手がかりはトンボから
「つ、疲れた……」
最初は顔合わせだけで挨拶で終わる。学園長から言われたその通りにホーネットさんとスクボトルさんからの指南は言葉を交わすだけで終わった。
そして帰り道、山道をやっとのこと降りた所で膝に手をつく。
恐ろしく疲れた。
「片道で疲れない程度ってフィルルさんから聞かされたけど、折り返しで、疲れた……」
「わ、わたし、も……」
隣ではニーナもへばっていた。
これからも何度かホーネットさんとこに行くというのに、こんな有様では今度行く時にへばって倒れそうだ。
「この苦痛も修行の内と思うほかないと思いますわ~」
「はあ、仕方ないわね」
フィルルさんがおもむろにスーツのポケットに手を突っ込んだかと思うと、何かプラスチックのものをいくつか取り出した。
例えるなら薬屋などで売っている錠剤の入った容器……PTPシートような見た目。指先くらいのサイズの小さなもので、底にグレーのフィルターが貼られていて、透明な容器の中に赤や黄色、紫色の何かが入っていた。
「これ社会人の味方ね。いい? 帰ったら忘れずに歯を磨きなさい。ボルティナ殿下、りんごとイチゴとぶどうならどの味が好きですか?」
「え? えっと、りんご」
「ソニアは?」
「……イチゴです」
なんだろうアレ。
ニーナには黄色が、俺には赤色が手渡された。本当に小さなものだった。
「ゼリーチップ。疲れた時には糖分ってね、まあそれは甘すぎるくらいだけど。底のフィルターを剥がしてから、中のゼリーを食べるのよ」
フィルルさんに説明された通りフィルターを剥がす。
俺は容器に口を当ててゼリーを口に含んだ。ニーナは一度手の上にゼリーを出してから、匂いを嗅いで確かめてから口に含んでいた。
そしてゼリーが舌に乗った瞬間、脳にダイレクトに凄まじい刺激が渡った。
「「あっっっっっっっまっっ!!??」」
ニーナと同時に叫んでしまう。刺激のある食べ物は辛いものしかないと思っていた、しかしこのゼリーは辛味よりも凄まじい刺激を伝えてくる。貫くような槍の如き痛みというよりかは、鈍重なハンマーの如きゆっくりとくる刺激だ。
「帰ったら歯を磨きなさいよ」
たまに食べるクリスマスケーキの上に乗っているサンタの砂糖人形を丸ごと食った時よりも濃厚な糖度を感じる。
確かにこれは歯磨き必須だ。1秒でも遅れるとすぐにでも虫歯になってしまいそうな感じがする。
「あれ? でも、さっきまでの疲れがどこかに吹っ飛んだような」
「私も、体が軽く感じる」
「でしょ? 徹夜仕事には必須なのよ、これ」
まだ私14で仕事に就いてないけど、とフィルルさんは肩をすくめて笑った。
「わかりましたか? これがフィルるんが用意していたソニアちゃんが疲れた時用のものですわ」
「余計なこと言わなくていいのよ」
△▼△▼△▼△▼
2人と別れて、ニーナとも寮の階段のそばで別れてから、寮の部屋に戻り歯を磨き終えた。
その頃になってルームメイトとなったフライヤーが帰ってきた。
「おかえりなさい」
「ええ、ただいま」
昨夜から一緒の部屋を使うフライヤー。
彼女は部屋に入るとまず初めにキッチンに彼女が飾ったバラの様子を見に行く。次に洗面所で手洗いうがいをしてから、ベッドを整えてテレビとテーブルのそばにあるソファに腰掛けた。
「……さっきから何見てるの?」
「え、いや、ごめん。なんでもない」
「そ」
ソファに座ると上半身の軽いストレッチをし、テレビを付ける。
「フライヤーってさ」
「ん?」
「こうやって2人で同じ部屋を使うのって慣れてるの?」
「中学出て“七階級=クラウド”として正式に軍に所属するまでは、ずっと学校で寮生活だったわよ。実習訓練で外でテント張る時も同じクラスの子と寝たり、時にはアキツと一緒にいた」
「軍学校、それってどんなとこ?」
「中央基地ガイア、王都ノーヴィスプラネス、古都プラネスの3つの街に一つずつ軍学校ってのはあるけど、私とライトニングは中央基地の学校出身。そこは軍部の総本山だしかなり厳しいわね。あなたも見たでしょ?」
「見た?」
「私の裸と、身体中の傷」
「はっ、裸って」
た、確かに目が覚めた時うっかりフライヤーが服を脱いでいる背中を見てしまったけど。
「ええっと、あの傷が軍学校の厳しさの証拠?」
「そ。まあ肩のはあの人からだけどさ」
「あの人?」
「ダイス・グリッドハウス。あなたも戦っていたでしょ?」
え?
