【0】小原と朝倉
夢を見た。
キラキラした天空に光る、美しく私を魅了するもの。
頭上に浮かぶそれを、手のひらを広げて落ちてくるのを待つ。
けれど一向に落ちてこない。
だから、足元にあった杖を拾った。ぐねぐねと曲がったイビツな形の杖。
それを天に輝くそれに向けて伸ばす。すると禍々しいオーラが周囲に広がって、そして空の光がゆっくりと降りてくる。
杖を放り捨てて、両手で掬い取る。
これは私のもの。
手に入ったんだ。
△▼△▼△▼△▼
バシャーン!
いきなり顔中に冷たいものが降ってきた。
「ぷえっ⁉︎ な、なに⁉︎」
気持ちいい夢を見ていたのに、夢の世界から強制的に現世に引き戻される。
ビショビショに濡れていた。顔も髪も、胸元も、布団もだ。
「な、なんなのよ……って、そうか」
原因なんてわかってる。
私は忌々しく、寝室の入り口に目を向ける。そこには偉丈夫が立っていた。
メガネを掛けて、丈の長いジャケットを羽織った彼は手にバケツを持っていた。水滴が残っている。
「よお、朝だ。起きろ」
短くそう言われた。
イラッとして、無視しよう思った。
けれどメガネの奥の目がスゥッと細くなった。
「次、寝たら今度は泥水を被せるぞ。繰り返せばどんどん酷くなる。最終的には……糞尿でも浴びせるか」
「チッ! あーあー! わかったわかったわかりましたよ! ……オハラせんぱぁい」
最後は相手に嫌悪感を与える様にわざと、舐め腐った口調で返した。
しかし勇者小原灯旗は何も効いてない。済ました顔で部屋の外に体を向けた。
「じゃあさっさと支度しろ」
「は? ……何するっての?」
「付いて来い」
何をするかまでは言わずに、小原は出て行った。
あの日、王都軍事基地にてコイツにぶん殴られた後、私はコイツに見張られている。
だからこうして朝、迷惑にも起こしに来る。
くっ……なんでこうなったのかしらねぇ……。
イラつきのままに体を動かして、服を着替えていく。最初は戸惑った男の体だが案外慣れるのは早かった。スイスイと服を着替えて、部屋を出ると小原が待っていた。
「行くぞ。まずは騎士学校だ」
「騎士学校?」
「知らないか? まあ来たばかりだから仕方ないが、この街に騎士団があるのは知ってるよな?」
(ウッザ)
コイツは私が異世界から来た勇者だと思って、この世界のことを教えようとしているが……正直知ってることを教えられるのはちょっとイラつく。
(私はもう落ちこぼれじゃねーんだぞ)
「騎士学校ってのはその王都騎士団になるための学校。まあとは言え、勇者学園の卒業生が騎士団になったりするがな」
「……そう言えば今の団長も、学園の卒業生ですよねー」
「ん? ああそうだな。まあアイツは勇者候補じゃなくて、勇者パーティそのものの一人だ。実力もお墨付き」
(チッ。エリートが……)
「その上、あの件があったから“特殊”な———と、こんなこと話しても仕方ねーか。さあ行くぞ、話してる時間はないんだ」
(ん? あの件?)
なんのことかしら。
なんの事か考えているうちに、小原はもう外に出ようと歩き出していた。正直ついて行く意味も義理も何もないのだが、ため息をついて仕方なく渋々ついて行く。
そうして『勇者の城』から出た私たちは、勇者の住む居住区域を進む。ここは勇者のために用意された一つの町みたいなもの。規模は集落くらい。
歩いている道路の両サイドには三角屋根の同じ形をした家が立ち並んでいる。この一つ一つが勇者のマイホームだ。
「お前の家はまだ先だ。しばらくは城に住んでもらう」
「はいはい」
勇者の家を眺めていたのがバレて、いらぬアドバイスをもらった。ご忠告どうも〜。
肩をすくめて見せた私を見て、小原は『やれやれ』と言った感じでため息をついた。そして背を向けて再び歩き出す。
余計なこと言ってないでさっさと進めっての。
「タクシーは、いらねーか。すぐ近くだ」
「えー」
「えー、じゃない。文句を言うな。ちったあその腹の世話をしてやれよ」
私の太った腹を指差してそう言ってきた。
「飯を無駄に作って廃棄するのも食べ物を粗末にしてるが、食い過ぎて動けなくなるのもまた食べ物を粗末にしてると思うぞ。俺は」
「うっせーな」
「ふん。その元気がありゃ十分だ、いくぞクソガキ」
「チッ」
聞こえる様に言った悪態はサラッと受け流された。
やはりこの国の軍部と密接に関わっている小原という男。生半可な事では動揺しない。
だからどんな抵抗をしても無駄だと悟って、メガネを光らせ歩いていくその後ろをついて行くしかなかった。
ダルいけど。