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【5】魔法学校 後編

 魔法学校の奥の方に、木々が生い茂った小さな森のような場所がある。

 そしてその小森の中に『旧校舎』と呼ばれる古びた校舎がある。それはこの地域が王都ノーヴィスプラネスと呼ばれるずっと昔に、学校として使われていた場所。

 一度改装工事をして外装はコンクリートで出来ていて、しっかりとした作りになっているが、経年劣化のためヒビ割れや苔が生えている。そして何よりこじんまりとしていた。

 そこに最後の候補者がいるそうだ。



「って、なんか変な雰囲気じゃない?」


「ふん。なんかバケて出てきそうな雰囲気だな。まだ昼なのにな」


「へ、変な事言わないでよ」



 森の中にあるから暗い。

 夜の校舎ってのは、夜の病院と同じくらい怖い。

 底冷えする恐ろしい雰囲気があった。



「ここに、本当にいるの? 学生が?」


「ええ。行きましょう」



 ソピアーが割れたガラスの両扉をギギィ、と開けて古びた靴箱が並ぶ昇降口に入って行く。その後について行こうとした———その時だった。


———ギャアアアアアア!!!



「ヒィッ⁉︎ な、なんの声⁉︎」



 入った途端、謎の叫び声が聞こえた。

 響くほどの声。

 悲鳴のような、咆哮のような、感情の乗った叫び声。ハッキリと聞こえる大きい音だったので聞き間違えではない。

 思わず隣にいた小原に抱きついてしまい、力づくで引き剥がされる。



「落ち着け、抱きつくな」


「だ、だって……」



———ギィィヤアアアア!ヒィ!アアッ!アアアアアッッ!!



「ヒィイイイ!!」


「だから抱きつくな! おい令嬢、これはなんだ?」


「ふふっ、お気になさらず」



 トン、トンと黒いドレスの少女は軽い足取りで深い暗闇の方へと歩いていく。

 ヒラリとスカートが舞う。

 小原は恐れを知らないのか、真っ直ぐにソピアーを後を追う。私は足が震えてその場で固まってしまっていたが、また苦しむような叫び声が聞こえてきて、慌てて追いかける。



「なんなんだ一体」


「ふふふっ」



 ソピアーは怪しく笑うだけで小原の質問に答えない。

 奥へ奥へと進むと、どんどん辺りが暗くなる。陽の光なんてもう僅かしかない。



「ん。待て」



 途方もなく長く感じる廊下を歩くうち、不意に小原が前を歩くソピアーの細い腕を掴んで止めた。

 首を傾げる彼女と、わけがわからない私。小原は前方を見ている。

 そこは真っ暗闇で何も見えないが……。



「よく見ろ、颯太」


「え?」


「何かいる」


「エエッ⁉︎」



 瞬間、ヒタ、ヒタと足音が聞こえて、暗闇から何かが近づいてくる。



「な…………な、に……?」


「さあな」



 平然とする小原。

 一方でソピアーはずっと首を傾げていた。彼女も予想外の事態らしい。

 そしてシルエットが浮かび上がり、割れた窓から差し込むか細い陽の光がその姿を照らす。



「あ……⁉︎」



 怪物だった。

 背が高く、廊下の天井に頭がつくほどの大きさ。平均的な人が通るために作られた学校の廊下だ。それを天井につくほどと言う事は、人以上の大きさと言う事。

 ありえない。

 そして、燕尾服とスラッとしたスーツズボンを身にまとい、露出した顔や腕には包帯が巻かれていた。ありえない風貌の怪物……にも関わらず、身につけているものは真新しく感じた。



「な、に、あ、れ」


「……さあな。ただ……」



 ヌラリ、影から現れたソイツはこちらに向かって歩いて来ている。

 包帯に巻かれて見えない目と顔。しかしその視線は、私たちの方を凝視しているように見えた。



「こっちに向かって来ている⁉︎」


「好意的な相手ではないようだ」



 スッ、と小原が拳を握って構える。

 瞬間、化け物が凄まじいスピードで飛んできた。天井スレスレの位置を、蜘蛛のように足を広げて飛びかかってくる。



(こ、こっちには小原がいるけど……こ、これは⁉︎)