ダイスって、確か今朝先生から処刑されたって聞いたような。王都での一件でテロリストと一緒になって動いて、召喚の宮殿を壊してたって。
その人と戦った?
「いや、覚えてない、かな」
「なに、言ってるの?」
ちょうどテレビでもテロリストのニュースが流れていた。それをフライヤーは消してから、疑いの目をこちらに向けてきた。
「あなた、まさか電信柱を振り回していた時のことを覚えていないの?」
「え、電信柱? なんでそんなものを……?」
「あなたが覚えてないなら私も知らないわよ。でも、忘れてるなんて……じゃあ、暴走の原因も聞けないわね」
フライヤーは体をこっちに向けてくると真剣な表情になった。
「覚えてないなら教えとくわ。あの時あなたはダイス・グリッドハウスと戦闘して、そしてその時に獣のような叫び声をあげて、正気とは思えない暴れっぷりを繰り広げていたわ」
「ええ……」
暴走?だからその時のことを覚えてないのか。
そういえばVIPルームで朝倉颯太(中身ソニア)に襲われそうになった時も、反撃したようなのだが、その時のことを覚えていなかった。
「そもそもあのダイスと戦って、Cクラスの落ちこぼれがこうして生き延びていること自体おかしいことなんだけど。だからこそ私はあなたに何かあると感じて、この部屋に入った」
「そんなこと言われても、私にも何が何だか」
「……………」
戸惑っている俺以上に、フライヤーは真剣に考え込んでいる。下唇を親指と人差し指でつまんで、視線を下に落とす。
……そうだ、フライヤーには一つ聞きたい事があったんだ。
「あの、フライヤーさん」
「………なに?」
「もしかして私のこと、何か知ってるんですか?」
王都に行く前。彼女は俺を“朝倉颯太”だと気づいているように見えた。王都でもそんな素振りが散見された。
「…………」
フライヤーはジッと俺の方を見つめている。
そして口から手を離し、ゆっくりと言葉を発した。
「126代目勇者パーティ候補Aクラス、ルブロン・マウルタッシェ」
え?誰の名前だ?
その疑問を口に出す前に、フライヤーが言った。
「魔王と関わりがあるとされ、私が所属する勇者学園の駐屯基地の牢屋に捕まっている学生よ」
「!!」
学園長から聞かされた人物だ!
まさかフライヤーはその人物と……!
「私は彼女と接触した。そして聞かされたのよ———勇者学園のソニア・ブラックパンツァーと、今代の勇者朝倉颯太の心と体が入れ替わっていると、ね」
「え、そ、それじゃあ……」
フライヤーはここにいるソニアが朝倉颯太だと知っているってことか。
いや、待て、それ以前の問題で……!
「ルブロンって奴がそれを知ってるってことは!」
魔王と関わりがあると言われていたルブロン・マウルタッシェ。
俺とソニアが入れ替わったのも魔王の力によるものだと偉大な魔術師ナパさんが言っていた。
すなわち、この事が示す事実とは……!
「この入れ替わりはルブロンの仕業ってことか……⁉︎」