【3】魔法学校 前編
五芒星に、ギブソン。
煩わしい名前ばかり聞いてしまった。
ラブカ君もなんだってあんなギブソンなんかを気にしてるのかしら。一体彼とギブソンになんの関係があるのよ。
「……というか、またどっかに行ってるの? もう疲れたんだけど。帰りたーい」
「すぐ近くだ」
前をズンズン進む小原は、どこに向かうのかは教えてくれなかった。相変わらず肝心なところを言わないわね。
仕方なく小原の背中に付いて行った。だが周りの景色を見て、どんどん、どこに向かっているのかが分かってきた。
そういえばさっき、戦闘関連の学校が今回の件に参加すると言っていたわね。
「ちょ、ちょっとこの先って……魔法学校じゃない?」
「お? わかるのか? すごいな、来たばかりなのにもう土地勘があるのか」
どうでもいいことを言われている。
そんなことよりも、重要な事がある。
魔法学校に向かうのはマズい、いいや、マズいというか……嫌だ。
「や、やめない? あんまり好きじゃないから、魔法とか」
足を止めた私に、小原は振り返ってわずらわしそうな顔を見せてきた。
「なんだ? 別に入ったら襲われるなんてことないぞ」
「う、うぐ………」
「いいから付いて来い。逃げたらぶん殴っても連れていく。自分の代の学生達にタンコブこしらえた情けない姿を見せたくないなら、大人しく歩け」
「…………気絶できて、それで魔法学校に行かなくて済むならその方がいいかも」
「は?」
目を点にして、こちらに体を向ける小原。
私の言ってる事が本格的にわからなくなったって様子……けど、殴られて気絶する方が何百倍もマシ!
私は逃げようと踵を返して走り出す。
「どーいう事だ……? まあいい」
後ろから小原が指を鳴らした音が聞こえた。
瞬間、前方の物陰から大勢の軍服を着た男たちが立ち塞がった。これは……軍人!小原が私に見つからないように連れて来ていたのか!
「止まれ颯太。何をそんなに嫌がっている。もはや異常だ」
「う、うるさいわね! 私は……嫌だって言ってるでしょ!」
「なぜだ?」
「なぜって……それは……」
何を言っていいか判断ができなくて口が閉じてしまう。
あの中には、もしかしたら今の私が会いたくない相手がいるかも知れない。けどそんな事言ったところで小原に信用してもらえるかわからない。
「……最初に、時間はないと伝えたよな。嫌でも何でもついて来い」
「くっ………な、殴りなさいよ。気絶させなさいよ! こうなったらもうそれでいい!」
「悪かった」
「え?」
「朝から、起こすためとは言えかなり乱暴な脅しを言ってしまっていたな。今も同じだ。悪い……お前がそうやってパニックになってるのも、俺に原因の一端があるだろう」
急に殊勝な感じになったかと思うと、頭を下げられた。
普段なら『うひょー!あの勇者が私に頭を下げてる!』とウキウキしただろうけど……今は違う。
まさか小原が謝るとは思わなかった。
「いや……別に謝られるような理由じゃないし」
「……颯太。これは俺からの頼みだ。ついて来てくれ、お前の代の事はお前がいなきゃ話にならないんだ。お前こそが、変えようのない、嘘偽りない今代の勇者なんだ」
「……小原」
真摯に見えた。
自分でも腐って歪んでる性格してると自覚してるけど、でも目の前で大きな体を折ってこちらに頭を下げる小原の、綺麗な姿勢とこんな私にも頭を下げる態度は———素晴らしく思えた。
って!な、なにほだされてるのよ私は!