 戦闘の気配。



「———待って!」



 その時、少女の焦った声が廊下に響いた。

 ソピアーではない、新しい声。

 すると飛びかかって来た怪物は、天井に腕を伸ばして、ズドン!と腕を天井にめり込ませ、こちらに落ちてくる前に無理やり止めた。

 そして顔が背後を向く。

 私もそちらを見れば、ゴスロリ姿の銀髪の少女がいた。暗闇の中ぼんやりと佇んでいて、赤く光る目を浮かばせる。



「おじさん、ダメだよ。ソピアーちゃんはお友達でしょ?」



 ゴスロリ少女が、怪物を止めた。

 すると怪物はそれでもこちらに顔を向けて意識を向けてきていたが……少しして、天井から降りて少女のそばに侍った。



「ごめんね、ソピアーちゃん。私もよくわからなくて」


「ふふふっ、いいえ構わないわよ。レニッツァ」



 ソピアーは笑っていた。

 どうやら仲のいい二人らしい。



「はあはあ……た、助かったの?」


「どうだろうな。安心はしないでおけ」



 小原はいつも通りの格好で平然としつつも、一切気を抜かない。熟練の戦士と言うオーラ。

 けど私は、眼前の脅威が過ぎ去ったのを感じて、それに甘えてふぅと一息ついて落ち着いた。

 レニッツァと呼ばれたゴスロリの少女は、トテトテと小さな足取りで歩いてくると、ペコリと頭を下げた。



「ごめんなさい。突然おじさんが叫び出して、それであなた達の方へ走って行っちゃったの。私も何が何だかわからなくて」


「レニッツァは悪くないわ。それに、あなたのナイトだって考えがあっての行動のはず。謝る必要はないわよ」



 さっきの大きな悲鳴の正体はコイツだったのか。

 しかし、おじさんだの、ナイトだの、一体この包帯マキマキの化け物はなんなの?

 レニッツァと呼ばれたあの女の子の、護衛みたいなもの?



「ソピアー、その子が今回の?」


「いいえ違いますわ小原様。目的の人物は、さらに奥におります。かつて職員室として使われていた二階の一室に……」


「……そうか」



 そこで小原は一旦、警戒をといた。

 レニッツァを入念に観察して警戒する必要がないと判断したのだろう。



「なら連れて行ってくれ」


「ええ。レニッツァと一緒に向かいましょう。さあ、案内してくれるかしら」


「お兄ちゃんのところだよね。うん。いいよ」



 ゴスロリの少女と、黒ドレスの少女が前を行く。

 その後をついて行くが、私たちと彼女らの間には、包帯の怪物がノソリノソリと歩いていた。動きはトロそうに見えるが大きくて長い足で歩いているため、一歩が大きく、速度は早い。ちゃんとレニッツァについて行っている。

 そうして二階まで来て、ボロボロの立札に『職員室』と書かれた一室に辿り着く。



「ここ?」


「うん。入って」



 レニッツァは小さな手でドアノブに手をかけて、扉を開けた。

 中は暗闇だった。

 閑散とした広めの部屋の中。カーテンが閉じ切って真っ暗闇。学生用の木の机や椅子があちらこちらに散乱しているが、床は掃除しているのか綺麗だった。

 そして———奥。学生用の椅子に誰かが座っている。影になって姿はハッキリとは見えない。

 レニッツァ、包帯の怪物、ソピアー、小原、私の順で入って行き、全員中に入ったところで……。



「いいぜ、オーケーだ」



 椅子に座っている人物から、そう聞こえた。

 男のようだった。



「まだ何も言ってないが」



 小原が指摘する。

 しかし影の向こうの男は、片足を自分の座る椅子の上に乗せて膝を立てると、偉そうに続けて言う。



「知ってるからなァ。そもそも、今回の件で魔法学校を参加させるよう校長に直談判した張本人が、俺だ」



 校長に?

 コイツが?

 小原も疑っている。



「そうなのか?」


「ああ、そうだぜ。勇者小原」



 不遜。

 不敬。

 舐め腐った態度のまま、小原と話している。



「お兄ちゃん、電気付けるね」



 レニッツァがトテトテと、スイッチの方に歩いて行って、パチンと天井の電灯に光が灯る。

 明るくなった部屋に、椅子に座った男の姿が現れる。

 細い体に、長い手足。黒と赤のジャケットと、黒いズボンに、腰には赤い布を巻いている。そして顔は……爬虫類のような、ねっとりとした目つきに、ニヤリとひん曲がった口角。

