ガドガドはずっと一人だったと言うこと」


「一人……」


「一度、学園長先生の家族が営んでいる孤児院に預けられていた時期があったみたいだけど、しばらくして学園長自身が個人で彼女を引き取った。どうも、馴染めなかったみたい。ひ孫のフィルル、ペグートンと言う二人の方がよく一緒に遊んでいたらしいのですが……」



 フィルルさんと、ペグートンさん。

 昨日の夜出会った学園長のひ孫二人。

 そう言えば彼女達は14歳、ガドガドと同い年だ。孤児院にいたのなら、彼女達とも面識があってもおかしくないし、遊んでいたと言うのも本当のことなんだろう。



「でもやはり、馴染めなかった」


「それはガドガドが魔物とのハーフだから?」


「思い出して、この学園の道徳は異文化を認めること。同じ人間が携わっている育成機関において、異なった方針にはならないわ。だから孤児院の子供達も幼いながらにガドガドを受け入れようとはしてたみたい」



 ソファに座るロザリアとボディア。彼女らはもうお菓子に手を付けず、真剣に話を聞いている。



「でも、それでもダメだったってこと?」


「そう。問題は———」


「わたし」



 後ろから小さくも、ハッキリと耳に届く声が聞こえた。

 振り向くと体育座りに折り曲げていた足を広げて、女の子座りで胸に手を当てるガドガドの姿があった。



「わたしが、ダメ、だから……だよ」


「ガドガド」


「だって、だって、だって!」



 ギリッ、と歯噛みの音。

 そして今日一日中ずっと一緒にいた彼女からは考えられない、鋭い目を俺の方に向けて来た。



「なんでお母さんが殺されなきゃいけなかったのか、わからないんだもん!!」



 叫び。

 慟哭。

 ……涙はない。きっと周りにいる全員、彼女の涙は見えていない。

 けど俺には見えた。ガドガドの目から涙が溢れる光景が。



「ガドガド……」


「なんで⁉︎ ねぇ! なんで⁉︎ お母さんは⁉︎ あの孤児院でも、他の子はお父さんやお母さんが出来た子がいた! でも私にはできなかった!」



 孤児院で養子として他の家に迎えられた子供達のことだろう。

 けれどガドガドにはそんな救いの手は差し伸べられることはなかった。

 それは恐らく外部から見れば、彼女は魔物とのハーフだからだ。



「だから私には……おじちゃん……しかいない!」



 なぜガドガドの母は殺されなければならなかったのか。

 なぜガドガドはずっと一人ぼっちだったのか。

 その疑問の明確な答えを……軍人の出であるフライヤーと、軍人を親に持つミカライトは持っている。



「……………」


「……………」



 しかし彼女らはガドガドの涙のない慟哭を聞いて、黙ってしまっていた。そして彼女らの持つ軍事側としての意見を言おうとはしなかった。



(だったら俺が言わせてもらおう)



 この世界の事情が身を引いた。

 だったら一歩踏み込んでやる。



「ガドガド、私の意見を言っていい?」


「……? な、に?」


「私は———」



 脳裏に過去のことが蘇る。

 あの日、あの時……両親を殴った時のこと。



「———私は、自分のために行動をした」


「?」



 キョトンとした彼女の顔。

 わけがわからないだろう。

 隣にいるニーナや、近くにいるラウラウやフライヤーだって俺が何を言っているのかわからないはずだ。

 それでも俺は言う。



「自分のために拳を握った。その行動が、正しいか正しくないかなんて、殴った後に考えたくらい。それでも、自分勝手にやったことのお陰で……私は欲しかったものが手に入った」


「………」



 ガドガドは黙って話を聞いてくれる。



「だから私はこう思う」


「な、に?」


「勇気とは好転させるためのもの。そりゃあ良い方向に行くか、悪い方向に行くかはやってみないとわからない。わからないけど踏み出す———勇気。“やる”って覚悟。それが大事なんだと思う」


「…………」



 ポカン、と口を開けて惚けている彼女の小さな肩に手を乗せて、真正面から目を見る。

 水面のように揺れるその目を、真っ直ぐに。



「ガドガドの一番欲しいものはなに?」


「ほしい、もの?」


「そ。欲しいもの。食べ物でもいい、服でもいい、歌でもいい。なんだったら行きたい場所とか。言ってみて」


「ほしいもの……」


「やっぱりステーキか? それとも昔いた孤児院ってところに行ってみる? もしかしたら昔とは景色が変わってるかもよ?」


「わたしが、ほしいものは……」


「うん。ガドガドの一番欲しいものは?」



 彼女の答えを待つ。

 戸惑いながらも、キチンと答えを探して、そして小さな口を開ける。



「とも、だち」


「友達?」


「ひ、ひとりじゃないことが、いい! もう、さみしいのは———……いや……」



 最後の『いや』は泣きそうになりながら滲み出た言葉だった。



「そっか。気づいてあげられなくてごめん」


「え?」


「でもこれからは、私が友達」



 胸をドンと叩いてみせる。



「よろしく」


「え、でも……」


「ちなみにキャンセルやクーリングオフは効きません。私はもう、ガドガドと友達のつもりだから。それじゃそう言うことで」


「ま、ままま、待って⁉︎」



 ガドガドの言葉遣いが再びハッキリした。

 慌てているようだ。



「そんな、いいの?」


「何が?」


「こんな突然、急に、あっさりと」


「もしかして私のことを気遣ってくれてる? だったら身を引くんじゃなくてこう言って欲しいわね」


「え?」


「『いい度胸だなこの野郎。上等だ、私をまた独りにしたらブッコロしてやる』ってね」



 そのほうが張り合いがある。この方が俺好みだ。

 しかしガドガド的には微妙だったようで。



「え? え……?」


「腹ぁくくれってこと。腹を括るってのは後の事も先の事も“あえて”全部かなぐり捨てて、命一つで前進する事だ」


「はらを、くくる……」


「当たり前だろ? なにすっとぼけた顔してんだ」



 俺はベッドから降りてから、腰に手を当てる。



「求めたものの代償だ。友達が欲しいと願ったお前は、お前の悲痛の声を受け止めた私のために、友達として前を向け」



 ずっとポケーとしたままのガドガドの手を引いて、力が抜けた彼女の体を引っ張る。



「んじゃー、私たちはこれから晩ご飯に行ってくる。ニーナも行く?」


「………私は、後で行くわ」


「そっか。それじゃ待ってるから。行くぜー、ガドガド」


「あ! 待って私たちもいくよ。行こう、ボディア」


「え? え、ええ」



 ロザリアとボディアも着いて来て、部屋を出た。


△▼△▼△▼△▼

 あれよあれよと話が進んだ。

 辛気臭くなったり、ネガティブな雰囲気になる事なく、あっさりとソニアはガドガドを連れて部屋から出て行った。

 まるでさっきまでの事が夢だったかのよう。

 すんなりと終わった。



「……なんだか、見たことある光景だったわねェ」



 静まり返った部屋の中でミカライトの声がした。その後、ミカライトはスタスタと足早気味に部屋から出て行った。

 ラウラウは彼女の言葉を聞いて、自然とニーナに目を向けていた。

 ニーナは———小さく笑っていた。嫉妬心もあった、羨む気持ちもあったはず。それでもニーナは『仕方ないなぁ』と言う気持ちの方が大きかった。だから小さく笑っていた。



「そうよね。あなたは、“()()”よね」

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