「ま、まあちょっとの間だけ入るくらいなら付いてってもいいかしら。ね」
「ああ。代わりに後でポテチでもフランクフルトでも買ってやるからな」
「………………」
「あん? なんだその微妙な顔」
「あなた、乙女心ってご存じ?」
「は? ……いや、ん? オトメゴコロ?」
私の外見が男だから首を捻っているのか、はたまた本気でわからないのか。
後ろから何人かの女性のため息が聞こえた。小原が集めた軍人達の中からだ。まさか私の指摘が的中したのかしら。ま、どうでもいいけど。
「孟獲心攻ならわかるが……なんで急に乙女心なんて話を?」
「もうか、なに?」
「あー、そういや三国志知らないんだったな。ま……ついて来てくれるなら行こうか。もう昼だしな」
「なによそれ。はあ」
正直まだ気乗りはしない。
行くって言ったけど今から走り出して逃げ出したっていいと考えている。小原に義理なんてないからね。
ただ後ろにいる軍人達は厄介。ここは大人しく行った方がいいかと思った。
……本当、嫌なんだけどね。
△▼△▼△▼△▼
王都の北側に魔法学校はある。
さらに近くには『コアマジック協会』と呼ばれる魔法使い達の組合場所がある。この辺りは完全に魔法使い達の区画。
ちなみにコアマジックの会長は三田眞法で88代目勇者。
「騎士学校は質素なもんだったが、こっちは割と校舎の壁とかこだわってるな」
小原が校舎を眺めながらそう感想を述べた。
コイツの言う通り、魔法学校の校舎の壁は六角形の柄があって色も赤茶色だ。
まあそんな事より、私はキョロキョロと周りを窺う。
(アイツはいないわね。ふぅ……とりあえずよかっ)
安心しようとしたその時だった。
バサッの目の前に何かが落ちてきた。
「きゃあっ⁉︎」
びっくりして思わず悲鳴をあげてしまった。
心臓がバクバクする。
「よお、お前が案内係か」
横にいる小原はいたって平常心だった。
ビックリした私が情けなく感じる。
そして、目の前に落ちてきたものをよく見れば黒いドレスを着た小さな女の子が静かに立っていた。
「ええ、その通りですわ。ようこそ魔法学校へ」
落ち着いた様子で挨拶すると、その手にポンッと日傘を出した。あれはコアを使った魔法で物を作り出したんだ。
日傘を差したドレスの女の子は、ゆっくりとかしずく。
「わたくしはソピアーと申します。ソピアー・ハニーアップル。ふふっ、可愛い名前でしょう?」
勇者二人を前にしているのに平然と笑う。まったく緊張もしていない。随分とキモが据わっている。
「また蜂か。ふぅーん」
小原は名前を聞いてなんか引っかかっていた。
どうでもいいけど。
「で、お前は参加しないんだったよな」
「ええ。何も得られるものはないと判断しましたので。だって………」
ドレスの少女の目がスウッと細まり、私を値踏みするように見てくる。
「……そちらの方、当代の勇者様だそうですが。どうも私の目には『勇者に見えない』のですわ」
「なっ!」
急に何言ってんだこの女!
激昂して身を乗り出した私を、横から手を伸ばして小原が制止した。
「まあ待て。ソピアー、コイツは確かに勇者だ。神殿から召喚されて、ちゃんと俺たちの元の世界にいた人間で間違いない。本当だ」
「ふふっ、ふふふふ……うふふふふ! あはははははは! キャハハハハハハハハハハ!!」
小原の答えを、高い声で笑い飛ばした。
「召喚されたら全部勇者ぁ? うふふ、おかしいわね。巷では三世代前の勇者が、選択放棄した事で『裏切り者』と揶揄されているのに……」
「……影山のことか。だがアイツだって必死に悩んでた。それでも、戦うのが怖いから……結局選ぶ事ができなかった。元々引き篭ったりするような子じゃなかったが、この世界の人間達からの期待や信頼が怖かったんだ」
「ならば“ガンマンズ”の事は?」
「……それは、俺らの力量不足だ。いや影山の件もそうだ。俺たち同じ勇者が心の支えになるべきだった」
「ぷっ! ふふふっ! それこそおかしいわ。戦いのない世界にいた彼らを、戦いに身を投じるよう誘導するなんて……その所業はまるで悪魔のよう……」
「…………………」
小原は真顔で、ソピアーの顔を見つめたまま黙ってしまった。
「ふふっ、いいえ申し訳ありませんわ。小原様が良い人だとわかった上での問答でございました。わたくしに何を言われようとも動じない胆力と、先入観を持たずにどんな相手でも平等に接するその姿勢。そんなあなただからこそ、好き勝手言えましたの。どうか許してくださいまし」
「……そうかい」
「しかし私の見解はこうです」
再び私の方を見てきた。
「勇者であるかどうか、それは立場や称号、成果などではなく……人柄。それが第一ではないでしょうか」
「かもな」
「ガンマンズは無差別に攻撃を仕掛けてきたと聞きました。また勇者の中からそんな方々が現れないよう、あなた方には順番な注意を払っていただきたいものです。これはこの国に住む一市民の些細な文句と受け取ってくださいまし」
「ああ、肝に銘じとく。墓に入っても忘れねーさ」
バシッと小原に肩を叩かれて、ハッと気がつく。
『勇者に見えない』と言われて頭の中がショートしかかっていた。まさかバレたのかとも恐れた。
けれどこの女はどうなら、ガンマンズの件で敏感になっているだけみたいだった。ただ私からの心象は最悪になりましたけどもね。
てかなんだってこう、勇者に対して楯突こうとする奴が出てくるのよ。勇者がどんな存在か忘れたわけじゃないでしょ?