 絵に描いたような捻くれ者だった。



「どうも、お見苦しいものをお見せして申し訳ないってトコロか」


「何が? 別にお前みたいなのも、お前以外も沢山見てきた」



 それを聞いてひん曲がった口角がさらに曲がって、上がる。嬉しそうだった。



「ふふっ、やはり噂通りだった。小原灯旗の人柄は」


「それで、お前から言い出したって事だよな。魔法学校の参加を」


「ああ。ただ、俺の願いを叶えて欲しい」


「願い?」


「その願いのために、参加を希望したところもある」



 おもむろに椅子から立ち上がると、ゆっくりとこちらに歩いてくる。



「どうだ? 聞き入れてくれるか?」


「まだ内容を聞いてないから、なんとも」


「じゃあ内容を聞けば認めてくれるか?」


「内容次第に決まってるだろ」


「……ふん、まあそうか」



 面倒くさそうに頭をかくと、私たちから離れていった。

 そして背を向けたまま、黙ってしまった。

 無音の空間。全員、彼の答えを待っている。

 けれど一向に彼は何も言わない。業を煮やして私が前に出る。



「ちょっと! 早く言いなさいよ! どうしてアンタなんかに時間を取られなきゃいけないのよ!」


「おい颯太」



 小原から注意されても、イラつきは止まらなかった。

 すると肩越しにこちらに目を向けてきた。スゥッと細く、相手を舐め腐った目で、こちらを観察してくる。その目に一瞬気圧されそうになってしまった。

 慌てて小原の後ろに隠れつつ、怯まずにさらに文句をぶつける。



「こっちは時間がないのよ! 忙しいの!」


「………なあ、質問いいか」


「なんですって⁉︎ ちょ、こっちが先に質問してたでしょ⁉︎」


「お前、本当に勇者か?」


「———ッ⁉︎」



 ビクッと体が震えてしまう。

 また言われた。

 ここに来た時も、ソピアーに言われた事だ。

 しかしソピアーは、ガンマンズの登場で勇者に対して不信感を抱いていたから、出た言葉だった。

 けど目の前にいる男は違う。そう断言できた。完全に私を、勇者ではないと、怪しんでいる。



「わ、私は歴とした勇者よ! ねぇ! 小原先輩!」


「……そうだ、颯太は勇者だ。間違いはない」


「ふぅん…………」



 小原に言われて、一旦引っ込めるつもりのようで、彼はつまらなそうに顔を戻した。



「ところで、お前の名前をまだ聞いてなかったな」


「ノディ。ノディ・セレスティアル」


「へぇ、綺麗な名前だな。良い名前だ」


「お褒めに預かり光栄です」



 ノディ、と名乗ったイケすかないバカは、やっと改めてこちらに体を向け直した。



「申し訳ない。俺も、わからない部分があって判断に迷っていた。だがそこの勇者様の言葉と、声を聞いて決心がついた」


「なによ……」


「小原灯旗、そして朝倉颯太。アンタらに聞きたい———ソニア・ブラックパンツァーを知っているか」



 ……は?

 なんで急に()()()を?

 ……いや、まさか。“アイツ”に関する事で、こうやって話題に上がるのは……この前の件しかない。

 私が黙っていると、小原が先に答えた。



「……知らない奴じゃない。アイツがどうかしたか? こんな暗がりに潜むお前からその名が出るとは思わなかったが」


「その暗がりから出た時のこと、見たんだ……俺はこの目で見た。銀髪の名も知らぬ少女が、あのダイス・グリッドハウスを吹っ飛ばしている場面を———」


(———……………は?)



 頭がショートして何も考えられなくなる。

 “アイツ”が、何したって?



「それはあの事件の後、フライヤー七階級から聞いた。いや斎斗(さいと)も見ていたと言っていたな。まずダイスは大神殿で斎斗と交戦し、階段から転げ落ちた後、ソニア達と戦い始めたと。その間斎斗はその場にいたフライヤー達を回復していたが……その最中に、ソニアが電信柱を振り回しダイスを吹っ飛ばしたと」


(な、なに……それ)


「斎斗が言うには、ダイスは大神殿での戦いでオーラを使っていた。青色のオーラだった。そして斎斗との戦いで出し切った後だったから、ソニアもダイスに一撃を喰らわせられたと……現場にいた斎斗はそう言う見解らしい」



 小原の語る事がよくわからない。

 いつ、どこでそんな事が起きたと言うのか。

 なんで。

 なんで……。


 脱ぎ捨てたはずの、抜け殻が注目されている———⁉︎



「……俺は戦闘の全てを見ていたわけではない」



 ノディは室内を歩きながら語る。



「しかし銀髪の少女がダイスをぶっ飛ばし、そしてあの後、“五芒星”のジュピター・スノーホークが現れたところまで見ている。もちろん勝負の最後まで見た。その後すぐに銀髪の正体を調べて、ソニア・ブラックパンツァーと言う名前だと言う事を知った」


(———ッッ)


「驚いたよ。まさか、Cクラスだとはね。そんな落ちこぼれも落ちこぼれの、無名の女子が事件の渦中にいたとは。だが同時に、ソニアが巷で有名な“勇者蹴り(ブレイブキック)”だと知った———」



 コツ、コツと教室の中をブーツで歩く音が響く。



「だから気になるのさ」


「……それと、今回の件になんの関係がある?」



 小原が一番聞きたい所を聞いてくれた。

 ノディはすぐに、答えた。



「ソニアを———」



 その答えに私は歯を軋ませた。

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