勇者の元にいろ
「オーバーロード、と言う魔物はご存知?」
ここは食堂。
朝ごはんのカルボナーラをつるりと食べる途中、汚れた口元を吐いてくれながらフライヤーはそう聞いてきた。隣には黙々とパンを齧るガドガドがいる。
部屋から食堂に移動してフライヤーからガドガドについての話を聞いているところだ。
当然裸ではなく、適当に部屋にあった服を見繕って着せている。
「いや、知らない」
「牛の頭を持った人型の魔物でね。異世界から召喚された勇者はミノタウロスとも呼んでいるわ」
「牛の頭」
隣に座るガドガドを見ると頭にツノが生えている。
それが牛のツノと言われればそう見える。
「フライヤーさんはガドガドを見てもなんとも思わないんですか?」
「そりゃ思うところは雑把にあるわよ。けど、ライトニングの副官のオシラーゼも同じだから」
「ああ、そっか」
姐さんの副官である妹のオシラーゼは、鬼という魔族と人間のハーフ。
フライヤーにとっては慣れたものだろう。
「おな、おなじ?」
「ガドガド?」
不意に、ガドガドが小さな声でそう言った。
パンから口を離してフライヤーの“同じ”という言葉に反応した。
俺は会話を試みる。
「どうかしたの? 話なら聞くわよ」
「お、おなじ……って、わたし、たし、と?」
たどたどしい話し方でそう聞いている。
「いいえ、あなたと境遇は違うわよ」
「境遇?」
ハッキリと答えたフライヤーに俺が尋ねる。
彼女はガドガドについて知っている様子。
「食堂で話せる事ではないわ。後で、放課後部屋に帰ったら話すわ」
真剣な表情で、首を振って断られた。
彼女の表情から大事な話なんだとわかる。だから俺も納得して頷く。
「わかったわ。後でね。でも、私は放課後用事があるから、帰るのは遅くなるかも」
師匠からは放課後にあの場所に来いと言われている。
Bクラスに上がるための修行だ。行かなければならない。
フライヤーが怪しむ顔を向けてくる。
「……そう言えば昨日も帰りが遅かった気がするわね。どこで何をしているの?」
「ちょっと学園から離れた場所で、スクボトルって人から鍛えてもらってるんです」
正直に話した。
別に隠すほどのことじゃないしな。
「スクボトル……? 誰?」
「ああ、後はホーネットさんも協力してもらってるんです」
「ホーネット三階級が……? 中央基地から学園まで離れているのに。バイクで来てるって事? そこまでして———」
「フライヤーさん?」
「っ! あ、ああごめんなさい。少し動揺してしまったわ」
ぶつぶつと思案顔で顔を俯かせて行くフライヤーに声をかけると、彼女は取り繕うように食べ終わった食器を持って立ち上がった。
そしてガドガドのそばに立つ。
「とりあえず、この子は私が教室に連れて行くわ。あなたも教室に……」
「うう、ん。いか、いかない」
肩に置かれた手を振りほどいて、俺の方に体を寄せて来た。
「え?」
「……どういう事? あなただって勇者パーティ候補の一人でしょう? ちゃんと授業を受けないと、あなたを保護している学園長が……」
「ちが、ちがう。おじ、ちゃんが、ゆうしゃのもと、もとにいろ。て」
「なんですって?」
「勇者の元にいろ? 学園長がそう言ったって言うの?」
俺とフライヤーは首を傾げながら目を合わせる。
向こうはまったく事情がわからないと言った顔だ。
(俺の中身が朝倉颯太、すなわち勇者だと言うことを知っている人物は限られている)
知っているのは学園長、偉大な魔術師ナパ、目の前にいる軍人フライヤーと、彼女に事情を伝えたという魔王の関係者であり牢屋に捕まっているルブロン。
そして朝倉颯太の体に入っているソニア本人。
ニーナはまだハッキリと断言してないが気づいてはいるはずだ。
この子が学園長関連の子だとして、学園長から勇者の元にいろと言われて俺のそばにいると言うのは、確かな信憑性を孕んでいる。
(だが疑問なのは、どうして学園長は俺の元にいろなんてガドガドに伝えたんだ?)
「……勇者の元、なら、朝倉颯太は王都にいるはずでしょ?」
フライヤーが恐る恐る聞いた。
事情を知る学園長から話を聞いたと言うなら納得できる。しかし僅かな可能性ではあるが、そうでない場合を考えると……ここにいる俺が朝倉颯太であると知った経緯を確かめる必要がある。
ガドガドは答える。
「おじ、ちゃん、からは……ゆうしゃのそばにいろ。と」
「———ん?」
学園長からは『勇者のそばにいろ』としか言われてない?
つまり、俺の正体の事は喋ってない。
なのに、ここにいる理由とはつまり……。
(誰かが俺の正体をガドガドに教えたって事か⁉︎)
そんなバカな!
だがガドガドは確信を持って、俺が勇者だと知っている雰囲気だ。
なら誰かが彼女に教えたという事になる。
(学園長はありえない。慎重なナパさんもない)
さっき挙げた俺の正体を知る者。
まず学園長とナパさんは真っ先に除外する。あの二人が話すとは思えない。学園長に関してはガドガドが伝えられてないと言うのがなによりの証拠だし、あの人は『勇者と魔王が関わっているから慎重に扱うべき』と判断した人だ。無闇に言いふらしたりしないだろうし、これ以上広めないためにもナパさんにだってその判断を共有したはずだ。
(フライヤーさんもない。だって目の前で戸惑った顔してるし)
学園長、ナパさん、フライヤー、そして捕まっているルブロンもない。
となると後は……。
(ソニア本人と、ニーナ)
いいやあり得ない。
ニーナはそんなことしない。昨日ファルルさんから貰ったゼリーチップを警戒していたほどだ。慎重な性格なんだ。
……て事は、ソニア本人だ。いや待てその判断は早い。
というかもっと簡単な確かめ方がある。
「ガドガド」
「?」
「それって、誰かから聞いたのか?」
「ちが、ちがう、ふいんきから、そう、かんじた、の」
雰囲気から?
つまり彼女の直感で、俺が勇者だと思ったわけか。
よかった、誰かが広めているわけではないんだな。一瞬でもニーナを疑ってしまった自分が恥ずかしい。
「じゃあ………フライヤーさんちょっといい?」
「なに?」
ガドガドから少し離れて、フライヤーに耳打ちする。
「なんとかガドガドを俺の件から離せませんかね。関わらせない方がいいと思うんですけど」
「確かにね。ただ……確かめたい部分がある。試しにあなたのそばに居続けさせてもいいかしら」
「え? 確かめたい部分?」
「学園長がなぜあなたのそばにガドガドを置こうと思ったのかを確かめたい。部屋に戻った時は私に気を遣う必要とかないから、1日だけ一緒にいてもらえない?」
確かに学園長の真意は知りたいところだな。
ガドガドと一緒にいるうちにわかるかも。
「わかりました」
「じゃ、よろしく」
フライヤーは去って行った。
残されたのは俺とガドガドの二人。俺はガドガドに目を向ける。
「これからCクラスに行くけど、あなたも一緒に行くかしら」
「う、ん」
「わかった。けどあまり騒ぎとか起こさないようにね。先生にも話しておくから」