「さてそれではご案内いたしましょう。曲者揃いの巣窟、我が学校を」
日傘をくるくる回しながら楽しそうに言った。
ムカつくやつ。
△▼△▼△▼△▼
現在は昼。
まず案内されたのは食堂の方だった。中には生徒がごった返していて、私たちが入ると一瞬でざわめき立つ。
ふーん、ここの食堂は狭いわね。勇者学園とは違う。
しかしこの私を見たらすぐにザワつくこの感じ、相変わらずたまらないわね♡
「最初に紹介する奴はここにいるのか?」
「ええ。まずは私たちの代で、最高の実力者2人をご紹介いたします。恐らく一位二位と称しても良いお2人ですわ」
「ほお、初めから大きく出たな」
「あちらの席にいらっしゃるのが、アルマ・カウガールとティノ・グレイコークスです」
案内された場所にいたのは二人の男子生徒。
黒髪で黒色のジャケットに赤いズボンを履いているのが、アルマ。
金髪で金ピカなジャケットに黒いズボンを履いているのが、ティノ。
二人は私らが目の前に現れると同時に反応した。
「ん、おい来たぞティノ。俺らの勇者様だ」
「わかってる。食堂に入ってきたのが見えてた」
アルマは勇者が目の前に来たと言うのに背もたれに肘を乗っけて、足を組んだ姿勢を一切崩さず、平然とティノに話しかけていた。
その向かい側に座るティノはポテトをポリポリ齧りながら、こちらもまた平然としていた。
なんでこうも勇者に対して緊張感のない奴らばかりなのかしら。周りにいる他の生徒たちは恐れていたり、羨望の眼差しを向けてきていたりしてるのに。
「よお。お前らが一位と二位か」
小原が話しかける。
「おおっ! まさか小原様にそう評価されるとはな。へー、どこで聞いたんだ?」
嬉しそうにするアルマって奴は完全にタメ口だし。
「そこの案内役から聞いた」
「あ? ソピアーから? なんだよ、別に話題とか有名になってねーのか」
「ふふふ、ごめんなさいね。先にネタバラシしちゃった」
「んー、それで実践訓練の話ですよね」
ポテトをポリポリしながらティノが聞いてきた。食べるのやめなさいよ。
「ああ。当然、もう聞き及んでいると思うが俺たちは今年の世代には何かあると睨んでいる」
「んー、ちなみに企画立案は誰なんすか?」
「仁科」
「あれー、でもその人ってガンマンズの仲間なんじゃないかって噂が立ってますよね。大丈夫なんですか?」
恐れ知らずなのか、結構デリケートな部分にも踏み込んで来ている。
まああの仁科って奴は嫌いだから好きなだけ悪口言ってもらいたいものね。
「俺は違うと思ってるがな。まあどっちみち、アイツが敵だった場合どうしようもなくなる。そうじゃないと願うばかりだな」
「確証はないと?」
「あったらお前をぶん殴ってる」
「うへぇ、それは勘弁してもらいたいですね。ま、でも……」
ポテトを最後まで食べ終わったティノはおもむろに立ち上がると、両腕を振り上げた。
「それじゃあ今から準備だ! 行くぞアルマ! まずは旅行鞄を買いに行かねーと!」
「ピクニックに行くわけじゃねーんだぞ? それにまだ小原様の了承が降りてねーだろ。とりあえずもっかいポテト食って大人しくしてろ」
アルマにポテトを口に放り込まれて、大人しく座り直した。
食べ終わったら急にテンション爆上げした。どうやら食べている間だけまともに喋れるみたいね。
「それで、どうだ? 俺らは合格か、不合格か」
「もちろん合格でいい。テメェのその図太さに期待してる」
「そりゃどうも、ありがとうございます」